LOGIN中学二年生の柊アオイが暮らす「丘の上の街」は、穏やかで美しい場所だった。でも、何かがおかしい。繰り返すデジャヴ。片目だけ青い猫たち。逆回転する時計塔。そして図書館で見つけた、五十年前の「柊アオイ」の日記――。 「もし、この日記を読んでいる未来の私へ。気づいたと思う。この街は普通じゃない」 調査を進めるアオイは、衝撃的な真実に辿り着く。この街は実験施設であり、住人たちは被験者。そして自分は――四十八番目の「柊アオイ」だった。記憶は何度もリセットされ、同じ日々を繰り返している。 「私は、本当に実在するの? それとも、プログラムが作り出した幻?」
View More木曜日、金曜日、土曜日。 アオイは、普通の日常を過ごした。 学校に行き、授業を受け、ユウカと笑い、家で母と夕食を食べた。 すべてを知った上で、その日常を味わった。 不思議なことに、心は穏やかだった。 かつては「偽物」に思えた日々が、今は愛おしかった。 ユウカの笑顔。母の優しさ。街の人々の温かさ。 たとえそれがプログラムであっても、アオイが感じる感情は本物だった。 土曜日の午後、アオイはユウカと図書館に行った。「ねえ、アオイ。最近、元気になったよね」 ユウカが言った。「うん。色々、考えることがあって。でも、今は大丈夫」「よかった。心配してたんだよ」 ユウカの言葉に、アオイは微笑んだ。「ありがとう、ユウカ。あなたは、私の大切な友達だよ」「えー、急にどうしたの? 照れるじゃん」 ユウカは笑った。その笑顔が、アオイの心を温めた。 図書館では、また書庫を訪れた。老人は、相変わらずカウンターにいた。「また来ましたね」「はい。今日は、友達と一緒です」 老人は、ユウカを見て微笑んだ。「ようこそ。ごゆっくり」 書庫の奥で、アオイは例の閲覧室に入った。机の上には、また新しいノートが置かれていた。
アオイは時計塔へ向かった。今度は、躊躇しなかった。 らせん階段を駆け上がり、機械室に入った。巨大な歯車が回り続けている。 アオイは、あの装置に近づいた。モニターには、カウントダウンが表示されていた。『次回リセットまで:39時間12分』 その下には、相変わらず二つのボタンがあった。赤い「リセット」と、青い「停止」。 でも、今回アオイが注目したのは、その隣にある小さなパネルだった。 パネルには、キーボードのようなものがついている。そして、その上に「管理者コマンド」と書かれていた。 アオイは、ノートを取り出した。最後のページに、暗号のような文字列が書かれていた。『もし、ここまで辿り着いたなら、このコードを入力しなさい:OBSERVER_PARADOX_7891』 アオイは、その文字列を入力した。 するとモニターが点滅し、新しい画面が現れた。『管理者モード 認証成功 現在のシステム状態:稼働中 実験サイクル:第48回 被験者ID:A-001(柊アオイ) 観測者ID:なし』 観測者IDが、なしになっている。 つまり、老人が言ったことは嘘だったのか。自分は観測者ではなく、やはり被験者なのか。 アオイは、メニューを操作した。様々な項目が並んでいる。『システムログ』『被験者データ』『環境設定』『リセット履歴』―― その中で、『真実の記録』という項目が目を引いた。 アオイは、それを選択した。 画面が
水曜日の朝、アオイは学校を休むことにした。母に体調不良を告げ、部屋に残った。 もう、日常を演じている余裕はなかった。 アオイは、ノートを読み返した。歴代の柊アオイたちが残した記録。彼女たちの発見、推測、そして失敗。 特に、第三十二代目の記録が興味深かった。『私は気づいた。この実験の本当の目的は、「観測」そのものにある。 被験者である私たちが、どのように世界を認識し、どのように異常に気づき、どのように反応するか。そのプロセスこそが、研究の対象なのだ。 つまり、私たちは観測される存在であると同時に、観測する存在でもある。』 観測者であり、被観測者である。そのパラドックス。 アオイは、窓の外を見た。いつもと変わらない街の風景。でも、それは本当に「いつもと同じ」なのだろうか。 ふと、思いついた。 もし、自分が観測者の立場だとしたら―― アオイは図書館へ向かった。老人に会う必要があった。 図書館に着くと、老人はカウンターにいた。アオイの姿を見て、微笑んだ。「また来ましたね」「聞きたいことがあります」「どうぞ」 アオイは、真っ直ぐに尋ねた。「私は、本当に被験者なんですか?」 老人の表情が、わずかに変化した。「どういう意味ですか?」「地下の記録には、私が被験者だと書いてありました。でも、もしかして……私は観測者の側なんじゃないですか?」
火曜日の朝、アオイは早起きした。学校へ行く前に、パン屋に立ち寄るためだ。 パン屋は、街の中心部にあった。小さな店で、いつも焼きたてのパンの香りが漂っている。店主は優しそうな中年の女性で、いつも笑顔で客を迎えていた。「おはよう、アオイちゃん。今日は早いのね」「おはようございます。朝ごはん用のパンを買いに来ました」 アオイは店内を見回した。棚には、様々な種類のパンが並んでいる。クロワッサン、バゲット、メロンパン、あんぱん…… そして、アオイは気づいた。先週の火曜日、ユウカと一緒に通りかかったとき、同じパンが同じ位置に並んでいた。 アオイは数を数え始めた。クロワッサンが十二個、バゲットが八本、メロンパンが十五個…… すべて、記憶の中の数と一致した。「どれにする?」 店主が尋ねた。「あの……毎週火曜日、同じパンを同じ数だけ焼いているんですか?」 店主の表情が、一瞬だけ固まった。でもすぐに笑顔に戻った。「そうよ。火曜日は、決まったメニューなの。お客さんが覚えやすいように」「でも、売れ残ったらどうするんですか?」「不思議なことに、いつもちょうど売り切れるのよ」 その答えに、アオイは確信した。これもまた、プログラムされたパターンなのだ。「クロワッサンを二つください」「はい、どうぞ」 パンを受け取り、店を出た。学校