永遠回帰の図書館――観測者は二度目覚める――

永遠回帰の図書館――観測者は二度目覚める――

last updateLast Updated : 2025-11-27
By:  佐薙真琴Completed
Language: Japanese
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 中学二年生の柊アオイが暮らす「丘の上の街」は、穏やかで美しい場所だった。でも、何かがおかしい。繰り返すデジャヴ。片目だけ青い猫たち。逆回転する時計塔。そして図書館で見つけた、五十年前の「柊アオイ」の日記――。 「もし、この日記を読んでいる未来の私へ。気づいたと思う。この街は普通じゃない」  調査を進めるアオイは、衝撃的な真実に辿り着く。この街は実験施設であり、住人たちは被験者。そして自分は――四十八番目の「柊アオイ」だった。記憶は何度もリセットされ、同じ日々を繰り返している。 「私は、本当に実在するの? それとも、プログラムが作り出した幻?」

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Chapter 1

第一章 いつもの朝

 朝の光が、レースのカーテン越しに部屋を満たしていく。柊アオイは目を覚まし、いつものように携帯電話のアラームを止めた。午前六時三十分。窓の外からは、丘の下の街並みが一望できる。赤い屋根が点在し、その向こうには青い空が広がっている。

 アオイは十四歳の中学二年生で、この「丘の上の街」で生まれ育った。街は小さく、住人は二百人ほど。みんなが顔見知りで、誰もが親切だった。アオイにとって、ここは世界のすべてだった。

 制服に着替え、階段を降りる。キッチンからは朝食の匂いが漂ってきた。

「おはよう、アオイ」

 母の声が明るく響く。テーブルには、トーストと目玉焼き、それにサラダが並んでいた。

「おはよう、お母さん」

 アオイは席につき、オレンジジュースを一口飲んだ。窓の外では、一匹の猫が塀の上を歩いていた。白と茶色の模様で、右目だけが青い。

「ねえ、お母さん。この街の猫って、みんな片方の目だけ青いよね」

「そうね。不思議よね」

 母は笑いながら答えたが、それ以上のことは言わなかった。アオイはトーストを齧りながら、その猫を眺めた。なぜだろう。この光景を、前にも見たような気がする。

 学校へ向かう道すがら、アオイは街の風景を観察した。石畳の道。白い壁の家々。角を曲がるたびに現れる小さな広場。そして、丘の中腹にそびえ立つ古い時計塔。

 時計塔の針は、午前七時十五分を指していた。アオイが見上げたとき、奇妙なことが起きた。秒針が、一瞬だけ逆向きに動いたように見えたのだ。

 目の錯覚だろうか。アオイは首を傾げたが、すぐに歩き始めた。

 学校の門をくぐると、親友のユウカが手を振っていた。

「アオイ! おはよう!」

 ユウカは明るい性格で、いつも笑顔を絶やさない少女だった。栗色の髪をポニーテールにまとめ、大きな瞳が印象的だ。

「おはよう、ユウカ」

「ねえねえ、今日の数学のテスト、勉強した?」

「え? テスト?」

 アオイは驚いた。テストがあることを忘れていた。いや、忘れていたというより――

「去年もこの会話したよね」

 ユウカがクスクスと笑った。

「え?」

「冗談だよ。でも本当に、アオイっていつも同じリアクションするよね」

 その言葉に、アオイの胸に奇妙な感覚が広がった。デジャヴ。この会話を、確かに前にもした気がする。でも、それはいつだったのか思い出せない。

 教室に入ると、クラスメイトたちが談笑していた。窓際の席に座るアオイは、ノートを開きながら外を見た。校庭では、またあの片目が青い猫が歩いていた。いや、違う猫だろうか。でも、この街の猫は、なぜみんな片目だけ青いのだろう。

 授業が始まった。数学の先生が黒板に問題を書いていく。アオイはその文字を見つめながら、頭の中で別のことを考えていた。

 この街には、不思議なルールがある。夕方五時を過ぎたら、子供は外出してはいけない。それは誰もが守っている暗黙の了解だった。理由を尋ねても、大人たちは「昔からそうなっているから」としか答えない。

 アオイは観察力が鋭い少女だった。細かいことに気づき、疑問を持つ。でも同時に、その疑問を深く追求することを避ける傾向もあった。見たくないものは見ない。知りたくないことは知らない。それが、アオイの生き方だった。

 昼休み、ユウカと一緒に屋上で弁当を食べた。

「ねえ、アオイ。今度の日曜日、図書館に行かない?」

「図書館?」

「うん。私、読みたい本があるの」

 図書館。丘の上の街には、古い図書館が一つだけあった。石造りの建物で、百年以上の歴史があるという。アオイはあまり行ったことがなかったが、ユウカは本が好きで、よく通っていた。

「いいよ。一緒に行こう」

「やった! じゃあ、日曜日の朝十時ね」

 ユウカは嬉しそうに笑った。その笑顔を見ながら、アオイはまた奇妙な感覚に襲われた。この会話も、前にしたような気がする。でも、それは本当に記憶なのだろうか。それとも、ただの思い込みなのだろうか。

 放課後、アオイは一人で帰路についた。時計塔の前を通りかかったとき、また秒針を見上げた。今度は普通に動いていた。やはり、朝のは目の錯覚だったのだろう。

 家に着くと、母が夕食の準備をしていた。

「おかえりなさい。今日はカレーよ」

「ありがとう」

 アオイは自分の部屋に上がり、制服を着替えた。窓から外を見ると、空が茜色に染まっていた。午後四時五十分。あと十分で、五時になる。

 なぜ、五時を過ぎたら外出してはいけないのだろう。その理由を、アオイは一度も真剣に考えたことがなかった。ただ、そういうものだと思っていた。

 夕食の後、アオイは宿題をしながら、ふと窓の外を見た。街灯が灯り、静かな夜が訪れていた。誰も外を歩いていない。子供だけでなく、大人たちも、夜はあまり外出しないようだった。

 ベッドに入り、天井を見つめる。今日も、いつもと同じ一日だった。何も変わらない。でも、その「変わらなさ」が、なぜか少し不安だった。

 アオイは目を閉じた。そして、眠りに落ちていった。

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第一章 いつもの朝
 朝の光が、レースのカーテン越しに部屋を満たしていく。柊アオイは目を覚まし、いつものように携帯電話のアラームを止めた。午前六時三十分。窓の外からは、丘の下の街並みが一望できる。赤い屋根が点在し、その向こうには青い空が広がっている。 アオイは十四歳の中学二年生で、この「丘の上の街」で生まれ育った。街は小さく、住人は二百人ほど。みんなが顔見知りで、誰もが親切だった。アオイにとって、ここは世界のすべてだった。 制服に着替え、階段を降りる。キッチンからは朝食の匂いが漂ってきた。「おはよう、アオイ」 母の声が明るく響く。テーブルには、トーストと目玉焼き、それにサラダが並んでいた。「おはよう、お母さん」 アオイは席につき、オレンジジュースを一口飲んだ。窓の外では、一匹の猫が塀の上を歩いていた。白と茶色の模様で、右目だけが青い。「ねえ、お母さん。この街の猫って、みんな片方の目だけ青いよね」「そうね。不思議よね」 母は笑いながら答えたが、それ以上のことは言わなかった。アオイはトーストを齧りながら、その猫を眺めた。なぜだろう。この光景を、前にも見たような気がする。 学校へ向かう道すがら、アオイは街の風景を観察した。石畳の道。白い壁の家々。角を曲がるたびに現れる小さな広場。そして、丘の中腹にそびえ立つ古い時計塔。 時計塔の針は、午前七時十五分を指していた。アオイが見上げたとき、奇妙なことが起きた。秒針が、一瞬だけ逆向きに動いたように見えたのだ。 目の錯覚だろうか。アオイは首を傾げたが、すぐに歩き始めた。 学校の門をくぐると、親友のユウカが手を振っていた。「アオイ! おはよう!」 ユウカは明るい性格で、いつも笑顔を絶やさない少女だった。栗色の髪をポニーテールにまとめ、大きな瞳が印象的だ。「おはよう、ユウカ」「ねえねえ、今日の数学のテスト、勉強した?」「え? テスト?」 アオイは驚いた。テストがあることを忘れていた。いや、忘れていたというより――「去年もこの会話したよね」 ユウカがクスクスと笑った。「え?」「冗談だよ。でも本当に、アオイっていつも同じリアクションするよね」 その言葉に、アオイの胸に奇妙な感覚が広がった。デジャヴ。この会話を、確かに前にもした気がする。でも、それはいつだったのか思い出せない。 教室に入ると、クラスメイトたちが
last updateLast Updated : 2025-11-25
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第二章 繰り返す記憶
 日曜日の朝、アオイはユウカとの約束通り、図書館へ向かった。丘を登る石段は少し急で、息が切れる。でも、その先に広がる景色は美しかった。 図書館は、街で一番高い場所にあった。石造りの建物は重厚で、どこか別の時代から切り取られてきたような雰囲気を醸し出していた。「アオイ! こっちこっち!」 ユウカが手を振っていた。既に図書館の前で待っていたらしい。「ごめん、遅くなった」「ううん、私も今来たところ。さあ、入ろう」 重い木の扉を開けると、古い紙の匂いが鼻をついた。図書館の中は薄暗く、本棚が迷路のように並んでいた。窓から差し込む光が、埃の粒子を照らし出している。 カウンターには、老人の司書が座っていた。白髪で、丸い眼鏡をかけている。アオイたちを見ると、優しく微笑んだ。「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね」「ありがとうございます」 ユウカは慣れた様子で奥へ進んでいった。アオイも後に続く。本棚の間を歩きながら、背表紙を眺めた。古い本が多く、中には百年以上前に出版されたものもあるようだった。「ねえ、アオイ。この本、面白そうじゃない?」 ユウカが一冊の本を手に取った。『星の観測者』というタイトルだった。「観測者?」「うん。星を観測する人の話らしいよ。ロマンチックじゃない?」 アオイはその本を手に取り、ページをめくった。古い活字が並んでいる。最初の数行を読んだとき、奇妙な感覚に襲われた。 この本を、前にも読んだ気がする。いや、読んだことはないはずだ。でも、この文章を、確かに知っている。「どうしたの、アオイ?」「ううん、何でもない」 アオイは本を棚に戻した。ユウカは不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。 二人は図書館の中を歩き回った。奥の方には、誰も来ないような古い書庫があった。埃をかぶった本が、忘れ去られたように並んでいる。「こんな場所もあるんだね」 アオイがつぶやいた。ユウカは周りを見回しながら言った。「私、ここに来るの初めてかも。いつもは手前の棚しか見ないから」 アオイは、ふと一冊の本に目を留めた。革装丁の古い本で、背表紙には何も書かれていない。引き抜いてみると、意外と軽かった。 表紙を開く。タイトルページには、こう書かれていた。『観測日記 1975年』 1975年。五十年前だ。アオイはページをめくった。 それは、
last updateLast Updated : 2025-11-25
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第三章 図書館の秘密
 月曜日の放課後、アオイは学校を早退した。体調不良と告げて、保健室から出た。嘘をついたことに罪悪感を感じたが、それ以上に、あの日記の続きを読みたいという欲求が勝っていた。 丘を登る石段を、息を切らしながら駆け上がる。図書館の扉を開けると、例の司書の老人がカウンターにいた。「あら、また来てくれたの?」「はい……本を、探していて」「どうぞ、ゆっくり」 アオイは書庫へ向かった。昨日見つけた場所。革装丁の日記が置いてあった棚。 しかし―― そこには、何もなかった。 アオイは慌てて周りを探した。他の棚も、床も、どこにも日記はなかった。消えてしまったのか。それとも、誰かが持って行ったのか。「何をお探しですか?」 背後から声がした。振り返ると、司書の老人が立っていた。いつの間に来たのだろう。足音も聞こえなかった。「あの……昨日、ここにあった日記なんですけど……」「日記?」 老人は首を傾げた。「革装丁の、古い日記です。1975年の観測日記って書いてありました」「ああ……」 老人は何かを思い出したような表情をした。「それなら、奥の閲覧室にあるかもしれません。特別な本は、そちらで管理しているので」「閲覧室?」「ええ。こちらへどうぞ」 老人は書庫の奥へと歩いていった。アオイは後に続く。 書庫の最も奥には、小さな扉があった。老人はポケットから鍵を取り出し、それを開けた。「ここが閲覧室です。どうぞ」 扉の向こうは、小さな部屋だった。窓が一つあり、机と椅子が置かれている。そして、棚には数冊の本が並んでいた。 その中に、あの革装丁の日記があった。「これです!」 アオイは日記を手に取った。老人は優しく微笑んだ。「その本は、特別な本なんです。読む人を選ぶ本、と言ってもいいかもしれません」「読む人を選ぶ……?」「ええ。では、ごゆっくり」 老人は部屋を出て、扉を閉めた。アオイは一人、閲覧室に残された。 机に座り、日記を開く。前回読んだページを探し、その続きから読み始めた。『5月10日 晴れ 私は、この街に何か秘密があると確信した。そこで、調べることにした。夜、五時を過ぎてから外に出てみることにする。』 アオイは息を呑んだ。五時のルールを破ったのか。『5月11日 曇り 昨夜、五時を過ぎてから外に出た。街は静まり返っていた。でも、奇妙なこ
last updateLast Updated : 2025-11-25
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第四章 世界の綻び
 アオイは、どのくらいその場にいただろうか。時間の感覚が失われていた。頭の中は、混乱と恐怖でいっぱいだった。  自分は、実験の被験者だった。この街も、住人たちも、すべてが実験の一部だった。そして、記憶は何度もリセットされている。  でも、待って。アオイは立ち上がり、もう一度ファイルを読んだ。  これまでの実施回数、四十七回。現在は四十八代目。  ということは、五十年前の日記を書いた柊アオイは、もっと前の世代なのか。それとも――  アオイは、ファイルをさらに調べた。古い記録が挟まれている。 『第1回 1975年4月1日~9月28日 結果:被験者は真実に到達。記憶リセット実施。』 『第2回 1975年10月1日~1976年3月15日 結果:被験者は真実に到達。記憶リセット実施。』  記録は続いている。そして、興味深いことに気づいた。  すべての実験は、同じ「柊アオイ」という被験者に対して行われている。しかし、実施日は異なる。あるものは数ヶ月、あるものは数週間で終わっている。  つまり――同じ人物の記憶を、何度もリセットして、繰り返し実験しているのだ。  アオイは震えた。では、自分は誰なのか。本当に十四歳なのか。それとも、もっと年を取っているのか。  いや、違う。時間の流れ自体が、この実験では操作されているのかもしれない。  アオイは階段を駆け上がった。図書館の書庫に戻ると、老人はまだそこにいた。 「真実を、知ったのですね」  老人の声は、穏やかだった。 「あなたは……誰なんです
last updateLast Updated : 2025-11-25
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第五章 第一の真実
 火曜日の朝、アオイは早起きした。学校へ行く前に、パン屋に立ち寄るためだ。  パン屋は、街の中心部にあった。小さな店で、いつも焼きたてのパンの香りが漂っている。店主は優しそうな中年の女性で、いつも笑顔で客を迎えていた。 「おはよう、アオイちゃん。今日は早いのね」 「おはようございます。朝ごはん用のパンを買いに来ました」  アオイは店内を見回した。棚には、様々な種類のパンが並んでいる。クロワッサン、バゲット、メロンパン、あんぱん……  そして、アオイは気づいた。先週の火曜日、ユウカと一緒に通りかかったとき、同じパンが同じ位置に並んでいた。  アオイは数を数え始めた。クロワッサンが十二個、バゲットが八本、メロンパンが十五個……  すべて、記憶の中の数と一致した。 「どれにする?」  店主が尋ねた。 「あの……毎週火曜日、同じパンを同じ数だけ焼いているんですか?」  店主の表情が、一瞬だけ固まった。でもすぐに笑顔に戻った。 「そうよ。火曜日は、決まったメニューなの。お客さんが覚えやすいように」 「でも、売れ残ったらどうするんですか?」 「不思議なことに、いつもちょうど売り切れるのよ」  その答えに、アオイは確信した。これもまた、プログラムされたパターンなのだ。 「クロワッサンを二つください」 「はい、どうぞ」  パンを受け取り、店を出た。学校
last updateLast Updated : 2025-11-25
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第六章 観測者の罠
 水曜日の朝、アオイは学校を休むことにした。母に体調不良を告げ、部屋に残った。  もう、日常を演じている余裕はなかった。  アオイは、ノートを読み返した。歴代の柊アオイたちが残した記録。彼女たちの発見、推測、そして失敗。  特に、第三十二代目の記録が興味深かった。 『私は気づいた。この実験の本当の目的は、「観測」そのものにある。 被験者である私たちが、どのように世界を認識し、どのように異常に気づき、どのように反応するか。そのプロセスこそが、研究の対象なのだ。 つまり、私たちは観測される存在であると同時に、観測する存在でもある。』  観測者であり、被観測者である。そのパラドックス。  アオイは、窓の外を見た。いつもと変わらない街の風景。でも、それは本当に「いつもと同じ」なのだろうか。  ふと、思いついた。  もし、自分が観測者の立場だとしたら――  アオイは図書館へ向かった。老人に会う必要があった。  図書館に着くと、老人はカウンターにいた。アオイの姿を見て、微笑んだ。 「また来ましたね」 「聞きたいことがあります」 「どうぞ」  アオイは、真っ直ぐに尋ねた。 「私は、本当に被験者なんですか?」  老人の表情が、わずかに変化した。 「どういう意味ですか?」 「地下の記録には、私が被験者だと書いてありました。でも、もしかして……私は観測者の側なんじゃないですか?」 
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last updateLast Updated : 2025-11-26
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第八章 未来への手紙
 木曜日、金曜日、土曜日。  アオイは、普通の日常を過ごした。  学校に行き、授業を受け、ユウカと笑い、家で母と夕食を食べた。  すべてを知った上で、その日常を味わった。  不思議なことに、心は穏やかだった。  かつては「偽物」に思えた日々が、今は愛おしかった。  ユウカの笑顔。母の優しさ。街の人々の温かさ。  たとえそれがプログラムであっても、アオイが感じる感情は本物だった。  土曜日の午後、アオイはユウカと図書館に行った。 「ねえ、アオイ。最近、元気になったよね」  ユウカが言った。 「うん。色々、考えることがあって。でも、今は大丈夫」 「よかった。心配してたんだよ」  ユウカの言葉に、アオイは微笑んだ。 「ありがとう、ユウカ。あなたは、私の大切な友達だよ」 「えー、急にどうしたの? 照れるじゃん」  ユウカは笑った。その笑顔が、アオイの心を温めた。  図書館では、また書庫を訪れた。老人は、相変わらずカウンターにいた。 「また来ましたね」 「はい。今日は、友達と一緒です」  老人は、ユウカを見て微笑んだ。 「ようこそ。ごゆっくり」  書庫の奥で、アオイは例の閲覧室に入った。机の上には、また新しいノートが置かれていた。 
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