家族と海外旅行に来ていたとき、突然大きな洪水に巻き込まれた。私――江ノ上浅乃(えのうえ あさの)の婚約者、宍戸言人(ししど ことひと)は、足の悪い妹・江ノ上葉菜(えのうえ はな)を背負ったまま、私のことなど一度も振り返らずに外へ走り去った。両親は私のことには構いもしないで、葉菜に買ったばかりのインコだけはしっかり連れて行った。彼らはその夜のうちに急いで帰国し、家族のグループラインでは「本当にみんな無事でよかった」と、生き延びたことを互いに喜び合っていた。でも、その中に私のことは入っていなかった。長女の私は、そのときまだ洪水の中で一人取り残されていた。目を覚ました私は、迷わず恩師に電話をかけ、大事な決断を伝えた。……半月ほどして、私は全身傷だらけのまま家に戻った。家の中は笑い声であふれ、床には色とりどりのリボンやプレゼントの箱が散らばっていて、この家にどれだけお祝いごとがあったかを物語っていた。家族ライングループには、親戚や友だちが、洪水から生き延びた「その一家」を祝うために集まったことを、楽しそうに書き込んでいた。婚約者の言人は私に気づき、ほんの一瞬だけ、申し訳なさそうに目を曇らせた。洪水が起きたとき、彼が真っ先に思い浮かべたのは妹の葉菜で、婚約者であるはずの私は、頭の片隅にさえいなかった。両親がこちらを見たときも、その表情はどこか気まずくて複雑だった。あのとき三人は、逃げる準備は何もかも整えていた。葉菜を笑わせるためのインコまでかごごと抱えていたくせに、ただ一人、長女の私は置き去りにされた。言人がそっと歩み寄ってきて、ためらいがちに口を開いた。「浅乃、大丈夫か……あのときは本当に危なくてさ。葉菜は足が悪いだろ。だからまずはあいつを助けるしかなかったんだ」そう言いながら、彼はいつものように私の頭に手を伸ばしてこようとした。私はさりげなくその手を避けて、冷めた目で言人を見つめた。母さんは目を赤くしながら、ぎゅっと私を抱きしめてきた。「浅乃、本当に辛かったわね。お父さんもお母さんも、わざと置いてきたわけじゃないのよ」葉菜がこの家に戻ってきてから、母さんの腕の温もりを感じることなんて、ほとんどなくなっていた。前の私なら、それだけで泣きそうになるほど嬉しかったかもしれない。けれど今の私は
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