Masuk恩師と一緒に戦地を駆け回り、昼夜を問わず負傷者の治療にあたった。病気の子どもを死のふちから救い出して、あの子たちが感謝の笑顔を向けてくれるたびに、胸の奥が満たされていくのを感じた。昔の私は、自分に自信が持てなくて、お父さんとお母さんの愛も、恋人の愛も、必死に追いかけていた。でも今は、自分で自分を大事にすることこそ、一番大切なんだと分かっている。お父さんとお母さんは私と連絡がつかないまま、またネット上に娘を探す投稿を上げ始めた。あり金をほとんど使い果たし、世界中を探し回っているらしい。回線の調子がいいときに、たまたまその動画が流れてきたことがある。動画の中の二人はすっかり髪が白くなっていて、【愛する娘 浅乃を捜しています】と書かれたボードを掲げていた。「浅乃……お前が俺たちの顔なんて見たくないのは分かってる。それでもせめて、声だけでも聞かせてくれ。会いたいんだ。本当に。全部、悪いのは俺たちだ。ずっとお前のことを誤解してきた。お前はずっと、俺たちが一番誇りに思ってきた娘なんだよ。その道を選んだんだろう?だったら俺も母さんも、何も言わずに応援する。命を救う仕事ほど胸を張れるものはない。これからもずっと、お前を愛してるよ……浅乃」どこから聞きつけたのか、言人が私の居場所を探し当てた。何かを言い出す前に、高熱を出してその場に倒れ込んだ。診察の結果、疫病が流行している地域の子どもに接触していて、すでにウイルスに感染していることが分かった。ワクチンは高価なうえに数が限られていて、一番近い救急センターから取り寄せるにしても、早くて二日はかかると言われた。自分の余命が長くないことを悟ったのか、言人はベッドに横たわり、かすかな息を繰り返していた。「浅乃、お前に会えただけで、もう十分だ。ここで働いてるお前の姿を見てたらさ、昔の、眩しいくらい明るかった浅乃を思い出した。本当に後悔してる。どうして俺は、あんな馬鹿みたいにお前を手放しちまったんだろうな。ああ、そうだ」私のほうへ手のひらを広げると、その真ん中に、小さな指輪が静かに乗っていた。「浅乃……ほら、指輪。必死に探して、ようやく取り戻したんだ。これは、お前だけのものだよ。俺が心から愛してるのは、ずっと浅乃だけだ」そう言い終えると、差し出されていた手
葉菜は目を見開いてお父さんを見つめ、腫れた頬を押さえながら泣きじゃくって言った。「お父さん、どうして叩くの?お母さん、見てよ、私、死にかけたのに……どうしてそんなひどいことするの?」お父さんは鼻で冷たく笑って言った。「俺をお父さんなんて呼ぶな。俺はお前の父親じゃない」葉菜は涙目のまま、すがるように一歩踏み出した。「お父さん、ちゃんと見てよ。私はお父さんが一番可愛がってきた娘、葉菜だよ」なのにお父さんは、あからさまな嫌悪を浮かべて彼女を突き飛ばし、そのまま床に倒れさせた。縫ったばかりの傷口がまた開き、お母さんの目に一瞬だけためらいがよぎったが、それでも近寄ろうとはしなかった。そこでようやく、葉菜も何かがおかしいと気づいた。「お父さん、お母さん、どうしちゃったの?姉さんがまた何か言ったの?」私のほうを、必死に縋りつくような目で見上げながら言う。「姉さん、あのとき本当はわざと置いていったわけじゃないよね。たとえ私のことが気に入らなくても、お父さんとお母さんとの関係まで壊そうとしないでよ……分かったよ。これからは姉さんが欲しいものは何でも譲る。けど、お父さんとお母さんだけは、誰にも取られたくないの……」私は冷ややかな視線を向けたまま口を開いた。「葉菜、あんたも分かってたでしょう。あんたはお父さんとお母さんの子どもじゃないって」だからこそ、採血の話が出るたびにあんなに嫌がっていたんだ。血液型を調べられたら、自分の正体がばれるって分かっていたから。葉菜の顔から血の気が引き、視線を泳がせながら言い訳をする。「私だって知らなかったの。ただ、小さい頃に怪しい人たちに連れて行かれた記憶しかなくて……」お父さんは堪えきれず、勢いよく蹴りつけながら怒鳴った。「お前、自分の口で『浅乃に置き去りにされた』って何度も言ってただろうが。どうして今になって覚えてないなんて話になるんだ」葉菜は血で染まった病衣を引きずりながら、みっともなく床をはって壁際に逃げた。「だって、お父さんとお母さんが、『どうして姉さんは連れて行かれなかったのに、お前だけいなくなったんだ』って聞くから、私……そんなこと、子どもの私が自分から言えるわけないじゃない……」お父さんは顔を真っ赤にし、ついに怒りを抑えきれずスマホを投げつけた。「ふざけ
お父さんとお母さんは、葉菜の血液型のことが気になって、まだ落ち着かない様子だった。そんなとき、一本の電話がかかってきて、お父さんが思わず声を上げた。「……は?どういうことですか。まさか、うちの子――人違いだったって言うんですか?」お母さんが不思議そうにお父さんを見ると、お父さんはスピーカーモードに切り替えた。電話口の警察官の声が、はっきりと部屋に響く。「申し訳ありません。当時、担当した研修中の警察官が記録を取り違えていたことが判明いたしました。現在ご一緒に暮らしている江ノ上葉菜さんは、ご夫妻の実のお子さんではなかったという結果が出ています。葉菜さんは、別のご家庭から連れ去られていたお子さんで、年齢が本来の娘さんと近かったため、当時の照合に誤りが生じたものと考えられます」お父さんとお母さんは息を呑み、信じられないという声で問い返した。「そ、そんな……じゃあ、うちの本当の娘は?」警察官は重い口調で続けた。「首謀者の供述によると、当時連れ去ったお子さんは、その後まもなく息が弱くなり……そのまま川に投げ捨てた、と」その言葉を聞いた途端、お母さんはその場で崩れ落ちそうになり、私が慌てて支えた。お父さんは必死に気持ちを落ち着かせ、礼を言おうとしたところで、警察官の声が再び聞こえてきた。「それから、首謀者の手元には、当時お子さんが身につけていたペンダントのうち、一つが残っておりまして……犯人の供述によれば、当初は二人のお子さんをまとめて連れ去るつもりだったものの、上の娘さんが激しく抵抗し、蹴ったり叩いたりしたため、ペンダントを引きちぎることしかできなかった、とのことです」お父さんは震える声でようやく言葉を絞り出した。「じゃあ……浅乃は、わざと葉菜を置いて行ったわけじゃなかったのか……?」「そんな意地の悪いお姉さんがいるなんて、考えにくいですよ。犯人も、『あの子は最後まで妹さんを助けようとしていた』と話しています。ただ、当時はまだ小さくて力も足りず、大人にはどうしても敵わなかった。それでも、自分だけでも逃げられたのは、本当に奇跡に近いことだったそうです」その瞬間、ようやくすべての真実が明らかになった。当時の私には言うこともできなかった説明を、やっと別の誰かが両親に伝えてくれた。そのときになってようやく、二人はこの何
お父さんとお母さんは、私が説得に耳を貸さないのを見ると、私が帰る気になるまでここにいると言い張った。贅沢な暮らしに慣れきっている二人は、すぐに慣れない環境にやられて寝込んでしまった。私は負傷者の世話だけじゃなく、二人の看病までしなければならなくなった。お母さんは高熱を出したのをきっかけに、私にべったり頼りきりになった。「浅乃、家に帰ったらあのキャッシュカード返すからね。中のお金、全然手をつけてないのよ。親が娘のお金なんて使うわけないじゃない」そんな弱った姿を見ていると、さすがの私も少しだけ胸が揺れた。でもその夜、両親の病室の前を通りかかったとき、中で葉菜とビデオ通話をしているのが目に入った。「やっとお姉ちゃんを連れ戻せそうだよ。本当に葉菜は頭が回るな。安心しなさい。お姉ちゃんには、ちゃんとお前と言人の結婚をこの目で見届けてもらうからな」ドアの外に立ち尽くしたまま、全身の血が一気に冷えた。危険を承知で遠い国まで私を捜しに来たのも、結局は葉菜の幸せを私に見せつけるための、同情を買う芝居にすぎなかったのだ。何も知らないふりをして、私は葉菜の結婚式に出席すると返事をした。葉菜が着るウェディングドレスは、かつて私と言人が一緒に選んだあのデザインだった。会場の装飾にいたるまで、もともと私のアイデアそのままだ。言人は私の姿を見つけると、目の奥にうしろめたさをにじませて言った。「浅乃、本当に悪かった」でも私は、とっくに彼への気持ちなんて失くしていた。彼の心が葉菜のほうへ傾いた、そのときから。式が進むあいだじゅう、お父さんとお母さんは涙が止まらず、娘と離れる寂しさをこれでもかと周りに見せつけていた。その最中に、思いがけない乱入者が現れた。錯乱したような女の人が壇上に駆け上がり、葉菜めがけて何度もナイフを突き立てた。「このクソ医者!あんたのせいでうちの子は死んだんだよ!息子を返せ!」会場は一気に大混乱に陥り、私はただ冷めた目でその騒ぎを見ていた。外からはサイレンの音がいくつも重なって聞こえてくる。言人は血だらけの葉菜を抱きかかえ、私に向かって叫んだ。「浅乃、早く葉菜を助けてくれ!」葉菜は意識のないまま救急車で運ばれ、私たち医師チームは総出で処置にあたった。失血がひどく、しかも血液セン
飛行機が着陸した途端、着信とメッセージの通知が山ほど入ってきた。私はその全部を無視して、そのまま恩師の胸に飛び込んだ。先生は大学時代に私と葉菜を教えてくれた人で、私たちのこれまでのことを一番よく知っていて、ずっと私の側に立って信じてくれた。大学の頃から、「葉菜は落ち着きがなくて、腰を据えて物事に向き合えない。でも浅乃は落ち着いていて、地道に頑張れる子だ」とよく言っていた。どうして両親がそこまで無条件に葉菜ばかり可愛がるのか、先生にはどうしても理解できないのだという。先生には子どもがいないから、私のことを本当の娘みたいに扱ってくれる。国境なき医師団の活動がどれだけ危険かも分かっていて、最初は何度もやめるよう説得された。それでも私が本気で決めたと知ると、一緒に行こうと言ってくれた。私たちの働く場所では毎日どこかで砲声が響き、負傷した民間人が次々と運び込まれてくる。気づけば、昔の自分のことなんて考えなくなっていて、目の前の傷病者を助けることだけに心も体も注いでいた。宿舎のネット環境は不安定で、向こうの様子を追う余裕もないまま日々が過ぎていった。そんなある日、先生が、私の両親の「捜索願い」の動画がネットで話題になっているのに気づいた。一年ぶりに画面越しに見る二人は、まるで十年分一気に老け込んだみたいで、カメラに向かって涙ながらに訴えていた。「浅乃、今どこにいるの?私たちが悪かったから、お願いだから一度でいいから帰ってきてちょうだい。会いたくてたまらないんだよ。これからはもう二度と葉菜ばかり可愛がったりしない。あなたも葉菜も、私たちにとって同じくらい大事な子どもだよ。必ず同じように大切にするって約束するから」コメント欄は、私を責める言葉で埋め尽くされていた。【いくら親がえこひいきしてたって、育ててくれた親を捨てて出て行くなんてあり得ない。どれだけ親不孝なの】葉菜は新幹線で急患の手当てをした一件で、「最も美しい医者」なんて持ち上げられていた。その取材の中で、言人の腕に自分の腕を絡ませて、カメラの前に笑顔で並んでいた。「姉さん、姉さんが私のこと好きじゃないのは分かってる。でも、そのせいでお父さんとお母さんまで置いて行くなんて、あんまりだよ。当時わざと私を置き去りにしていなくなったことも、もう恨んでない。お
もうとっくに何も感じなくなっていて、この人たちのことでこれ以上傷つくことなんてないと思っていた。お父さんとお母さんの表情が、ほんの少しだけ揺れた。でも、これ以上何を言われても聞くつもりはなかった。「葉菜、海外派遣に行きたいんでしょ。その枠なら、譲ってあげてもいいよ」葉菜はぱっと顔を輝かせて私を見て、お父さんとお母さんも慌ててうなずいた。「私はもう何もいらない。全部葉菜にあげるよ。お父さんとお母さんの愛情も含めてね」お父さんは訳が分からないといった顔をした。「浅乃、お前、その言い方はどういう意味だ?」私は一枚のキャッシュカードを取り出し、お父さんとお母さんの前に差し出した。「このカードには、ここ何年かで私が貯めたお金が入ってる。だいたい2000万くらい。大学に入ってからは家のお金なんて一銭も使ってない。これで今まで育ててもらった分の礼には十分でしょ?」二人が戸惑っているのが分かって、私はさらに踏み込んで言った。「海外派遣の枠と、この2000万。これでお互い、もう貸し借りなしってことにしてくれない?」お母さんの表情が一気にうろたえたものに変わる。「浅乃、どうしてそんなこと言うの!あんたもお母さんの大事な娘なのよ。そんな突き放すようなこと、よく平気で言えるわね……」もうこれ以上言い合う気にもなれなくて、私は肩をすくめた。「じゃあ、海外派遣の話はなかったことにするしかないね」お父さんとお母さんは一瞬で黙り込み、顔を見合わせてから、ためらいながら口を開いた。「……じゃあ約束しろ。あの枠は、必ず葉菜に譲るって」思わず吹き出しそうになるのを、なんとかこらえた。これが「あんたも大事な娘だ」って、口では何度も言ってきたお父さんとお母さんの本性だ。実の両親は、今回も迷うことなく私より葉菜を選んだ。私は上司に、海外派遣の枠を葉菜に譲りたいと申し出た。上司は私を信頼してくれているから、すぐに了承してくれた。ついでに退職願も出すと、国境なき医師団に行くつもりだと知った上司は、小さくため息をついた。「浅乃、国境なき医師団は危険が多すぎるわ。あなたが行ったら……」私は静かに首を振った。この世界に、もう執着するものなんて何もない。それなら、少しでも意味のある場所に身を置いたほうがいい。言人が珍しく病







