Masuk家族と海外旅行に来ていたとき、突然大きな洪水に巻き込まれた。 私――江ノ上浅乃(えのうえ あさの)の婚約者、宍戸言人(ししど ことひと)は、足の悪い妹・江ノ上葉菜(えのうえ はな)を背負ったまま、私のことなど一度も振り返らずに外へ走り去った。 両親は私のことには構いもしないで、葉菜に買ったばかりのインコだけはしっかり連れて行った。 彼らはその夜のうちに急いで帰国し、家族のグループラインでは「本当にみんな無事でよかった」と、生き延びたことを互いに喜び合っていた。 でも、その中に私のことは入っていなかった。 長女の私は、そのときまだ洪水の中で一人取り残されていた。 目を覚ました私は、迷わず恩師に電話をかけた。 「先生、国境なき医師団に付いていきたいんです……もう二度とここには戻りません」
Lihat lebih banyak恩師と一緒に戦地を駆け回り、昼夜を問わず負傷者の治療にあたった。病気の子どもを死のふちから救い出して、あの子たちが感謝の笑顔を向けてくれるたびに、胸の奥が満たされていくのを感じた。昔の私は、自分に自信が持てなくて、お父さんとお母さんの愛も、恋人の愛も、必死に追いかけていた。でも今は、自分で自分を大事にすることこそ、一番大切なんだと分かっている。お父さんとお母さんは私と連絡がつかないまま、またネット上に娘を探す投稿を上げ始めた。あり金をほとんど使い果たし、世界中を探し回っているらしい。回線の調子がいいときに、たまたまその動画が流れてきたことがある。動画の中の二人はすっかり髪が白くなっていて、【愛する娘 浅乃を捜しています】と書かれたボードを掲げていた。「浅乃……お前が俺たちの顔なんて見たくないのは分かってる。それでもせめて、声だけでも聞かせてくれ。会いたいんだ。本当に。全部、悪いのは俺たちだ。ずっとお前のことを誤解してきた。お前はずっと、俺たちが一番誇りに思ってきた娘なんだよ。その道を選んだんだろう?だったら俺も母さんも、何も言わずに応援する。命を救う仕事ほど胸を張れるものはない。これからもずっと、お前を愛してるよ……浅乃」どこから聞きつけたのか、言人が私の居場所を探し当てた。何かを言い出す前に、高熱を出してその場に倒れ込んだ。診察の結果、疫病が流行している地域の子どもに接触していて、すでにウイルスに感染していることが分かった。ワクチンは高価なうえに数が限られていて、一番近い救急センターから取り寄せるにしても、早くて二日はかかると言われた。自分の余命が長くないことを悟ったのか、言人はベッドに横たわり、かすかな息を繰り返していた。「浅乃、お前に会えただけで、もう十分だ。ここで働いてるお前の姿を見てたらさ、昔の、眩しいくらい明るかった浅乃を思い出した。本当に後悔してる。どうして俺は、あんな馬鹿みたいにお前を手放しちまったんだろうな。ああ、そうだ」私のほうへ手のひらを広げると、その真ん中に、小さな指輪が静かに乗っていた。「浅乃……ほら、指輪。必死に探して、ようやく取り戻したんだ。これは、お前だけのものだよ。俺が心から愛してるのは、ずっと浅乃だけだ」そう言い終えると、差し出されていた手
葉菜は目を見開いてお父さんを見つめ、腫れた頬を押さえながら泣きじゃくって言った。「お父さん、どうして叩くの?お母さん、見てよ、私、死にかけたのに……どうしてそんなひどいことするの?」お父さんは鼻で冷たく笑って言った。「俺をお父さんなんて呼ぶな。俺はお前の父親じゃない」葉菜は涙目のまま、すがるように一歩踏み出した。「お父さん、ちゃんと見てよ。私はお父さんが一番可愛がってきた娘、葉菜だよ」なのにお父さんは、あからさまな嫌悪を浮かべて彼女を突き飛ばし、そのまま床に倒れさせた。縫ったばかりの傷口がまた開き、お母さんの目に一瞬だけためらいがよぎったが、それでも近寄ろうとはしなかった。そこでようやく、葉菜も何かがおかしいと気づいた。「お父さん、お母さん、どうしちゃったの?姉さんがまた何か言ったの?」私のほうを、必死に縋りつくような目で見上げながら言う。「姉さん、あのとき本当はわざと置いていったわけじゃないよね。たとえ私のことが気に入らなくても、お父さんとお母さんとの関係まで壊そうとしないでよ……分かったよ。これからは姉さんが欲しいものは何でも譲る。けど、お父さんとお母さんだけは、誰にも取られたくないの……」私は冷ややかな視線を向けたまま口を開いた。「葉菜、あんたも分かってたでしょう。あんたはお父さんとお母さんの子どもじゃないって」だからこそ、採血の話が出るたびにあんなに嫌がっていたんだ。血液型を調べられたら、自分の正体がばれるって分かっていたから。葉菜の顔から血の気が引き、視線を泳がせながら言い訳をする。「私だって知らなかったの。ただ、小さい頃に怪しい人たちに連れて行かれた記憶しかなくて……」お父さんは堪えきれず、勢いよく蹴りつけながら怒鳴った。「お前、自分の口で『浅乃に置き去りにされた』って何度も言ってただろうが。どうして今になって覚えてないなんて話になるんだ」葉菜は血で染まった病衣を引きずりながら、みっともなく床をはって壁際に逃げた。「だって、お父さんとお母さんが、『どうして姉さんは連れて行かれなかったのに、お前だけいなくなったんだ』って聞くから、私……そんなこと、子どもの私が自分から言えるわけないじゃない……」お父さんは顔を真っ赤にし、ついに怒りを抑えきれずスマホを投げつけた。「ふざけ
お父さんとお母さんは、葉菜の血液型のことが気になって、まだ落ち着かない様子だった。そんなとき、一本の電話がかかってきて、お父さんが思わず声を上げた。「……は?どういうことですか。まさか、うちの子――人違いだったって言うんですか?」お母さんが不思議そうにお父さんを見ると、お父さんはスピーカーモードに切り替えた。電話口の警察官の声が、はっきりと部屋に響く。「申し訳ありません。当時、担当した研修中の警察官が記録を取り違えていたことが判明いたしました。現在ご一緒に暮らしている江ノ上葉菜さんは、ご夫妻の実のお子さんではなかったという結果が出ています。葉菜さんは、別のご家庭から連れ去られていたお子さんで、年齢が本来の娘さんと近かったため、当時の照合に誤りが生じたものと考えられます」お父さんとお母さんは息を呑み、信じられないという声で問い返した。「そ、そんな……じゃあ、うちの本当の娘は?」警察官は重い口調で続けた。「首謀者の供述によると、当時連れ去ったお子さんは、その後まもなく息が弱くなり……そのまま川に投げ捨てた、と」その言葉を聞いた途端、お母さんはその場で崩れ落ちそうになり、私が慌てて支えた。お父さんは必死に気持ちを落ち着かせ、礼を言おうとしたところで、警察官の声が再び聞こえてきた。「それから、首謀者の手元には、当時お子さんが身につけていたペンダントのうち、一つが残っておりまして……犯人の供述によれば、当初は二人のお子さんをまとめて連れ去るつもりだったものの、上の娘さんが激しく抵抗し、蹴ったり叩いたりしたため、ペンダントを引きちぎることしかできなかった、とのことです」お父さんは震える声でようやく言葉を絞り出した。「じゃあ……浅乃は、わざと葉菜を置いて行ったわけじゃなかったのか……?」「そんな意地の悪いお姉さんがいるなんて、考えにくいですよ。犯人も、『あの子は最後まで妹さんを助けようとしていた』と話しています。ただ、当時はまだ小さくて力も足りず、大人にはどうしても敵わなかった。それでも、自分だけでも逃げられたのは、本当に奇跡に近いことだったそうです」その瞬間、ようやくすべての真実が明らかになった。当時の私には言うこともできなかった説明を、やっと別の誰かが両親に伝えてくれた。そのときになってようやく、二人はこの何
お父さんとお母さんは、私が説得に耳を貸さないのを見ると、私が帰る気になるまでここにいると言い張った。贅沢な暮らしに慣れきっている二人は、すぐに慣れない環境にやられて寝込んでしまった。私は負傷者の世話だけじゃなく、二人の看病までしなければならなくなった。お母さんは高熱を出したのをきっかけに、私にべったり頼りきりになった。「浅乃、家に帰ったらあのキャッシュカード返すからね。中のお金、全然手をつけてないのよ。親が娘のお金なんて使うわけないじゃない」そんな弱った姿を見ていると、さすがの私も少しだけ胸が揺れた。でもその夜、両親の病室の前を通りかかったとき、中で葉菜とビデオ通話をしているのが目に入った。「やっとお姉ちゃんを連れ戻せそうだよ。本当に葉菜は頭が回るな。安心しなさい。お姉ちゃんには、ちゃんとお前と言人の結婚をこの目で見届けてもらうからな」ドアの外に立ち尽くしたまま、全身の血が一気に冷えた。危険を承知で遠い国まで私を捜しに来たのも、結局は葉菜の幸せを私に見せつけるための、同情を買う芝居にすぎなかったのだ。何も知らないふりをして、私は葉菜の結婚式に出席すると返事をした。葉菜が着るウェディングドレスは、かつて私と言人が一緒に選んだあのデザインだった。会場の装飾にいたるまで、もともと私のアイデアそのままだ。言人は私の姿を見つけると、目の奥にうしろめたさをにじませて言った。「浅乃、本当に悪かった」でも私は、とっくに彼への気持ちなんて失くしていた。彼の心が葉菜のほうへ傾いた、そのときから。式が進むあいだじゅう、お父さんとお母さんは涙が止まらず、娘と離れる寂しさをこれでもかと周りに見せつけていた。その最中に、思いがけない乱入者が現れた。錯乱したような女の人が壇上に駆け上がり、葉菜めがけて何度もナイフを突き立てた。「このクソ医者!あんたのせいでうちの子は死んだんだよ!息子を返せ!」会場は一気に大混乱に陥り、私はただ冷めた目でその騒ぎを見ていた。外からはサイレンの音がいくつも重なって聞こえてくる。言人は血だらけの葉菜を抱きかかえ、私に向かって叫んだ。「浅乃、早く葉菜を助けてくれ!」葉菜は意識のないまま救急車で運ばれ、私たち医師チームは総出で処置にあたった。失血がひどく、しかも血液セン
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