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洪水に沈んだ家族の愛
洪水に沈んだ家族の愛
Penulis: 丁度屋

第1話

Penulis: 丁度屋
家族と海外旅行に来ていたとき、突然大きな洪水に巻き込まれた。

私――江ノ上浅乃(えのうえ あさの)の婚約者、宍戸言人(ししど ことひと)は、足の悪い妹・江ノ上葉菜(えのうえ はな)を背負ったまま、私のことなど一度も振り返らずに外へ走り去った。

両親は私のことには構いもしないで、葉菜に買ったばかりのインコだけはしっかり連れて行った。

彼らはその夜のうちに急いで帰国し、家族のグループラインでは「本当にみんな無事でよかった」と、生き延びたことを互いに喜び合っていた。

でも、その中に私のことは入っていなかった。

長女の私は、そのときまだ洪水の中で一人取り残されていた。

目を覚ました私は、迷わず恩師に電話をかけ、大事な決断を伝えた。

……

半月ほどして、私は全身傷だらけのまま家に戻った。

家の中は笑い声であふれ、床には色とりどりのリボンやプレゼントの箱が散らばっていて、この家にどれだけお祝いごとがあったかを物語っていた。

家族ライングループには、親戚や友だちが、洪水から生き延びた「その一家」を祝うために集まったことを、楽しそうに書き込んでいた。

婚約者の言人は私に気づき、ほんの一瞬だけ、申し訳なさそうに目を曇らせた。

洪水が起きたとき、彼が真っ先に思い浮かべたのは妹の葉菜で、婚約者であるはずの私は、頭の片隅にさえいなかった。

両親がこちらを見たときも、その表情はどこか気まずくて複雑だった。

あのとき三人は、逃げる準備は何もかも整えていた。葉菜を笑わせるためのインコまでかごごと抱えていたくせに、ただ一人、長女の私は置き去りにされた。

言人がそっと歩み寄ってきて、ためらいがちに口を開いた。

「浅乃、大丈夫か……あのときは本当に危なくてさ。葉菜は足が悪いだろ。だからまずはあいつを助けるしかなかったんだ」

そう言いながら、彼はいつものように私の頭に手を伸ばしてこようとした。

私はさりげなくその手を避けて、冷めた目で言人を見つめた。

母さんは目を赤くしながら、ぎゅっと私を抱きしめてきた。

「浅乃、本当に辛かったわね。お父さんもお母さんも、わざと置いてきたわけじゃないのよ」

葉菜がこの家に戻ってきてから、母さんの腕の温もりを感じることなんて、ほとんどなくなっていた。

前の私なら、それだけで泣きそうになるほど嬉しかったかもしれない。けれど今の私は、そっと身を引いて、その抱擁から距離を置いただけだった。

母さんは、少し傷ついたような目をした。

そのとき、葉菜が足を引きずりながら駆け寄ってきて、心配そうに母さんの腕にすがりついた。

「姉さん、お母さんはこんなに心配してるのに、どうしてそんな態度を取るの?

お父さんとお母さんが私のことばかり助けたからって、姉さんが気を悪くしてるのは分かってる。でもだからって、みんなの前でまでお父さんとお母さんに恥をかかせるのは違うよ。

姉さん、私ね……あのとき、あなたがわざと私を置き去りにしたんだって、もう恨んでないから。だから姉さんも、お父さんとお母さんを責めないで……全部、私が悪いんだよ。……こんなことになるなら、最初から私なんて見つけなきゃよかったのにね……」

葉菜が涙をぽろぽろこぼしながら訴えると、父さんの顔からはさっきまでの後ろめたさが消え、あっという間に怒りの色へと変わった。

「浅乃、お前はいったいどういうつもりだ。わざわざこんなときに騒ぎを起こして、みんなに『俺たちがひどい親だ』って思わせたいのか?

お前たちは本当の姉妹なんだぞ。昔お前のせいで葉菜が迷子になって連れ去られたんだ。その分をちゃんと償うのが当たり前だろう。あのときだって、まず葉菜から助けるのは当然じゃないか。

もう何年も経ったんだから、自分のしたことを反省してると思っていたのに……やっぱりお前の心はあの頃と同じで、ひどく意地が悪いままだ」

言人も葉菜をかばうように背中に隠し、父さんと一緒になって私を責め立てる。

「浅乃、いい加減にしろよ。葉菜はお前のせいでどれだけ辛い思いをしてきたと思ってるんだ。元々お前が償わなきゃいけない立場なのに、まだ葉菜を追い詰めて、おじさんたちまで困らせる気かよ」

私は、自分の目の前にいる三人――実の両親と、世界で一番信じていたはずの婚約者を、信じられない思いで見つめた。

私は濁流にさらわれ、流木や岩にぶつかるたび、身体中に無数の傷を刻みつけられた。

必死で急流の中の倒木にしがみつき、誰にも気づかれないまま、その上で丸一日と一晩を過ごして、ようやく救助隊に見つけてもらえた。

意識を取り戻したとき、私が真っ先に思ったのは、家族に無事を知らせなきゃ、ということだった。

ところがスマホを開くと、家族ライングループには彼ら一家の無事な到着を知らせるメッセージが、途切れなく流れ続けていた。

「本当に九死に一生を得たね。みんな一緒でよかった」

画面いっぱいに並んだ十数枚の集合写真が、私の目を鋭く刺した。

そこには、私の父と母、妹、それから婚約者が、まるで本物の家族みたいに肩を寄せ合って笑っていた。

そのころ私は、見知らぬ国で、生死の境目をさまよっていたというのに。

身体には大小さまざまな傷がいくつも残り、医者には「もう少し遅かったら、この手は助からなかった」と告げられた。

臨床の現場に立つ医師にとって、一番大事なのはこの両手だというのに。

あの災害で命を落としかけて、どうにか生き延びた私を待っていたのは、実の父からの「全部お前のせいだ」と言わんばかりの、一方的に私を責め立てる言葉だった。

いつだって私の味方でいると言ってくれたはずの婚約者までが、今は平然と私の反対側に立っている。

もう何も説明したいと思えなくなって、私は黙って踵を返し、自分の部屋へと引き返した。

背中のほうでは、葉菜がいかにも私をかばうふりをしながら声を上げる。

「姉さんを責めないで。絶対、わざとじゃないから」

父さんは冷たく笑って言った。

「葉菜、お前は本当にできた子だな……どうしてあのとき、連れて行かれたのが浅乃じゃなかったんだろうな」

私はドアを閉めてから、その場にへたり込むように床に座り込んだ。

葉菜が見つかって家に戻り、「あのとき姉さんがわざと私を置き去りにしたんだ」と口ごもりながら話してから、この家に私の居場所はなくなった。

両親は私の言い分など聞こうともせず、もともと私のものだった、きれいに飾られたあの部屋を、当然のように葉菜に明け渡した。

その代わりに、私は今のこの、物置を無理やり改造した狭い部屋へと追いやられた。

葉菜が少しでも涙をこぼせば、その瞬間に、私の言葉なんて誰も耳を貸さなくなる。

そんな態度には、とっくに慣れているはずだったのに。

そのとき、恩師から「手続きは全部終わったよ。あとは君が出発するだけだ」とメッセージが届いた。

両親は知らない。海外の病院のベッドの上で、私はすでに恩師に電話をかけていたことを。

「先生、国境なき医師団に付いていくと決めました。もう二度とここには戻りません」
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