All Chapters of 【推し声優の恋人になれたのに】ストーカーに追い詰められる私の日常: Chapter 1 - Chapter 10

24 Chapters

【第一部】プロローグ 豹変

「美月さんは、僕のものです」壁に押し付けられた。身体が震える。蓮くんの両手が、私の両肩を掴んでいる。逃げ場がない。「ずっと、そう決めてたんです」蓮くんの手が、私の髪に触れる。「最初に会った時から。美月さんは、僕だけのものだって」涙が溢れてきた。怖い。この人は、私が知っている蓮くんじゃない。「美月さん、泣かないでください」蓮くんが優しく微笑む。その優しさが、何よりも恐ろしい。「僕が、ここにいますから」「助けて……」小さく呟く。「誰も来ませんよ」蓮くんが私の涙を拭う。「この部屋、防音しっかりしてるじゃないですか」「やめて……」「二人きりで、ゆっくり話せますね」バッグが、肩から滑り落ちた。中から、スマホが床に転がる。「スマホ、取りたいんですか?」蓮くんがそれを拾い上げた。「警察に電話?それとも、康太に?」「返して……」「どっちにしても、させません」蓮くんがスマホを自分のポケットに入れる。「美月さん、わかってください。僕は美月さんを愛してるんです」「これは……愛じゃ……」「愛ですよ」蓮くんの目が、じっと私を見つめる。「僕は美月さんを、誰よりも愛してる。だから、誰にも渡したくない」「蓮くん……」「美月さんだけを見てきました。ずっと。美月さんが何を食べるのが好きで、何色が好きで、朝が弱くて、コーヒーに砂糖を入れないことも。休日の過ごし方も、好きな本も、全部」蓮くんの声が、どんどん低くなる。「美月さんの全部を、知ってます」「それは……」「だって、好きだから」蓮くんが微笑む。「好きな人のこと、全部知りたいって思うの、普通じゃないですか」「普通じゃ……ない……」「普通ですよ」蓮くんの手が、私の首筋に触れる。冷たい。「美月さんは、僕だけを見ていればいいんです」「やめて……」「他の男を見る必要はない」「康太!!」叫んだ。ありったけの声で。「康太!!助けて!!」蓮くんの手が、私の口を塞ぐ。「静かにしてください」蓮くんの声が、冷たい。「誰も来ませんから」涙が溢れて、止まらない。もう、駄目だ。誰も、助けに来ない。五年前私が柊木蓮の声に恋をしたのは、人生で一番辛い時期だった。その声は、優しくて、温かくて——私を、救ってくれた。推しが、恋人になった。夢が叶った。そう思ってい
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第1話 推しの声で目覚める朝

「——おはよう」低い声が、部屋に響く。掠れて、それでいて艶のある声。耳の奥に染み込むような響き。まるで恋人が枕元で囁くように、柊木蓮の声が私の朝を連れてくる。「今日も一日……僕と一緒に頑張ろうか」水野美月——三十一歳。都内の出版社で編集アシスタント。彼氏いない歴イコール年齢。最後に告白されたのは大学時代。もう十年も前のことだ。スマホの画面には、柊木蓮の笑顔が映っている。三年前のイベント特典でもらった目覚ましアプリ。何百回と聞いた声なのに、毎朝この声を聞かないと一日が始まらない。——もう一度。指がスマホに伸びる。もう一度、あの声を。「おはよう」再生。低音が身体の芯まで響く。喉が震える。胸の奥が疼く。これが、私の生きる理由だった。五年前、深夜アニメ「黎明の騎士団」で初めて聞いた、あの声。蓮くんが演じたのは、主人公の親友である騎士・アルベルト。正義感が強くて、不器用で、大切な人を守るためなら自分を犠牲にする——そんなキャラクター。最終回。アルベルトが主人公を庇って倒れるシーン。『……行け。お前は、お前だけは……生きろ』掠れた声。呼吸の音。消えゆく命の儚さを、声だけで表現していた。あの日、私は号泣した。アニメのキャラクターの死で、あんなに泣いたのは初めてだった。それから——柊木蓮という声優を追いかけるようになった。三十過ぎて何やってるんだろうと思わなくもない。でも、蓮くんの声を聞いていると、灰色だった日常に色がつく気がした。会社で嫌なことがあっても、帰りの電車で蓮くんのボイスドラマを聞けば頑張れる。休日に予定がなくても、蓮くんの出演する朗読劇の配信を見れば孤独じゃない。誰にも必要とされてない気がする夜も、蓮くんの「おやすみ」で眠れる。——推しの声で、生きている。「……ダメだ、起きなきゃ」声に出して、ようやく身体が動いた。時計を見る。午前八時。出社時刻まで三十分しかない。飛び起きて洗面所に向かう。イヤホンからは蓮くんのラジオが流れている。『今日のメール。ペンネーム「蓮くんの声で目覚めたい」さんから……って、これ毎週送ってくれてる人だ。ありがとうございます』私が投稿したメール。読まれた時の感動を、今でも忘れない。東京に来たのは九年前。憧れだった出版社に就職が決まって、故郷の奈良を出た。一人暮
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第2話 瑠璃色のペンと、覚えていてくれた奇跡

イベント当日。電車の中で何度も深呼吸をしていた。黒いワンピース。薄くメイク。三十一歳らしく、落ち着いた雰囲気を心がけた。若作りして浮くのが一番怖い。蓮くんのファンは二十代前半が多い。私なんておばさんの部類だ——そう思いながら、会場の劇場に到着した。入り口には長い列。みんな、私と同じように緊張した顔をしている。でも、その目はキラキラと輝いていた。座席は前から五列目。ステージがよく見える。隣に座った女の子同士の会話が聞こえる。「ねえ、今日のお渡し会で何渡す?」「手紙と、クッキー焼いてきた!」「えー、すごい!私は色紙」みんな準備万端だ。私はというと、手紙を一通。便箋三枚に、五年間の感謝の気持ちを綴った。何度も書き直して、やっと完成したもの。——これを、蓮くんに渡せるんだ。照明が落ちた。ステージに光が当たる。会場がどよめく。そして——彼が現れた。「こんにちは。柊木蓮です」声。生の、柊木蓮の声。いつもイヤホン越しに聞いていた声が、空気を震わせて直接耳に届く。「今日は『月夜の恋文』朗読劇イベントにお越しいただき、ありがとうございます。精一杯お届けしますので、最後まで楽しんでください」深々とお辞儀をする蓮くん。黒いシャツに、濃紺のジャケット。すらりとした長身。柔らかく微笑む表情。写真で見るより、ずっと綺麗な人だった。朗読劇が始まる。物語は、戦場に向かう騎士と、彼を想う令嬢の恋。二人は文通でしか想いを伝えられない。蓮くんが演じるのは、騎士。『——君の手紙を読むたび、僕は生きる理由を思い出す』低く、優しく、それでいて切ない声。『どうか、待っていてほしい。必ず、君のもとに帰るから』胸が締め付けられる。演技なのに、本当に誰かを想ってるみたいに聞こえる。声だけで、こんなにも感情が伝わってくる。朗読劇が終わる頃には、会場中がすすり泣きで包まれていた。私も、泣いていた。「……ありがとうございました」蓮くんの声が震えている。彼自身も、感情が入りすぎて涙ぐんでいるようだった。カーテンコール。鳴り止まない拍手。「皆さんの温かい拍手が、本当に嬉しいです。ありがとうございます」何度も頭を下げる蓮くん。そして——お渡し会の時間。列に並びながら、ずっとドキドキしていた。手紙を握りしめた手に、汗が滲
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第3話 推しからの、深夜のDM

イベントから三日後の夜。残業を終えて帰宅し、シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。疲れた。今週は締め切りラッシュで、毎日終電だった。スマホを開いて、Twitterをぼんやり眺める。タイムラインには蓮くんの新しい出演情報が流れてきた。「来月、新作ドラマCDか……」呟きながら、画面をスクロールする。その時、通知が来た。DMのマーク。「また営業DMかな……」興味なさげに開いて——固まった。画面に表示される、差出人の名前。柊木蓮(公式)「……は?」声が出ない。なりすましだろう。蓮くんが一般人にDMなんて——認証マーク。公式の、青いチェックマーク。本物だ。画面を見つめる。メッセージが表示されている。『先日はイベントにお越しいただき、ありがとうございました。お手紙、読ませていただきました。五年間応援してくださっているとのこと、本当に嬉しいです。あの時ペンをお返しできなくて……すみません。もしよければ、次回お会いした時にお返ししたいのですが』「……………」もう一度読む。何度読んでも、意味がわからない。ペンを返す?なんで蓮くんが私にDMを?どうやって私のアカウントを見つけたの?パニックになりながら、康太に電話をかけた。呼び出し音が二回鳴って、繋がる。「もしもし?どうした、こんな夜中に」電話越しに聞こえる、康太の声。「康太、聞いて。落ち着いて聞いて」「美月、声震えてるけど」「蓮くんから、DMが来た」受話器の向こうで、三秒の沈黙。「…………はあ?」「寝てない!本当なの!スクショ送る!」電話を耳に当てたまま、画面をスクショして送信する。五秒後、電話越しに康太の声が跳ね上がった。「待って!!これ!!本物!?」「わからない!!でも認証マーク付いてる!!」「どうすんの!?返信すんの!?」受話器を握る手が震える。「わからない!!何て返せばいいの!?」二人で一時間、パニックになった。結局、康太のアドバイスを受けて、こう返信することにした。画面に文字を打ち込む。『こんばんは。お忙しい中ご連絡ありがとうございます。ペンのことは大丈夫です、お気になさらないでください。イベント、とても感動しました。これからも応援しています』当たり障りなく、丁寧に。送信ボタンを押す手が震える。「送った……」電話越しに
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第4話 ファンと声優の、危うい距離

それから、蓮くんとのDMは続いた。毎日ではない。蓮くんは忙しいから、返信が来ない日もある。でも、数日に一度、何気ない会話ができるようになった。画面に表示されるメッセージ。『今日の収録、すごく疲れました……』返信を打ち込む。『お疲れ様です。無理しないでくださいね』送信。すぐに返事が届く。『ありがとうございます。なんか、この時間が癒しになってます』こんなやり取り。でも、これでいいのだろうか。ある日、康太に電話をかけた。呼び出し音が鳴って、繋がる。「もしもし?」電話越しに聞こえる、康太の声。「康太。私、これでいいのかな」受話器を握りながら、呟く。「蓮くんとDMするようになって一ヶ月経つけど……これって、普通じゃないよね」電話の向こうで、康太が少し黙る。「美月は、どうしたいんだ?」「わからない……嬉しいよ?推しと話せるなんて、夢みたいだし。でも……」「でも?」「でも……蓮くん、寂しいんだと思う。だから私に話しかけてくるんだと思うの」受話器越しに、康太の息遣いが聞こえる。「私じゃなくてもいいんだよ。たまたま、話しやすかっただけで」「それで、美月はそれが嫌なのか?」「嫌じゃない。でも……」言葉に詰まる。「私、どんどん勘違いしちゃいそうで怖いの」電話越しに、康太が溜息をついた。「美月。蓮くんはさ、きっと美月のことを『特別なファン』だと思ってんだろ。でもそれが恋愛感情かどうかは、わからねえ」「うん……」「でも美月は、もう好きなんだろ?声優の柊木蓮じゃなくて、人間としての彼を」ドキリとした。「推しとして好きなのと、恋として好きなのって……違うよね」受話器を握る手が震える。「美月は今、どっちなんだ?」わからない。わからないけど、でも——「夜中にDMが来ると、嬉しくて眠れなくなる。蓮くんが誰かと話してる写真を見ると、胸が痛くなる。それって……」電話越しに、康太の声。「恋だよ、美月。美月、恋してんだよ」認めたくなかった。だって、報われるわけがない。三十一歳の平凡な会社員が、二十五歳の人気声優と恋愛なんて。そんなの、ありえない。その夜、画面に通知が表示された。蓮くんからのメッセージ。『今日、新しいアニメの発表があったんです』返信を打ち込む。『おめでとうございます!』送信。すぐに返事が届く
last updateLast Updated : 2025-12-03
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第5話 秘密のカフェで、二人きり

十一月になり、街はすっかり冬の装いになった。蓮くんとのDMは相変わらず続いていて、もはや日常の一部になっていた。そんなある日。画面に通知が表示された。蓮くんからのメッセージ。『突然なんですが、今週末、お時間ありますか?』仕事中だったけれど、思わず声が出そうになった。周りを見回して、誰も見ていないことを確認してから返信を打ち込む。『はい、大丈夫です』送信。すぐに返事が届く。『少し、直接お話ししたくて。もしよければ……会えませんか?』画面を二度見した。会う?蓮くんと、二人で?文字を打ち込む。『ご迷惑でなければ、ぜひ』送信してから、手が震え始めた。これは、何?デート?いや、違う。きっと、ただの……なんだろう。メッセージが届く。『ありがとうございます。詳細は後ほど送ります。人目につかない場所がいいので』人目につかない場所。そうだよね。蓮くんは有名人だから、普通にカフェとかには行けない。当日。指定された場所は、都内の閑静な住宅街にある小さなカフェだった。個室完備、予約制。芸能関係者がよく使う店らしい。「こんにちは」店の奥の個室に案内されると、そこに蓮くんがいた。黒いパーカーに、キャップ。マスクをしている。「来てくれてありがとうございます」マスクを外した蓮くん。テレビで見るより、ずっと近い。「い、いえ……お忙しい中、お誘いいただいて」緊張で声が震える。「座ってください」促されて、向かい側の席に座る。テーブルを挟んで、蓮くんと二人きり。これは夢だろうか。「あの、その……今日は……」「ごめんなさい、急に呼び出して」蓮くんが申し訳なさそうに笑う。「でも、どうしても直接お礼が言いたくて」「お礼……ですか?」「はい。この一ヶ月、いつも話を聞いてくれて。本当に助かってました」蓮くんの表情は、いつもイベントで見る笑顔とは違った。もっと柔らかくて、素の顔。「僕、実は……結構しんどかったんです。仕事も、人間関係も」注文したコーヒーが運ばれてくる。店員さんが去ってから、蓮くんは続けた。「SNSで叩かれることも増えて。演技が下手だとか、調子乗ってるとか」「そんなこと……」「慣れてるつもりだったんですけど、やっぱりきついんですよね」蓮くんが苦笑する。「でも、あなたとのDMが……すごく心の支え
last updateLast Updated : 2025-12-05
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第6話 炎上と距離

それから、蓮くんとは二回ほど会った。いつも人目につかない場所で、短い時間だけ。でも、その時間が私にとって宝物だった。LINEも毎日のように続いていた。おはよう、おやすみ。今日はこんなことがあった。そんな、他愛もない会話。でも、それが嬉しかった。十二月に入ったある日。朝、Twitterを開いて——凍りついた。タイムラインが、荒れている。『柊木蓮、女と密会?』『人気声優・柊木蓮の熱愛発覚か』『目撃情報:渋谷のカフェで女性と』心臓が早鐘を打つ。スレッドを開くと、そこには写真があった。遠くから撮られた、ぼやけた写真。でも、確かに蓮くんだとわかる。そして、その向かいに座る女性——「これ……私……?」先週、蓮くんと会った時の写真だ。コメント欄を見る。『誰だよこの女』『リアコファンやってる私死亡』『声優のくせに女遊びとか最低』『顔見えないけどブスそう』地獄だった。手が震える。これ、私のせいだ。蓮くんが、こんなことに——すぐにLINEを開いた。文字を打ち込む。『大丈夫ですか?』送信。既読がすぐについた。でも、返信は来ない。一時間が経った。二時間が経った。仕事中も、スマホが気になって仕方がなかった。会社にいても、仕事が手につかなかった。スマホを見るたび、Twitterのトレンドに蓮くんの名前が上がっている。『柊木蓮 彼女』『柊木蓮 炎上』『柊木蓮 女』午後三時。ようやく、LINEに通知が表示された。『お待たせしてすみません』次の行。『事務所から、しばらく個人的な交流を控えるよう言われました』胸が冷たくなる。また文字が表示される。『写真の件は、「友人と食事をしていた」ということで落ち着きそうです。でも……』次のメッセージ。『念のため、しばらく連絡も控えた方がいいかもしれません』ああ。やっぱり。文字を打ち込む。『わかりました。蓮くんの仕事に迷惑かけるわけにはいかないので』送信してから、涙が溢れてきた。画面に返信が表示される。『本当にごめんなさい』次の行。『あなたは何も悪くないです。僕が、不用意だった』また文字が表示される。『でも……』しばらく間があって。『あなたと話せなくなるのは、正直辛いです』その言葉が、胸に刺さった。次のメッセージ。『でも、今はこ
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第7話それでも、あなたの声が好き

蓮くんからのLINEが途絶えて、三週間が経った。最後に届いたメッセージは、あの日のもの。『少し時間が経って、落ち着いたら……また、連絡してもいいですか?』私は『もちろんです。待ってます』と返した。あの時は既読がついた。でも、それから三週間。新しいメッセージは、何も来ない。最初の一週間は、何度もLINEを開いた。新しい通知が来るかもしれない。返信が来るかもしれない。でも、何も変わらなかった。二週間目には、もう開くのをやめた。見るたびに、胸が痛むから。三週間目の今日。一月の冷たい夜。会社から帰宅して、いつものようにYouTubeを開いた。蓮くんのラジオチャンネル。『柊木蓮の夜更けラジオ』毎週金曜、午後十時から生配信される。今日も、配信予定の通知が表示されていた。私は画面の前に座り、配信開始を待った。もう会えない。もう話せない。でも、この声だけは聞いていたい。午後十時。配信が始まる。画面に映る蓮くんは、いつも通り穏やかな笑顔で手を振っていた。「みなさん、こんばんは。柊木蓮です」その声を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。やっぱり、好きだ。この声が、この人が、好きだ。ラジオは順調に進んでいた。新しい出演作の告知、最近ハマっているゲームの話、ファンからの質問コーナー。コメント欄が流れていく。『蓮くん今日もイケボ〜』『新作楽しみ!』『今日も癒されます』いつもの、平和な空気。そして——「最近、SNSで色々言われてるのは知ってます」蓮くんがそう切り出した瞬間、画面のコメント欄が一気に騒がしくなった。『あの炎上のこと?』『誰と会ってたの?』『彼女いるの??』蓮くんは少し困ったような笑みを浮かべて、言った。「ええと……あれは、ただの知り合いと会ってただけです。たまたま写真撮られちゃっただけで」——知り合い。その言葉が、胸に刺さった。「特別な人とか、そういうのは全然いないので、安心してください」画面の向こうで、蓮くんはファンに向かって笑いかけている。優しい声。穏やかな表情。ファンを安心させるための、完璧な笑顔。——でも、私には届かない。コメント欄が安堵の声で埋まっていく。『よかった〜』『蓮くんは私たちのもの!』『安心した!』私は、ただの「知り合い」。特別でも何でもない。涙
last updateLast Updated : 2025-12-10
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第8話 雨の中で待つ理由

それから、蓮くんとのLINEは少しずつ再開した。以前のように毎日ではない。数日に一度、短いメッセージだけ。でも、それでも嬉しかった。繋がっている。まだ、終わってない。一月の終わり。会社帰り、急に雨が降り出した。傘を持っていなかった。コンビニで買おうかと思ったけれど、もう駅まで走った方が早い。濡れながら駅に向かって走る。冷たい雨が、頬を叩く。駅の階段を上がって、改札をくぐる。ホームに出る。人はまばら。電車まで、あと五分。濡れた髪を手で払う。その時——「美月さん」声。聞き覚えのある、低い声。振り返る。そこに、蓮くんがいた。黒いコート。傘を持っている。「……蓮くん?」信じられなくて、もう一度見る。でも、確かに彼だった。「どうして……」「傘、持ってないと思って」蓮くんが微笑む。「え?」「LINEで、今日会社だって言ってましたよね。で、天気予報見たら夕方から雨で……」私が今日会社だと言ったのは、昨日のLINE。でも、なんで——「美月さん、いつも傘持ち歩かないから」蓮くんが、少し困ったように笑う。「もしかしたら濡れてるかなって」心臓が、うるさい。「だから、来ました」「……どうして、私がここにいるってわかったの?」「以前、最寄り駅の話をしたじゃないですか」そういえば、した。何気ない会話の中で。「それを、覚えてて……?」「はい」蓮くんが一歩、近づく。「美月さんのこと、全部覚えてます」雨の音が、遠くなる。「好きな食べ物。嫌いな食べ物。休みの日の過ごし方。いつも使ってるペンの色。朝が弱いこと。コーヒーは砂糖なしで飲むこと。夜更かしすると次の日しんどいこと」一つ一つ、丁寧に。私が話したこと、全部。「全部、覚えてます」蓮くんの目が、真っ直ぐに私を見ている。「だって——」言葉を切って、蓮くんが少しだけ視線を逸らす。「美月さんのこと、知りたかったから」「蓮くん……」「最初に会った時から、気になってたんです。あのイベントで、瑠璃色のペンを持ってた美月さん。お手紙に書いてあった、アルベルトの話。僕が一番苦しかった時期に、支えてくれた作品を、美月さんも大切にしてくれてた」蓮くんが微笑む。雨が、強くなる。「それから、美月さんのことが気になって。DMを送って、話をして……どんどん、
last updateLast Updated : 2025-12-12
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第9-1話 違和感①

蓮くんと付き合い始めて、二週間が経った。毎日LINEが来る。おはよう、おやすみ。今何してる?誰といる?最初は嬉しかった。推しが、恋人になった。夢みたいだ。でも——少しずつ、違和感が芽生え始めた。ある日、会社の同僚と飲みに行った。久しぶりに楽しい時間を過ごして、帰宅したのは午後十時。スマホを見ると、LINEが十件以上来ていた。蓮くんからだ。『今どこ?』『誰といるの?』『返信ないけど、大丈夫?』『美月さん?』『心配です』『電話出てください』『なんで出ないんですか』『美月さん、どこにいるんですか』『連絡ください』『美月さん』最後のメッセージの時刻は、五分前。慌てて返信を打ち込む。『ごめんなさい、同僚と飲みに行ってました。今帰宅しました』送信。すぐに既読がつく。そして、電話がかかってきた。「もしもし」『美月さん、大丈夫でしたか?』蓮くんの声。少し、焦ったような声。「ごめんなさい、スマホ見てなくて……」『誰と飲みに行ってたんですか?』「会社の同僚です。女性二人で」『……そうなんですね』電話越しに、蓮くんが息をつく音が聞こえた。『心配しました。連絡ないから』「ごめんなさい……」『次からは、出かける前に教えてもらえますか?』「え?」『美月さんがどこにいるのかわからないと、心配で仕事に集中できないんです』その言葉に、少しだけ引っかかった。「……わかりました」『ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい』電話が切れた。スマホを見つめたまま、しばらく動けなかった。——これって、普通?次の日の夜、蓮くんから電話がかかってきた。「もしもし」『美月さん、今大丈夫ですか?』「はい、大丈夫です」『あの……お願いがあるんですけど』「なんですか?」『SNS、鍵垢にしてもらえませんか?』「え?」『美月さんのTwitter、鍵ついてないじゃないですか』「……はい」『誰でも見られるの、ちょっと嫌で』「でも、私そんなに投稿してないですし……」『それでも』蓮くんの声が、少し強くなる。『美月さんのこと、他の人に見られたくないんです』心臓が、ドクンと跳ねた。「……わかりました」『ありがとうございます。じゃあ、明日空いてますか?』「あ、明日は……友達と約束があって」『友達?』
last updateLast Updated : 2025-12-15
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