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赤き月に咲く花よ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

25 チャプター

第11話 突きつけられる悪意

 制限って、ゲームでよく使われるシステムだよね。ストーリーの進行度や装備に設けられて、特定のレベルに達するとイベントなんかで解放されていくやつ。 かたや容量は現代日本人にとって、ある意味馴染み深いものだと思う。スマホの空き容量が足りなくて、アプリを取捨択一した経験は誰しもあるはず。 今、わたしには100のDLC枠があって、この範囲で技術を習得しなければならない。確認すると、棒術容量が5、晶術が一属性レベル1で容量は2の分配だ。これならば全てを補える。晶術の属性は全部で5つ。地水火風に加え、温度を操る熱だ。 遠距離から攻撃できるに越した事はないけど、不意打ちを食らったり素早い敵も想定すれば、近距離の棒術も取った方が心強いよね。 そう考えて、晶術と棒術の取得を決めた。合計10,500ダルフとお高い買い物だけど、背に腹はかえられない。 早速購入を選択すると、エラー音が響いた。『所持金が不足しています』    思いがけない返答に、わたしは一瞬固まった。そんなまさかと再度購入するも、返るのは無情な声だけ。『所持金が不足しています』 ザワザワと木々の揺れる音が、やけに大きく聞こえる。視界にも、赤い文字でエラーが表示されていた。穴が空くほどに見つめ、次第に笑いが漏れる。「え? いやいや、そんな事ないでしょう……? だって前金、くれるって言ってたよ……? ねぇ、今の所持金って、いくらなの?」 震える声で問えば、モイラは無慈悲に応えた。『現在の所持金、990ダルフ』 それは想像以上に少ない額だった。さっき飲んだ水の代金を入れても、たったの1,000ダルフ。前金は5万ジード、日本円にして500万、この星では5,000万ダルフにもなる。それが、たったの1,000ダルフ?「は……?  何で……前金は!?」 当然の疑問にも、モイラは淡々としている。『未成年のため金銭管理の権限がありません』 抑揚のない音声と空中に浮かぶ無機質な文字に、わたしは愕然とするしかなかった。確かに、わたしはまだ15才だよ。大金を持つには未熟だって事も分かる。 でも、そんな未成年を選んだのはあっちじゃない。その上でこの仕打ち? 怒りを覚えるのは当然だ。(未成年だから自分でお金の管理ができない? 何それ……確かに500万は大金だよ。でも
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第12話 遭遇

「ちょっと待って、じゃあ月1万ダルフっていうのはどうなるの!?」 森中に木霊するのも構わずに叫んでいた。基礎的な知識はあるものの、勝手も分からない見ず知らずの土地で、金銭だけでも余裕があると思っていたからこそ、あまり深く考えていなかった。技術や支給品とやらを当てにもしていたし、望んだものでは無いけど、チートの存在に頼っていた部分もある。あの家族と離別できてラッキーとさえ思っていたのに。 頼みの綱である金銭がこれでは、どうにもならない。『月々支払われる1万ダルフに関しては、セトア・コオ名義の口座にプールされます。出金の際には担当官、イコナ・ハインコーフの承認が必要です。なお、現地での所得に関してはこの限りではありません。プールされた金銭は成人後、または任務成功時に全額インベントリ・リングへ送金されます』 つまり追加で金銭を得るには、あのイコナに頭を下げるか、現地で働いて、自力で稼がねばならないって事? 一方的な任務を拒否できない変わりに、報奨金を対価としているんじゃないの!? そんな説明なんて何もせず、未成年だと難癖つけて与えないなんて、契約違反も甚だしいでしょ。 わたしは沸々と湧き上がる怒りを深呼吸で沈め、問いかけた。「成人っていつ? どうすれば任務成功になるの?」 嫌な予感しかしないけど、先々も見据えるなら確認しなければならない事だ。 そして予感は的中する。『リンゼルハイト連合国において定められた20才を成人とします。また任務については、惑星オルドの未解明データベース補完をもって成功とみなされます』 インストールされている知識は、小型探査機による事前調査で得た、言語や生活習慣など最低限の情報を元に作られてるらしい。それで調べられなかった事項を調査し、百科事典を完成させろと言っているのだ。 それは事実上、不可能。 地球でも人類が知り得る情報はごく一部で、9割は解明されてないって聞いた事がある。自分達のルーツさえはっきりしないのが実情だ。歴史の教科書が年々変化するように、世界は定説と仮説で成り立っている。 未解明データベースの補完なんて、地球の科学でも不可能なのに。 そんな無理難題を金銭を渡さず、その上で生死に責任を負わないなんて。成人前に死ねばほぼタダ働き。最初から成功報酬を渡す気はな
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第13話 山猫

 猫。 それは窓際で丸まり、可愛らしい仕草で癒してくれる愛玩動物。撫でると喉を鳴らし、足元にすり寄ってくる。かと思えば、何がスイッチなのか態度を180度変え、つれない態度を取ったり噛みついたりもするけど、それもまた猫の魅力のひとつだろう。最近では野良猫も数を減らし、保護活動が盛んらしい。 動物を扱ったバラエティ番組も増えている。わたしが家事に追われる背後で、姉達の団欒の声が教えてくれた。その中でも保護猫や保護犬のコーナーは尺が長い。そこには、保護されてケージに入れられた猫が怯え、うずくまり威嚇する場面が散見される。視聴者は可哀そうな猫を見て、庇護欲を掻き立てられるようだ。 姉は、その戦略に見事にハマっていた。 「かわいそう、姫もこの子達助けたいな」 そう言いながらお菓子を摘まんで、結局行動することはなく、ただぬくぬくとした環境で優越感に浸っている。『かわいそう』という言葉は、裏返せば『自分がそうでなくて良かった』という意味なのだから。 だけど、もしそういった施設で働いた経験のある人なら、想像できるはず。 猫は獣だという事を。 かく言うわたしも、それを知っていた。 まだ今よりも幼かったある日の、小学校の帰り道。ふと上を見上げると、キジ猫が塀の上で微睡んで、気持ちよさそうにヒゲを揺らしていた。夕飯の支度のために急いでいたけど、動物を触った経験がなかったわたしは誘惑に負けて手を出してしまう。最初はつん、と横腹を突いた。するとピクリと反応して、昼寝を邪魔する不届き物を睥睨してくる。 初めて触れた猫は柔らかく、暖かくて可愛らしい。反応してくれることも嬉しくて、猫の嫌がる尻尾や腹まで無遠慮に撫で回してしまった。 他の人なら、猫の威嚇は知っているのかもしれない。だけどわたしは無知だった。しつこく纏わりついて、ついには怒らせ、猛攻撃を受ける羽目になる。猫はそれまでの愛らしさはどこへやら。体勢を低くして、耳を倒し目と鼻は三角に、唸り声は上げずにじり寄り、顔面を狙って飛びかかってくる。 それはまるで、小学校の授業で観た野生動物の狩りのようだった。 あれでも本気ではなかったのかもしれない。でも、それは噂で聞く猫パンチなんて可愛げのあるものではなく、本気で殺されると思った。 無数の切り傷を作りながらその場から
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第14話 獣

 見た目は猫そのものだけど、大きさが尋常じゃない。大型犬ほどの巨大な猫が、木の上からわたしを獲物として見据えている。昔は普通の猫だったから助かったものの、この大きさ相手で生き延びるのは難しい。 もしかしたら、この猫がセトアの死因なのかもしれない。こんな猛獣がいる森だったなんて、さすがに予想外だった。 とにかく今は逃げる事が優先だ。この手の動物は、逃げると追いかける習性があると授業でも習った。早鐘を打つ心臓に、焦るな、ゆっくりと言い聞かせ後ずさる。 が、体は正直なもので、足が絡まり、数歩もしないうちに思いっきり尻餅をついてしまった。腰は抜けて、立ち上がろうにも力が入らず、全身が面白いほどガクガクと震え、まるで下手な操り人形のように無様だ。それでもなんとか逃げようと這いずるように後退すれば、木の硬い感触にぶつかり、もう後がない事を否が応でも思い知らされる。 そんな獲物を見て、野ネズミほどの脅威もないと悟ったのか、猫は悠々と木から降り立ち、ゆっくりと近付いてくる。一気に襲いかからないのは、おもちゃ代わりにでもするつもりなのかもしれない。 (どうしよう! 何か!  何か武器になるもの!) 冗談じゃない、嬲られてたまるかと必死に辺りをまさぐり、手に触れるものを片っ端から投げつけるも楽々と躱されてしまう。辺りに散る草や小石を横目に、馬鹿にしたいやらしい笑みを浮かべ、息がかかるほど間近に巨大な顔が迫って来た。身体は恐怖に引きつり、嫌な汗が背中を伝う。 猫が鼻を鳴らした、その一瞬後。 わたしは数メートル先の木に叩きつけられていた。身体中の骨が軋み、息ができない。何が起きたのか分からず混乱する頭を、ワンテンポ遅れて激痛が襲う。たまらず呻き声を漏らし、額に手を当てると生温い液体が髪を伝って滴り落ちた。起き上がれず痛みにもがいていると、喜び勇んで駆けてくる猫が霞む視界の端に見える。(晶術……はお金が足りない! 武器も、何もない……! 何か、枝でも何でもいい! なにかダメだいやだよわたしこんなんで死ぬのいやだイコナ見てんじゃないの助けろよふざけんなバカ!) 痛みと恐怖にまとまらない頭で、せめてもの抵抗と咄嗟に鞄で顔を守るように構え、身を縮ませ衝撃に怯えた。 そして森に悲鳴が轟く。 だけど、それはわたしのものではなく、猫の悲鳴だった。 
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第15話 残された人々 act-1

 日本のとある町に住む主婦、佐伯夕子は上機嫌だった。長女である可愛い姫の奴隷が、思いのほか高く売れたのだ。 ある日、何の前触れもなく、政府の関係者と名乗る男がやってきた。    その男は作り物めいた白磁の顔を柔和に緩め、優しい口調でゆっくりと説明していく。春の木漏れ日を背に、淡い光を放つ美しさは夕子を魅了し、年甲斐もなく乙女のような心持ちで男の言葉に耳を傾けさせる。 その男が言うには、次女をとある仕事に抜擢したいと言うのだ。この時、夕子は少しばかり躊躇った。 次女を差し出せば、姫の奴隷がいなくなってしまう。そうなったら可愛い我が子が、いらない苦労をする事になるだろう。あの白魚のような手を家事で汚し、ましてや仕事で身を削るなんて耐えられない。私の姫は一生優雅に暮らす価値のある子なのだ。自分は姫を可愛がるので手一杯。だから奴隷を作った。その奴隷を失くすのは痛手になる。 本気でそう考えていた。 しかし、男は鈴のような澄んだ声で言う。国から莫大な謝礼金が出る、そのお金があれば夕子や夫も仕事をせず、姫と共にもっと華やかな生活が送れると。 魅了されていた夕子はなんの疑いも持たず、その甘言に飛びついた。返答を聞いた男は笑みを深め、丁寧に書類を見せながら説明してくれる。その姿勢も好感が持てるもので、夕子は増々傾倒していった。文面をよく確認もせず、言われるがままに判を押し手続きは進む。 全ての書類を再確認し、男が辞そうと玄関框から立ち上がると、夕子はお茶に誘うもやんわりと断られ、去っていく後姿を粘ついた視線で見送った。 男の姿が見えなくなると、残り香を求めるように手元の書類に視線を落とす。そこには5を先頭に、8つの0が並んでいる。ついつい口元が歪むのを堪えきれず、夕子は軽い足取りで可愛い姫の元へ向かった。 しかし、謝礼金が振り込まれると約束された、その日。 歓喜は絶望に変わる。 朝一番に銀行を訪れた夕子の通帳には、なんの記載もなかったのだ。 この時点で、既に花子は生贄に差し出していた。仕事とやらの都合で、先に送ってくれと言われていたのだ。到着を確認した上で、振り込みをするというから素直に従った。奴隷が不在の間は不便だったが、謝礼金を当てにしてヘルパーも雇っている。 だが、通帳にはたった4桁の数字が記載さ
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第16話 見知らぬ部屋

 遠くにざわめきを感じて、ゆっくりと意識が浮上してくる。 うっすらと目を開けると、荒い木の板を張り合わせた天井が見えた。視線を横にずらせば、開け放たれた窓から澄み渡った青い空が覗いている。声に耳を澄ますと、風が運ぶ香ばしい匂いが鼻をくすぐった。 その声と美味しそうな匂いが気になって、起き上がろうと試みるも、体中を激痛が走り身を固くする。よく見ると、あちこちに包帯が巻かれ、大小の切り傷や擦り傷が無数に刻まれていた。その傷にも全て、黄色い軟膏のようなものが塗られているのが分かる。(手当て……されてる……?) それは、最後に見た大きい背中を思い出させた。(あの人が手当てしてくれたのかな) 逆光でよく見えなかったけど、男の人で間違いないはず。(ありがたい……けど……)    ちらりと胸元を見れば、服の下にも包帯が巻かれている。それは脱がされたことを物語っていた。(う~ん……命の恩人だし、人命救助に文句は言えないか) 逆に貧相な身体を見せてしまって申し訳なかったかもしれない。セトアの身体だけど、今はわたしの身体だし、責任はわたしだよね。 あ、そう言えば。「モイラは見てないの? わたしを助けてくれた人」 モイラはモニタリング用のナノマシンだ。もしかしたらドラレコみたいに画像が残っていないだろうか。そう思って聞いてみても、返ってきたのは素っ気ない声だった。『私はセトア・コオの五感をモニタリングしています。そのため、失神状態の場合は回線がシャットダウンされ、記録されません』 言われてみれば当たり前なのか。ドラレコは駐車中も記録するから、その方が高性能な気がしなくもない。そんなことを考えていると、モイラが突然割って入ってきた。それは今までなかったことで、びくりと肩が跳ねる。どうしたんだろう、わたしが話しかけないと全然反応しなかったのに。 そんなわたしを置いて、モイラは一方的に文字を並べる。『モニタリングの設定を変更しますか?』 それは若干怒っているようにも見えて、なんだか人間っぽいところが面白い。思わず笑いが零れると、急かすように『YES or NO?』の文字が点滅した。 私は苦笑いしながらも、YESと頷く。すると『フルモ二タリングに移行します』との声が返ってきた。これで常時記録されるってことかな。    ひとつ変化があるだけで、
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第17話 生活基盤

 語彙力の乏しい感想が口から零れ落ちる。イコナの話を聞いて、実感がないままこの星に落とされたから、今まではモイラだけがこの世界を感じる術だった。だけど、ここは肌で異世界を感じられる場所で、それは夢落ちという淡い希望を見事に打ち砕くものでもあって。 興奮よりも突きつけられた現実が勝り、急速に心が冷えていく。すとん、とベッドに座り込むと、不意に蘇るのは――わたしを獲物として見下ろす、あのギラついた瞳。 それを思い出した途端、どっと冷や汗が吹き出て、呼吸も定まらずに掻き抱いた身体が小刻みに震える。もうどこにもあの猫はいないのに、まだこの部屋で息を潜めているのではないかと錯覚を覚えてしまう。 もし、あそこで助けがなかったら、わたしは確実に死んでいただろう。イコナの身勝手な都合で右も左も分からない場所に落とされて、すぐにゲームオーバーだなんて死んでも死にきれない。せめて、セトアの分も生きようと決めた矢先だったのに。 本当に、あの人には心から感謝したい。あんなタイミングで現れるから、少女漫画みたいなんて思ってしまったけど。『心拍数上昇、シナプスに異常あり。極度の緊張状態を感知しました。鎮静剤を投与しますか?』 緊急を知らせるモイラの声はどこまでも平坦で、不思議と心を落ち着かせる。「ううん。ありがとう、モイラ。大丈夫……大丈夫」 自分に言い聞かせるように呟いて、大きく深呼吸し両手を握りしめると、次第に震えは収まってきた。こういう時も、モイラがいてくれるのはありがたい。      ふぅ、と息を吐いて、今度は室内に視線を巡らせた。それだけで全容が把握できるほどに、この部屋は狭く、薄暗い。窓からの陽射しがあるから、多少マシな程度だ。 古びた土壁は所々剥がれレンガがむき出しになってるし、板床も浮き上がりギシギシと音が鳴るだろうことは容易に見て取れる。粗末なベッドがふたつと、片隅にワードローブが置かれているだけの簡素な部屋だ。 サイドテーブルの上のロウソクが、何もない室内で妙な存在感を主張している。 わたしは窓際に置かれたベッドに寝かされていた。おそらく、手当てしてくれた人の優しさだ。窓が開かれているから、暖かな陽気と、さわやかな風が入ってくる。狭い部屋では上座と言えるのでは?(でも……) ここでのんびりくつろいでいても、事態は好転しない。 やっぱりこ
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第18話 銭勘定

 まず第一に知らなければいけないのは物価だろうか。「モイラ、1ヶ月の生活費ってどのくらいかかるのか分かる?」『1ヶ月の平均的なひとりあたりの生活費は食費200ダルフ、燃料などを含む雑費300ダルフ、家賃500ダルフ、計1,000ダルフです。セトア・コオには生活費として1,000ダルフが毎月支給されます。』 ナビの返答にわたしは頭を抱えた。今の所持金は990ダルフ、ギリギリだ。  1ヶ月分としては十分かもしれないけど、子供ひとりで家が借りられるのかも不安だし、服も一着しかない。下着類も同じ。家財道具などんてひとつも無いのに、生活基盤を整えるには到底足りない。 それなら住み込みの仕事を探すべきなのだろうか。家事なら今までもやってきたから可能かもしれない。家賃や食費も節約できるだろうし。問題は、見るからに貧相なわたしを雇ってくれる場所があるのかどうか。雇用するのはそれなりの店や家庭になるはずだから。 わたしは確認も込めてモイラに尋ねた。「わたしを雇ってくれる家事手伝いの仕事って、ありそう?」 その返答はある意味、至極当然のものだった。『オルドでは原始的な家事仕事であるため、炊事には薪を使い、清掃や洗濯も全て手作業となります。清掃であれば可能ですが、それのみでの募集はないと思われます。以上のことから、セトア・コオの家事における就業は不可能と判断します』 そう……だよね。 家事をやらされていたとはいえ、それは文明の利器たる家電に頼ってのことだ。薪で火を起こせと言われてもわたしにはできない。水道も無さそうだから、井戸だと考えるのが妥当かな。 掃除にしても水くみは必須だろうし、これでは至極簡単な雑用仕事でも就くのは難しいかもしれない。「ちなみに、子供が働いた場合の給金ってどれくらいか分かる?」 モイラは数秒の間を開けて答えた。『データベース確認中――ヒットしました。オルドにおいては子供の場合、奉公に出されることが多く、その際の給金は月に50ダルフほどです。これは生活費を引かれた金額となります』 食費の4分の1……住み込みとしてその給金はどうなんだろう。貰えるだけ良いのか。いやでも毎月支給される1,000ダルフを含めればかなり余裕は出る。だけど、そもそも仕事に就けるのかさえ怪しいし……。 そこでふと疑問が湧いて出た。「ちょっと待って。それで考
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第19話 ぬくもり

 これからの先の見えない生活に、意気消沈してしまう。この状態じゃ恩人さんにお礼をするどころか、生きていく事さえ困難だ。いっそ任務なんて放置してやろうか。だって私は了承した覚えはないし、向こうが約束を破ってきてるんだもの。 だけど、フルスキャンに移行したモイラがすかさず苦言を呈した。『任務放棄と見做された場合、強制収容となります』 ぞっとするその言葉に頭を抱えていると、扉をノックしひとりの女性が現れた。 その姿を見た瞬間。 あぁ、わたしはやっぱり夢を見ていたんだ。  そう思うくらいにその人は美しかった。 20代前半と思わしきその女性は、肩までの薄い水色の髪が艶やかに波打ち、肌は眩しいほどに白く、大きな瞳は深い青で唇は曇りのない薄紅色。 立襟のブラウスはドルマンスリーブで、ゆったりとしたシルエットながら豊満な胸が容易に想像できる。反して足元はタイトなズボンに包まれ、オーバーニーのピンヒールブーツがどことなく背徳感を醸し出していた。「良かった。お目覚めになられたのですね」 優しく弧を描く口元から鈴のような澄んだ声が奏でられる。こういう人こそ姫と呼ぶに相応しいのだろう。動作もゆったりとして優雅、姉の言動とは雲泥の差だ。 その人は手にしていた籠をサイドテーブルに置くと、静かにわたしへと手を伸ばした。「失礼しますわね」 ほっそりとした指が額に触れると、ヒンヤリと心地良く、うっとりと目を閉じる。「熱も下がったようですわね、安心いたしました。しかしまだ傷は治っていないのですから、ご無理をなさらずに。お腹は空いていませんか? 果物をお持ちしましたのよ」 そう言いながら、籠に盛られた赤く瑞々しい果物を見せてくれた。「……おいしそう……」 そう言うのと同時にお腹が鳴った。 恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってしまうわたしを見ながら、彼女はふんわりと微笑むと小刀で器用に切り分けてくれる。それは見た目はリンゴっぽくて、中まで赤い果物だった。くし型に切った実を小皿に並べていきながら、形のいい唇が開く。「ケリと言う木の実だそうですわ。この土地の名物なのですって」 物珍しそうに見ていたら、そう教えてくれた。  きれいに並んだ赤い実は瑞々しく、ごくりと唾を飲み込む。不安気に見上げると、そっと差し出してくれた。おそるおそる摘まんでみると意外に硬く、一口かじ
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第20話 恩人

「お兄さん……ですか」 その人が、あの森で助けてくれたのか。あそこで助けがなければわたしは確実に死んでいただろうから、感謝してもしきれない。「はい。今は所用で出ておりますが、戻ったらご紹介いたしますわね」 今はいないのか……どんな人なんだろう。あの時は逆光になってて顔もよくわからなかったし、正直お礼を言えるような状態でもなかった。会えたら、丁寧にお礼を言わなくちゃいけないな。会えるのが今から楽しみだ。 とりあえず、まずはできることからやっていこう。今できることといえば、どうにかして看てくれていた恩に報いることだろう。わたしに何ができるのか、モイラの回答じゃ役に立てることは少ないかもしれない、正直、できることなんてたかが知れてる。それでも、何かしなくてはという焦りから、ひとつの提案をしてみた。「あの、お世話になったお礼とか、ここの宿代? のお金とかお返ししたいのですが、わたしあまり手持ちがなくて……全てお渡ししたとしても到底足りないと思うんです。代わりにと言ってはあれですが、わたしにできることはありませんか? お恥ずかしい話、まともな家事もできないのでお役に立てるかどうか分からないのですが……できる限りのことはしますから!」 半ば縋りつくようにお願いすると、頬に指を当て少し思案してから答えてくれる。「そうですわね……、では私のお手伝いをしていただけますか? ちょうどお使いや簡単な雑用をお願いできる方を探していましたの。けれど、治癒晶術を使ってはいますが、まだ傷も癒えてはいません。治癒晶術は対象の治癒力を高めるため体力を消耗いたしますから、極端な治癒はできないんですの。ですから、完治するにはまだ時間が必要ですわ。体調も見ながら、他にもお仕事をお願いするかもしれませんが、それでもよろしいですか?」 てっきり断られるとばかり思っていたのに、意外にも受け入れてもらえたことに安堵し、胸を撫で下ろす。見ず知らずのわたしに晶術まで使ってくれていたことにも嬉しくなり、思わず笑みが零れてしまった。だって2,000ダルフもするものだよ? 受け入れてもらえたからには、身を粉にしてでも恩返しをしたい。決意も新たにすると、元気よく返事を返した。「はい! よろしくお願いします! えっと……」 そこで、まだ名前を聞いていないことに気付いく。「あの、お名前を伺
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