ログイン異星オルドに拐われ、新たな名セトアとして生きることになった花子は、過酷な任務に放り込まれ、力も金も当てにできず絶望の淵へ追い込まれる。 そんな彼女を救ったのは、竜族の兄ベルと妹ツェティ、そして狼人族ヨウ。 旅と戦いの中で、セトアとベルは互いに惹かれ合いながらも、ベルは生まれにまつわる秘密ゆえに想いを封じ込める。身を引こうとする彼に、セトアは真っ直ぐに愛を向ける。 惑星の命運が揺らぐ中で紡がれる、少女がただひとりの存在と出会い、愛に育てられていく物語。
もっと見る 気がつけば、どこまでも続く見渡す限りの大草原の中に、わたしはひとり佇んでいた。空は青く澄み渡り、さわさわと風が頬を撫で、草の香りが鼻をくすぐる。肩で揃えた
あぁ、夢を見ているんだなと、わたしは何の感慨も無く思う。
こんな場所、近所には無いし、実家は一応都市圏内だ。でも、夢を見るような状況にはなかったはず。そう思い、頭を捻りながら直近の記憶を掘り起こす。
たしか、角を曲がったら目眩がしたんだ。視界が暗くなって、それで……そこからの記憶は曖昧で覚えていない。貧血でも起こしたのかな?
早く帰らないと、遅くなったらまた折檻される。もう慣れてしまったそれは体中に刻まれていて、それ自体よりも、くだらない事に時間を割かれるのが嫌だった。
(面倒くさいな……)
大きく息を吐くと、不意に視線を感じ振り返る。そこには見知らぬ男性がひとり、静かに微笑んでいた。20才くらいの青年で、均整のとれた長身に金の髪と青い瞳が目を引いた。現実離れした映画俳優のような容姿に、思わずじっと見惚れてしまう。
何も言わないわたしに対して、男性はふわりと微笑み、形のいい唇を開いた。
「佐伯 花子さん、1月4日生まれの中学3年生15才。お間違いないですね?」
滑舌良く、手にしたファイルを確認しながら問う姿は事務的で、一気に現実味を帯びた。いくら夢だと分かっていても、この男性はSF映画でよく見る軍服のような、タイトなパンツルックを着こなしている。それは銀とも白とも言い難い、光沢のある布地で作られていた。一歩間違えれば陳腐に見えるその服装も、男性にはよく似合っているけど、草原の中では浮いている。
それが逆にリアルで、まるで狸に化かされたみたいだ。こういうのを
あれやこれやと思考して反応に困っていると、今度は強めに確認され、わたしは慌てて首を縦に振り応じた。
男性はくすりと笑い、ひとつ頷いた。
「急にこんな場所に呼び出されては、混乱するのもしかたがないですね。僕はイコナ・ハインコーフと申します。貴女の担当官です。どうぞよろしく」
聞き慣れない響きの名前に、担当官。いまいちピンとこず首を傾げると『とりあえず落ち着きましょう』と男性、イコナさんが小さく指を鳴らした。
すると何もない空間に簡素な椅子が2脚と丸いテーブルが現れ、わたしは驚きに小さな悲鳴を上げる。
それに気を良くしたのか、イコナさんは得意げにもう一度指を鳴らし、ティーセットを出すと紅茶を注ぎつつ座るように促してきた。
わたしがおそるおそる席に着くと、イコナさんはにっこりと笑う。
「そう固くならずに。気を楽にしてお聞きください」
勧められるまま、白いティーカップに口を付けると、紅茶の香りが緊張を
「ではまず最初に、既にお気づきかと思いますが、ここは貴女の夢の中です。貴女の身体は現在休眠中のため、夢という形で意識に干渉しています。ですから何ら怖がる事はありません」
まるで声優のような澄んだ声で、イコナさんは言う。夢に干渉だなんて、SF過ぎでしょう。これは夢だと分かている、でも本当にわたしの夢なのか。そうであれば今の生活から逃げたいという、わたしの願望の産物なのかもしれない。
願っても叶わない思いに自嘲しながら、続きに耳を傾ける。もう夢を見始めてから結構な時間が過ぎているのだから、今更起きたって結果は変わらないもの。なら夢に浸ってもいいじゃない。
一時、現実から逃れても。
大人しく聞く姿勢になったわたしを、イコナさんは柔和に眺めながら語る。
「さて本題ですが、貴女にリンゼルハイト銀河連合、協定議会より任務が課せられました。これは拒否することが出来ませんが、その対価として報奨金が支払われます」
落ち着いてきた所に、再度落とされた爆弾。いきなり飛び込んできた拒否できないという言葉に、わたしは机を叩き叫んだ。そりゃそうだ、わたしの意志を完全に無視しているんだから。
「なっ……拒否できないってなんですか!? 任務ってそんな、一方的でしょう!? それに銀河連合……? 一体何の話をしているんですか……?」
頭の中は疑問符だらけ。この状況も、イコナさんの言葉も、まるで意味が分からない。うるさく喚くわたしに一瞬、イコナさんの瞳が剣呑に細められた。でもすぐに笑顔に戻り、柔らかく諭す。
「落ち着いて。突然の事で驚かれたでしょう。ですが、事前に保護者の方に確認を取っています。貴女を任務に抜擢したい事、報奨金の事などに承諾を得ているのです。こちらがその書類となります」
イコナさんが指を振ると、目の前にウィンドウが現れる。そこに、わたしは目が釘付けになった。確かに母の字でサインがされている。箇条書きされた文にも目を通せば、拒否不可の文字。赤線が引かれたそれは、重要事項を示すものだろう。
(わたし、売られた……?)
あれから5日が過ぎ、動き回るのに支障がないほどまでに回復したわたしは、早速お使いに出ていた。 この街、ベンデードは関所のある貿易の要所とのことで、露店や大店が軒を連ね大勢の人で賑わっていた。街を円形の防壁が囲み、中央に関所の門がそびえていてる。その関所の左右延長線上に防壁が伸び国境を示していて、わたしがいるのはサファルという国側なのだと聞いた。 往来を行く人々は様々な容貌をしていて、宿屋の窓から眺めていたとはいえ、間近にしたわたしはきょろきょろと挙動不審に周囲に視線を巡らせる。全身毛むくじゃらだったり、耳やしっぽだけ獣の獣人や、わたしと変わらない、所謂人間の見た目をした人。耳の尖ったエルフやずんぐりとしたドワーフ、全身鱗で覆われたリザードマン、羽の生えた小さな妖精まで。色も形も千差万別だ。 この星では言葉を持ち文化を築いている種族は、全て人族と称するのだとか。ここではわたしも猿の獣人に数えられる。毛皮もしっぽも持たないフェルロスという種族で、世界各地に生息し、最も数が多いけど、場所によっては牙無しなんて蔑称で呼ばれることもあるとか。でも、この街では人種も様々行き交っているので差別も少ないらしい。 そんな街の中を四苦八苦しながら手渡されたメモを見つつ、人の波をかき分け辿り着いたのは郵便局だ。白い建物には赤地に黒で大きく郵便局の文字が掲げられている。文字も自動翻訳のおかげで難なく読めるのはありがたい。 今日の使命は手紙を出すこと。 預かった封筒は一目で高級だとわかる紙で折られ、きれいな流線が綴られている。宛名は読めるけど、詮索は失礼だろう。見当もつかないというのもあるけれど。 送料としてお金も預かった。 私の所持金はインベントリ・リングに入れっぱなしになっているので、初めて手にしたお金だ。 1ダルフは青銅貨、10ダルフは銅貨、100ダルフは銀貨、1,000ダルフは金貨、1万ダルフは白金貨。5の位の硬貨には中央に四角い穴が開けられていて、硬貨が使われるのは10万ダルフまで。それ以上の取引は手形や小切手を使うらしい。 預かったのは1,000ダルフ金貨だ。日本円だと1万円。結構な金額なので失くしたり、掏られたりしないようきつく握りしめる。木造の白い扉をくぐると、狭い室内には小さな窓口がひとつ。手紙とい
セトアを置いた部屋から辞したツェリュシェスティアは、廊下の暗がりへと目をやった。 そこには長身の人影がふたつ。「どう……思われますか?」 今はいないはずの兄に、言葉を投げる。 無造作に長く伸ばした灰色の前髪から覗く深緑の瞳は、訝しげに細められていた。「怪しいな」 低く、少し掠れたテノールの声が端的に述べる。顎に手を当て、思案している様子だ。 変わり告げるのは、2メルを超える黄金の毛並みを持つ狼の獣人だった。「あぁ、身なりのわりに身ぎれいで手荒れもないし、農村の娘が家事もまともにできないとか、ありえないだろう。かといって、家出のお嬢様って訳でもなさそうだしな」 どこか面白そうに肩を竦めると、青い瞳を愛し気に見つめた。そっとツェルシェスに手を伸ばし、細い腰を抱く。「私もそう思います。やはり……あの方は来訪者……なのでしょうか」 黄金の毛並みに寄り添い、兄の様子を窺う。 兄は顎をひと撫ですると、重い口を開いた。「その線が濃厚だが……今はこのまま様子を見る。例えそうだったとしても、今までの奴らとは違いすぎるからな。調査も、あいつを囮に続行する」 その言葉に、ツェルシェスティアは胸元で手を握りしめる。 ツェリュシェスティアは直接セトアと会話をし、その性根の優しさに触れていた。だからこそ、か細い少女が不憫でならない。しかし、この場の決定権は兄にある。きゅっと唇を噛みしめ、小さく頷いた。
「お兄さん……ですか」 その人が、あの森で助けてくれたのか。あそこで助けがなければわたしは確実に死んでいただろうから、感謝してもしきれない。「はい。今は所用で出ておりますが、戻ったらご紹介いたしますわね」 今はいないのか……どんな人なんだろう。あの時は逆光になってて顔もよくわからなかったし、正直お礼を言えるような状態でもなかった。会えたら、丁寧にお礼を言わなくちゃいけないな。会えるのが今から楽しみだ。 とりあえず、まずはできることからやっていこう。今できることといえば、どうにかして看てくれていた恩に報いることだろう。わたしに何ができるのか、モイラの回答じゃ役に立てることは少ないかもしれない、正直、できることなんてたかが知れてる。それでも、何かしなくてはという焦りから、ひとつの提案をしてみた。「あの、お世話になったお礼とか、ここの宿代? のお金とかお返ししたいのですが、わたしあまり手持ちがなくて……全てお渡ししたとしても到底足りないと思うんです。代わりにと言ってはあれですが、わたしにできることはありませんか? お恥ずかしい話、まともな家事もできないのでお役に立てるかどうか分からないのですが……できる限りのことはしますから!」 半ば縋りつくようにお願いすると、頬に指を当て少し思案してから答えてくれる。「そうですわね……、では私のお手伝いをしていただけますか? ちょうどお使いや簡単な雑用をお願いできる方を探していましたの。けれど、治癒晶術を使ってはいますが、まだ傷も癒えてはいません。治癒晶術は対象の治癒力を高めるため体力を消耗いたしますから、極端な治癒はできないんですの。ですから、完治するにはまだ時間が必要ですわ。体調も見ながら、他にもお仕事をお願いするかもしれませんが、それでもよろしいですか?」 てっきり断られるとばかり思っていたのに、意外にも受け入れてもらえたことに安堵し、胸を撫で下ろす。見ず知らずのわたしに晶術まで使ってくれていたことにも嬉しくなり、思わず笑みが零れてしまった。だって2,000ダルフもするものだよ? 受け入れてもらえたからには、身を粉にしてでも恩返しをしたい。決意も新たにすると、元気よく返事を返した。「はい! よろしくお願いします! えっと……」 そこで、まだ名前を聞いていないことに気付いく。「あの、お名前を伺
これからの先の見えない生活に、意気消沈してしまう。この状態じゃ恩人さんにお礼をするどころか、生きていく事さえ困難だ。いっそ任務なんて放置してやろうか。だって私は了承した覚えはないし、向こうが約束を破ってきてるんだもの。 だけど、フルスキャンに移行したモイラがすかさず苦言を呈した。『任務放棄と見做された場合、強制収容となります』 ぞっとするその言葉に頭を抱えていると、扉をノックしひとりの女性が現れた。 その姿を見た瞬間。 あぁ、わたしはやっぱり夢を見ていたんだ。 そう思うくらいにその人は美しかった。 20代前半と思わしきその女性は、肩までの薄い水色の髪が艶やかに波打ち、肌は眩しいほどに白く、大きな瞳は深い青で唇は曇りのない薄紅色。 立襟のブラウスはドルマンスリーブで、ゆったりとしたシルエットながら豊満な胸が容易に想像できる。反して足元はタイトなズボンに包まれ、オーバーニーのピンヒールブーツがどことなく背徳感を醸し出していた。「良かった。お目覚めになられたのですね」 優しく弧を描く口元から鈴のような澄んだ声が奏でられる。こういう人こそ姫と呼ぶに相応しいのだろう。動作もゆったりとして優雅、姉の言動とは雲泥の差だ。 その人は手にしていた籠をサイドテーブルに置くと、静かにわたしへと手を伸ばした。「失礼しますわね」 ほっそりとした指が額に触れると、ヒンヤリと心地良く、うっとりと目を閉じる。「熱も下がったようですわね、安心いたしました。しかしまだ傷は治っていないのですから、ご無理をなさらずに。お腹は空いていませんか? 果物をお持ちしましたのよ」 そう言いながら、籠に盛られた赤く瑞々しい果物を見せてくれた。「……おいしそう……」 そう言うのと同時にお腹が鳴った。 恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってしまうわたしを見ながら、彼女はふんわりと微笑むと小刀で器用に切り分けてくれる。それは見た目はリンゴっぽくて、中まで赤い果物だった。くし型に切った実を小皿に並べていきながら、形のいい唇が開く。「ケリと言う木の実だそうですわ。この土地の名物なのですって」 物珍しそうに見ていたら、そう教えてくれた。 きれいに並んだ赤い実は瑞々しく、ごくりと唾を飲み込む。不安気に見上げると、そっと差し出してくれた。おそるおそる摘まんでみると意外に硬く、一口かじ