赤き月に咲く花よ

赤き月に咲く花よ

last updateDernière mise à jour : 2025-12-12
Par:  文月 澪En cours
Langue: Japanese
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異星オルドに拐われ、新たな名セトアとして生きることになった花子は、過酷な任務に放り込まれ、力も金も当てにできず絶望の淵へ追い込まれる。 そんな彼女を救ったのは、竜族の兄ベルと妹ツェティ、そして狼人族ヨウ。 旅と戦いの中で、セトアとベルは互いに惹かれ合いながらも、ベルは生まれにまつわる秘密ゆえに想いを封じ込める。身を引こうとする彼に、セトアは真っ直ぐに愛を向ける。 惑星の命運が揺らぐ中で紡がれる、少女がただひとりの存在と出会い、愛に育てられていく物語。

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Chapitre 1

第1話 白昼夢

 気がつけば、どこまでも続く見渡す限りの大草原の中に、わたしはひとり佇んでいた。空は青く澄み渡り、さわさわと風が頬を撫で、草の香りが鼻をくすぐる。肩で揃えた散切ざんぎりの黒髪が靡いて、空を仰いだ。

 あぁ、夢を見ているんだなと、わたしは何の感慨も無く思う。

 こんな場所、近所には無いし、実家は一応都市圏内だ。でも、夢を見るような状況にはなかったはず。そう思い、頭を捻りながら直近の記憶を掘り起こす。

 たしか、角を曲がったら目眩がしたんだ。視界が暗くなって、それで……そこからの記憶は曖昧で覚えていない。貧血でも起こしたのかな?

 早く帰らないと、遅くなったらまた折檻される。もう慣れてしまったそれは体中に刻まれていて、それ自体よりも、くだらない事に時間を割かれるのが嫌だった。

(面倒くさいな……)

 大きく息を吐くと、不意に視線を感じ振り返る。そこには見知らぬ男性がひとり、静かに微笑んでいた。20才くらいの青年で、均整のとれた長身に金の髪と青い瞳が目を引いた。現実離れした映画俳優のような容姿に、思わずじっと見惚れてしまう。

 何も言わないわたしに対して、男性はふわりと微笑み、形のいい唇を開いた。

「佐伯 花子さん、1月4日生まれの中学3年生15才。お間違いないですね?」

   

 滑舌良く、手にしたファイルを確認しながら問う姿は事務的で、一気に現実味を帯びた。いくら夢だと分かっていても、この長閑のどかな風景とはミスマッチ過ぎて、違和感を覚えてしまう。男性が着ている服も、要因のひとつだ。

 男性はSF映画でよく見る軍服のような、タイトなパンツルックを着こなしている。それは銀とも白とも言い難い、光沢のある布地で作られていた。一歩間違えれば陳腐に見えるその服装も、男性にはよく似合っているけど、草原の中では浮いている。

 それが逆にリアルで、まるで狸に化かされたみたいだ。こういうのを明晰夢めいせきむと言うものだろうか。

 あれやこれやと思考して反応に困っていると、今度は強めに確認され、わたしは慌てて首を縦に振り応じた。

 男性はくすりと笑い、ひとつ頷いた。

「急にこんな場所に呼び出されては、混乱するのもしかたがないですね。僕はイコナ・ハインコーフと申します。貴女の担当官です。どうぞよろしく」

 聞き慣れない響きの名前に、担当官。いまいちピンとこず首を傾げると『とりあえず落ち着きましょう』と男性、イコナさんが小さく指を鳴らした。

 すると何もない空間に簡素な椅子が2脚と丸いテーブルが現れ、わたしは驚きに小さな悲鳴を上げる。

 それに気を良くしたのか、イコナさんは得意げにもう一度指を鳴らし、ティーセットを出すと紅茶を注ぎつつ座るように促してきた。

 わたしがおそるおそる席に着くと、イコナさんはにっこりと笑う。

「そう固くならずに。気を楽にしてお聞きください」

  勧められるまま、白いティーカップに口を付けると、紅茶の香りが緊張をほぐす。ほっと息を吐くわたしを見て、イコナさんは説明を始めた。

「ではまず最初に、既にお気づきかと思いますが、ここは貴女の夢の中です。貴女の身体は現在休眠中のため、夢という形で意識に干渉しています。ですから何ら怖がる事はありません」

 まるで声優のような澄んだ声で、イコナさんは言う。夢に干渉だなんて、SF過ぎでしょう。これは夢だと分かている、でも本当にわたしの夢なのか。そうであれば今の生活から逃げたいという、わたしの願望の産物なのかもしれない。

 願っても叶わない思いに自嘲しながら、続きに耳を傾ける。もう夢を見始めてから結構な時間が過ぎているのだから、今更起きたって結果は変わらないもの。なら夢に浸ってもいいじゃない。

 一時、現実から逃れても。

 大人しく聞く姿勢になったわたしを、イコナさんは柔和に眺めながら語る。

「さて本題ですが、貴女にリンゼルハイト銀河連合、協定議会より任務が課せられました。これは拒否することが出来ませんが、その対価として報奨金が支払われます」

 落ち着いてきた所に、再度落とされた爆弾。いきなり飛び込んできた拒否できないという言葉に、わたしは机を叩き叫んだ。そりゃそうだ、わたしの意志を完全に無視しているんだから。

「なっ……拒否できないってなんですか!? 任務ってそんな、一方的でしょう!? それに銀河連合……? 一体何の話をしているんですか……?」

 頭の中は疑問符だらけ。この状況も、イコナさんの言葉も、まるで意味が分からない。うるさく喚くわたしに一瞬、イコナさんの瞳が剣呑に細められた。でもすぐに笑顔に戻り、柔らかく諭す。

「落ち着いて。突然の事で驚かれたでしょう。ですが、事前に保護者の方に確認を取っています。貴女を任務に抜擢したい事、報奨金の事などに承諾を得ているのです。こちらがその書類となります」

 イコナさんが指を振ると、目の前にウィンドウが現れる。そこに、わたしは目が釘付けになった。確かに母の字でサインがされている。箇条書きされた文にも目を通せば、拒否不可の文字。赤線が引かれたそれは、重要事項を示すものだろう。

(わたし、売られた……?)

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第1話 白昼夢
 気がつけば、どこまでも続く見渡す限りの大草原の中に、わたしはひとり佇んでいた。空は青く澄み渡り、さわさわと風が頬を撫で、草の香りが鼻をくすぐる。肩で揃えた散切りの黒髪が靡いて、空を仰いだ。 あぁ、夢を見ているんだなと、わたしは何の感慨も無く思う。 こんな場所、近所には無いし、実家は一応都市圏内だ。でも、夢を見るような状況にはなかったはず。そう思い、頭を捻りながら直近の記憶を掘り起こす。 たしか、角を曲がったら目眩がしたんだ。視界が暗くなって、それで……そこからの記憶は曖昧で覚えていない。貧血でも起こしたのかな? 早く帰らないと、遅くなったらまた折檻される。もう慣れてしまったそれは体中に刻まれていて、それ自体よりも、くだらない事に時間を割かれるのが嫌だった。(面倒くさいな……) 大きく息を吐くと、不意に視線を感じ振り返る。そこには見知らぬ男性がひとり、静かに微笑んでいた。20才くらいの青年で、均整のとれた長身に金の髪と青い瞳が目を引いた。現実離れした映画俳優のような容姿に、思わずじっと見惚れてしまう。 何も言わないわたしに対して、男性はふわりと微笑み、形のいい唇を開いた。「佐伯 花子さん、1月4日生まれの中学3年生15才。お間違いないですね?」    滑舌良く、手にしたファイルを確認しながら問う姿は事務的で、一気に現実味を帯びた。いくら夢だと分かっていても、この長閑な風景とはミスマッチ過ぎて、違和感を覚えてしまう。男性が着ている服も、要因のひとつだ。 男性はSF映画でよく見る軍服のような、タイトなパンツルックを着こなしている。それは銀とも白とも言い難い、光沢のある布地で作られていた。一歩間違えれば陳腐に見えるその服装も、男性にはよく似合っているけど、草原の中では浮いている。 それが逆にリアルで、まるで狸に化かされたみたいだ。こういうのを明晰夢と言うものだろうか。 あれやこれやと思考して反応に困っていると、今度は強めに確認され、わたしは慌てて首を縦に振り応じた。 男性はくすりと笑い、ひとつ頷いた。「急にこんな場所に呼び出されては、混乱するのもしかたがないですね。僕はイコナ・ハインコーフと申します。貴女の担当官です。どうぞよろしく」 聞き慣れない響きの名前に、担当官。いまいちピンとこず首を傾げ
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第2話 シャットダウン
 普段の母の態度からしても、それは明白だった。「ご納得いただけましたか?」 納得なんて、できるはずない。でも保護者がサインをしている以上、わたしには何も言えなかった。力なく項垂れるわたしに、イコナさんは笑顔のまま、容赦のない言葉を積み重ねる。「前金として連合国レートで5万ジード、これは日本円に換算して約500万に相当します。それに加え月に一度、現地レートで1万ダルフを活動費として支給。こちらは日本円で10万円ほどです。あちらは物価が安いので、十分な生活が可能でしょう。よかったですね」 そこで一度顔を上げ、柔らかく微笑みかける。滑らかに紡がれる言葉は淀みがなく、どこか機械的で、表情とのギャップは不気味にも感じられた。近頃はAI搭載のスマホをよく見聞きするけれど、イコナさんはあれに似た雰囲気をまとっている。 そして続く、言葉の羅列。   「これらの資金は技術の取得、支給品の購入に使用できます。任務地は67太陽系第四惑星オルド。任務内容はオルド各地を巡り、資源や生息動物などのデータベースを構築する資料を収集する事です。現地投下に際して分子収納デバイスをお渡しします。このデバイスを経由して、現地での収集品をお送りいただく事でデータの分析、登録ができますのでご活用ください」 半ば虚ろな頭で、わたしは薄く笑った。この人には感情が無いのだろうか。打ちひしがれる相手に対して、どこか自慢話にも聞こえる内容。流暢に紡がれる言葉は、わたしに口を挟む隙を与えない。「オルドまでの移動時間で、現地環境適応のための生体再組成を行います。現在実行中で、先程休眠中と言ったのはこのためです。現地についての基本的な知識もインストールされますので、言語などの心配は必要ありません」 それが当然であるかのように押し付けてくる。その表情は張り付いた笑顔で、非情だ。   「現地ではセトア・コオの戸籍を使用してください。戸籍といっても情報伝達が未熟な惑星なので、これといった行動の制限はありません。この少女は、森の中で遺体として発見した個体です。そのため、遺骨などから採取された少量のDNAを用いて再組成を行うため、記憶の移植は不可能となります。万が一、知人などに出会った場合は面倒な事態も予想されますので、ご注意ください」    もう、笑うしかない。わたしは『わた
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第3話 佐伯花子の半生
 わたし、佐伯 花子の生きた15年は他人のものだった。 蝶よ花よと可愛がられ、姫と呼ばれ、欲しいものは何でも与えられていた姉。その姉が負うであろう苦労を、生涯肩代わりするための生贄であり奴隷だと言い聞かされてきたのだ。 両親は贔屓目に見ても平々凡々な人間で、これと言った特徴もない。普通の会社員の父、普通の主婦の母。そんな2人に天使が舞い降りたのが、わたしにとっての不運だった。 姉は超絶と言っていいほどの美少女だ。当然周りは放っておかず、町内でも人気の子供だったと母は繰り返す。平凡な人生が、突如として衆目を集めたのだから両親も浮足立ったのだろう。 母は、この可愛い我が子が社会に揉まれるなど耐えきれないと嘆き、わたしを作ったと言っていた。赤ん坊の時期は、世話するのが苦痛だったとも。 本格的なネグレクトが始まったのは、小学校に上がる頃。幼稚園にも行かせてもらえず、物心ついた時には家事を教え込まれていた。両親の様子から、本当は小学校も行かせたくないのだろうと感じていたのを覚えている。 でも義務教育を受けさせない訳にはいかず、給食費などは顔に叩きつけられ、舌打ちまでされる始末。部屋は階段下の物置で布団も敷けず、膝を抱えて眠るしかない。お風呂も食事も満足に与えられなかったから、いつも薄汚れていた。 そんな子供が学校に通っていれば、噂はすぐに広まる。担当教諭も、何度か家を訪れていた。でも母は臆する事もせず、逆に教諭を諭す有様。わたしを救い出そうと熱心だった教諭も、次第に遠ざかっていった。 10才になると早朝から新聞配達のバイトをさせられた。そのあと帰宅して炊事洗濯を済ませ、学校が終わったら急いで帰り掃除に洗濯の取り込み、買い物に行って食事の用意に後片付け。家族が団欒を過ごしている間も、わたしは家事に追われていた。勿論、放課後に友達と遊んだ記憶などない。    家事が終われば、将来良い仕事をして姉に貢ぐためにと夜遅くまで勉強を強いられ、話し相手になるために姉が興味を持った、所謂オタクと言われる分野の知識も詰め込まれた。詳しすぎても癇癪を起こすので、中々に匙加減が難しい。 そして少しでもミスをすると、暴力を振るわれるのだ。「ねぇ、姫のおやつは? 姫、お腹空いた」 姉がそう言うと、母がすぐさま飛んできて頬を叩く。
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第4話 モイラ
 目が覚めると、そこはもう別世界だった。わたしは剥き出しの土に横たわっていて、頬にひんやりとした硬い感触と、斜に傾いた世界が見える。転がるように仰向けになって、木々の合間から見える空をぼんやりと眺めた。できるなら、このまま眠りたい。 けど、下は硬い地面だ。ごつごつとした石が背中を刺し、そろそろ痛くなってきてのっそりと起き上がる。辺りを見回すと、鬱蒼と茂った木々が立ち並び、まだ夢の中にいるのかのように錯覚した。でも土の匂いや木々の隙間から刺す眩しい光、羽虫の飛ぶ不快な音、頬を撫でる生温い風、その全てが五感を伝って現実だと訴えかけている。 辺りを見回しても、イコナさんの姿はどこにもない。彼は最後にわたしを猿と罵っていたし、たぶん強制的にシャットダウンしたんだろう。そこから考えても、この異星に放り出した事くらい、わたしにも分かった。しばらくその場に留まってみても、森の中に狩人や木こりが現れる事は無く、ただざわつく木々の葉擦れの音だけが聞こえるだけ。 そんな静寂の中で、ひとつだけ異様なものがあった。それは視界に浮かぶ『メジャーメント・スキャンを実行してください』の文字。私の視界の端で赤く点滅し、激しく自己主張しているそれは、メガネもパソコンのウィンドウのような枠も何もなく、空中に浮いていた。なんとなく、バラエティ番組のテロップを連想してしまう。 その文字の上には、型番らしき文字列が並んでいる。『Moira-09-RD.017』 これは、何だろう。 「モ・イ・ラ……?」 わたしが呟くと、掠れた声が漏れる。それは聴き慣れた自分の声とは違っていて、ひどく違和感を覚えた。喉を押さえ、あーあーと何度か発音してから気付く。(あ、そうか。これ、セトアっていう子の声なんだ……) イコナさんが言っていた、この森で亡くなっていたというこの体の持主。手を見ると同じようでいても、どこかが違う。十五年の間に刻まれた傷や、手荒れ、赤切れが消えている。触ってみると、少し皮膚が硬い。(本当に、セトアになったんだ……) それは、佐伯花子が消えた事も意味する。声ひとつでも、自分で無くなるのは思った以上にストレスが大きい。深呼吸をすると、森の匂いが肺に満ちて少しだけ落ち着く事ができた。(森林浴って、本当に効くんだな) そんな風に思っていたら。
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第5話 はじめの一歩
「え、何!?」 きょろきょろと辺りを見回しても誰もいない。すると、また声が聞こえる。『私はMoira-09-RD.017。ナノマシン・ナビゲーターです。メジャーメント・スキャンを実行しますか?』 それは街中で聞く電子合成音とは違った、自然で滑らかな声。どこから聞こえてくるのかも分からない無機質な声だけど、意思疎通ができそうな相手がいてくれるのは素直に嬉しかった。 でも、ナビゲーターって……イコナさんの説明では聞いていないような。それに、あの態度で案内をつけてくれてるなんて意外だ。何か裏がありそうで怖いだけど、今はそんな事も言っていられない。使えるものは使わなきゃ。「あの、モイラ……っでいいのかな? あなたは何? ここがどこか分かるなら、教えてほしい。近くに町とかないかな?」 その問いに、単調な説明が返ってきた。『私はRD.017世代自立思考型デバイスであり、支援機器に過ぎません。ご自由にお呼びください』 その答えに了承すると、説明が再開される。『ナノマシン・ナビゲータとは、体内を循環するモニタリング・デバイスです。呼称、セトア・コオと本星のメイン・バンクを繋ぐ通信回線となります』    なるほど、つまりは極小のパソコンが体に入ってるて感じなのかな。それはそれで、なんか嫌だけど。頼れるものがあるのは、ありがたいと思っておこう。 そしてモイラは続ける。『現在地については、メジャーメント・スキャン実行後に検索可能です。メジャーメント・スキャンを実行しますか?』 その言葉に合わせて、また視界の文字が主張を始めた。鬱陶しいくらいの点滅で、音声でも促すくらいだからよほど重要なのかな。メジャーメントって、たしか測量とか図るって意味だったはず。たぶん身体測定的な何かだろうと辺りを付けて、言われるがまま実行してみる事にした。 イエスと応えると、すぐさま実行中に切り替わり、下から上へ文字の羅列がとてつもないスピードで流れていく。激しい目眩が起こり、身体中を虫が這いずるような気持ち悪さで吐き気が込み上げてくる。それはまるで解剖され、隅々まで暴か
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第6話 理不尽
 モイラの存在や、セトアへの追悼の気持ちで前を向く決心はできたけど、実情を振り返ればどことも知れない森の中。まずは現在地の確認が必須かな。「モイラ、さっきも言ってた現在地についてだけど、スキャンが終わったなら分かるんだよね? 近くに助けを求められそうな場所か、人がいないかな?」 セトアがこの森で発見されたのなら、近くに故郷の村か町があるはず。そこに行けばどうにかなるかもしれない。 でも不安もあった。イコナさん……こんな目に遭わされてるんだから、もう敬称はいらないか。イコナは知り合いに会う事に注意を促していた。見た目はセトアそのものだけど、記憶はないもんね。記憶喪失で通すか、どうするか……。 思案している間にモイラの検索が終わり、返答が返ってきた。『検索の結果、約20㎞先に人里を発見しました。生体反応は52。小さな村落と思われます』 20㎞って……結構遠いな。セトアはここまで歩いてきたのだろうか。昔の旅や、お遍路さんを思えばありえない距離じゃないけど、わたしには厳しい距離に思える。今履いているのは布製の靴で、その底は木でできていてとても硬く、どう見ても長時間の移動には向いていない。造りも粗雑で、スニーカーに慣れている現代人には苦行も同然だ。 着ているものも荒い織り目のチュニックに半ズボン、布製の鞄がひとつという格好だった。鞄の中身を見ると、パンがひとつと大判の布だけが入っている。20㎞の長距離を移動してきたにしては、所持品が少ないのではなかろうか。イコナが言っていた分子収納デバイスとやらも、モイラに聞いてみたけど何も入っていなかった。 アイツは知っていたはずだ。このパンや布も、アイツが再生しているんだから。それなのに何も持たせず、何も知らせず放置って。静まっていた怒りが、また沸々と湧き上がってくる。モイラがいてくれることだけが救いだった。 こんな待遇なのにモイラがちゃんと機能しているのも、やっぱり何か裏があるのかもしれない。基礎知識はインストールされていると聞いていた通り、この星、オルドに関する知識は自然と頭に浮かんでくる。試しに地面から飛び出ている草を見てみると、ミムという名称を知っていた。 こんな惑星
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第7話 獣道
 その問いにはすぐさま応答が返り、イコナの実態が見えてきた。モイラ曰く、アイツはとんでもなく進んだ文明圏の人物であり、いわゆる宇宙人と呼ばれる存在だと言う。銀河連合の軍部に所属していて、私の担当官だそうだ。 担当官なんて耳障りのいいこと言ってるけど、結局は辺境の星の調査に使い潰しのできる、多少知恵のあるサル=日本人を選んだ訳だ。日本はSFに関する映画や書物といったものが身近にある上、高性能な情報端末にもある程度馴染みがある。少しの道具を持たせて、未開の星に放り出すのには使い勝手がいい事くらい、わたしにも理解できた。 改めて、他人の物である自分の手を見てみると、前より小さい気がする。花子の時も、しっかりとした食事が摂れていなくて、平均よりかなり小柄だったけど、セトアは更に小さいかもしれない。記憶を確認すると、花子と同じ十五才。これは遺伝子情報から得たものだとモイラが言う。 周囲を見回しても、視線が若干低く感じる。辺境の惑星でもあるし、おそらく文明が低くて、農業も未熟で栄養不足なのだろう。 その細い右手の人差し指には、なんの飾り気もない、木製の指輪がはめられていた。これが分子収納デバイスらしい。原子レベルに分解して云々ということだけど、難し過ぎて仕組みはよく分からなかった。こんなに小さな指輪が、破格の収納道具なのだから驚きだ。 次に体を確認する。 かろうじて見える髪はパサついた錆色。艶もなく、眉の辺りで切り揃えられているみたいだ。頭に沿って手を動かすと、後ろ髪は後頭部で団子に纏められ、邪魔にならないようにだろうか、布で包まれている。顔を触っても肌はカサカサでボロボロ、ここは花子と変わらない。変な共通点に、妙な親近感を覚えた。ここは森の中で、顔を確認できないのが残念。どこかに池でもあれば覗いてみよう。 一通り確認しても、所持品がこれだけというのはどういう状況だったのか。こんな森の中で遺体となった少女だもの。推して知るべしと言うべきなのかな。迷ったのか、捨てられた可能性だって考えられる。もし売られたのなら、商品であるセトアを放っておくことはないはずだから。 申し訳程度の食糧を見ても、おそらく捨てられた線が濃厚だ。そして、きっとセトアも理解していた。そうであれば、帰る事もできず、森を彷徨ったのだろうか。でもパンが残っていたのなら、餓死は考
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第8話 旬と恵み
 わたしは森の中を、川に向かって歩いていた。モイラに地形をスキャンしてもらって、川沿いに下っていこうと考えたからだ。人が住むのは水の近くと相場は決まっている。地球の長い歴史の中でも証明されている事だし、星は違えどそこは同じだろう。 モイラの指示に従いながら進むものの、陽射しはあっても鬱蒼と茂る木々で視界は悪く、同じような景色が続いて、もうわたしには出発地点すら分からない。 もしここでモイラが壊れたりしたらと、後ろ向きな考えが脳裏をかすめる。わたしは誰かを頼る事なんて、今までしてこなかった。頼れる人がいなかったと言う方が正しいかな。 先生もクラスメイトも、心配してくれていたのは知っている。でも、ヒステリックに叫ぶ母と関わらせるのは忍びなくて、ひとりで解決しようと思っていた。児童相談所に駆け込むべきだったのかもしれないけど、そこだって地元だから確実に逃げられる保証は無いと考えたのもある。 逃げるなら、徹底的に逃げてやるんだと意気込んでいた。誰も知らない土地でやり直そうと思っていたのに。雇ってくれた旅館の女将さんもいい人だったから、心配してないといいな。 それがどこをどう間違えたのだろう。現実では知人どころか、地球ですらない星で彷徨っている。モイラも、わたしが話しかけないと応答してくれない。こういう所はやっぱり機械なんだなと感じた。 体感で1時間程度だろうか、歩き続けたのは整備されていない獣道。木で作られた靴底は案の定硬く、肉刺が潰れて痛い。家庭環境は最悪だったけど、やっぱり文明の利器は生活の一部になっていたんだとつくづく思う。足はジンジンとした痛みと熱を持ち、喉も乾いてヒリついている。 道すがら、いくつか木の実を見つけてはいた。毒があってはたまったものでは無いし、モイラに確認しても返ってきたのは無情な言葉。『現在地の季節は初夏です。事前調査により、この実が塾するのは晩秋と思われます』 そうか、栽培されていない植物に旬があるのは当たり前で、熟れる前は食べられたものじゃないんだ。お店に並ぶ商品でさえ、時々外れに当たるのだし。だけど、喉の渇きは最高潮。モイラの静止を振り切り、水分の多そうな木の実をひとつだけ口に入れてみた。それをどれほど後悔した事か。 苦味と渋味が怒涛の如く襲い、吐き出しても水分が多い事が仇となって、いつまで経っても消えてくれな
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第9話 幻想と現実
(そうだ……技術や支援物資って言いてなかった? それ、今使えるんじゃ……!) その考えに至り、がばりと身を起こす。しばし逡巡し、口を開いた。「えっと、モイラ……?」 改めて自分の声を聞くと、やはり元の声との違和感があって落ち着かない。体つきの割には少し低めで、喉の渇きのせいか酷く掠れている。体の寸法も違うから、時折目測を誤ってもいた。体格が違えば歩幅も違う。避けようと思った根に足を取られたり、手をつこうとした幹を空ぶったりと、余計に疲労を貯める原因になっていた。(でもこの体で生きていくしかないんだ。これから長い付き合いになるのだもの、少しずつ慣れていかなきゃ)『はい』    考えている合間に応答があり、頭を切り替える。「技術の習得や、支援物資について教えてくれる?」 感覚としてはスマホのAIに聞くような感じで、こういったデバイスの扱いに抵抗が無いのも、都合のいい駒には打って付けなんだろう。わたしも、姉のためにとスマホを持たされていた。それも、どうでもいい用事にしか使われた事は無い。部屋で趣味に興じる姉が、わざわざスマホで連絡してくるのは煩わしい。わたしは奴隷であり、足を運ぶのさえ無駄なのだと、両親は姉に言い聞かせていた。 姉は疑問も持たないのか、忠実にそれを守っていたのが笑える。 逸れてしまう思考に、モイラの淡々とした声が重なった。『技術習得に関して。1、習得には一定のステータスが必要です。2、金銭により購入、習得ができます。3、ステータスが不足の場合でも習得は可能。ただし身体的負荷がかかります。4、返品不可』 わたしはじっと耳を傾け、思案する。言ってみれば今はレベル1の状態だ。習得できる技術も少ないはず。金銭的には前金があるので余裕はあるけど、この窮地を脱出できるものでなければならないし、無理をしてレベルの高い技術を買ったとしても負荷がかかるのでは意味がない。 モイラ曰く。この身体的負荷とは、砲丸投げのやり方を知っていても、砲丸を持てなければ実行は叶わないという理屈だそうな。確かに、重い砲丸を無理して投げればどこかしら痛めるだろう。そこの理屈は納得できた。 更に説明は続く。『支援物資に関して。1、品目はステータス上昇、武具、食料、雑貨に分類されます。2、金銭により購入できます。3、インベントリ・リン
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第10話 生存への課金
『現在習得可能な一覧を表示しますか?』 その質問にわたしは頷くと、視界にスキルがずらりと並ぶ。上部にはフィルターの文字があり、レベルや種別などで見やすく整理できるようだ。今は手探りの状態で、何から手を付けていいのか分からず、レベルの一番低い『棒術』の項を開いてみた。 そこには必要な金額、ステータス、効果などの詳細が記されている。棒術は棍や杖などの扱いを補助する技術みたいだ。必要なステータスは最低値。このステータスも、モイラの生体モニタリングにより数値分けされていて、学校で通知表を貰うような感覚に近い。金額も500ダルフ、約5,000円だけど、道場に通うと思えばかなり安い。棒術なら周りに落ちている枝でも、多少は武器になるだろう。 次に見たのは晶術の項目。説明文を確認すると、この星では魔法を晶術と称する旨が書かれていた。確かに『魔』は悪しきものを指す文字で、『魔法』という言葉が日本に入ってきた時代では妖術やまやかしの類だった。ラノベを読むとき、いつも疑問に思っていた事でもある。モイラによる翻訳でも『晶』が使われているのは、この地の人々にとって、善きものとして認知されている事が窺い知れた。 ステータスはクリア。項目には適正属性も表示されており、確認済み。それによれると、わたしは火属性に適性があるらしい。ここまではいいとして、問題は金額だ。技術には種別毎にもレベルがある。最初に習得できるのは初級から、次に中級と進む。級は更にレベルが設定されていて、それぞれ5レベルずつ、最上級まで上げるには15レベルを制覇しなければならない。 そんな初級晶術レベル1が2,000ダルフ。約2万円だ。しかも属性ひとつ毎に課金する必要があった。適正属性は判明しているけど、汎用性を高めるには他の属性も買うべきなのか。 しばし悩み、モイラに確認する。「これって、習得できる数に制限はあるの?」 先ほどモイラは習得と言った。イコナも同じような発言をしている。技術の習得とは、脳に追加データをインストールする、いわばダウンロードコンテンツなのだ。昨今のゲームで主流の販売方法でもあるダウンロードコンテンツ、略してDLC。本編にストーリーや衣装といったものを追加するこの方法は、課金主義として賛否両論あれど、現行のゲームにはほとんど実装されて
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