日を改めて、蘭珠は芳玉を訪ねた。紙問屋の裏手、帳場の奥にある小さな部屋は、相変わらず紙の匂いが濃い。机の上には書きかけの原稿が積まれ、墨の乾ききらない紙が端に置かれていた。「……え? 私が?」話を聞いた芳玉は、勢いよく顔を上げた。「ちょ、ちょっと待ってください。沈が? 私の本を読む?」言葉が追いつかず、両手をばたばたと動かす。「い、いや、あの……確かに私は書いてますけど!でもそれ、遊び半分というか、勝手に書いてるだけで……」「遊び半分で、あれほどの分量は書けませんよ」蘭珠は穏やかに言った。芳玉は一瞬口をつぐみ、ぷいと横を向く。「……だって、誰かに読ませるなんて思ってなかったし」「沈様は、本を愛する方です」その一言に、芳玉の肩がぴくりと揺れた。「……沈が、そんなこと言ってました?」「ええ。物語を、とても大切にしておられました」芳玉は、しばらく黙り込む。それから、机の端に置かれた原稿の束をちらりと見た。「……読むだけ、なんですよね?」「はい。今回は“女性作家を紹介する”という名目です」「……それなら」芳玉は勢いよく立ち上がった。「読んでくれるなら、いいです!面白くないって言われたら、理由をちゃんと聞きます!」蘭珠は思わず微笑んだ。芳玉は原稿を丁寧に撫でた。「……沈に会える」---約束の日。蘭珠は周蘭を伴い、芳玉と連れ立って東門近くの茶屋へ向かった。「緊張してる?」「してません!」即答だが、歩幅がやけに速い。「……でも」芳玉はふいに足を止め、前方を見た。茶屋の軒先に、見慣れた背中がある。沈文景だった。落ち着かない様子で門の方を見やり、また茶屋を振り返る。「あ……」芳玉の声が、思わず漏れる。同時に、沈もこちらに気づいた。一瞬、目が合う。沈の目が大きく見開かれた。「……芳玉?」「……っ」芳玉は反射的に原稿の包みを抱きしめた。蘭珠は、そっと背中を押す。「参りましょう」---茶屋に入り、席に着いても、沈はまだ半信半疑の顔だった。「……話って、芳玉のこと?」「はい」蘭珠は静かに頷く。「こちらが、先日お話しした“物語を書く方”です」「……まさか」沈の視線が、芳玉へ向く。芳玉は顔を上げ、少しだけ胸を張った。「……久しぶり。沈」沈は言葉を失い、それから小さく笑った。「……
Dernière mise à jour : 2026-02-16 Read More