妊娠中に追放された皇太子妃ですが、無骨な武将に溺愛されています

妊娠中に追放された皇太子妃ですが、無骨な武将に溺愛されています

last updateDernière mise à jour : 2025-12-20
Par:  月歌Mis à jour à l'instant
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瑞華国の皇太子妃・蘭珠は、夫である皇太子・景炎に深く愛され、身ごもった命と共に幸せな未来を信じていた。 しかし、戦から帰還した景炎は“傾国の美女”雪瓔を連れ帰り、彼女の言葉を信じて蘭珠の不貞を疑う。 妊娠中にもかかわらず追放された蘭珠は、皇太子の命で将軍職を剥奪された武将・楚凌の妻とされ、都の東門で慎ましい暮らしを始めることに。 貧しくも誠実な日々の中で、無骨な楚凌の静かな優しさに救われていく蘭珠。 一方、景炎は次第に自らの過ちに気づき始め―― 奪われた愛と、守られる愛。その行方は。

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Chapitre 1

1. 蘭珠と景炎

婚礼から三ヶ月。

蘭珠(らんじゅ)はようやく、自分は幸せになれるのだと信じかけていた。

朝、目を覚ますと、すぐそばに景炎(けいえん)の横顔がある。

「……あ」

思わず小さく声が漏れた。

金の刺繍を施した寝衣の襟元から、すっと伸びた喉と整った顎のラインがのぞく。

(本当に、皇太子様が私の夫なんだ……)

いまだに、ときどき信じられなくなる。

瑞華一の名家・花家の次女として生まれた蘭珠は、姉より目立たぬようにと育てられてきた。

派手ではない。けれど読み書きと琴を好み、物静かで、よく人を見ている――そんな娘。

その彼女が、今は皇太子・景炎の枕元で、腕の中に閉じ込められている。

「……起きたのか、蘭珠」

低い声が耳元で囁いた。

景炎が目を開け、細めた金の瞳が、すぐに彼女を捉える。

「申し訳ございません、殿下。起こしてしまいましたか」

「起こされたなら、こうして抱きしめ直せばいいだけだ」

ぐっと腕の力が強くなり、蘭珠は胸板に押し付けられる。

彼の体温と、ほのかに香る白檀の匂いに、心臓が跳ねた。

「……殿下、朝から、その……」

「夫婦なのだから、当たり前だろう?」

さらりと言われて、顔が一気に熱くなる。

景炎は宮中で「冷徹な皇太子」と囁かれている。

血も涙もない、次期皇帝にふさわしい男だと。

けれど、ふたりきりの時だけは違う。

蘭珠の髪をほどき、指先で梳きながら、眠そうに笑う。

「今日は少し時間がある。もう少しだけこうしていよう」

「でも、朝議が……」

「多少遅れても構わん。父上には『嫁に甘やかされて起きられませんでした』と言っておけばいい」

「それは逆では……」

思わず突っ込むと、景炎は喉を鳴らして笑った。

こういう時、彼は年相応の青年に見える。

鋭い眼差しも、残酷とさえ噂される口元も、今はただ、蘭珠だけを甘やかす存在だ。

(ずっと、こんな日々が続けばいいのに)

胸の奥で、ふとそんな願いが浮かぶ。

同時に、気づかないふりをしている不安も、薄く疼いた。

ここしばらく、宮中では落ち着かぬ噂が飛び交っている。

北の隣国との緊張が高まり、国境での小競り合いが続いている、と。

「殿下」

蘭珠は、そっと顔を上げた。

「本当に、大丈夫なのでしょうか。北境のこと……」

景炎の笑みが、わずかに翳る。

「耳が早いな。内々の話のはずだが」

「女官たちは口が軽うございますから」

「ふむ。……大丈夫だ、と言えば安心するか?」

問い返され、蘭珠は少しだけ迷ってから、正直に首を振った。

「正直を言えば、不安です。陛下がご出陣なさるのか、それとも……」

「行くのは、俺だ」

短く告げられて、心臓が冷たくなる。

「殿下が……?」

「北境は、次の皇帝がどう動くかを測られる場だ。俺自身が行くしかない」

淡々とした声音。

それが、かえって本気であることを告げていた。

「危険では……」

「危険だからこそ、俺が行く。俺が勝つと知れば、敵も余計な火種を撒けなくなる」

理屈は分かる。

分かるのに、喉が詰まって言葉にならない。

景炎が、蘭珠の頬に手を添えた。

「そんな顔をするな」

「でも……」

「お前を置いていくのが、一番名残惜しいというのに」

軽く唇を重ねられて、蘭珠は目を閉じた。

いつもより、少しだけ長い口づけ。

離れたあと、景炎は彼女の額に唇を押し当て、小さく息を吐く。

「すぐに戻る。勝利を手土産にな」

「……本当に、戻ってきてくださいますか」

「約束する。花家の蘭珠。俺の妃。――世にひとりしかいない俺の妻だ」

静かな言葉に、胸がじんわりと温かくなる。

(信じていていいのよね)

蘭珠はこくりとうなずいた。

「では、私はここでお待ちしております。殿下が、お怪我なくお戻りになることを、毎日祈ります」

「祈るだけでは足りん。帰ってきた俺を、これまで以上に甘やかすと約束しろ」

「……殿下まで北境の噂の兵たちのようなことを」

「兵たちは何と言っている?」

「武功を立てて戻ったら、妻に酒を注いでもらうのだと、自慢していました」

「ならば俺は、妃の手料理を所望しよう」

「手料理、でございますか?」

思わず聞き返すと、景炎は真顔で頷いた。

「できるか?」

「……が、頑張ります」

料理など、ろくにしたことがない。

だが、「できません」とは言いたくなかった。

景炎が立ち上がる。

寝台の端に腰掛け、靴を履きながら、ふと振り返った。

「それと、蘭珠」

「はい」

「体調は、どうだ」

「体調……?」

唐突な問いに、蘭珠は瞬きをする。

言われてみれば、ここ数日、朝になると少しだけ気分が悪い。

匂いに敏感になった気もするし、以前よりも疲れやすい。

「少し、疲れやすいような気はいたしますが……」

「医師を呼ぼう」

「大袈裟でございますよ。きっと、夜更かしが過ぎたせいです」

「誰のせいだと思っている」

景炎が、わずかに口角を上げる。

「……殿下の、せいでしょうか」

ぽつりと呟くと、彼は満足そうに目を細めた。

「ならば責任を取らねばな」

そのやりとりが、妙にこそばゆくて、蘭珠は笑ってしまった。

まさか――この時、すでに彼女の腹に、新しい命が宿っていたことも。

その命が、後に帝都を揺るがす争いの火種となることも。

そして、北の空の向こうで、ひとりの女が静かに笑っていることも、まだ知らなかった。

敵国の王子の愛妾でありながら、

その美貌ひとつで戦の行方を左右し、「傾国の美女」と呼ばれる女――雪瓔の存在を。

蘭珠がそれを知るのは、景炎が北へと旅立ったずっと後のことになる。

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1. 蘭珠と景炎
婚礼から三ヶ月。蘭珠(らんじゅ)はようやく、自分は幸せになれるのだと信じかけていた。朝、目を覚ますと、すぐそばに景炎(けいえん)の横顔がある。「……あ」思わず小さく声が漏れた。金の刺繍を施した寝衣の襟元から、すっと伸びた喉と整った顎のラインがのぞく。(本当に、皇太子様が私の夫なんだ……)いまだに、ときどき信じられなくなる。瑞華一の名家・花家の次女として生まれた蘭珠は、姉より目立たぬようにと育てられてきた。派手ではない。けれど読み書きと琴を好み、物静かで、よく人を見ている――そんな娘。その彼女が、今は皇太子・景炎の枕元で、腕の中に閉じ込められている。「……起きたのか、蘭珠」低い声が耳元で囁いた。景炎が目を開け、細めた金の瞳が、すぐに彼女を捉える。「申し訳ございません、殿下。起こしてしまいましたか」「起こされたなら、こうして抱きしめ直せばいいだけだ」ぐっと腕の力が強くなり、蘭珠は胸板に押し付けられる。彼の体温と、ほのかに香る白檀の匂いに、心臓が跳ねた。「……殿下、朝から、その……」「夫婦なのだから、当たり前だろう?」さらりと言われて、顔が一気に熱くなる。景炎は宮中で「冷徹な皇太子」と囁かれている。血も涙もない、次期皇帝にふさわしい男だと。けれど、ふたりきりの時だけは違う。蘭珠の髪をほどき、指先で梳きながら、眠そうに笑う。「今日は少し時間がある。もう少しだけこうしていよう」「でも、朝議が……」「多少遅れても構わん。父上には『嫁に甘やかされて起きられませんでした』と言っておけばいい」「それは逆では……」思わず突っ込むと、景炎は喉を鳴らして笑った。こういう時、彼は年相応の青年に見える。鋭い眼差しも、残酷とさえ噂される口元も、今はただ、蘭珠だけを甘やかす存在だ。(ずっと、こんな日々が続けばいいのに)胸の奥で、ふとそんな願いが浮かぶ。同時に、気づかないふりをしている不安も、薄く疼いた。ここしばらく、宮中では落ち着かぬ噂が飛び交っている。北の隣国との緊張が高まり、国境での小競り合いが続いている、と。「殿下」蘭珠は、そっと顔を上げた。「本当に、大丈夫なのでしょうか。北境のこと……」景炎の笑みが、わずかに翳る。「耳が早いな。内々の話のはずだが」「女官たちは口が軽うございますから」「ふむ。……大丈夫だ
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2. 出陣の朝、約束の口づけ
「……本当に、行ってしまわれるのですか」障子越しに差し込む朝の光が、白い帳を淡く透かしていた。寝台の上で身を起こした蘭珠は、自分の声が震えているのを自覚する。部屋の中央で甲冑を締め直していた景炎が、手を止めて振り向いた。漆黒の髪を高く結い上げ、その上から金の冠を載せている。いつもより厳しい横顔。それでも、蘭珠を見ると、ふっと表情が和らいだ。「行かねばならぬ」短く告げられた言葉は冷たく聞こえて、けれど、その瞳には迷いが滲んでいた。蘭珠は掛け布を握りしめたまま、そっとお腹に手を添える。まだ膨らみと呼ぶにはほど遠い。だが、医官は確かに言った。――ご懐妊、おめでとうございます。あの瞬間、世界の色が変わった気がした。景炎は椅子を蹴るように立ち上がり、子どものように目を丸くしていた。『本当か? 本当に、余の子か?』『当たり前ですわ、殿下』頬を赤くして返すと、彼は笑って、笑って、何度も蘭珠を抱きしめた。あれほど感情をあらわにする人なのだと、その日初めて知った。――なのに。「敵は、そう遠くはないと言っておりましたのに。父上に別の将を向かわせていただくことは……」言いかけると、景炎は首を横に振った。「皇太子である余が、最前線に立たねば、兵がついてこん」「ですが……」「大丈夫だ」景炎はゆっくりと歩み寄り、寝台の縁に片膝をついた。甲冑の金具が小さく音を立てる。「余は戦に出向くが、勝つために行くのだ。死にに行くのではない」その手が伸び、蘭珠の頬を包む。温かい。冷たい鉄の匂いと、いつもの沈香の香りがまじりあって、涙腺がきゅっと痛くなる。「泣くな、蘭珠」「泣いておりませんわ」そう言いながら、視界が滲む。情けない。泣きたくないのに、体のほうが勝手に震えてしまう。「……泣いておる」景炎が苦笑する。その親指が、溢れた涙をぬぐった。「余は必ず戻る。お前と、この腹の子のところへ」彼の視線が、蘭珠の手元――お腹へと移る。蘭珠もそっと手をどける。まだ平らな腹を、景炎の大きな手が慎重になぞるように撫でた。「ここに……余の、子が」まるで信じられないと言わんばかりに、低く呟く。戦場では命を奪い、政においては冷静に人を切り捨ててきた男が、今は何よりも脆いものを前にしている。「殿下」「……景炎だと言っただろう」「こ、こんな朝にまで
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3. 風の中の影
夜更けの回廊は冷え切っていた。蘭珠はその中を、ひとり震えながら歩いていた。産むべき子を抱えた腹を、そっと両手で包み込む。景炎が出陣してから、宮中は目に見えて変わった。侍女たちは蘭珠を避けるようになり、妃仲間も距離を置く。理由はわからない。ただ——景炎が書き送ってきた文が、ぱたりと途絶えた。「何かあったの……?」胸の奥で不安が揺れる。あれほど深く求められ、愛され、「必ず戻る」と誓いさえ交わしたのに。蘭珠は壁に手を添え、深く吸い込んだ。冷たい空気が肺を刺し、胸が締め付けられる。そんな彼女のもとへ、小走りの影が近づく。「蘭珠様、戻られましたか……!」若い侍女・梅香が、顔を青くして頭を下げた。「どうしたの?」「さきほど……皇太子殿下からの伝令が戻りまして」「景炎から!?」思わず声が上ずる。しかし、梅香の唇は震えていた。「……殿下は、勝利を収められました。ですが同時に……“雪瓔(せつえい)”という美女を連れ帰られたとのことです」「雪瓔……?」聞いたことのない名。けれどどこか、冷たい音の響きがした。「敵国の王子の側妾だったそうです。戦場で殿下の命を救い、その知略で勝利にも貢献したと……」——まるで、物語に出てくる傾国の美女。ひとりの女の微笑みが、国を傾ける。蘭珠は胸を押さえた。不安が、ひたひたと足元から満ちていく。「景炎は……無事なのね?」「はい。ただ……お、お姿に変化が……」梅香は言いにくそうに口ごもった。「変化?」「殿下は、まるで別人のように冷たく……雪瓔という女の傍を離れられないとか……」蘭珠の心臓が一瞬止まったように感じた。景炎が他の女から離れない?あり得ない。そんなこと——「梅香。その噂は……本当なの?」侍女の目が揺れ、涙が滲む。「……はい。皆、そのように」音もなく、蘭珠の世界にひびが入った。——景炎が、私以外の女のそばに。「帰りましょう、蘭珠様。お部屋は……まだ温かくしてありますから」「……ええ」蘭珠は歩きはじめた。だが一歩ごとに、胸の奥が軋む。景炎が愛してくれたのは、私ではなかったのだろうか。あの日々は、夢だったのだろうか。いや。あの瞳は嘘じゃなかった。自分を抱きしめた温度も、優しい囁きも、本物だったはず。(もし……誰かが景炎を操っているのだとしたら?)雪瓔
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