All Chapters of 偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します: Chapter 661 - Chapter 670

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第661話

剛は相手が何か悪事を働こうとしているか、何か面倒事を引き起こそうとしているのが分かった。だから彼は監視カメラの映像にかなりの金額をつけた。相手の要求に従い映像の一部分だけ切り取り、先に必要な金を手に入れたのだ。剛はこんな簡単に金が入るチャンスに巡り会えるとは、自分は運が良いと思っていた。しかし、それがきっかけとなり、彼は今自分の命を危険に晒してしまっている。剛はネットの住人から、購入側があちこち自分を探しまわっていることを知っていた。もし、ただ取引きをしたいだけであれば、わざわざ人を手配して探しに来るわけがない。そして彼はあの映像データをある場所に隠し、逃げ回っていた。彼は親戚がいる小さな漁村なら、暫く隠れるのにちょうどいいだろうと考えた。それがまさかたったの数日で見つかってしまった。剛のその判断は確かに間違ってはいなかった。探しに来た連中は彼の親戚を全て海に沈め、彼の命だけ保留にしていた。それはまだ映像データが見つかっていないからだ。もし、今彼らに渡してしまえば……つまりそれは彼の死を意味する。「まだだんまりかよ、てめえ、本気で死にたいんだな?」剛がいつまでも白状しないので、男はもう忍耐できず、彼の顔にナイフで一筋の傷をつけた。その瞬間、鮮血がタラリと流れ、彼の首筋に伝っていった。剛はまともに声が出せず、ただただ狂ったように恐怖に唸っていた。「もういい、ほっておけ。帰って亮さんが処理してくれる。生かしておきゃ、そのうち口を割るさ」運転手が男にそう言った。男はそれで手を止め、ティッシュでナイフの血を拭き取り、鼻で冷たく笑った。夜道は視界が悪く、車の速度も上げていたため、曲がり道で突然トラックとすれ違い、危うくぶつかりそうになった。運転手の反応が早く、激しくガードレールにぶつかっただけで、正面衝突は免れた。しかし、その衝撃で車は横転しそうだ。そしてさっき角から突然現れたあのトラックもコントロールを失い、彼らの前に横向きに停車した。「クソが!」ナイフを握っていた男がひとこと悪態をついた。彼は頭をぶつけて瞬時に怒り狂った。「一体どんな運転してやがんだ、ふざけやがって!」運転手が止めに入る隙もなく、男はそう言いながら腹を立てて車から降りた。すると突然、眩しい車のラ
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第662話

誠はこの時、剛の隣に座っていた。彼らの前にあるテーブルの上には、様々な食べ物が並んでいた。ご飯におかず、麺、デザート、果物、それからあらゆるスナック菓子など様々だ。誠は麺や米など、とにかくそれらを右から左へと口の中に放り込んでいた。かなり美味しそうに食べるその姿に思わず唾が出てくる。剛も丸一日なにも食べておらず、腹を空かせていて、ごくりと唾を飲み込んだ。しかし、自分が置かれた状況に、すぐにでも逃げ出そうと思ったが、立ち上がった瞬間、体は引き戻された。剛の動きに、誠のほうも体勢を崩し、すすろうとしていた麺のスープを体にこぼしそうになった。誠は機敏な動きで体を逸らし、スープが自分にかかることはなかったが、床にこぼれてしまった。誠はその瞬間、不機嫌になり眉をひそめて剛を睨みつけた。「お前、何やってんだ?」剛は呆然としていた。そしてようやく自分の腕には太い縄が縛られていて、それが誠の手に掴まれていることに気づいた。「あ……ちょっとトイレに行きたくなって……」剛はしごろもどろにそう言った。誠は冷ややかな声を出した。「俺が食べ終わってからにしろ」そう言い終わると、彼はイライラしながら腰を曲げて、床を拭いた。普通ならスタッフを呼んで掃除してもらうところだが、誠は潔癖なところがあり、自分が汚したのなら、自分で片付ける癖がついていた。剛は恐ろしくなり、跪いて急いで彼を手伝った。片付け終わると、誠は引き続き食事を始めた。剛は黙ってゴクリと唾を飲みながら、傍らで見ていた。「腹減ってんなら、食えよ」剛は淡々とした口調で言った。剛は食事の許可をもらい、我慢できなくなり、すぐに大きなケーキを掴んだ。しかし、それを口に運ぶ前に、恐る恐る誠のほうへ視線を向けた。この男は自分を懲らしめる目的なのか、それとも他の意図があるのだろうか。「食えよ、毒なんて入ってないから。ここは空港だ。おかしな真似でもしたら、出られなくなるだろ」誠は食べながらそう言った。その言葉に剛は安心し、素早くさっきのケーキを頬張った。そして、続けてお腹がいっぱいになるまで食べてから、また誠のほうへ目を向けた。「あのう……あなたは昨夜私を助けてくれたんですよね。でも、私に何かご用なのでしょうか?」剛は分かっていながら、とぼけたふ
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第663話

剛は頷いたが、またすぐに首を横に振った。誠は呆れて、剛の頭を叩いた。「今すぐあいつらに引き渡したりもできるぜ?」「……今持っています。でも、今すぐには渡せません」剛はそう言いながら、少しどうしようもない様子だった。彼はただ服を捲り上げ、誠に腹部にある傷口を見せた。彼は体内に隠していたのだ。誠は驚いた。剛はすぐに俯いて言った。「お願いです、他国に逃がしてください!今、私に選択肢がないことはよく分かっています。これがなくなっても、あいつらが私を見過ごすとは思えなくて……」誠は口を開いた。以前の「青空」なら、彼もむやみやたらに人の命を奪うことはないと約束することができた。しかし今は……彼が剛を探しにいった時、すでに彼の家族の消息は掴めなかった。つまり亮が手を下したのだと分かった。誠は何も言わず黙ったままで、その表情もかなり暗かった。一方M国、夕方。美穂は誠から連絡を受け取った。彼女はすぐに一花と柊馬に伝えようとした。しかし、ドアを開けてそこにいたのは柊馬ただ一人だった。「一花さんは?」美穂は不思議に思った。二人はここ数日、まるで磁石のようにずっとくっついて離れようとしなかった。今、もう夜になるというのに、一花は一体どこに行ってしまったのだろうか?「一花ならあるプロジェクトの立ち上げ会に行ったよ」柊馬は淡々とした声で言った。美穂は少し驚いていた。柊馬は付け加えた。「俺が彼女を行かせたんだよ」一花と徹の提携は今日二塚グループがそのプロジェクトの立ち上げ会を行う。そして一花を夜のパーティーに誘い、多くの投資家たちも参加する。提携のためでなくても、人脈を広げるという意味でも、なかなか貴重な機会だ。しかし、徹は自ら電話をかけてきた時、一花は迷いなくそれを断わった。柊馬が何度も説得し、一花はしぶしぶ向かったのだ。しかし、二人とも心の中ではよく分かっていた。この時期にある活動なら、幸雄は絶対に知っているはずだ。もしかすると、また探りを入れてくるかもしれない。一花に西園寺グループの利益と柊馬との間にバランスが取れるか見ようというのだろう。彼女が行かなければ、また他人に口出しさせる隙を与えてしまうだろう。一花は世間が自分をどう言おうがどうでも良かったが、柊馬のほう
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第664話

見るからに、柊馬は一花がここM国にいるだけでも、嫉妬で狂いそうだ。「じゃ、奥さんが出かけて遅くに帰ってくるのなら、せめて迎えにくらい行かないとでしょ?それから、良い知らせを一花さんも真っ先に知りたいと思っているはずよ」美穂は何か考えた様子で、また口を開いた。その言葉は確かに柊馬の心を言い当てている。美穂が新たな選択肢をくれて、それは結構良いと思い、彼は嬉しくなり呼吸が少し速くなった。少しして、柊馬は低い声で答えた。「母さんの……言う通りだ」その声に焦りは感じられないが、言い終わると彼はすぐに立ち上がって、寝室にコートを取りに急ぎ、大股でサッと部屋から出ていった。柊馬のこの素早い動きに美穂は驚いた。ドアが閉まる音が聞こえて、彼女は笑い声をあげた。普段はとても落ち着いているというのに、あの子は一花のことになると、冷静さというものをいとも簡単に捨ててしまうらしい。……ホテルには多くの招待客がひしめき、一花はさっき、二塚グループの役員たちと挨拶し終わったばかりだった。徹とテーブルに戻ると、またみんなが集まってきて、乾杯を求められた。彼女は今日、もともと少し顔を出すくらいですぐに帰る予定でいた。しかし、幸雄もいて、彼は一花を連れて資本家たちに挨拶回りをし、彼女を離す気がなかった。このような場面には一花はかなり慣れていた。祖父と孫の二人は暗黙の了解があり、全て問題なく和やかな雰囲気が漂っていた。少し前に、二人が伊集院家のことで対立し、確執を持っているようには微塵も見えない。「すみません、彼女は体調が優れませんので、お酒は飲めません。私が代わりに乾杯しましょう」徹は一花にこれ以上酒を飲ませないように、すぐに自ら庇った。みんなは二塚家の顔を立てるためにも、それを受け入れた。しかし、そうなると、はやし立てる声も多くあがった。「二塚社長、男前ですな。まさに男の鑑!」「西園寺さん、二塚社長のような方がこうやって女性を庇い酒を飲むなんてこと、今までありませんでしたよ!」「いやー、西園寺さんは本当に魅力的な方ですな!」「二塚社長、僭越ながら、西園寺さんとお付き合いでもされたらいいのではありませんか?お二人は美男美女カップルで、お似合いですぞ!」大勢からそうからかわれて、一花は気まずくなった。一花は
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第665話

「柊馬……」一花は驚きと喜びの目で後ろからやって来る彼を見つめた。柊馬の声は淡々としていて大きくはなかったが、それでも会場全体を圧倒した。彼は一花のすぐ傍に立った。スーツのジャケットは脱ぎ、腕にかけている。ただ体のラインにピタリと合う黒のシャツに、襟元は少し開けて、袖は腕まくりしている。柊馬が向かって来る時、ただ一花のことしか見ていなかった。しかし、会場全員の視線は彼に注がれていた。その場は数秒しんと静まり、すぐにざわざわと話し声が聞こえ出した。「あれって誰かしら、すごく素敵な方ね……」「さっき、西園寺さんのことを妻だって言ってたよね?彼女は結婚してるんだ?」「二塚社長から西園寺家のご令嬢を奪い取れるなんて、これはなかなかの人物かも……」「しーっ!声を小さく……今日は二塚グループ主催のパーティーなんだよ」周りの視線とひそひそ話の中、柊馬は自然に一花の腰に腕を回し、彼女と並んで立った。柊馬が来てくれたことで、一花の警戒心はスッと消えていった。彼女は穏やかで優しさに溢れた顔をし、すぐに周りに紹介した。「こちらは夫の伊集院柊馬です。伊集院財団の取締役社長です」「伊集院柊馬……」「彼があの伊集院グループの社長である伊集院柊馬さんか……」「確か、この間のチャリティーニュースで見たことが……」するとその場は再び盛り上がりを見せた。今度は驚きの声が大きくなり、会場全体が沸き立った。M国の金融業界において、二塚家の地位は確かなもので、今最も勢いに乗っている。しかし、伊集院財団といえば、国際的に名を馳せる有名な大企業だ。伊集院家の歴史は長く、西園寺家に引けを取らない。それに、柊馬が以前その身を挺して子供を守ったニュースが話題になった。彼自身はあまり表に顔を出さないが、会社や個人としてすでにブランド価値を持つような、イメージにまで仕上がった存在だ。一般人だけでなく、全てのビジネス界は伊集院グループと柊馬を非常に尊敬している。こうやって見ると、二塚社長が負けるのも納得のいく結果だろう。柊馬が姿を表すと、幸雄は不満と怒りをこめてステッキを持つ手に力を入れた。「一花さん、伊集院社長がいらっしゃったのなら、どうして事前に教えてくれなかったんだ?」幸雄が咳払いしてそう言うと、柊馬はやっと視線を
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第666話

さらに様々な想像力を引き立てる。しかし、この時柊馬は肝が太く、挨拶代わりに再び幸雄に軽く会釈した後、当たり前のように一花の隣に空いていた席まで行き、椅子を引いて座った。そこはもともと一花と徹が隣り合わせで座る主催者のメインテーブルだった。柊馬は来ると、自然に一花の隣に座ったものだから、徹も横側に座るしかなかった。そしてパーティーの雰囲気は柊馬の到来により、一気に様変わりしてしまった。徹と二塚家以外は、一花と柊馬の関係を知らなかった。会場にいる人たちは、西園寺家と二塚家との関係を近づけ、協力関係をさらに強固にさせようと強く望んでおり、本気で一花と徹の仲を取り持とうとしていた。しかし、この件を幸雄に話すと、彼はずっと曖昧な態度だったから、彼らの誠意を示せと言われているのだと思い込んでいた。だから、提携プロジェクトにおいて、彼らは資金をかなり投入した。西園寺グループもこの提携を機に、国際市場を開拓しようとしていたのだ。それが西園寺家のほうは曖昧な態度で周りを勘違いさせ、彼らにさらなる投資をさせようとしていたにすぎない。この時、二塚家は内心面白くなかった。M国の人脈や投資家のほとんどが二塚家によるものなのに、今この場の空気はかなり気まずくなってしまっている。徹はその場の雰囲気を和ませようと、自ら飲みかけのワイングラスを手にとった。「伊集院社長がせっかく来てくださったんです。今夜のパーティーはもっと素晴らしいものになりました。乾杯しましょう」徹がそう言うと、柊馬は再び立ち上がり、一花の前に置かれたシャンパングラスを手にとった。すると一花が無意識に彼の袖を引っ張った。柊馬の今の体では……あまり酒を飲んではいけない。柊馬は少し微笑み、彼女を安心させるかのように手を握り、徹と乾杯することにした。「お二人は本当にお似合いですね。伊集院社長が彼女の傍にいない時は、奥様の面倒を見させていただいてもよろしいでしょうか?」徹は一気に酒を飲んだので、アルコールが回り顔がほんのり赤くなっていた。しかし、彼が柊馬とまるで旧友でもあるかのように、少しユーモアを交えてからかう言葉に、その場の微妙な雰囲気はだいぶ消えてしまった。「嫌だと言いたいところですが、私の妻は確かに素晴らしい女性ですからね。彼女と一緒にいて、魅力を感じ
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第667話

柊馬は常に自分の細かなことに気を配っているらしい。一花は顔が少し熱くなるのを感じた。ここ数日食べる量が少なかったわけではなく、ただ食欲がなかったのだ。だが、柊馬が傍にいてくれると、彼女は突然食欲が湧いてきたように感じた。柊馬は細かいところまで一花のことを気にかけ、世話をしている。一心同体のようになっている彼ら二人を見ていると、幸雄はだんだん面白くなくなっていった。一花は幸雄に、柊馬のために西園寺家を裏切ることはないと約束していた。それなのに、今、完全に愛に溺れてしまった彼女の様子を見て、当時の匠と同じ道を歩もうとしていると彼は思った。昔、幸雄は和香に対してずっと疑問を抱いており、匠には何度も注意していたのだ。感情に左右されない人間こそが、一族の全てを守っていける。匠が死ぬ前に、冷静さを取り戻したおかげで、西園寺グループを和香に掌握させずに済んだ。パーティーが終わると、徹自ら一花と柊馬を入り口まで見送った。彼は二人を自分の車でホテルまで送ろうと考えていたが、一花はずっと柊馬の腕に抱かれたまま、二人ほぼ同時に彼の提案を断わった。一花は柊馬をちらりと見て、頬を赤らめた。「二塚社長、今日はどうもありがとうございました。でも、お疲れになったでしょう。早めに帰ってお休みください」柊馬も徹に軽く会釈し、礼儀正しい笑みを浮かべた。徹は柊馬に手を差し出し握手をしながら、少し酔った様子で言った。「伊集院社長、おめでとうございます。どうか奥様とお幸せに」「もちろんです」柊馬は淡々とした口調で答えた。この時、亜由が後ろから追いかけてきた。「一花お嬢様」彼女は少しためらったが、三人の和やかな雰囲気を打ち壊した。「幸雄様が、お嬢様と伊集院社長のお二人と個人的にお話したいことがあるそうです」一花は柊馬と視線を合わせた。そうなることが分かっていたかのように、表情ひとつ変えなかった。亜由が名残惜しそうに徹を見つめているのに気づき、一花は表情を柔らかくして突然亜由に言った。「分かりました。おじい様のところに行ってきます。二塚社長は少し飲み過ぎたようだから、あなたが彼を車で送ってあげてください」「分かりました」亜由は一瞬戸惑い、すぐに返事をした。傍にいたボディーガードが一花と柊馬を案内し、連れてい
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第668話

そして今日、一花がずっと自分に亜由の話題をやけに出してくると徹は思っていた。徹は自分の気持ちに応えてくれないとからかっていると、一花のほうは自分ではなく、もっと近くにいる別の誰かに関心を寄せるべきだと言ってきた。彼はその言葉の意味が理解できず、一花に返した。「僕の傍にそんな人なんていませんよ。僕は寂しい独り身なんですから」「社長はとても優秀な方ですから、あなたに気があってもなかなか近寄れない人もいるんですよ」一花はため息をつき、もったいぶって詳しく言おうとしなかった。一花は、ある女性が彼に一目惚れしたのだと言った。そして、その気持ちを隠し続け、ずっと彼のことを気にかけている。それは三年にも及ぶ片思いだと。徹はその女性と何度も会って話したことがあるのに、いつも彼女の心を動かせておいて、自分は何も気づかずに去っていく。女性の気持ちを理解できない人なのだと言うのだ。「それは一体誰なんですか?僕の身の回りにそんな人がいたなんて」徹は本当に一花の言葉に呆気に取られてしまった。確かに彼はずっと学業と仕事のことに頭がいっぱいで、自分から女性と接触することなどほとんどなかった。それに彼は完全に仕事の鬼で、性別問わず、実力のある人にしか興味がなかった。だから、家族や同じ身分の友人たちが女性を紹介してくれても、その相手との共通の話題がなかった。会話が弾まないのだから、その後相手との関係は発展のしようがなかった。だから、一花に彼が誰かの心を無意志に動かしたのだと言われても……それは荒唐無稽な話なのだと思った。「新牧亜由さんですよ」一花はもうもったいぶって、じらすのをやめることにした。彼女は笑った。「あなたは覚えてないのでしょうけど、あなたが一喜一憂したり、何かをする時、あなたのことを好きな人はよく覚えているものです」亜由は気持ちを一花に見抜かれてからは、逆に心が軽くなった。亜由は長年徹に片思いをし続けていた。この秘密を一生自分の中にだけ閉じ込めておくつもりだったが、一花に嫉妬しまったことで、今ではその切ない気持ちを訴える相談相手になってしまった。一花は亜由が自分に自信がなく、好きな人を追いかけることができないと分かっていた。でも、彼女も相談にのることくらいしかできない。一花は徹にそれを教えてか
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第669話

徹はこの時突然、亜由がとても可愛らしいと思った。普段はスーツに革靴姿で、颯爽としたできる女性といった感じだった。そんな人が、自分に対して少女のように片思いしていたのか。「そうなんです!」亜由は俯いて、咳ばらいをした。「私も……」徹は頭を横に傾け、口角をにやりと上げた。「ちょっとふらつくんです。車まで連れていってもらえませんか」「分かりました」亜由は徹の傍にいて、突然彼が横目でちらりと見て腕を伸ばしてきた。「ふらつくから、ちょっと支えてもらえませんか?」徹は小さな声でそう言った。亜由はそんなことを言われるとは思っておらず、頷いて、遠慮気味に彼の腕を支えた。徹からは酒と高級な香水が混ざったような香りがして、なんとも言えないセクシーさが頭をくらくらさせる。徹が車に乗ると、亜由がまた気にかけるようにいくつか彼に尋ねた。そして彼が気持ち悪くならないように、運転手にはゆっくり運転するように注意した。この時、亜由は徹がじっと自分の横顔を見つめていることに気づいていなかった。暗闇に、彼女の半分の顔が隠れている。彼女の慎重な様子に、とても物分かりの良い、尽くすタイプに余計に見えた。「……」亜由が離れようとしたところを、徹に袖を掴まれてしまった。彼女が驚いていると、徹が携帯を取り出して下を向いた。「連絡先を教えてください」「え?」亜由は何を言われているのか分からないほどに驚いた。「今日いろいろとお世話になったので、今度お礼がしたくて」「え、そんな、必要ありませんよ……」「あなたは仕事が大変なのに、お世話してくれたんだから、恩返しをするのは当然です」徹はそう言い終わると、自分の連絡先を彼女に見せた。「よかったら、時間がある時に、一緒に食事にでも行きましょう」「……」亜由は少し呆然としていたが、ようやく反応して頷き、すぐに彼の連絡先を登録した。二人は互いに連絡先を交換した後、徹が乗る車はすぐに去っていった。亜由はその場に暫くの間立ち呆けていてから、かなり興奮した様子でホテルに戻った。幸雄の接待用の個室には多くの人が外で待機していた。柊馬と一花が入ってすでに少し時間が経っている。個室内にはいくつか部屋が分かれており、一花は一人別の部屋で待っていた。幸
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第670話

ここ数日、幸雄もじっとしておらず、部下に柊馬の病院を調べさせていた。いくら病状を隠そうとしても、ここは幸雄の勢力だ。一花は愛を大切にしているから、柊馬がこのような病気であれば、必ず彼に全精力を注ぐだろう。彼女は今人生で最も輝く年齢だ。それなのに一族のことに奮闘し、自分の未来をこんなことに投げだしていいはずがないだろう?それに今、二塚家こそ政略結婚の相手として最も相応しいというのに。一花が徹と結婚できれば、M国に拠点を移して、幸雄の近くにいることができる。一花はまだ若いから今は理解できなくとも、年を取って子供や孫ができた時に、きっと幸雄の気苦労を理解してくれるはずだ。「おじい様、柊馬は……」「彼も承諾してくれたよ」幸雄は一花の話を遮った。「彼はとても心が広い人間だ。彼が君に良くしてくれることは私もよく分かっている」彼は表情を冷たくした。「だが、愛というものは一時的なものだ。君も経験すれば、きっと理解できるはず」「おじい様の話も最もですね。ただ利益や報いを求めるだけなら、人の感情というものは何のために存在するのでしょう」もし、別の話であれば、きっと彼女も冷静でいられただろう。しかし、幸雄は柊馬の病気のために、このような話をし始めた。きっとさっき幸雄と柊馬が話していた内容もこれだったのだろう。柊馬はすでに多くのことを受け入れてきた。柊馬が幸雄からこのような話をされて、絶対に不愉快だっただろうと思い、一花は心が締め付けられた。「彼はもう同意したんだ。お前が拒否しても意味はないだろう?」「離婚はしません」一花は考えるまでもなく言い切った。しかし、幸雄の声はさらに低くなった。「男が本気で愛した女を自分の手で守れないということは、ただ苦痛だけしか残らないって分かっているのか?」「……」一花はその瞬間、黙ってしまった。「伊集院社長はプライドの高い男だ。もし、君と一緒にいてどんどん弱っていく姿を見せることになれば、彼に耐えられるとでも思うのか?」さっき柊馬はとても優しい眼差しで自分を見つめていたが、一花は急に強烈な不安を感じた。柊馬のことなら一花は最もよく分かっている。彼はいつも自分を最後に考えるのだ。幸雄が彼を傷つけるような言葉を言ったり、もしくは一花を使って脅すようなこ
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