私が苦労して手に入れた二億円規模の案件を、社長である夫の一番のお気に入りの若いアシスタントに譲った。夫はそれを三ヶ月にわたる冷戦の効果が出たのだと勘違いしたようだった。彼は上機嫌で、私にアイスランドへのハネムーンを提案してきた。しかし、それを知ったあのアシスタントは嫉妬に狂い、会社を辞めると騒ぎ出した。日頃から彼女を猫かわいがりしている夫は慌てふためき、三日三晩彼女をなだめすかした挙句、出張という名目でまたしてもハネムーンをドタキャンした。あろうことか航空券のもう一枚を彼女に渡してしまったのだ。事後、彼は悪びれる様子もなく、私にこう言い放った。「色恋沙汰なんて些細なことだろ。仕事が最優先だ。俺は社長として、仕事を第一に考えなきゃならない。お前は俺の妻なんだから、当然、俺を支えてくれるよな?」私はスマホの画面に映る、アシスタントが投稿したばかりのSNSを見つめていた。そこには、二人が頭を寄せ合い、指でハートマークを作っているツーショット写真があった。私は何も言わず、ただ静かに頷いた。夫は私が物分かりの良い大人になったと思い込み、満足げに笑った。そして、帰国したらもっとロマンチックなハネムーンを埋め合わせに連れて行ってやると約束した。しかし、彼は知らない。私がすでに退職願を出し、彼が以前サインした離婚届も提出済みだということを。彼と私の間には、もう「帰国したら」なんて存在しないのだ。……私の夫・吉田英明(よしだ ひであき)と、彼のアシスタント・西村彩花(にしむら あやか)がハネムーンへと旅立った翌日。私・木村愛子(きむら あいこ)はすべての業務引き継ぎを終え、人事部で退職手続きを済ませた。十分も経たないうちに、英明から「承認済み」の通知が届いた。「この様子だと、吉田社長はずっと彼女を辞めさせたいと思ってたんじゃない?彼女も結構、身の程を知ってるっていうか」「そうね。会社に残ってても社長の機嫌を損ねるだけだし、さっさと辞めた方がマシよね。でも、これからどうするつもりなのかしら」「私たちみたいな手取り二十万そこそこの平社員が心配することじゃないわよ。どう言ったって、彼女は社長の奥様なんだから。仕事辞めて家に引きこもったって、使いきれないほどのお金があるんでしょ」荷物をまとめていると、同僚たちが私のことを
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