流産の手術を受けたその日、夫の福山京介(ふくやま きょうすけ)は「親友」の個展のために、プライベートジェットでパリへと発った。翌日、ネット上を席巻したのは、セーヌ川のほとりで唇を重ねる二人の写真。さらにその「親友」は、薬指にペアリングが光る手の写真をSNSに投稿し、気取った一文を添えていた。【真実の愛に、言葉はいらない】抜け目なく、京介のアカウントがタグ付けされている。私は乾いた笑みを漏らした。名門・矢代(やしろ)家の跡取り娘であるこの私、福山蘭(ふくやまらん)が、まさか男の恋人のカモフラージュにされていたとは。上等だわ。けれど、この私を欺いた代償――払いきれると思わないことね。……ネットでの炎上騒ぎが三日続き、ようやく京介がパリから帰国した。その傍らには、例の写真に写っていた張本人、立花晴人(たちばな はると)の姿もあった。玄関を入るなり、晴人は糸が切れたように京介の胸へと崩れ落ちる。「京介……めまいが……」京介はすぐさまその細い体を抱き留め、私を見上げると眉間に深い皺を寄せた。「蘭、ネットの件は本当に悪かったが、晴人は重度の鬱なんだ。今回の騒動で自殺未遂まで起こして……連れて帰るしかなかった」まるで今夜の献立でも読み上げるような、淡々とした口調だった。そこには一片の弁解もなければ、私への労わりもない。京介に抱きかかえられた「繊細な」男を見つめ、口元だけで笑った。「福山家と立花グループのAI医療プロジェクト、株価が三日で三十ポイント暴落したわ。時価総額にして数十億が吹き飛んだ」私は冷ややかに告げる。「それなのに、あなたの口から出るのは、彼の鬱の話?」京介の表情に苛立ちが滲んだ。「金で済む話なら、大した問題じゃない。晴人の命の方が大事だ」彼は晴人を支えたまま、噂でしか知らない存在である晴人を、堂々と我が家へ連れ込んだ。「会社のダメージは俺がなんとかする。だから彼を追いつめるような真似はするな」私はその場に立ち尽くし、密着した二人の背中を見送りながら、全身の震えを抑えられずにいた。流産手術による身体の消耗など、この瞬間に胸へ広がった冷たさに比べれば、あまりに些細なものだった。深夜、喉の渇きを覚えて階下へ降りた。キッチンから微かな物音がする。そこには、京介の白
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