オフィスでは、一条聖也(いちじょう せいや)が帰国したというニュースがテレビで流れていた。西園寺麗華(さいおんじ れいか)の視線は、ずっと画面に釘付けだった。僕・柊木悠真(ひいらぎ ゆうま)が差し出した『不動産譲渡契約書』を受け取り、サインをするその瞬間でさえも。西野山一番館。帝都では金があっても買えないと言われる至極の物件だ。だが、麗華にとってはそれほど重要ではない。僕の存在が、彼女にとって重要ではないのと同じように。ニュースが終わると、彼女は機嫌良さそうに、サインを終えたペンを指先でくるりと回した。契約書を僕に返しながら、冗談めかして言った。「これで六十軒くらいになったかしら?あなたもすっかり小金持ちね」その声に滲む抑えきれない喜びは、僕を祝福するためではない。ただ、彼女の「想い人」が帰国するからだ。僕は彼女の前に立ち、ただ静かに頷いた。「西野山の別荘からは海が見えるからね。気に入ってるよ」僕は彼女に教えなかった。実は、これが彼女から譲渡される「百軒目」の物件だということを。かつて僕を追いかけていた麗華を、僕は九十九回断った。彼女の愛があまりにひたむきだったから、百回目の告白で、僕たちは結婚した。だが、彼女の愛は長くは続かなかった。聖也が初めて一時帰国したあの日までしか。それは僕と麗華の、結婚一周年記念日のことだった。僕は麗華が手ずから用意してくれたキャンドルディナーの中で、幸せに浸りながら彼女の帰りを待っていた。けれど、待っていたのは一枚の不動産譲渡契約書と、一言の謝罪だけ。「ごめんね悠真、記念日をすっぽかしちゃって。許してくれるわよね?」僕は彼女から漂う強烈な、知らない男の香水の匂いを無視して、掠れた声で最初の過ちを許した。公平であるために、僕は決めたのだ。結婚したら、九十九回までは許そうと。それから二回目、三回目、四回目……と続いた。結婚して五年。彼女は何度も僕を置き去りにして、想い人のもとへ通った。いつしか彼女は、彼に会いに行く前に、自ら僕に家を譲渡するようになった。一軒目から、九十九軒目まで。その度に、僕は彼女を許してきた。そして今、ちょうど百回目を迎えた。麗華。この一回が終われば、もう君を許す必要はないんだ。そう思うと、憑き
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