「ただいま」玄関の扉を開けて声をかけると、すぐに壱馬さんの声が返ってきた。「花澄…!どこ行ってたの!?」彼の声は焦りと心配に満ちていて、胸がきゅっと締め付けられる。置き手紙のひとつでも残していけばよかった。たった一言「スーパーに行ってきます」と書くだけで、彼の心配を少しでも減らせたはずなのに。「冷蔵庫に何も無かったので、スーパーに」そう答えながらも、胸の奥に罪悪感が広がっていた。本当は、ここまで心配をかけるとは思っていなかった。あの人達とは違うのに。私がいてもいなくても、気にしない人じゃないのに。「言ってくれたら俺が行ったのに」その言葉に胸が熱くなる。彼の優しさはいつも真っ直ぐで、私を守ろうとする気持ちが伝わってくる。けれど同時に、自分の弱さを思い知らされる。「大丈夫ですよ。壱馬さんのお陰で元気ですので」少し笑みを浮かべて答える。けれど彼の視線はまだ鋭く、何かを探るようだった。私の言葉を信じたいけれど、心配が勝っているのだろう。「何もなかったよね」その問いかけに、心臓が跳ねる。「な、何ってなんですか」動揺して、わけの分からない言葉が口からこぼれる。自分でも不自然だと分かっているのに、うまく誤魔化せない。彼はただ私を心配しているだけなのに、その優しさに正直に答えられない自分が情けなくなる。「ほら、誰かに声掛けられたとか」「何もな…」言いかけて、脳裏に莉沙さんの姿が浮かぶ。偶然の再会で、ほんの少し言葉を交わしただけなのに。壱馬さんの前で、莉沙さんの名前を出すことにためらいが生まれる。「花澄?」壱馬さんの呼びかけに、視線を逸らすことができなくなる。彼の瞳は真剣で、私の言葉を待っている。「その…莉沙さんに会って、」勇気を振り絞って口にすると、壱馬さんの表情が驚きに変わった。
Last Updated : 2026-03-24 Read more