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第120話

「今日は私の我儘に付き合ってくれて、ありがとうございます」莉沙さんの言葉に、胸が少し温かくなる。自分から誘ったことに対して我儘と表現するその姿勢に、彼女の気遣いが感じられた。私は両手を膝の上で重ね、少し背筋を伸ばした。緊張はまだ残っているけれど、こうして感謝を伝えてくれることで、場の空気が柔らかくなる。「そんな。私もこうやって外に出てゆっくり話すなんて久しぶりなので、嬉しいです」実家にいた頃は環境がそうさせていた。家族の目や生活のリズムに縛られて、自由に自分の時間を持つことが難しかった。樹と付き合っていた時さえ、デートなんてほとんど出来なかった。そして、壱馬さんの家に来てからも…。壱馬さんは働いているのに、自分だけが休んでいることが許されないように感じてしまう。彼の家に身を寄せている以上、少しでも役に立ちたい、負担を減らしたいという思いが常に胸にあった。「それなら良かったです。かずくんは元気ですか?」壱馬さんの名前が出た瞬間、胸がきゅっと締め付けられる。彼のことを聞かれるのは当然なのに、どこかで心がざわめく。「あ、はい」言葉を探そうとした結果、短い返事になってしまった。もっと自然に話せばいいのに、緊張で声が硬くなる。「昔は週一で会いに行ってたな〜」その言葉に胸が痛む。彼女と壱馬の過去の時間が、鮮やかに浮かび上がる。私は笑顔を保とうとするが、罪悪感が広がる。「そう…なんですね」声は小さく、少し間が空いた。無理に笑みを添えながら、相手を否定しないように気をつけた。「家で映画見たりして」その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さなざわめきが広がった。壱馬さんの家で見たロマンス映画がふと頭に浮かぶ。あの時、壱馬さんがこんなDVD持ってたかなって言っていたから、もしかするとそれは莉沙さんのものだったのかもしれない。彼女が壱馬さんの家に通っていた頃に置いていったのか、
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第121話

「お待たせいたしました」店員の声が耳に届いた瞬間、張り詰めていた空気が少し緩んだ。テーブルに置かれたタルトと、コーヒーの香りがふわりと広がる。「ありがとうございます」礼儀正しく声を添え、軽く会釈する。自分の緊張を誤魔化すために、丁寧な仕草を意識する。「美味しそう!」莉沙さんの明るい声に、場の空気が一気に華やぐ。その笑顔に少し羨ましさを覚えながらも、私は同じように微笑みを返した。「そうですね」短い返事をしながら、私はタルトの鮮やかな色合いに視線を落とした。表面にきらめく果実の艶やかさと、ふわりと漂う甘い香りが、ほんの一瞬だけ心を和らげてくれる。けれど、その安らぎはすぐに消えてしまう。彼女のように素直に「美味しそう!」と言えたなら…。私は、素直になることが怖い。何をしても否定される世界で生きてきたから、心の奥に染みついた恐れが、言葉を閉ざしてしまう。「ところで花澄さんは、かずくんといつ結婚するんですか?」思いもよらぬ言葉に、心臓が喉までせり上がるような感覚が走り、呼吸が乱れる。「ゴホッ…、ゴホッ、」驚きでコーヒーを飲み込むタイミングを誤り、咳き込んでしまう。頬が熱くなり、視線を合わせられずに俯く。自分の反応があまりに露骨で、恥ずかしさが込み上げる。「花澄さん、大丈夫ですか!?」莉沙さんの慌てる声が聞こえ、私は咳き込みながらも顔を上げた。視線の先には心配そうに眉を寄せた彼女がいて、その手にはおしぼりが握られていた。差し出されたおしぼりを受け取ると、指先にひんやりとした感触が伝わり、胸の奥のざわめきが少し落ち着く。私は慌てて口元を覆い、軽く押さえるようにして拭った。「すみません、大丈夫です」声はまだ少し震えていたが、必死に笑みを添える。「そんなに驚かなくても」莉沙さんはそう言
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第122話

「まさか莉沙さんからそんな風に言ってもらえるなんて、思っていなかったので…」正直、耳を疑った。あの莉沙さんが、こんなふうに柔らかい言葉を私に向けてくれるなんて。驚きが胸を突き上げるけれど、それ以上に心の奥がじんわり温かくなる。これまで彼女から浴びた言葉は鋭くて、どこか拒絶の壁を感じていた。だからこそ、今の一言は私にとって信じられないほど大きな意味を持っていた。「初印象最悪でしたよね。すみません」その言葉に胸が少し痛んだ。確かに最初は…。"あんたみたいな女が、かずくんと"あの記憶は鮮明に残っている。でも、事実だから。私はまだ壱馬さんの隣に並べるほど、素敵な人じゃない。今思えば、それも彼女なりの不器用な防衛だったのだろう。謝罪の言葉を口にする莉沙さんの姿に胸が締め付けられるような思いを抱いた。「い、いえ。謝らないでください」慌てて首を振った。謝る必要なんてない。彼女の言葉に込められた不安や後悔を感じ取りながら、少しでもその重さを軽くしてあげたいと願った。「私が、一方的に好きだったんです。それなのに、勝手に勘違いして」その声は震えていた。自分の想いが一方通行だったことを認めるのは、どれほど苦しいことだろう。「…誰かを好きになる気持ちは、決して間違いじゃないです。むしろ、真っ直ぐで素敵だと思います」静かに言葉を紡ぐ。私にこんな事を言う資格があるかは分からないけれど、彼女の痛みを少しでも和らげたい一心で、私は優しく微笑みながらその言葉を伝えた。誰かを好きになる気持ちは、純粋で尊いものだと思うから。「ずっと、自分の気持ちが重くて迷惑なんじゃないかって思ってたんです」その告白は、長い間抱えてきた不安の吐露だった。「それだけ真剣だったってことですから」「どれだけ努力しても、結局一度も振り向いてもらえなかった」
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第123話

「え…?」耳に飛び込んできた莉沙さんの言葉に、思わず声が漏れた。恐怖に似たざわめきが同時に広がっていく。「どうしてあんたなんかにかずくんを譲らないといけないのよ」「全部嘘…」さっき私にかけてくれた優しい言葉も、壱馬さんを諦めると言ったことも、全部。信じかけていた心が一瞬で崩れ落ちる。「当たり前でしょ。むしろあんただから諦められないの」私の存在そのものが彼女の執着を強めてしまったのだ。彼女の目に宿る光は狂気に近く、逃げ場を失ったような圧迫感に押し潰されそうになる。「そんな、」心の中では、彼女がそう思っているだろうと分かっていた。私が壱馬さんの隣にいることを、決して認められないのだろうと。けれど、それでも諦めると言った彼女の言葉を信じたくなった。それなのに、嘘だった。「今すぐ別れて」突きつけられた命令に、胸が締め付けられる。「不釣り合いなことくらい、分かってます」必死に絞り出した言葉。自分でも痛いほど分かっている。けれど、それでも壱馬さんの隣にいたい。声は震え、指先は冷たくなっていた。「でも、私は─────」胸の奥で燃える想いが、言葉になる前に押し潰される。「でもとかいらないから。さっさと別れて…!」その叫びと同時に、莉沙さんの手が乱暴にカップを振り上げた。次の瞬間、コーヒーが宙に舞い、茶色の液体が光を反射して飛び散る。熱い液体が迫ってくる瞬間、世界がスローモーションになったように感じた。時間が止まり、音が遠のき、心臓が凍りつく。恐怖で体は硬直し、逃げることも防ぐこともできない。ただ目を閉じて、いたみを受け入れるしかなかった。けれど、いつまで経っても熱さは訪れなかった。恐る恐るまぶたを開けると、「…こんな事だと思った」
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第124話

「こ、これは」莉沙さんの声は震えていた。自分の行動が壱馬さんを怒らせてしまったことに気づいたのか、言葉は途切れ途切れで、必死に言い訳を探している。まさかここに壱馬さんが現れるとは夢にも思わなかったのだろう。だからこそ、彼女は安心して私を追い詰めようとした。けれどその計算は壱馬さんの登場で崩れ去った。「壱馬さん、背中が…」背中にコーヒーを浴びた壱馬さんの姿は痛々しく、心臓が苦しくなるほどだった。守ってくれたことへの感謝と、私を庇ったせいで負わせてしまった傷への罪悪感が入り混じる。涙が滲み、手を伸ばしたくても触れることができない。「俺のことはどうでもいい」低く落ち着いた声が響く。その言葉には揺るぎない決意が込められていて、自分の痛みよりも私を守ることを優先しているのが伝わる。「いいわけないです」思わず声を張り上げる。壱馬さんの痛みを軽んじることなんてできない。莉沙さんと話すよりも先に、壱馬さんの背中を水で冷やすべきなのに。「花澄が無事ならそれでいいんだよ」優しい声が耳に届き、胸が震える。「か、かずくん」「黙れ。お前に名前を呼ばれる筋合いはない」鋭い声が空気を切り裂く。壱馬さんは今、どんな顔をしているのだろう。その声の鋭さから想像するに、眉間には深い皺が寄り、目は鋭く細められているのかもしれない。冷静さを保ちながらも、内側に燃える怒りを隠しきれない顔。あるいは、静かな怒りを湛えた瞳で莉沙さんを見据えているのだろう。「き、聞いて、私はただ、」 必死に言葉を紡ごうとする彼女の声は震えていて、説得力を失っていた。私は壱馬さんの背中に守られながら、その声をただ聞いていた。心の奥では冷静に考えてしまう。ただ、どうしたかったのだろう。もし壱馬さんが庇ってくれなかったら、私は顔に火傷を負っていたかもしれない。その痛みと傷跡を抱え
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第125話

「私は、本当に大丈夫です」必死に声を絞り出す。壱馬さんの得にならないことを、望むわけにはいかない。それに、私もそんなことは望んでいなかった。「そっか、分かった。…おい」壱馬さんの声は低く落ち着いていたが、その奥には鋭い怒りが潜んでいた。私に向けた優しさから一転し、莉沙さんへと視線を向ける。その背中から伝わる緊張感に、私は思わず息を呑む。「な、なに」彼女の声は震えていた。「金輪際俺たちに関わるな」「そんなの、」縋りつくような声が響く。彼女はまだ諦めきれないのだろう。「二度と俺たちの前に現れるな。次はない」その言葉が放たれた瞬間、場の空気はさらに重く張り詰めた。彼の決断は揺るぎなく、私を守るために一切の妥協を許さない強さを感じさせた。彼が選んだのは、私を守るために過去を断ち切るという決断だった。莉沙さんはなにも言わない。その沈黙は、ただ言葉を失ったというよりも、認めたくない気持ちの表れに思えた。壱馬さんの冷たい決断を前に、彼女は反論することもできず、けれど心の奥ではまだ受け入れられずにいるのだろう。沈黙が重くのしかかる。「返事は」鋭い声が再び響く。壱馬さんの怒りは揺るぎなく、彼女に逃げ場を与えない。「…はい」小さな声が返ってきた。私はその声を聞きながら、胸に複雑な感情が渦巻いた。「それじゃあ、早く消えてくれる?」「ごめんなさい」莉沙さんの表情は最後まで見えなかった。私は声だけを聞き、彼女の顔を想像するしかなかった。莉沙さんがしたことは、消して許されることじゃない。彼女の行動は脅しで済むものではなく、壱馬さんを怒らせるに十分なものだった。けれど、心の奥でどうしても考えてしまう。もし私が完璧だったらと。壱馬さんに不安を
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第126話

「莉沙に会うことを俺に隠したことは、良くなかったね」壱馬さんの声は静かで、淡々と事実を告げる。責めるというよりも、正直に向き合うための言葉。視線を落とし、指先をぎゅっと握りしめる。「はい。それもすみ────」謝罪の言葉が口から零れ落ちる。けれど、最後まで言い切る前に壱馬さんの声が重なる。「でも、こうなったのは花澄のせいじゃないよ」その一言に、胸が震えた。まるで心の奥底まで見透かされているようで、言葉を失う。私が抱えている罪悪感や自己嫌悪をすべて理解したうえで、否定してくれているような…「…壱馬さん」名前を呼ぶ声は震えていた。壱馬さんの優しさに救われながらも、心の奥では自分を責め続けてしまう。「花澄のことだから、莉沙をこうさせたのは自分だとか思ってるんでしょ」図星を突かれ、言葉が詰まる。胸の奥で隠していた罪悪感が、壱馬さんの言葉によってさらけ出される。壱馬さんの隣に立つ資格を失わないように、もっと強く、もっと賢くあれば…そんな思いが胸を締め付けていた。「少し…」正直に答えるしかなかった。声は小さく、震えていた。「莉沙は誰であろと、きっと認めなかったはずだよ」壱馬さんの声は落ち着いていて、断定的で、まるで私の心の奥に潜む罪悪感を切り離そうとしているようだった。「そう、でしょうか」壱馬さんの言葉にすがるように問い返す。「俺が見てきたあいつはそういう人間だった。花澄のせいじゃなくて、あいつ自身の問題。だから花澄が自分を責める必要はないよ」「…ありがとうございます。私を庇ってくれたことも、本当に、ありがとうございました」感謝の言葉を伝えると、壱馬さんは少し笑みを浮かべた。その笑みは優しく、私の心を包み込む。「ううん。守れてよかった。それじゃあ、家に帰ろっか」壱馬さんの声は穏やかで、怒りの余韻をすっかり消し去る
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第127話

家に着いた途端、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。外のざわめきから切り離され、扉を閉めた瞬間に訪れる静けさが、ようやく安全な場所に戻ってきたのだと実感させてくれる。けれど胸の奥では安堵よりも焦りが勝っていた。 壱馬さんの怪我が頭から離れず、守ってくれた代償を思うと心臓が早鐘のように鳴り響く。だからこそ、ためらう暇もなく声が口をついて出た。「壱馬さん、手当させてください」私のせいでこうなったんだ。せめて自分にできることをしたい。そんな思いが込み上げて、自然に声が震えた。「大したことないからいいよ」その返事に、心臓がきゅっと縮む。壱馬さんはいつも私を安心させようとするけれど、とてもそんな風には思えなかった。「お願いします」必死に言葉を重ねた。「…分かったよ」壱馬さんが折れてくれたことに安堵を覚えながら、私は足を動かした。冷凍庫を開ける手は緊張でわずかに震えていて、保冷剤を取り出した瞬間、冷たい感触が指先に伝わる。保冷剤を握りしめたまま、急いでソファーに座る壱馬さんの元へ戻った。「…失礼します」声は小さく、緊張が滲んでいた。壱馬さんの身体に触れることへのためらいと、傷を直視する怖さが入り混じる。「お願いします」私は恐る恐る壱馬さんの服に手を伸ばした。震える手でゆっくりと服をめくり上げる。目の前に現れたのは、赤く少し腫れた跡だった。思わず息を呑み、心臓が強く締め付けられる。視線を逸らしたくなるほど痛々しいのに、目を逸らすことはできなかった。「花澄…?」壱馬さんの声が優しく響く。私の動揺を感じ取ったのだろう。「もっと早く冷やすべきだったのに」自分を責める言葉が自然に漏れる。もっと早く冷やしていれば、腫れることはなかったかもしれない。跡が残るかもしれないという不安が頭をよぎり、心臓が強く痛む。震え
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第128話

「…いつから気づいてたんですか」問いかけながら、胸の奥に不安が広がる。「んー?」 壱馬さんは軽く首を傾げる。その曖昧な返事が逆に緊張を煽り、心臓が早鐘のように鳴り響く。「私が隠し事してるって、いつから」勇気を振り絞って言葉を重ねる。私が隠し通せていたら…。不思議に思ってカフェに足を運ぶこともなかっただろうし、余計な心配をかけることもなかった。壱馬さんが傷ついたのは、結局私の未熟さや甘さのせい。私がもっと上手に立ち回れていたら、もっと賢く振る舞えていたら、彼が痛みに耐える必要なんてなかったはず。「莉沙と会ったって言われた時から。何か変だなぁって思ってね」その答えに、胸が強く締め付けられる。あの時から見抜かれていたのか。「そうだったんですね」かすれた声で返す。隠し通せていると思っていた自分の浅はかさが恥ずかしくて、視線は自然と床へ落ちてしまう。「莉沙の父親に、それとなく受験の話を聞いてみたんだよ。そしたら、莉沙は塾には通ってないって」壱馬さんの言葉が静かに落ちてきた瞬間、胸の奥で小さな衝撃が走る。あの時、確かに「塾に行く途中でたまたま見かけた」と彼女は言った。「え、そうなんですか?」思わず問い返す。それなら、どうして莉沙さんのお父様はその事を知らないのだろうか。「家庭教師雇ってるんだってさ」「それじゃあ、お父様に内緒で塾に…?」思わず口に出す。けれど、言葉に自信がなく、語尾が弱々しく揺れる。ただ、勉強熱心だからなのかもしれない。そう考えると少し納得がいく。例えば…親に勉強している姿を知られたくないとか。頑張っていると思われることが重荷になったり、逆にまだ足りないと言われるのが怖かったりすることだってある。だから、あえて隠して自分だけの努力の場を持ちたかったのかも。あるいは、家ではどうしても集中できない時があるから
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第129話

「どういう、ことですか」問い返す声はかすかに震えていた。理解が追いつかず、胸の奥で不安が膨らむ。「仕組まれたことだったんだよ」その言葉に心臓が強く跳ねる。偶然だと思っていた出来事が、実は計画されていたと知る衝撃に、頭の中が真っ白になる。「仕組まれ…」「偶然を装って連絡先を交換して、カフェに呼び出して脅すつもりだった」淡々とした説明に、胸の奥で冷たいものが広がる。「私は、そんなふうには考えられない、です」言葉を口にした瞬間、胸の奥で強い抵抗感が広がった。確かにカフェに呼び出したのは脅すつもりだったのかもしれない。でも、私にはどうしても脅すというよりも、ただ現実を突きつけようとしただけのように思えてしまう。莉沙さんは、本気で私にコーヒーをかけようとしていたわけじゃないと思う。言葉だけで脅すつもりだったのに、感情が高ぶってついカッとなって…。人間なら誰しも、思い通りにならない苛立ちや焦りで、衝動的に行動してしまうことがある。あの時の手の震えや視線の揺れを思い出すと、計算されたようには思えなかった。それに、あの日会ったのだって、偶然を装ったのではなく、ただ偶然が重なってしまっただけ。信じることが甘さだと分かっていても、どうしても人の悪意だけを見てしまうことができなかった。「それだけ花澄がお人好しってこと」言葉を受け止めながら、軟膏を指先に取り傷口へそっと広げる。緊張で手が震え、息を止めるようにして慎重に塗り込む。ガーゼを重ねて端を押さえ、ようやく肩の力が抜けた。「そうなんでしょうか…。手当終わりました」かすれた声で告げる。視線は落ち着かず、指先はまだ緊張で震えている。「ありがとう」壱馬さんが体をこちらへ向け、正面から視線を合わせてくる。 お礼を言わないといけないのは、私の方だった。「えっと、改めて今日は助けてくれてありがとうございました」「どういたしまして。怖かった
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