「家まで送ってくれなくて良かったのに」カフェで別れていれば、こんな風に胸の奥がザワつくこともなかったはずなのに。「俺が送ってあげたかったの 」その言葉の響きに、思わず足を止めそうになった。でも、これは愛じゃない。かつてお互いを一番に想い、そして苦しみ抜いて別れを選んだ者同士が持つ、腐れ縁のような情だ。「ありがとう」絞り出すように答えた一言は、午後の乾いた空気に溶けていった。私は視線を足元に落とし、自分の影が樹の影と付かず離れず並んでいる様子をじっと見つめた。もう二度と、こうして二人きりで歩くことはない。その残酷な終止符を、ありがとうという短い言葉で打つしかなかった。「…着いた。ここだよ」私たちは目的地に辿り着いてしまった。昼間の明るい光に照らされたマンションのエントランスは、逃げ場がないほど鮮明に日常の終わりを告げている。「じゃ…元気でね」その一言に込められた、彼なりの終わりを感じ取った。互いの未来を祈り合う、あまりにも静かで、あまりにも痛々しい決別の合図。「うん。樹も」私の名前を呼ぶ彼の声が、風のように柔らかく、けれど永遠の別れを告げる鐘のように重く響いた。昼間の明るさが、そのやりきれなさをいっそう際立たせていた。「…花澄」青空の下で、彼の瞳が揺れているのが見えた。何かを言おうとして唇を震わせ、それでも言葉を探している。「ん?」努めて冷静に、けれど微かに震える喉を抑えながら聞き返した。耳元で、自分の鼓動が早鐘のように鳴り響く。「最後に抱きしめてもいい?」その言葉は、明るい日差しの中で、あまりにも切実に響いた。「え?」驚いて声を上げたけれど、本当は私だって、こうでもしなければ本当のさよならができないことを悟っていた。肯定も否定もできず、私はただ目を見開いて立ち尽くす。彼が提示した、最後の願
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