All Chapters of 本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます: Chapter 21 - Chapter 30

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第2章 11 姉と私と亮平の涙

 お姉ちゃんの様子を伺い、私は部屋のドアを閉めると階下に降りた。リビングルームには亮平が頭を押さえてソファの上に座っている。「亮平」そっと名前を呼ぶと、亮平は素早く頭を上げて私を見た。「どうだ……? 忍さんの様子は」「うん……始めのうちは大分興奮して泣き叫んでいたけど今はもう泣き疲れて眠ってる。多分一睡もしていないんだと思う……」そして私も亮平の隣にすわり、ため息をついた。 それは突然の出来事だった。姉と進さんは2人でデートをしていた。交差点で信号待ちをしていて、信号が青になったので渡って歩いていたら、そこへ1台の車が猛スピードで突っ込んできた。進さんは咄嗟に姉を突き飛ばし……車に轢かれてしまった。そしてあろうことかその車はそのまま走り去ってしまった。ひき逃げだったのだ。辺りは騒然となった。取り乱した姉を周囲にいた人たちが何とか落ち着かせ、すぐに救急車が呼ばれた。進さんは救急車で運ばれ、突き飛ばされたことで怪我をした姉も同じ病院に運ばれた。車に轢かれた進さんは5時間にも及ぶ手術を受けたものの、結局助からなかった。一方の姉は打撲の治療を受けた後、進さんの両親と手術が終わるのをずっと待っていたが、手術を終えた医師から進さんが帰らぬ人となったことにショックを受け、気を失ってしまい……私とは一切連絡が途絶えてしまっていたらしい。そしてやっと目を覚ました姉は進さんの両親に言われ、帰宅してきたのだった。「信じられないよ……。進さんが死んでしまったなんて……」何て可愛そうなお姉ちゃん。お父さんもお母さんも死んでしまって苦労して……私の面倒を見てくれて、進さんという恋人が出来てようやく今年結婚して幸せになるはずだったのに……。「俺が悪いんだ……」亮平が口を開いた。「え? 何が悪いの……?」一体亮平は何を言っているのだろう。「俺が……忍さんのことを好きだったから……忍さんの恋人を妬んで……!」亮平が頭を抱えた。「ちょっと……亮平、落ち着いて」亮平の肩に手を置いた。「そうだ……俺は願ったこともある。あいつなんかいなくなってしまえばいいのにって……。俺がそんなことを願ったから、あの人は……!」「亮平!」パンッ!!私は亮平の頬を叩いた。「鈴音……?」亮平は呆然と私の顔を見た。「自分のせい? 進さんがいなくなってしまえばいいのにって願
last updateLast Updated : 2026-01-07
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第2章 12 夜明けの中で

 長い夜が明けた――私は全く寝た気がしなかった。お姉ちゃんのことが心配で、目が覚めた時に思い余って自殺でもしてしまうのではないかと思うと不安でたまらず一睡もすることが出来なかった。ソファの上でウトウト微睡んでいると、突然玄関のチャイムが激しく何度も鳴らされた。「何? 何?」半分寝ぼけ眼で玄関のドアを開けると、そこには亮平が立っていた。「……おはよう、鈴音」「うん……おはよう。どうしたの? こんな朝早くから……まだ6時前だよ?」「いや……あんなことがあったから……朝ご飯の用意どころじゃないと思って……」見ると亮平の右手にはコンビニの袋がぶら下がっている。「まさか……買ってきてくれたの?」「ああ。上がるぞ」亮平は短く言うと、靴を脱いで上がり込んできた。ダイニングテーブルにコンビニの袋を置くと天井を見上げた。「忍さんはどうしてる?」「寝てる……。何回か部屋に様子を見に行ったけど……泣きながら眠っていたよ。でも睡眠薬が効いてるのかな? 起きた気配は無いよ」「そうか……。それでどれ食べる?」亮平はレジ袋から次から次へと食べ物を取り出した。おにぎりやお弁当、カップ麺にサンドイッチ、総菜パンや菓子パン……挙句に冷凍食品まで出してきた。「ちょ、ちょっと亮平……これは幾ら何でも買い過ぎじゃない? こんなに食べきれないよ」苦笑すると、亮平はポツリと言った。「だよな……。でも……どれなら忍さんが食事してくれるか分からなかったから……」「そっか……」またしてもしんみりとした雰囲気になってしまった。だけどこんなことしていていいのだろうか? お姉ちゃんは睡眠薬のせいで眠りっぱなしだし、かといって私は進さんの連絡先しか知らない。お葬式の話だってあるだろうけど、私にはそれを確認する手段が無かった。かといってお姉ちゃんを起こすのもしのびない。「これからどうしよう……」考えなくちゃいけないことは沢山あるのに、夜が明けたせいなのか、それとも亮平が来てくれた安心からなのか、急激に眠気が襲ってきた。それでも必死で欠伸を噛み殺していると亮平が言った。「鈴音……もしかして眠いのか? 寝てないのか?」「うん……お姉ちゃんが心配で……眠れなかった」「鈴音。お前……今日仕事は?」「うん。本当はあるんだけど昨夜のうちに上司に電話を入れたの。姉の婚約者が車にひき逃げされ
last updateLast Updated : 2026-01-08
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第2章 13 毒舌亮平

 どの位眠っていただろうか……。突然目が覚め、慌てて飛び起きた。ベッドサイドに置かれた置時計を見ると、もう12時を過ぎていた。「嘘!? 私……6時間以上眠っていたの!?」姉はどうしているのだろう? 慌ててベッドから降りると私は自分の部屋を飛び出し、姉の部屋のドアを遠慮がちにノックした。――コンコン「……」しかし返事は無く、部屋からも人の気配を感じない。「ひょっとして部屋にいないのかな……? お姉ちゃん……入るね……」遠慮がちに部屋のドアを開けるとカーテンは閉められたままで、部屋はもぬけの殻だ。「お姉ちゃん!?」何だか嫌な予感がする。急いで階段を降りてリビングへ駆け込み……ヘナヘナと床の上に座り込んでしまった。リビングのソファでは亮平と食事をしている姉の姿があった。「おう、鈴音……目が覚めたのか?」亮平はコンビニで買ってきたお弁当を食べながら私を見た。「う、うん……」「鈴音ちゃん!」姉は立ち上がると私の傍に駆け寄り、ギュッと強く抱きしめてきた。「お姉ちゃん……」「ごめんね……ごめんね……鈴音ちゃん……心配かけて……」姉は私を強く抱きしめたまま肩を震わせた。熱い……。姉の涙が私の肩を濡らしていく。「お姉ちゃん……謝らないでよ……。お姉ちゃんはちっとも悪いことしていないじゃない……」私も姉を強く抱きしめ返す。そして私たちは暫くの間、言葉を交わさずに泣きながら互いの体を抱きしめあった―― ようやく落ち着いた私たちに亮平が声をかけてきた。「鈴音。お前も昼飯にしろよ」椅子に座った亮平を見上げると、立ち上がった姉はソファに座りなおした。「そうね……。鈴音ちゃん。今夜18時からお通夜があるのよ。……一緒に来てくれるかしら?」「もちろんだよ! 行くに決まってるでしょう?」「なら、尚更早く昼飯食ってしまえよ」「うん。分かった……」……あれ? 立てない……。「どうしたんだ? 鈴音」「鈴音ちゃん?」亮平と姉が怪訝そうな目で私を見る。「あ、あはは……な、何でもないよ」まさか驚きのあまり腰が抜けてしまったなんて2人に話せば心配させしまう。「なら早く来いよ。あ、忍さん。お茶淹れますよ」亮平は立ち上がるとキッチンへ向かった。よ、よし……今のうちに……。私は腰を落として四つん這いになってリビングへ向かおうとして……。「鈴音ちゃ
last updateLast Updated : 2026-01-10
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第2章 14 お通夜の席で

 その騒ぎは突然起こった―― 私と姉はは進さんのお通夜に出席していた。大勢人々が集まり、立食形式の丸テーブルを囲んで、誰もがその早すぎる死と、憎いひき逃げ犯について語っている。「お姉ちゃん……大丈夫?」たった数日でげっそり痩せてしまったお姉ちゃん。進さんに突き飛ばされて出来た頬の傷にはガーゼが貼られ、みるかにとても痛々しい。そして喪服を着たその姿は痩せてしまった姉の身体を、より一層際立たせている。化粧をしていないその素顔も青ざめて、まるで今の姉は死人のように見えてしまう。「う、うん……。大丈夫よ鈴音ちゃん……。進さんのご両親の所にご挨拶に行ってくるわね……」その足元はふらふらしておぼつかない。「ねえ、お姉ちゃん……・私も一緒に挨拶に行こうか?」しかし姉は首を振った。「ううん、大丈夫よ。鈴音ちゃんはここにいて。今から行ってくるから……」姉は人込みをかき分け、喪服を着た進さんのご両親のもとへ向かった。その後ろ姿を見届けながら私は呟いた。「お姉ちゃん……大丈夫かな……」立食テーブルでお皿に海苔巻きを取ろうとした時、騒ぎが起こった。ガチャーン!!突然食器が激しく割れる音が響き渡り、何やら女性の金切り声のような悲鳴が聞こえ、人々は一斉に音の方向を振りむいた。私も騒ぎを聞き……その中心にいる人物を見て目を見開いた。なんと、姉が床の上に座り込み、足元には割れたグラスが散らばっている。グラスの中には水が入っていたのだろう。姉の体は水で濡れ、床にシミを作っている。そして姉の眼前には進さんのお母さんがヒステリックに叫びながら進さんのお父さんに背後から羽交い絞めにされていた。「お姉ちゃん!」私は急いでお姉ちゃんの元へ駆けつけ、ガタガタと震える体を抱きしめた。「この……人殺し! あんたをかばったから……進は……進は死んでしまったのよ! 返しなさい……私の息子を返しなさいよ!」「やめなさい! 落ち着くんだ母さん! 進が死んだのは忍さんのせいじゃないだろう!? 憎むなら、ひき逃げ犯を憎むんだ!」進さんのお父さんは必死で止めながら訴えている。しかし進さんのお母さんには全くその声は届かず、まるで獣のような咆哮をあげながら今にも姉にとびかかろうとしていた。そ、そんな……。私は進さんのお母さんの変貌ぶりが信じられなかった。あんなにやさし気でニコニコしていた人だ
last updateLast Updated : 2026-01-11
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第3章 1 恋する心を封じ込めて

 結局私たちは進さんのお葬式にも参加させてもらうことを許されず、お墓の場所すら教えてもらえなかった。そしてあの日を境に、お姉ちゃんはすっかり変わってしまった。まるで抜け殻の様になってしまい、会話もままならなくなってしまった。こちらの質問には首を振ったり、頷いたりとコミュニケーションは取れるものの、言葉を発することをしなくなってしまった。自分で食事を取ったり、着がえやお風呂に入ったりと必要最低限のことは出来るけれども、それ以外は1日中ぼ~っとしてるか、1日中泣いて過ごすかのどちらかになってしまった。当然、こんな状態なってしまったからお姉ちゃんは仕事に行くことが出来なくなってしまった。なので会社には私から連絡を入れた。人事部の人はとても良い人で、お姉ちゃんの状況を理解してくれて、とりあえず半年間の休職扱いにしてくれた。そしてここから私も忙しくなった。家事、お姉ちゃんの世話、そして仕事……。 毎日が忙しすぎて疲労がたまっていたけれども、お姉ちゃんの為にも弱音を吐くことが出来ない。だってお父さんとお母さんが飛行機事故で死んでしまった時、自分だって辛いのに、私の世話をしてくれたのはお姉ちゃんだったから。 そして進さんが死んでしまってから半月が経過した頃……。「おい、鈴音。大丈夫か?」家にやってきた亮平が私に声をかけてきた。丁度その日は久しぶりに土曜日に仕事の休みを取ることが出来て、掃除や洗濯を終わらせた後のことだった。お姉ちゃんは自分の部屋で眠っているし、気が抜けてしまった私はソファに座ってうつらうつらしていたらしい。「あ……亮平……いらっしゃい、来ていたんだね」欠伸を噛み殺しながら目を擦ると亮平が顔を覗き込んできた。「な、何?」あまりに視線が近くて声が上ずってしまう。「鈴音……お前、顔色が悪すぎる。そんなんじゃ今に倒れてしまうぞ? お前が今倒れたら誰が忍さんの面倒を見るんだよ」「亮平がいるでしょう?」「へ? 俺?」「そう」「だけど、俺は……」「お姉ちゃんのこと……好きなんでしょう? 今も」「ああ、勿論だ」恥ずかしげも無く頷く亮平。そっか……なら……。「ねえ……亮平」「何だ?」「お姉ちゃんを……助けて」「え? 助けるって……?」「進さんの代わりに……なってあげてよ」いつしか私は真剣な表情で亮平の袖を掴んでいた。「か、代
last updateLast Updated : 2026-01-12
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第3章 2 私と亮平の計画

 その日の午後―― 私と亮平は2人で都内で遊べるガイドブックを眺めていた。姉をどこか遊びに連れて行ってあげて少しでも元気になってもらう計画を2人で立てている最中なのだ。本当ならお泊り旅行で姉を1日中、遊びに連れて行ってあげて進さんのことを忘れる位に疲れさせたいのだけど……。新入社員の私たちにとっては自由にお休みどころか有給休暇すら取ることが出来ない。「ふう……。ねえ亮平。新入社員て辛いねえ……」「はあ? いきなり何言いだすんだよ、鈴音は」亮平は顔上げると、あろうことか私の頭にデコピンしてきた。パチンッ!おでこに痛みが走る。「ちょっとお! 何? 今の! すっごく痛かったんですけど!」ズキズキするおでこを押さえながら亮平に抗議した。「何だ? そんなに痛かったか? 大げさな奴だなあ」亮平は再びガイドブックに目を落とす。あ……今、サラリと受け流してくれたわね……。こっちは痛みで目に涙がにじんでいるというのに。「ねえ、大げさじゃなくて本当に痛かったんですけど!」バシンと机を叩きながら亮平に訴えた。「またまた……大体鈴音は昔からオーバーで泣いてばかりいたからなあ。いっつも俺の後ろでビービー泣いていたっけ? それで俺がお前を虐めていた奴らを撃退してやっていたんだものなあ?」ニヤニヤ笑う亮平。そうなのだ。私は小学校に入学した当時、クラスの乱暴な男の子たちによく虐められていて、それを毎回助けてくれていたのが亮平だったんだっけ……。「うっ……そ、それは子供のころの話でしょう? 今は違うもの! もう……そこまで言うならどれほど痛かったか、お返ししてあげるよ!」「おう! やってみろ!」「よし! なら遠慮なくやらせてもらうからね……」エイッ!ビシッ!亮平のおでこにデコピンしてやった。「……」デコピンを食らった亮平は黙って俯いている。「どう? 痛かった?」「お、お前なあ……」亮平は肩を震わせている。「何?」「つけ爪をしている指先でやるなあ! ものすごっく痛かったぞ!」亮平はおでこを押さえながら猛抗議してきた。「あら~そうだったかしら? おほほほほ……」私は笑ってごまかした。亮平は、全くもうお前という奴は……等ブツブツ言いながら再びガイドブックに目を落とす。「俺は土日しか休めないんだよ。なあ、鈴音。お前土日に休み取るのは難しいんだろ
last updateLast Updated : 2026-01-13
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第3章 3 固い抱擁

「なあ、鈴音。お前さぁ、忍さんがどんな所に彼氏とデートへ行っていたか知ってるか?」亮平はガイドブックを見つめている。「う~ん……わりと旅行が好きだったかな? 2人でいろいろな所へ泊りで出かけていたよ? 大阪に行ったり、京都、沖縄……鹿児島にも行ってたし……あ、北海道にも行ってた! そのたびに2人が私にお土産買ってきてくれてたんだよ。でも考えてみれば私が旅行会社に就職したのって進さんやお姉ちゃんの影響が大きかったのかも。進さんてね、旅行が趣味だったんだよ?」話しているうちに胸がジワジワ熱くなり、目頭も熱くなってきて思わず俯くと、亮平が私の髪に触れてきた。「え?」驚いて思わず顔を上げると、そこには心配そうな顔でのぞき込む亮平の顔があった。「お、おい……鈴音。大丈夫か? お前……ひょっとして忍さんの婚約者のことが好きだったのか……?」そして私の頭を撫でてくる。「ち、違うよっ!」そうだよ……私が進さんのこと好きだったはずないでしょう? だって子供の頃からずっと好きで、今も大好きな人は……亮平なんだから……。「そうなのか? それじゃ何でそんな悲しそうな顔してるんだよ?」亮平は私の右頬に触れる。「だ、だって……私でさえ、こんなに悲しいと思っているのに……お姉ちゃんはどれほどの悲しみを抱えているんだろうなって思ったら……涙が……」駄目だ、涙腺が今にも崩壊しそうだ。だけど泣いちゃいけない。私まで悲しんだらお姉ちゃん、本当にどうにかなってしまうかもしれないもの。「鈴音、泣くな。大丈夫だ。俺がきっと忍さんの笑顔を取り戻してやるから……な?」亮平は笑顔で言うが……それだって私にとっては複雑だ。でも……。「うん、頼りにしてるからね? もう亮平だけが頼りなんだから。頑張ってお姉ちゃんを元気づけてあげて……ハートをゲットするんだよ?」そして亮平の胸を肘でグリグリした。「わ、分かったって! だから、お前。それやめろてば!」嫌がる亮平を見て、笑う私。こうしてまた私と亮平は2人でガイドブックを眺めて計画の続きを立てた――**** 15時――お姉ちゃんの大好きなチーズタルトにアップルティーのティーバックを用意した。「お? うまそうだな~。鈴音、これ駅前の人気洋菓子店の一番人気のケーキだろう?」亮平がテーブルに乗せられたケーキを見つめる。「うん、そうだ
last updateLast Updated : 2026-01-16
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第3章 4 戻った姉の自我

 亮平がお姉ちゃんを連れて階下に降りてきたのはそれから5分程経ってからのことだった。2人が降りてくる気配を感じ、慌てて『東京ガイドブック』のページを開いて、何食わぬ顔で見ているふりをした。「悪い、待っただろう? 鈴音」亮平はすぐに声をかけてきた。そのすぐ後ろには姉がいる。今まで泣いていたのか、目が赤くなっている。「ううん。気にしないで。それより、お姉ちゃんよかった。顔見せてくれて」すると姉がフラフラとこちらへ向かって歩いてくる。「お姉ちゃん」立ち上がって私のほうから近づくと、姉は私の首に両腕を巻き付け抱きしめてきた。「今までごめんね……鈴音ちゃん。ずっと迷惑かけちゃって……」姉が……しゃべった! 信じられなかった。進さんのお通夜の日から姉は口も利くことが出来なくなってしまっていたのに……もう壊れてしまって二度と戻れないかと思っていたのに……。「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」私は姉をしっかり抱きしめた。「お帰り、お姉ちゃん……」「ただいま……」****――その後。私と亮平、姉の3人でダイニングテーブルの椅子に座ってケーキを食べることにした。姉が大好きなチーズタルト。いつもならカット済みのケーキを買ってきていたのだけど今回だけは特別。奮発してホールで買ってきてしまった。「じゃーん! 見て見て、お姉ちゃん。お姉ちゃんの大好きなチーズタルト……なんとホールで買ってきたんだよ?」「まあ、すごい。鈴音ちゃん、高かったでしょう?」すると亮平が言う。「いいんだって! 忍さん、遠慮しないで鈴音に好きな大きさをカットしてもらえばいいさ」「ちょとぉ~! 買ってきたのは私なのに、どうして亮平がそんなこと言うかなあ?」口をとがらせると、亮平が笑う。「ハハハハ! お前のその顔……まるでひょっとこみたいだなあ?」「まあ、亮平君。鈴音ちゃんひょっとこみたいな顔していないわよ? 私の可愛い妹なんだから」姉は少しだけ笑みを浮かべた。うん……今はまだ心の底から笑えるのは当分無理だと思うけど……ちょっとずつでいいからまた素敵な笑顔を見せてくれるよね?私は次に亮平をチラリとみると心の中でお礼を言った。ありがとう、亮平。やっぱり姉には亮平が必要……そして亮平にも姉が必要……なんだよね?私は寂しい気持ちを押し殺しながら、ケーキを口に入れた。そのケーキ
last updateLast Updated : 2026-01-17
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第3章 5 戻りつつある日常

 翌朝――ベッドで眠っているとお味噌汁の匂いが漂ってきた。う~ん……お味噌汁……?「え!?」慌ててガバッと起き上がると時刻は午前6時。「やばい! 寝過ごしちゃった!」今日は早番の日だったから家を8時には出なくちゃいけない。だからその前に洗濯機を回して、朝ごはんを作って姉に食べさせて、洗濯干して、お掃除して……ああ、やることが山積みだったのに……!「急がなくちゃ!」急いで着がえをして下に降りると台所に人の気配を感じた。え? ま、まさか!慌てて台所を覗くと、そこにはエプロンを付けて朝ごはんの支度をしている姉がいた。「あ、鈴音ちゃん。おはよう」姉が恥ずかしそうに声をかけてきた。「お、お姉ちゃん……」すると姉は私に近づき、そっと背中に腕を回してきた。「ごめんね。鈴音ちゃん。今までずっと……私の面倒を見てくれて……」「お姉ちゃん……もう大丈夫なの……?」「うん。もう平気よ。まだお仕事に復帰できる自信は無いけれども家のことなら出来るから任せて」「お姉ちゃん……!」強く抱きしめると、姉も強く抱きしめ返してくれた。その力強さが泣けてくる程嬉しかった―― 姉が作ってくれたほうれん草と油揚げのお味噌汁、胡瓜のお漬物に、厚焼き玉子と焼き鮭に白いご飯。2人で会話をしながら食べる食事はとても美味しくて、幸せを感じた。「お姉ちゃん、朝ごはんすごく美味しいよ」笑顔で言うと姉も微笑んでくれた。「そうね。私も昨日から食べ物を美味しく食べられるようになったわ。鈴音ちゃんが買ってきてくれたチーズタルトもすごく美味しかったし」「良かった。ホールで買ってあるからまだ冷蔵庫に残ってるよ。今日おやつにでも食べたら?」「う~ん……。そうだ、鈴音ちゃん。今日はお仕事早番でしょう? お仕事が終わって家に帰ったら一緒に食べましょうよ」姉の言葉に頷く。本当に亮平のお陰だ。一体どんな魔法の言葉を掛けたのかな? 私じゃ全然駄目だったのに……。やっぱりお姉には亮平が……。「そうだ! お姉ちゃん。まだチーズタルト半分残ってるから仕事が終わってから亮平に家に寄れないか連絡入れてみたら?」すると姉は笑顔になった。「そうねえ……それもいいかもね。そうだ、もし亮平君が来れるなら、夜御飯も食べて行ってもらったらいいかも。それじゃ後でメールをしてみるわ」「うん、それがいいよ。きっと
last updateLast Updated : 2026-01-18
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第3章 6 優先するべき相手は

 新人の朝は早い。早番の日は誰よりも早く出勤してお店を開ける準備をしなくちゃならない。電気をつけて、空調のスイッチも付けてプリンターやメインPCの電源を入れて、お店の外回りのお掃除もある。この支店に配属されたのは私と井上君。だから私と井上君が早番の日はこの持ち回りを2人でローテーションで回している。そして今朝は私が早めに出勤して準備をする日。大方朝の仕事を終えて、自分のPCの電源を入れた頃に井上君が出勤してきた。「おはよう、加藤さん」「あ、おはよう!」「加藤さん。今日は随分元気だね。ここ最近ずっと元気がなかったから心配していたんだ。ほら、あんなことがあった後だし……」この支店の人達は全員私の家の事情を知っている。特に井上君は同期だから一番私を気にかけてくれていた。「うん。それがね、聞いてくれる? お姉ちゃんがやっと話ができるようになったの! それだけじゃないんだよ? 家事も出来るようになって今朝は朝ご飯にお弁当を作ってくれたの!」「へえ~! すごいじゃないか! 良かったね。加藤さん」井上君は本棚によりかかり、腕組みしながら話を聞いている。「うん。本当に良かったよ……」話しているうちに、嬉しくて思わず目頭が熱くなり、目をこすった。すると何を思ったか、井上君が私に近づいて頭を軽くなでてきた。「今までよく頑張ったな。うん、えらい、えらい。それで……どうして突然戻れたんだろうな?」「それはね。亮平のおかげなの。どんな魔法の言葉を掛けたか知らないけど、亮平のおかげでお姉ちゃんもとに戻ったんだよ。昔から亮平はお姉ちゃんを元気づけるの得意だったから」すると井上君の手が私の頭の上でピタリと止まった。「亮平……? 亮平ってあの……?」「うん。私の隣の家に住む幼馴染だよ」「……」何故か井上君は複雑そうな顔をして私を黙って見つめている。「どうかしたの?」すると井上君はまるではじかれた様にパッと私の頭から手を離した。「い、いや。何でもないよ。だったら今日はお姉さんの快気祝いとして2人で夜ご飯食べて帰らないか?」「う~ん……でも、今夜は3人で夕食を食べることになっていて……」「だけど亮平って男は加藤さんのお姉さんのことが好きなんじゃないの?」「!」私の顔色が変わったことに気づいたのだろう。「やっぱり……。なんとなくそんな気がしたんだ
last updateLast Updated : 2026-01-19
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