私は十年間パティシエとして働き、ずっと自分の店を持つことを夢見てきた。夫である森田安弘(もりた やすひろ)は、「機会があれば、二人で店を開き、店名は『洋菓子専門店葉月』にしよう」と言っていた。結婚五年目になって、ようやく「洋菓子専門店葉月」はオープンした。その日、私は家で一晩中看板ケーキを作り、明け方四時に店へ向かった。ショーウィンドウには、すでに完成品がずらりと並んでいた。店員は私を見ると、少し驚いた顔で言った。「応募の方ですか?」私は「オーナーの妻です」と答えた。彼女はますますきょとんとして、「オーナーさんは今日、お忙しいはずですが」と言った。私は奥へ進み、壁に掛けられた巨大なポスターを見た。安弘が一人の女性と肩を並べ、満面の笑みを浮かべている。ポスターにはこう印刷されていた。【森田安弘と葉月晴奈共同創業者】私はその名前を見つめたまま、手にしていたケーキの箱を取り落とした。クリームが床いっぱいに飛び散った。葉月晴奈(はづき はるな)なんて。でも、私の名前は葉月美咲(はづき みさき)なのに。私は店の前で安弘に電話をかけた。何度も呼び出し音が鳴って、ようやくつながった。「店名の『葉月』って、私のことを指してるんだよね?」向こうは二秒ほど沈黙してから言った。「……もう店に行ったのか?」「答えて」「もちろん君のことだよ。でも、ただの名前だ」彼はため息をついた。「俺はまだ寝てたんだ。朝から何なんだよ」「どうしてポスターには『森田安弘と葉月晴奈』って書いてあるの?」「宣伝のためだよ。彼女は若くてイメージもいいし、お客様を引きつけやすいから」私は目を閉じた。「じゃあ、どうして私と一緒に店を開かなかったの?」「君は専業主婦だろ。そんな才能があるのか?」彼の口調はいら立ちを帯びてきた。「投資にはリターンが必要なんだ。晴奈は海外で製菓を学んだ、プロなんだ。君は家にいればいいだろ。余計な心配をするな」私は胃をぎゅっとつかまれたみたいに痛んだ。「でも、私が専業主婦になったのは……」あのとき、あなたがひざまずいて頼んだのに。言い終える前に、安弘は冷たく遮った。「もういい、騒ぐな。あとで用事があるんだ」電話は切れた。私は暗くなったスマホの画面を見つめながら深呼吸し
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