翌日、屋敷はいつもよりわずかに早く動き出していた。 昨夜と同じ石壁、同じ回廊。 だが、空気の重さだけが違う。 鐘の音は規定の時刻通りに鳴り、騎士の巡回も足並みを揃えて中庭を横切っていく。 表面上の秩序は、昨日までと何ひとつ変わらない。 だが、厨房の方から漂う匂いだけが、確かに違っていた。 刺激の強い香辛料は、使われていない。 甘さを引き立てるための余計な工程も省かれている。 火を入れる時間、仕上げの順序、配膳までの動線―― すべてが、必要最小限に整理されていた。 誰かが命じたのではない。 現場が、判断した。 私は回廊を進みながら、その匂いを無意識に受け取っていた。 昨日までとは違う、余計な甘さのない香り。 (……受け取られた) 命じたわけではない。 だが、確かに届いている。 誰かが声高に命じたわけではない。 だが、昨日のやり取りは、すでに屋敷の内側へと浸透していた。 食事室に入ると、使用人たちは静かに配置につく。 視線を走らせる者はおらず、動きは簡潔で、互いの間合いも正確だった。 アレクシスは、すでに席についていた 手元の書類を一枚閉じ、私に気づくと視線を上げる。 「おはよう」 「おはようございます」 それだけのやり取り。 だが、彼の視線は自然に室内全体を捉えていた。 配膳が整い、料理が並ぶ。 質素だが、温度も香りも適切だ。 アレクシスは一口運び、わずかに眉を動かした。 「厨房が変わったな」 責める調子ではない。 評価とも断定ともつかない、ただの確認。 「余計なものを削っただけです」 アレクシスは皿を見下ろし、二口目をゆっくりと運ぶ。 「……それが、一番難しい」 そう言ってカップを手に取った。 形式を保つことは容易い。 だが、削ることは覚悟がいる。 この屋敷でそれを理解しているのは、彼も同じだった。 少し間を置いて、アレクシスが口を開く。 「今朝、騎士団経由で照会があった」 「王宮から、ですか」 「ああ。君がどこまで関与するのか、探っている」 “探る”という言葉に、私は小さく頷いた。 「想定の範囲内ですね」 「拒否する気は?」 「ありません。ただし、曖昧な場には出ません」 彼は視線を上げる。 「条件は」 「判断を要する案件であること。 そして、必ず記録が残る場である
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