Masuk乙女ゲームの世界に転生した主人公は、 気づいた時にはすでに物語の終盤に立たされていた。 待ち受けていたのは、 婚約者からの一方的な婚約破棄、 根拠のない罪による断罪、 そして貴族社会からの追放――。 悪役令嬢として定められた破滅の運命から逃れるため、 彼女が選んだ最後の手段は、 「冷酷無情」と噂される黒鷲公爵アレクシスとの 契約結婚だった。 それは愛のない、利害だけの関係。 互いに深入りしないはずの取引だったが―― 「君は俺の妻だ。 他の男に触れさせるつもりはない」 次第に彼は彼女を守り、 独占し、溺愛するようになる。 断罪された悪役令嬢の運命は、 この結婚を境に、静かに書き換えられていく。
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元悪役令嬢・20歲 金色の巻き髪、青い瞳。外見は上品で物静かな令嬢だが、その内側には、前世で日本の会社員として働いていた佐藤美穂の記憶がある。頭が良くクールで、感情に流されることは少ない。常に状況を分析し、自分の自由と生存を最優先に考える合理主義者。婚約破棄をきっかけに黒鷲公爵アレクシスと契約結婚し、バッドエンドを回避しようとしている。 アレクシス・フォン・グラナート 黒鷲公爵・26歲 漆黒の髪に、金の瞳。若くして公爵位を継ぎ、軍事・財政・政治のすべてに強い影響力を持つ実力者。冷酷で理性的な人物として恐れられているが、その本質は極めて論理的で一途。感情に流されることがなく、政治や権力闘争に長け、王家ですら無視できない存在。一度信頼し「自分の側」と認めた相手には強い独占欲を示し、徹底的に守り抜く。 エミリア・ローゼン 聖女候補、王太子妃侯補・19歲 領地の管理を任されております淡い銀髪と透き通るような白い肌。純真無垢で可憐な少女として周囲に認識されているが、その本質は強い野心を秘めた計算高い人物。自らを「選ばれる存在」だと疑わず、その地位を守るためなら他者を切り捨てることも厭わない。立場や感情、言葉を巧みに操り、王太子ユリウスとの関係を利用しながら、周囲を自分に有利な方向へ導く。 ユリウス・フォン・エーデルハルト 王国の王太子・23歲 金色の髪、澄んだ青い瞳。端正な容貌に柔和な笑みを浮かべているが、視線の奥には常に計算が潜む。自尊心が強く、思い通りにならない相手を許せない性格。元婚約者であるレティシアが自分の手を離れ、黒鷲公爵に選ばれたことで、強い屈辱と執着を抱くようになる。彼女が不幸になることを願い、王家の力を利用して様々な厄介事を引き起こす。 エレノア・ヴァルディス 黒鷲公爵家執事長代理、兼女中頭・47歲 長年公爵家に仕える使用人で、屋敷の規律と実務を一手に管理している。感情を表に出さず、常に冷静に人を観察し判断するタイプ。黒鷲公爵アレクシスに絶対的な忠誠を誓っており、レティシアに対しても「公爵の妻」として公正かつ厳格に接する。 リナ・ハルトマン レティシアの侍女・19歲 黒鷲公爵家に仕える、公爵夫人付き侍女。 侍女教育と軍務基礎訓練を受けており、優れた観察力と判断力で危機を察知する。寡黙で冷静だが、一度主と認めた相手には揺るぎない忠誠を示す。 グレイ・フォード 王都外務局文官 ・32歲。 前線に出ることは少ないが、各貴族家との折衝記録や情勢整理を担う実務派。感情よりも前例と整合性を重んじる慎重な性格で、黒鷲公爵家に対しては「観測対象」として一定の距離を保っている。 ハンス 黒鷲公爵家.騎士長 42歲 アレクシスに絶対的な忠誠を誓い、その判断を疑わない。 公爵家を守ることを最優先とし、レティシアについて。公爵が選んだ存在」として静かに護衛と監視を行っている。寡黙で実直、戦場でも屋敷でも隙を見せない。口数は少ないが、誰よりも頼りになる人物。 クラウス・ハーゼンベルク 黒鷲公爵家・執事 56歳 先代から三十年以上にわたり公爵家に仕える重鎮。冷静沈着で無駄のない動きを徹底し、公爵の意図を言葉にされる前に理解するほどの信頼を得ている。政治・軍事・財政にも通じ、公爵の影として動くことも辞さない。絶対的な忠誠を誓いながらも盲従ではなく、必要とあれば静かに進言できる稀有な存在で、「黒鷲公爵家の第二の頭脳」と称されている。 エルヴィン・シュトラウス グラナート領の執政官・34歲 青色の瞳、栗色の髪、姿勢は端正そのもの。王国行政学院の優等卒業者。アレクシスが憧れて,グラナート領に来た、今は領地の管理を任されてます。 ハース・ヴェルナー アレクシスの副官・三十代半 鋼鉄のような灰青色の目、深い栗色の髪、やや浅黒い肌。長年の野外任務で日焼けしている。アレクシスの副官情報と護衛を統括している。冷静で理知的、状況判断に優れ。アレクシスの右腕として絶大な信頼を得ている。 ルーカス 他領から流れてきた孤児・14 歳 戦争で父を失い、母と共に避難生活を送っていたが、その母も逃避行の途中で病に倒れ、死別した。たった一人で飢えと孤独に耐えながら、行き着いた先がグラナート領だった。 マルクス 隣国から流れてきた孤児.15歲 国境を越え、隣国から迷い込んできた十五歳の孤児。グラナート領の鉱山に潜り込み、生きるために無断で鉱石を掘り、それを謎の男に売ることで食い繋いでいた。調査に訪れたアレクシスに発見され、そのまま館へと連れ戻される。現在は新設された孤児院で生活している。夜が明けきる前——。 満月の名残をわずかに残した薄青い空の下、黒鷲公爵邸の地下牢には、湿り気を帯びた冷たい空気が満ちていた。昨夜、月影の丘で捕らえられた四人の男たちは、鉄格子の牢へ押し込められている。 手首には縄。足には鎖。 顔には疲労と苛立ち、そして隠しきれぬ焦燥が浮かんでいた。石壁に掛けられた燭台の炎が揺れ、牢内に長い影を落とす。やがて、重い扉が軋んで開いた。先に入ってきたのはエルヴィンとオットー。 その後ろから、アレクシスが静かに姿を現す。地下牢の空気が、さらに冷えたように思えた。オットーが一歩前へ出る。 だが、男たちの前まで進んだのはアレクシスだった。黒衣の公爵は鉄格子の前で足を止め、四人を順に見渡す。「名を名乗れ」低く落ち着いた声だった。しかし、誰一人として口を開かない。沈黙が続く。アレクシスは眉一つ動かさず、淡々と言葉を継いだ。「ならば、質問を変える」その視線が、昨夜笛を持っていた男へ向けられる。「お前たちは、子供を攫いに来たのではない」男の眉がぴくりと跳ねた。「……何の話だ」「昨夜、お前は笛を吹いた。呼び寄せるための合図だ」アレクシスの声は静かだった。「だが、武装も縄もなかった。人数も少ない。子供を力ずくで連れ去るには不自然だ」男たちは黙ったまま、互いに視線を交わす。「つまり——」アレクシスの眼光が鋭くなる。「お前たちは、子供たちが集めた鉱石を受け取りに来た」沈黙が落ちた。否定の声は、誰からも上がらない。アレクシスはさらに一歩、鉄格子へ近づいた。「どうしてグラナート領の鉱石を盗む」低く放たれた問いに、男たちの肩がわずかに揺れる。先頭の男が舌打ちした。「……盗む? 大げさだな」「領主の許可なく持ち出した時点で盗みだ」揺るぎのない声音だった。「しかも孤児を使い、採掘させていた」若い男が顔をしかめる。「俺たちは掘ってねぇ。ただ受け取って——」言いかけて、はっと口をつぐむ。オットーが鼻で笑った。「また自分で喋ったな」「くそっ……!」オットーは意に介さず、さらに追い打ちをかける。「なぜグラナート領の鉱脈が標的になる? この地の鉱山は領主直轄だ。無断採掘が重罪と知らぬはずもあるまい」アレクシスの声が、石壁に冷たく響いた。「答えぬなら、四人まとめて主犯として裁く」男たちの顔色
陽が完全に落ち、黒鷲公爵邸の広大な敷地は、不気味なほど深い静寂に包まれていた。空には、約束されたように満月が皓々と輝き、その銀の光が地上のすべてを冷たく、そして鮮明に照らし出している。 昼間の穏やかさは消え、今宵の世界は、月だけのものだった。やがて、公爵邸の裏門が音もなく開かれる。そこから、一団が静かに滑り出した。先頭を進むのは、漆黒の毛並みを持つ大きな馬に跨ったアレクシス。 その隣には、同じく馬を駆るレティシアの姿があった。夫妻の後方には、オットー率いる治安隊、さらにエルヴィンとハースを含む精鋭たちが続く。 誰一人として無駄口を叩かず、蹄の音さえ抑えるように進んでいた。月明かりの下、一行は北西へと続く丘道を進む。「……この先だ。旧街道の分岐点が見えてくる」低く告げるアレクシスに、レティシアは小さく頷いた。冷えた夜気が頬を撫でる。 握った手綱の感触が、現実を強く意識させた。(本当に……来てしまったのね)不思議と後悔はなかった。 胸の奥にあるのは、緊張と——見届けるという意志だけだった。やがて視界が開け、一行は広い分岐点へとたどり着く。そこは、北西の山際へ続く旧街道と、領内へ戻る道とが交差する場所だった。 傍らには古びた石造りの道標が立ち、風雨に削られた文字が月光に浮かび上がっている。アレクシスはそこで手綱を引いた。「ここから先は馬を降りる。月影の丘は、この先の獣道の奥だ」全員が静かに馬を下り、手早く木陰へ繋いでいく。レティシアも足を地につけ、前方へ視線を向けた——その瞬間、息を呑んだ。分岐点の先、小高い丘の斜面全体が、淡く青白い光を帯びていた。まるで大地そのものが、内側から発光しているかのようだった。「……綺麗……」思わず漏れた声は、夜に溶けるほど小さい。月影の丘。 グラナート領北西部に位置するその場所は、満月の夜になると、地表に混じる含銀石が月光を反射し、丘全体が銀色に輝いて見える。夜の闇の中に浮かび上がる幻想的な景色から、古くより人々はこの丘を“月影の丘”と呼んできた。だが今夜、その美しさはどこか不気味でもあった。 静寂と光が、これから起こることを待っているように思えたからだ。「配置につけ」アレクシスの短い命令で、全員が散開する。オットー率いる治安隊は街道沿いの茂みに。 エルヴィンは丘裏へ兵を導き、退路を断
満月当日の朝——黒鷲公爵邸の執務室には、すでに重い空気が満ちていた。窓の外は穏やかな朝の光に包まれている。だが室内には、それとは対照的な緊張が漂っていた。机の上には、昨夜よりもさらに詳細な地図が広げられている。地形の起伏、木々の密度、小道の幅に至るまで、細かく書き込まれていた。アレクシスは腕を組み、その地図を見下ろしている。「報告を」低い声に、エルヴィンが一歩前に出た。「はっ。偵察により、新たな痕跡を確認しました」彼は地図の一角を指差す。「こちらの小道——わずかですが踏み固められた痕跡が確認できました」レティシアの視線が動く。「……やはり」エルヴィンは頷く。「敵が偵察、あるいは別経路として使用する可能性が高いと判断します」アレクシスは短く息を吐いた。「正面だけでは来ない、か」ハースが続ける。「現時点の配置では、小道側の警戒がやや薄いかと」沈黙が落ちる。やがて、アレクシスが口を開いた。「配置を変更する」その一言で、空気が引き締まる。「丘裏の十名から二名を外し、小道へ回せ。街道沿いはそのまま維持」「はっ」「加えて——」アレクシスの指が地図の中央をなぞる。「包囲の合図は二度の発光信号に統一する」その言葉に、レティシアはわずかに首を傾げる。「発光信号……?」ハースが小さな白い棒状の器具を取り出し、実際に見せる。覆いをずらすと、光が一瞬だけ外へ漏れ、すぐに消えた。「このように、必要なときだけ光を見せます」「一度で待機の合図、二度で包囲の合図です」レティシアは小さく息をついた。(なるほど……音を使わない合図)ほんの一瞬、別の光景が脳裏をよぎる。(……ライブのペンライトみたいなものね。ただし——)視線がわずかに鋭くなる。(これは“見せるため”じゃなく、“伝えるため”の光)彼女は静かに頷いた。「理解しました」ハースがすぐに書き留める。「撤退基準は?」エルヴィンが問う。「敵が三隊以上に分散していた場合は深追いするな。確保を優先し、追撃は禁止」合理的で、冷徹な判断だった。レティシアは静かに口を開く。「……子供たちの安全は、館内で完全に確保しておきます」アレクシスは一瞬だけ彼女を見る。「頼む」そして——「本作戦は、本日夜。満月が最も高く昇る刻に実行する」それは、決定の宣言だった。
王宮の晩餐会から一夜明けた王都は、いつもと変わらぬ朝を迎えていた。 だが、その静けさの裏で、いくつもの思惑が音もなく動き出していた。 アウグストの机の上には、王国の財務報告と、各地の軍需支出の推移を示す帳簿が幾重にも広げられている。 整然と並ぶ数字の列——だが、その一つひとつが、確かに“動き”を示していた。 向かいの椅子に座るのは、妻のエリザベート。 朝の身支度を終えたばかりで、わずかに乱れた髪も、その優雅さを損なうことはない。 エリザベートは静かに帳簿へと視線を落とした。 「昨日の殿下との面会……いかがでしたか?」 「ああ」 アウグストは一枚の紙を指で押さえた。 「これだ」 そこには、ここ数ヶ月の軍需支出の内訳が記されている。 一見すれば、大きな異常はない。 「黒鷲家の鍛冶工房による軍需品の購入量が増えている。規格も供給網も王都と同一だ。 だが、現時点ではまだ五割に達していない——ゆえに殿下は問題視しなかった」 その意味を、エリザベートはすぐに理解する。 「では、このまま進めば——」 「線を越える」 アウグストは静かに言葉を重ねた。 「供給の五割を超えた時点で、中央は介入するだろう」 その基準は明確だった。 「それまでは?」 「黙認だ。むしろ利用するだろう。黒鷲に一部を担わせることで、鍛冶工房の管理や工匠の負担、品質維持の面でも中央の負荷を軽減できる」 エリザベートは静かに頷いた。 「……合理的ですわね。王太子殿下らしいご判断です」 アウグストはわずかに目を細める。 「だが同時に——」 その声が、わずかに低くなる。 「黒鷲側も“試されている”ことは理解しているはずだ」 晩餐会の光景が脳裏に蘇る。 「……あの夫人、ですか」 エリザベートは静かに紅茶を口に運んだ。 「私、あの方に興味がございますわ。 あの落ち着き、あの言葉の重み…… とても地方貴族の娘に見えるものではありません」 しばしの沈黙。 やがてエリザベートは、わずかに微笑む。 「黒鷲公爵家は、思っていた以上に“盤上の駒”ではなさそうですね」 「もとより駒ではない」 アウグストは淡々と返した。 「だが今は——」 その視線が鋭くなる。 「“盤そのものを揺るがす可能性”が出てきた」 部屋に、静かな緊張が満ちた。 —— 大神殿の聖堂には、高窓
翌日、屋敷はいつもよりわずかに早く動き出していた。 昨夜と同じ石壁、同じ回廊。 だが、空気の重さだけが違う。 鐘の音は規定の時刻通りに鳴り、騎士の巡回も足並みを揃えて中庭を横切っていく。 表面上の秩序は、昨日までと何ひとつ変わらない。 だが、厨房の方から漂う匂いだけが、確かに違っていた。 刺激の強い香辛料は、使われていない。 甘さを引き立てるための余計な工程も省かれている。 火を入れる時間、仕上げの順序、配膳までの動線―― すべてが、必要最小限に整理されていた。 誰かが命じたのではない。 現場が、判断した。 私は回廊を進みながら、その匂いを無意識に受け取っていた。 昨
私——ハース・ヴェルナーは、公爵様の呼び出しを受け、書斎へと向かった。扉の前で一度、軍服の襟を正す。(公爵様が、急に呼び出すとは……何かあったのか?)ノックをすると、低い声が響いた。「入れ」扉を開けると、書斎の中にはアレクシス公爵様——そして、公爵夫人レティシア様がいらっしゃった。(公爵夫人も……?)私は姿勢を正し、一礼した。「ハース・ヴェルナーです。お呼びでしょうか、公爵様」「ああ。レティシア、紹介する。彼は俺の副官で、情報と護衛を統括している。十年来の腹心だ」公爵様がそう言うと、公爵夫
俺は王宮の舞踏会が嫌いだ。 音楽は必要以上に大きく、笑顔はどれも磨き上げられた仮面だ。 酒は甘く、言葉はもっと甘い。だが、その裏側にある計算だけは、決して甘くない。 今回の舞踏会の招待状が届いたのは、夜会の五日前だった。 通常なら、一か月前に通知が来る。 日程の調整、衣装の手配、随行や護衛の配置。 宴に供される料理の予算、座席の順、どの家がどの位置に立つか。 それらが整って初めて「招待」と呼べる。 王太子主催とはいえ、五日前の通知は短すぎる。 不可能ではない。 だが、余裕がない。 封書を手に取る。王家の印章、紙の厚み、文面の整い方。 形式は完璧だ。完璧すぎる。 封の縁
応接が終わったあとも、屋敷の表面は静かだった。 扉の開閉も、足音も、いつもと同じ。 何事もなかったかのように、日常は整えられている 騎士の配置は元に戻り、巡回の音もいつもと変わらない。 使用人たちの動きに乱れはない。 黒鷲公爵家は、外部との接触一つで日常を揺らすような屋敷ではなかった。 だが、まったく同じかと問われれば……そうではない。 廊下を進むたび、わずかな視線を感じる。 露骨ではない。 立ち止まる者も、囁き合う者もいない。 ただ、確認するような目。 (……もう、“噂の中の公爵夫人”ではない) それを言葉にする者はいない。 だが、廊下ですれ違う使用人たちの視線が、