《夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした》全部章節:第 231 章 - 第 240 章

269 章節

231話

母屋から離れに移った音羽と伏見。 後は風呂に入り、眠るだけといった時間だ。 風呂の支度をしていた音羽は、自分の事を心配そうに見つめている伏見の視線に気が付かなかった。 「──音羽」 「……えっ、あ、なんですか、蓮夜?」 音羽が時折暗い表情をしている事に、伏見は気が付いていた。 皆で居る時、楽しそうに、愛おしそうに笑っていたが時折恭を見つめる視線に、影が落ちていたのだ。 「恭の事が心配か?両親は子供の世話は長くしていなかったが、そんな悪い事にはならないと思う。だから、安心してくれ」 「──っ、ち、違いますっ!恭ちゃんの心配はしていたんですが、蓮夜のご両親の事を疑っている訳ではないんです!」 まさか、伏見にそんな勘違いをさせてしまうなんて。 音羽は慌てて首を横に振り、暗い表情をしていた事を謝罪した。 「ご両親が恭ちゃんを可愛がってくれているの、すっごく嬉しいです。蓮夜のご両親に対して、不安とかがある訳じゃないんです。勘違いさせてしまってごめんなさい」 「俺の両親じゃない……?それなら……」 何を不安に思っている? 優しく問いかける伏見に、音羽はぽつりぽつりと答えた。 「……お昼に買い物をした、ショッピングモールで……」 「うん」 「恭ちゃん、自分が欲しいと思った物を私達に言うのを躊躇っていたの、分かりましたか?」 伏見は、昼に買い物をしたショッピングモールでの出来事を思い出す。 だが、恭がそんな素振りを見せていたなんて、伏見には全く気が付かなかった。 「──悪い、全然気が付かなかった……」 「いえ、謝らないでください。蓮夜も、飯野さんも商品を選んでいたから。私は、恭ちゃんを抱っこしていて、距離が近かったし、恭ちゃんの体の強ばりも伝わったんです……」 「恭が……?体が強ばったのか?」 「ええ、そうなんです。……恭ちゃんが、自分が欲しいものを言う時……それに、自分の意見を言う時に何だか……不安とか、恐れているような感じがして……」 音羽の説明に、伏見は自分の口元に指を持って行き、考える。 子供がそんな態度を取るのには、理由がある。 「……もしかして、今まで恭は自分が欲しい物を強請った事が無い……?」 「……ええ。もしかしたら、以前そう言う事を言って、凄く怒られた経験があるのかもしれません……」 あの怯えよう、もしか
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232話

「──迎えに来るのが遅くなったが、近い内に恭を引き取ろう。……今まで辛い思いをさせてきた分、これからは恭を幸せにしてやろう」 「──はいっ、そうします……っ」 悔しい、絶対に樹と裕衣、2人を許せない──。 音羽の胸は、ふつふつと怒りが込み上げてくる。 恐らく、恭は自分たちが考えている以上に辛い思いをしているはずだ。 そうじゃなければ、あの年であそこまでごっそりと感情が抜け落ちたような表情はしていなかったはずだ。 恭と初めて会った時の事を思い出し、音羽は悔しさに唇を噛み締めた。 「音羽、唇を噛むな。傷が付く」 「あ……す、すみません……んっ」 ふと伏見の低い声が頭上から落ち、音羽ははっとして伏見を見上げる。 すると、音羽が噛み締めていた唇に、伏見が労るように唇を重ねた。 普段の激情をぶつけるような激しいものじゃなく、音羽を労るような、慰めるような優しい触れ合いに、音羽はゆっくりと目を閉じた。 心地いいキスに音羽がうっとりと酔いしれていると、唇を離した伏見が音羽の耳元で優しく囁いた。 「一緒に風呂に入るか?」 「──えっ!?」 「別に、やらしい事がしたい訳じゃない。音羽に元気になって欲しいだけだ」 真っ直ぐ目を見つめ、心から心配してくれている伏見。 それが分かり、音羽はこくり、と頷いていた。 ◇ ぱしゃん、と湯船のお湯が跳ねる。 体と頭を洗い終え、2人で湯船に浸かる。 一緒にお風呂に入って、何もせず、ただじゃれ合うようにお互い体を洗い合った。 今は音羽を後ろから伏見が抱きしめてゆったりと浸かっている。 性的な接触はなく、ただお互いに慈しみ合うように触れ合うだけ。 それだけなのに、音羽の心はとても満たされていた。 ぱしゃり、とお湯を跳ねさせて音羽は伏見に背中を凭れさせる。 「──ん?どうした?」 「んー……」 伏見はくつり、と喉奥で笑い、音羽の頬を大きな手のひらでなぞり、ふにふにと音羽の頬をつついたり摘んだり、と遊んでいる。 それがこそばゆくて、音羽は小さく笑い声を漏らした。 「ふふっ、擽ったいです蓮夜」 音羽が笑う度にお湯が揺れる。 音羽を背後から抱きしめていた伏見は、やっと心からの笑顔を見せてくれた音羽にほっと安堵した。 さっきまでは苦しそうに笑う姿しか見れず、音羽に安心して欲しい、また笑って欲しい
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233話

「明日のキャンプ泊、恭が凄く楽しみにしていたな?」 「──!ええ、本当に。園外学習以外でのお泊まりは初めてだって、凄く嬉しそうに話していましたね」 「ああ。子供の頃にしか経験出来ない事も沢山ある。恭には、子供の内に色々な事を経験させてやりたいな」 「私も、そう思っています。お友達と沢山遊んで……、時には喧嘩もして、仲直りをして……。悩んだり、傷付いたりするのも、時には必要ですから」 「ああ、そうだな……」 そうして、子供は成長して行くのだ。 本来、親はそうやって悩み、傷付く子供を導いてやればいい。 それなのに、親が子供を傷付けるなんて事はあってはならない。 「──キャンプが終わって、都内に戻ったら……色々と動き出さないと……」 音羽は気合いを入れるように両手に拳を握り、前方を睨み付けるように声を出す。 伏見はそんな音羽を後ろから見つめつつ、音羽の腹に回していた手に力を込めて自分に引き寄せた。 ばしゃん、と再びお湯が跳ねる。 「──わっ」 「だが、無理は禁物だ音羽。この間、家の前を彷徨いていた奴らもいただろう。恭だけじゃなく、音羽自身も身の回りには気を付けてくれ。神田が傍に着いてはいるが、なるべく1人で行動しないように」 音羽の顔を覗き込み、しっかり目を合わせて伏見は告げる。 恭の事なら、と突っ走ってしまいそうな音羽にも釘を刺しておかないと、危ない目に遭ってしまいそうだ。 そんな伏見の心配が分かったのだろう。 音羽は腹に回っている伏見の腕に手を重ね、背後を振り返りつつ頷いた。 「分かりました。蓮夜に心配をかけたくないから、ちゃんとしますね」 「ああ、そうしてくれ……」 音羽の頭のてっぺんに軽く口付けた伏見は、音羽を抱えたまま立ち上がった。 「そろそろ上がろう。明日は早い、支度をして寝てしまった方が良い」 「そうですね、そうしましょう」 風呂から上がった2人は、寝支度をする。 軽く明日の準備をして一緒の布団に入り、軽く触れ合いつつ眠気に逆らわずに抱き合って眠った。 ◇ 「──ん」 ふ、と音羽の意識が浮上する。 自分の体がぽかぽかと温かい何かに包まれていて、音羽は無意識にその温かさに擦り寄った。 すると、目の前の何かがびくり、と跳ねた。 それと同時
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234話

「れっ、蓮夜……!?」 音羽は悲鳴のような声を上げると、その場に飛び起きそうになった。 だが、その行動を読んでいたのだろう。 伏見は離れようとする音羽をすかさず抱きしめ、くるりと体の位置を変えて押し倒す。 「……朝から随分熱烈な誘い方をしてくれたな?」 「ち、ちがっ、違うんです……!そんなつもりじゃなくて……っ!」 伏見の欲に濡れた瞳に射抜かれ、音羽は真っ赤になったり真っ青になったりと忙しい。 両手を顔の前に突き出し、伏見が動き出そうとするのを必死になって静止する。 「も、もう朝です……っ、んやっ、恭ちゃんが……っ、起きちゃう……っ!」 「まだ大丈夫だろう。恭だってゆっくり寝てるだろ」 「やっ、待って蓮夜……っ!」 音羽が必死に言葉を紡いでいる間も、伏見の手は不埒な動きをしていた。 あっと言う間に音羽の服の裾から手を差し込み、柔い胸を大きな手のひらで包み込むと明確な意図を持って刺激をし出す。 刺激から腰をくねらせ、逃げ出そうとする音羽の両足をしっかりと押さえ込み、伏見は自分の足を使って音羽の足を開かせた。 音羽からの刺激で、伏見自身のそれはすでに芯を持っている。 軽く腰を突き出し、下から上へ抽出をイメージするように擦り付けると、音羽の表情が甘く蕩けた。 「ほら、音羽も反応してる……。あと1時間くらいは恭も起きない」 「んっ、やっ、……蓮夜っ」 とろり、と音羽の声が甘く震える。 服越しで刺激していたが、伏見は音羽のズボンに手をかけると一息に下ろした。 本格的な行為が始まりそうなその時──。 音羽と伏見が寝泊まりしている離れに、トトト、と軽い足音が近づく音が聞こえた。 その軽い足音は外から聞こえてきて──。 そして、玄関ドアが無情にも大きな音を立てて開いた。 「お母さん、お父さん!おはようございますっ!」 「ぼ、坊っちゃま……!」 恭の元気な声と、声を潜めて恭を呼ぶ飯野の声が聞こえた瞬間、音羽は自分に覆い被さる伏見を思いっきり押し退けた。 ◇ 「では、行ってきます」 「ああ、気を付けて行ってきなさい」 「恭ちゃん、またじいじとばあばと遊ぼうね」 はい!また遊びに来ます! そう元気よく冬夜と百合奈に手を振る恭。 音羽は恭と手を繋ぎ、2人に頭を下げた。 その後ろから、どこか不貞腐れたような態度の伏見が続
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235話

◇ 「玉櫛さん!こんにちは!」 「ええ、こんにちは波多野さん」 数時間後。 キャンプ場に到着した音羽達は、先に現地に着いて待っていた翔と光希の両親と合流した。 翔──波多野 翔は、波多野証券の息子だ。 ネットでの取引を強みとしていて、近年メキメキと力を付けてきている証券会社だ。 光希──近藤 光希は、近藤電気の息子。 古くからある電気会社で、最近経営不振で会社が危ない所を融資を受け何とか持ち直したらしい。 近藤電気は、昔からある会社だが最近まで金策に奔走していたのでこういった企業の世界に明るくない。 それに、波多野証券は最近力を付けてきた会社。 古くから繋がりのある大企業同士の会合や、パーティーなどにはまだ明るくないし、顔も広くない。 だが、それでも。 大企業である玉櫛ホールディングスの噂は2人の耳にも入っていた。 前玉櫛社長の妻が、無実の罪で捕まったらしい。 当時、玉櫛社長とその愛人が妻の事が邪魔になり、罪を被せて牢屋に入れた。 そんな噂が今、とんでもない速度で広まっている。 自分の子供達と、妻達が遊んでいるのを少し離れた場所で見つめていた3人の父親は誰ともなしにぽつりと呟いた。 「──噂、聞きました」 波多野だろうか、それとも近藤だろうか。 だが、どちらが話し出したかなど伏見にとってはどうでも良かった。 口端を持ち上げ、薄っすらと笑みを浮かべた伏見は音羽と恭を愛おしげに見つめながら答えた。 「そうですか」 淡々と答える伏見に、波多野が顔を向けた。 「これからは、玉櫛さんではなく……何とお呼びすればよいですか?」 「……恭のお父さん、でも大丈夫ですよ?」 伏見の含みのある態度に、波多野と近藤は真っ直ぐ伏見を見つめ、首を横に振った。 「いいえ、ちゃんとお名前で呼ばせてください。……我々は、この業界ではまだ何の力もなく、繋がりも弱い。……だけど、あんな話を聞いて……、あんな酷い事が本当に現実に起きたのであれば、……私共は恭くんを友人に持つ息子の父親として静観しているつもりはありません」 どっちに転ぶか──。 それは、伏見にも分からなかった。 (だが……味方側につきたいと思っているのか。……単なる正義感か。……ただの正義感であるなら、俺の素性を知った途端、また裏切る可能性がある) ならば、付かず離れずの距
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236話

「──協力?」 2人の言葉を聞いて、伏見は呟く。 こくり、と頷いた2人を見た伏見はじっと2人を観察した。 本心からの言葉か。 それとも、何か裏があるのか──。 裏稼業に身を置いている伏見にとって、人の感情の機微など手に取るように簡単に分かる。 伏見の威圧感に押されてはいるが、波多野と近藤からは真剣にこちらを心配しているような、気遣うような気配を感じられて、伏見はふっと肩の力を抜いた。 波多野と近藤は、伏見から発される強烈なプレッシャーから解放されて、その場にへたり込みそうになったが何とかそれを堪える。 波多野と近藤が、どくどくと脈打つ自分の心臓に手を置き、ほっと息を吐いていると再び子供達に視線を向けていた伏見がぽつりと呟いた。 「協力など、大層な事はいりません」 「──え」 「ただ、恭とそちらの息子さんが仲良くして下されば、それだけで良いです。……それだけでも、音羽は喜びますから」 「……恭くんのお父さん」 それだけで。 本当にそれだけでいいのか、と波多野と近藤は呆気に取られてしまう。 まだまだ自分達には大層な力など無い。 せいぜい、同じくらいの規模の会社の社長に呼びかけるくらいしか出来ない。 だから、それくらいの手伝いしか出来ないが、知り合いの社長との対話の席を用意するつもりだった。 だが、伏見は何もしなくていい、と言う。 ただ、息子たちが楽しく遊んでくれればいい。 それだけが願いだ、と告げる目の前の男が2人には信じられなかった。 先程までは、自分達を殺してしまうのではないか、と言うほど恐ろしい気配を放っていた男が、今は愛しい妻をただただ優しく見つめている。 妻と子供が遊んでいる姿を愛おしそうに見つめる姿は、普通の夫に見えた。 波多野と近藤は顔を見合わせ、力強くこくり、と頷き合った。 何もしなくていい、と言われた。 だが、せめて今流れている噂を後押ししよう。 音羽は素晴らしい女性で、捕まるような罪を犯すような人間ではないのだ、と。 せめて、それだけはしよう。 波多野と近藤は、言葉はなくとも視線で自分達の意気込みを交わし合った。 ◇ 「蓮夜、恭ちゃんや翔くんと光希くんがお腹減っちゃったって……!お母さん達とも話して、そろそろご飯にしませんか、って……!」 恭達と遊んでいた音羽が、恭と手を繋ぎながら伏見
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237話

「恭くんのお母さん、飲み物は何を飲みますか?お茶?それともジュースがいいかしら?」 「──あっ、すみません、私もやりますよ!」 翔の母がクーラーボックスから飲み物を、そして光希の母がコップを取り出すのを見て、慌てて音羽も椅子から立とうとしたが、2人に「大丈夫ですよ」と言われてしまう。 「飲み物を入れているクーラーボックスはこっちに置いちゃいましょう。飲み物が無くなる度に取りに行くの面倒でしょう?」 「それがいいわ!コップも使い捨てだから、じゃんじゃん使っちゃいましょう!」 2人は和気あいあいと飲み物やコップを用意して、音羽に飲み物を選ぶように告げる。 お茶を頼んだ音羽は、翔の母親にお茶を注いでもらうと、3人でコップを合わせて乾杯をした。 「翔は、恭くんの話ばかりで……!この間怖い思いをした時に、恭くんが毅然とした態度でとても格好良かったって。僕も恭くんのようになりたいって最近は嫌いだった勉強も頑張るようになったんですよ」 「あら、うちもだわ!光希も、恭くんみたいに好き嫌いしないで、何でも食べるようになりました。僕も恭くんみたいになりたいからって!」 「そ、そんな……」 「ふふっ、翔も恭くんみたいな素敵なお友達と会えて幸せですよ。……音羽さん」 「ええ、光希も恭くんと出会えて良かった。……これも、恭くんを産んでくれた音羽さんのお陰です」 翔と、光希。 2人の母親は全て知っているような様子で、音羽に優しい視線を向けた。 その視線を受け、音羽は気付く。 今、業界内で出回っている噂も、2人は既に知っているのだ、と。 そして、恭の生みの親が誰なのかも全て承知のようだった。 「2人とも……いつから……」 音羽は、ぽつりと呟く。 どうして、自分が恭の母親なのだ、とバレてしまっているのだろうか。 そんな音羽の心情に、翔の母親は答えた。 「最初に違和感を覚えたのは、あの事件の時です」 「ええ、私もです。……恭くんを必死に探す音羽さんを見て……その時は音羽さんを玉櫛の奥さんだと思っていたから……そこまで変に思わなかったんですが……」 「だけど、それほど大切にしている息子の園の行事に、どうして今まで参加されていなかったんだろうって……」 2人の話を聞いて、音羽はしまった、と胸中で呟いた。 少し考えれば、分かる事だ。 恭が保育園に通い
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238話

音羽達3人がそんな話をしていると、バーベキューの準備が終わったのだろう。 離れた所から恭が走ってくるのが見えた。 「お母さん……!」 恭の後ろからは伏見がゆったりと歩いて来ているのが見える。 「お母さん、準備が出来たので呼びに来ました!ご飯を食べましょう!」 「ふふ、ありがとう恭ちゃん。じゃあ一緒に行こっか?」 「音羽、足元が悪いから手を」 「ありがとうございます、蓮夜」 「ぼ、僕もっ!僕とお母さんと手を繋ぎたいです!」 「勿論よ、恭ちゃん。お母さんと手を繋いで行こう?」 「はい!」 音羽を真ん中にして、左側には恭。右側には伏見が音羽を支えるようにして歩く。 そんな家族3人の後ろ姿を見ながら、翔と光希の母親は顔を見合わせて頷き合った。 「やっぱり、恭くんのご両親、と言われてしっくり来るのはあのお2人よね」 「ええ。音羽さんは恭くんの本当のお母さんだし……前旦那さんは、酷いわ。私たちが力になれる事は少ないけど……」 「ええ、手助けしましょう」 ◇ 「見てください、お母さん!僕、僕が切ったんです!」 「この人参、恭ちゃんが切ったの?とっても上手ね?」 3家族が全員集まる。 テーブルの上に沢山の食材が揃っていて、恭は興奮したように頬を赤らめて音羽に自分が切った野菜を紹介していた。 そんな微笑ましい2人を優しく見つめていた伏見は、恭と音羽に声をかけた。 「恭、これから焼くから危ない。お母さんを連れて少し離れていなさい」 「はいっ、お父さん!」 お母さん、火が強くて危ないからこっち!と音羽の腕を引っ張る恭。 そんな恭に音羽は笑いながら着いて行った。 お肉や野菜は、どうやら夫達が焼いてくれるらしく、子供達が自分の母親をテーブルに座らせた。 翔や光希と協力しながら恭はお皿やコップを取り出し、自分の母親に何が飲みたいか聞き、コップに飲み物を注いでくれた。 「まあ、ありがとう翔!」 「光希はお利口さんね」 翔と光希の母親は、嬉しそうに自分の息子が注いでくれたコップを手に取り、優しく頭を撫でている。 その光景を横目に、音羽も恭から飲み物を注いでもらい、お礼を告げた。 「ありがとう、恭ちゃん」 「えへへ……どういたしまして……」 音羽が恭の頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかむ。 そんな恭に、音羽は自分の隣に座るよう
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239話

バーベキューはとても楽しい時間だった。 先程の重苦しい雰囲気など感じる事なく、各家族和気あいあいと食事を楽しむ。 子供達は子供同士、はしゃぎながら食事を楽しみ、お腹いっぱいになると立てたテントの周囲でかけっこが始まった。 「恭くんのお父さん、お母さん。どうですか、1杯」 「翔くんのお父さん!」 翔の父親が缶ビール2つを手に、音羽と伏見に話しかける。 父親の後ろには、コンビニのおつまみの袋を沢山持った母親もいて笑いかけている。 音羽と伏見は顔を見合わせると、笑顔で「是非」と言葉を返した。 キャンプ用のチェアに6人で座りながら、缶ビールのプルタブを開ける。 カシュッと軽快な音を立ててプルタブが開くと、伏見は開けた方を音羽に渡した。 「音羽、開いたからこっちを」 「──!ありがとうございます、蓮夜」 どういたしまして、と微笑み合う音羽と伏見を笑顔で見つめていた他の両親は伏見も缶ビールを開けるのを待つと「乾杯!」と声を上げて缶をコツン、と軽く合わせ、煽った。 はしゃぐ子供達の声、飯野が後片付けをしてくれている静かな音を聞きながら、穏やかな気分で音羽はお酒をちびちびと飲んだ。 伏見や翔の父親、光希の父親は3人で仕事の話をしているようで、話し込んでいる。 そんな父親達とは別に、音羽達母親3人は保育園を卒園した後の事に話の花を咲かせた。 「翔は勉強が苦手で……今後、小学校に入学した後の事を考えると頭が痛いのです……」 「うちの光希もですよ。光希はまだ勉強は好きなのですが、運動が全然駄目で……!体を動かす事が嫌いみたい……」 「恭くんは勉強も出来るし、運動も得意ですよね、音羽さんが羨ましいわ……」 はあー、と長いため息を零す2人に、音羽は飲んでいた缶を両手で握りしめると、迷うように言葉を零した。 「私も、恭ちゃんが勉強が得意な事も……運動が得意な事も最近知ったんです。……きっと、恭ちゃんは誰にも褒められずとも、一生懸命毎日頑張っていたんだろう、と思います……」 「音羽さん……」 「……そう、そうよね……。恭くんと会えたのは最近、なのですか?」 「ええ、そうなんです。……恥ずかしながら、噂でご存知の通り、私は数年間……塀の中におりましたから……」 「無実の罪で、入れられてしまったと聞き及んでおりますわ……どれだけ悔しかった事でしょう
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240話

「どうした、そんなに怒って?」 「──あなた」 翔の父親が首を傾げながら話しかけてくる。 「ごめんなさい、お酒が入っているかしら……つい興奮してしまって……お話の邪魔をしてしまったかしら」 「いや、こっちの話は一段落着いたから気にしないでいいよ」 音羽は伏見から視線で問われる。 だが、今の話をどう説明したものか。悩んだ音羽は誤魔化すように笑い、何でもないと言うように首を横に振った。 そうこうしていると、遊んでいた子供達が駆け寄って来た。 「お母さん……!喉が乾いちゃった……!」 「あら、そう?しっかり水分をとるのよ」 「はーい」 翔や光希が飲み物を飲む。 音羽はコップにジュースを注ぐと、同じように駆け寄って来た恭にコップを渡した。 「恭ちゃんも水分をちゃんととってね?ほら、汗もかいているわ」 「はーい、お母さん」 音羽が恭の前髪を優しく避け、汗を拭ってやると恭は嬉しそうに笑う。 そしてコップに入ったジュースをごくごくと飲む。 その後、恭は少し眠そうに目を擦った。 その様子を見た音羽は、恭に優しく話しかける。 「恭ちゃん、眠くなっちゃった?」 「──ん、少し……眠い、です」 こくり、と頷く恭に音羽は笑う。 まだ遊び足りない様子ではあるが、眠気が限界なのだろう。 恭は音羽に甘えるようにぎゅっと抱きついた。 「──今日はそろそろお開きにしましょうか?」 「そうですね。遊ぶのはまた明日にしましょう」 伏見の言葉に、翔の父親が頷く。 明日は川遊びをする予定だ。 また、体力を沢山消耗する。だから今日は早めに休んだ方がいい、と判断したのだろう。 翔や光希も限界まではしゃぎ、今は電池が切れてしまったかのようにこくりこくり、と船を漕いでいる。 「ふふっ、この子達ももう限界そうです。また明日、遊びましょう」 「ええ、そうしましょうか」 音羽と伏見は翔の両親と光希の両親に軽く手を振り、今夜はこれで解散となった。 「──音羽、恭はもうすっかり寝入ってる。風呂はどうする?」 「私は恭ちゃんを見ているから、入ってきていいですよ」 夕食の準備をしてくれていたのだ。 それに、沢山荷物を運んでくれたから汗だってかいているはず。 汗を流したいだろう。 そう思った音羽は、伏見にそう提案したのだが伏見は首を横に振った。 「─
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