Semua Bab 夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした: Bab 261 - Bab 269

269 Bab

261話

◇ (まずい流れになっているな……) 玉櫛 樹は表面上は普段通りを装いながら、胸中で焦っていた。 今までよりも余所余所しい態度の人間達。 あからさまに接触を避けている人間達。 (今まであれほど目を掛けてやっていた連中も、手のひらを返しやがって……!) 樹の苛立ちが、全く収まらない。 それでも挨拶にやってくる人間はまだいる。 由緒ある財閥の人間や、大企業の重役達は樹と距離を取っているが、中小企業や、樹──玉櫛家にかなり世話になった人間は樹に挨拶をしにやってくる。 それらに適当に挨拶を返しながら、樹は考える。 (裕衣め、余計な事をしやがって……。最近様子が変だと思っていたら、あんな連中と取引をしたのか……?奴らは裏社会の人間だ。そんな奴らと繋がっていると大っぴらになれば……) 玉櫛ホールディングスの信頼は失墜する。 (奴らと付き合うなら、もっと表でバレないように付き合え……!俺たちのような立場の人間は、皆そうやって生きてきた……!) 裏社会の人間と関わる事だって、生きていればそれなりにある。 ましてや、樹のような財閥に生まれた人間なら関わる可能性だって高い。 使う店が被ったりする事だってあるのだ。 お互い素性を分かっているので、騒ぎにはしない。 ひっそりとやり取りをしてその場を凌ぐ事だってある。 (それなのに、こんなに大っぴらに……!これでは、音羽に擦り付けたあの事件だって……!) 音羽が収監されたあの事件だって、結局は裕衣に泣きつかれて樹が証拠を偽装したのだ。 それに、玉櫛は警視庁と検察の上層部にある程度顔がきく。 穏便に済ませたと言うのに、今更過去の事件が掘り返され、再捜査が始まれば──。
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262話

「──おい、少し話がある」 音羽と伏見が参加者と話をしていると、近付いて来た玉櫛 樹が音羽に話しかけた。 その態度はとても不遜で、驕り高ぶっている。 突然話しかけられ、怪訝そうに眉を寄せる音羽に樹は軽く顎をしゃくって場所を移動する事を伝えた。 だが、音羽のパートナーである伏見が柔らかく笑みを浮かべ、樹に声をかけた。 「私の妻にどのような要件で?音羽、場所を移動する必要は無い」 伏見は前半は樹に、後半は優しく音羽に告げる。 樹は邪魔をされた事が気に食わなかった様子で、伏見を睨み付けた。 「……子供の事で話したい事がある。場所を移したいと言っているんだ」 子供──恭の話題を出せば、音羽がすぐに頷いて着いてくると思っていたのだろう。 樹は溜息を吐き出しつつ言葉を続ける。 ここまで言えば、音羽も自分に着いて来るだろう。 樹は歩きだそうとしたが、今度は伏見ではなく音羽の凛とした声が樹の背中越しに聞こえた。 「恭ちゃんの事なら、別に移動する必要は無いでしょう。ここで話してください、玉櫛社長」 あっさり、そして冷たい声の音羽に樹は驚いて振り向いた。 恭の名前を出せば、音羽は簡単に着いて来ると思っていたのに、そうはならずそれどころかこの場で話せ、と言うとは思わなかったのだ。 音羽は、刑務所で息子の恭を産んだ。 過去の事を、恥ずべき自分の過去を他社には聞かれたくないだろう、と樹は予想していたのだ。 それなのに、音羽は真っ直ぐ背筋を伸ばし、凛と伏見の隣に立っている。 過去の過ちは、恥ずべき事では無い。 まるで自分は無実だ、とでも言うような音羽の態度に樹は音羽と言う人物を見誤っていた。 簡単に押さえ付け、自分の意のままに操る事が出来る人間だと思ってい
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263話

どうして自分の息子の事が伏見に関係するのか──。 そう思った樹だったが、不意に近くにいた野次馬の話声が聞こえて来た。 「確か玉櫛の息子……誘拐未遂に遭ったって……。しかも、その犯人と継母が繋がっているんだろう?」 「おい……!滅多な事は言うな……!」 「大丈夫だって。もうこの話は業界内で広まっているだろう」 軽い口調で話す野次馬のパーティー参加者達。 樹は勢い良くその2人に顔を向けると、強く睨み付けた。 「おい……!適当なことを言うな……!」 「──ひっ」 樹の剣幕に押され、参加者2人は小さく悲鳴を上げるとそそくさとその場を離れて行く。 その後ろ姿を見送っていた樹は、頭の中で様々な情報を整理する。 (裕衣が……誘拐犯と繋がっている、だと……?それに、恭が誘拐未遂に遭ったなど……。俺は報告を受けていない……何故飯野は俺に報告をしなかった……!?) 息子の誘拐について、こんな場所で。しかも他人さら知らされる恥をかかされた樹は、羞恥やら怒りやらで顔を赤くする。 その様子を黙って見ていた音羽は、伏見と一緒に樹に近づき、口を開く。 「……まさか玉櫛社長。ご自分のご子息が誘拐未遂に巻き込まれた事件をご存知無いのですか?……恭ちゃんがあんなに怖がっていたのに……」 「確かに。今初めて知った、と言うような表情ですね玉櫛社長?」 音羽の言葉の後、責めるような口調で伏見が告げる。 「保育園からも、状況説明と再発防止策を提出したそうですけど……。そういった連絡も、見ていらっしゃらないんですか?」 「──っ、それは……っ」 仕事が忙しく、いちいち保育園の連絡など確認していない。 樹は、そう答えてしまいそうだったが已の所でそれを飲み込んだ。 自分の子供に対して、何の興味も関心も無い、と発言するようなものだ。 だが、このパーティーに参加している者達からしたら、樹が子供に対して何の興味も持っていない事は知れ渡った。 このままここで話していても、野次馬達に餌を与えるようなもの。 樹はパーティーから引き上げる事を考えた。 今なら、裕衣も外に居る。 さっさとこの場を後にして、裕衣を回収してしまえばいい。 裕衣とあの男達の関係は、今はどうでもいい。 時間はたっぷりあるのだから、帰宅してから裕衣に問い質せばよいだけだ。 だが、樹がそう考えている
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264話

「──音羽、お前っ!」 こんな所で話す内容じゃない。 樹は怒声を上げそうになった。だが、ここは衆人観衆の中。 自分たちの一挙手一投足を見つめられているのだ。 感情的になり、余計な事を口走ってしまっては元も子も無い。 樹は1度深呼吸をすると、音羽に言い返した。 「……こんな所で話す内容じゃないだろう。恭の親権については──」 「私が服役している最中に、私の署名を偽装して勝手に離婚をしていましたね?これだって文書偽造の犯罪行為です。私が出所したら、全てを失っていた。……どうして、そんな真似をしたんですか?」 「……っ、こんな所でっ!」 音羽の言葉に、周囲がざわめく。 文書偽造? 離婚書類を偽装したのか? そんな事までしてしまうのか──。 周囲からは、そんな言葉が聞こえてくる。 (このままではまずい、なし崩しで全て露見する……!) 樹は、一刻も早くこの場から離れたかった。 だが、それを音羽も伏見も許しはしない。 「玉櫛社長、こんな非道な行為がまかり通ってはならない。恭の親権についても、音羽と何の合意も無いままそちらの都合の良いように進められている。音羽がいわれのない罪で閉じ込められ、出てこられたと思った時、どんな気持ちで息子に会いに行ったと?母親から無理矢理子供を奪うなど、あってはならない非道な行為だ」 伏見は強い口調で続けた。 「恭の親権について、こちらは争うつもりだ。文書偽造についても、抗議させていただく。近日中に書類を送らせていただく。無視だけはしないでください」 「──っ」 樹は忌々しい、とでも言うように顔を歪め、舌打ちをした。 そして、何も言葉を返す事なく、その場から逃げるように立ち去ってしまった。 そそくさとパーティー会場を出て行く樹の背中を見つめていた音羽は、緊張の糸が切れたように隣に立つ伏見の腕に掴まった。 「だ、大丈夫だったかしら……?」 私、事前に打ち合わせした通りにしっかり話せていました?と不安そうに見つめてくる音羽に伏見は笑みを浮かべて頷いた。 「ああ、上出来だ」 伏見は音羽の耳元に自分の顔を寄せると、小さく呟いた。 「後はうちの連中に後を追わせる。これで終わらせるなんて事はしない」 「──蓮夜」 ありがとう、と呟いた音羽はそっと伏見の胸元に顔を寄せる。 伏見は愛おしそうに目を細める
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265話

◇ パーティー会場を逃げるように出てきた樹は、そのままエレベーターに乗り込んだ。 ホテルのエントランスに到着すると、エントランスの隅にあるカフェスペースに裕衣とパーティー会場に乗り込んで来た柄の悪い複数人が何やら話し込んでいるようだった。 「──チッ!」 どれもこれも、全ては裕衣のせいだ。 裕衣があんな連中と接触したから。 自分に一切の相談もなく、あの連中と取引をしたから──。 樹が恨みの籠った強い感情を乗せた視線を送っていたからか、視線を感じた裕衣はふと顔を上げた。 そして、遠くに樹の姿を発見するとぱあっと表情を明るく変えた。 「あっ、あなた!」 座っていたソファから勢い良く立ち上がる。 目の前に座っていた柄の悪い男、複数人の内、1人が「おいおい」と裕衣に話しかけた。 「まだ話は終わってないぞ、玉櫛 裕衣?」 「うるっさいわね……!そもそも、そっちがこんな場所に押しかけて来るから変な事になったじゃない……!先日お金は渡してる!次の期日まではまだ時間があるはずなのに、今後もこんな風に迷惑をかけるつもりならお金なんて渡さないわよ!」 「それは困るんだよ、玉櫛さん?あなたが玉櫛 恭を始末しろ、と言ったせいでこっちは仲間を1人やられてる」 「──っ、こんな所で話すんじゃないわよ!失敗したくせに!」 「人が1人、死んでるんだ。我々の組にとって損失だ。その弁償をしてもらわないと……」 「払うって言ってんでしょ!」 裕衣は周囲には聞こえないよう、声のトーンを抑えて鋭く叫ぶ。 叫んだ裕衣は、そのまま男達から逃げ出すようにして樹のもとへ駆けて行く。 さっさと帰ろうとする樹の腕に絡みつき、樹の機嫌を取るように必死に話しかけている。 その様子をカフェから見つめていた柄の悪い男──伏見組の構成員は、懐から細長く、黒い機械を取り出した。 隣に座っている男が、両手のひらを差し出しているその上にぽん、と置く。 「今までの会話は全て録音できてる。若に渡しておけ」 「承知しました!」 「それと、あいつらの車にちゃんと仕掛けてあるか?」 「はい。GPSと盗聴器を」 「妻の裕衣の車にもか?」 「はい、同様に仕掛けてます」 「なら良い。若に届けろ」 はい!と声を上げ、その場を立ち去って行く自分の部下達を見つめた男は、小さくため息を吐き出して
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266話

パーティー会場では、音羽と伏見の周囲には沢山の人が集まっていた。 大々的に噂を流してくれている波多野夫妻のお陰だろう。 彼らは、いかに音羽が息子を大切にして愛しているか。 そして、そんな音羽を大切に慈しむように支え、音羽の息子さえ包み込むように愛情深い伏見がどれだけ出来た人間か。 それを、大袈裟なほど周囲に語って聞かせていたのだ。 その話を聞いた参加者達は、音羽と伏見と少しでも話したい、と思い。 そして話してみると噂通り音羽は思慮深く、愛情に溢れ、出来た女性だ。 伏見もそんな彼女を丸ごと愛しているようで、愛おしそうに音羽を見つめている。 それに。 伏見の経営している会社は、最近急成長を遂げている。 玉櫛と付き合いのある取引先を次々買収していく財力と、豪胆な経営手腕。 その裏にあるのは、恐らく伏見が愛して止まない音羽のためだろう。 それは、誰が見ても明らかだ。 それらに興味を引かれ、野次馬の如くわらわらと群がる。 地位も財力もある人間は時間を持て余している。 刺激を欲している。 ようは、人生が退屈なのだ。 だからこそに刺激的な話を投げ入れてやれば、すぐに噂は広まるし、圧倒的な悪に対して正義感が強まる。 そこを刺激してやればいいのだ。 「我々も音羽さんの味方ですよ、息子さんを取り戻しましょう!」 「あなたの罪だってでっち上げだ」 「そもそも、玉櫛 樹、彼は昔から酷い荒れた生活をしていた。私の娘や妻も彼に酷い言葉を投げかけられた事だってある」 「玉櫛 樹と裕衣の罪を明らかにしてやりましょう!」 音羽と伏見はにこやかに答える。 「ありがとうございます」 「ですが、その気持ちだけ受け取らせていただきますね」 「彼らにきちんと罰を受けさせるのは、私たちが直接……」 音羽がそう口にすると、周囲の人間は「確かにそうですな」と納得してくれる。 音羽の心情も分かっているのだろう。 「それでは、我々は噂を流し、広める程度に抑えておきます」 「我が社は、玉櫛ホールディングスとの提携を見直させていただきます」 「そうだな、それがいい。我が社も玉櫛ホールディングスとの取引を見直します」 誰かが口にすれば、右に習えとばかりに同調する。 (反応は上々だな。これ以上ここに居る必要は無い) そう考えた伏見は、音羽の肩を抱き寄せてに
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267話

──そうだ、あのガキさえいなければ。 ──誘拐が成功していれば。 (そうしたら……私がこんな思いをしないで済んだのに……っ) 裕衣はぎりっと奥歯を噛む。 ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き乱し、恨みの籠った視線を恭の部屋に向け続ける。 「……私がやってやる」 ぼそり、と呟いた声は信じられないほど低く、冷たい。 血走った目を恭の部屋に向け続けている裕衣を、この家にいるお手伝いさんは心配そうに見つめている。 樹は既に寝室に戻り、自分は締め出されてしまっている。 着替える事も出来ない。 だからといって、リビングで腫れ物に触るように扱われるなど裕衣のプライド的にそれは許せなかった。 「……私が、やってやるんだから」 「お、奥様……?」 何だか鬼気迫る。 そんな様子の裕衣に、お手伝いさんは恐る恐る裕衣に声を掛けた。 だが、裕衣の耳にお手伝いさんの声は届いていないのだろう。 ふらり、と体を揺らしながら裕衣が歩いて行く。 歩いて行く先は、恭の部屋がある。 「──〜っ」 お手伝いさんは顔を真っ青にすると、急いで飯野が寝泊まりしている使用人用の部屋に駆けて行った。 ◇ ぎいい、と扉が開く音が聞こえ、眠りに落ちていた恭は微睡みの中ぼんやりと目を開けた。 真っ暗な部屋の中、開いた扉から廊下の明かりが細く入り込んでいる。 「……だれ?」 恭は幼さの残る微睡んだ声で問いかける。 だが、恭の問いに扉を開けて入ってきた人物は返事をしない。 「……だれ、ですか」 その瞬間、恭の意識が一気に覚醒する。 何だか、怖い──。 急いでベッドから起き上がり、抱いていたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。 逆光になってしまっているのか、扉から入ってくる人物は影に覆われていて誰だか顔が分からない。 だが、その影の華奢さや髪の毛が長い事が分かる。 (裕衣お母さんだ……) 恭はすぐにそれが誰か分かると、更にぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめ、そっとベッドの端に向かう。 いつでもベッドから降りて、掛け出せるように。 もしもの時は、抱きしめているぬいぐるみを投げつけて、隙が出来たら走り出そう。 そして、大きな声で叫ぶのだ。 (今、僕が逃げ出そうとしたりしたら……あの人はきっと凄く怒る……だから、今はまだ様子見だ……。あの人が怖い事をしたら、逃げるんだ……!)
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268話

「──あっ、ぅあっ」 「このっ、クソガキさえいなければ……!お前さえ生まれていなければっ!そうすれば私が依頼なんてしなかったのに……っ!」 バタバタ、と恭の小さな足が空中を蹴る。 その間にも裕衣の手の力は増して行く。 ギリギリ、と締め付けられる苦しさに恭の目には次第に涙が沢山溜まって来た。 「くそっ、くそ……っ!あの女に返してなんかやらない!あの女は、大事な息子を永遠に失って絶望しろっ!」 裕衣の叫び声が、意識も朦朧としだしている恭の耳にはしっかり届いていた。 どう言う事──。 恭はそう聞きたいが、息ができなくなり目の前が霞んでくる。 だが、その時。 廊下をドタドタと走る大きな足音が聞こえ、半開きだった扉が物凄い音を立てて開かれた。 「坊ちゃん!!」 飯野の悲痛な叫び声が聞こえた。 恭は聞きなれた飯野の声に「助かった」とほっとした。 だが、安心したからか恭の意識はそこでふつり、と切れてしまった。 ◇ 恭が危ない、とお手伝いさんに呼ばれた飯野は、急いで使用人部屋を出て恭の部屋に駆け付けた。 途中、樹と裕衣の夫婦の寝室の前を通る時、あまりの想像しさに樹が顔を出した。 だが、飯野は説明している余裕もなく、雇い主を無視して恭のもとへ走った。 嫌な予感に逸るような気持ちになりつつ、恭の部屋が見える所まで来た飯野は、部屋の扉が薄っすらと開いている事に気付き、最悪な結果を想像した。 「──奥様!」 叫びながら恭の部屋に転がり込んだ飯野は、信じられない光景を目にする。 裕衣が恭のベッドに乗り上げ、幼い子供を亡きものにしようとしているのだ。 幸い、恭は意識があったのだろう。 飯野が部屋に入るなり、恭の顔が僅かに自分に向いたのが分かった。 その事に安堵した飯野は、突然乱入してきた自分に驚いている様子の裕衣に体当たりをして突き飛ばした。 ドタン!と大きな音を立てて裕衣が床に落ちる。 その隙に飯野は気を失ってしまった恭を素早く抱き上げた。 「──飯野!」 「このまま、坊ちゃまをここに置いておく事は出来ません!!」 「お前っ!待て……!」 裕衣が物凄い形相で立ち上がり、飯野が抱いている恭に手を伸ばす。 飯野は裕衣から距離を取ると、その場から逃げ出そうとした。 「待ちなさい飯野!そのクソガキを寄越せ!殺してやる!」 裕衣は
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269話

部屋の入口に唖然と立ち尽くす樹。 樹の登場に、裕衣は先程までの興奮状態から一気に真っ青になっている。 飯野は恭を抱いたまま、樹の隣をすり抜けた。 樹は微動だにせず、信じられないものを見るように裕衣を凝視している。 部屋を出た飯野は、自分を追って来たお手伝いさんを見つけた。 お手伝いさんもしっかりと裕衣の言葉を聞いたのだろう。 信じられない、と言う様子でおろおろとしている。 「──すまないが、警察に通報しておいてくれ」 「か、かしこまりました……っ」 泣きそうになりながらしっかりと頷いたお手伝いさんを見て、飯野は迷わず外に向かう。 (このまま、坊っちゃまをこんな所に置いておく訳にはいかない……!このままでは本当に殺されてしまう……っ) 飯野は駆け足で玄関に向かうと、迷いない足取りで車に向かった。 車のロックを解除し、恭を後部座席に寝かせて自分は運転席に回り込む。 ロックをして、焦りつつシートベルトをする。 恐怖に手が震え、いつもはすんなりとシートベルトを出来るはずが、何度も失敗してしまう。 焦りつつ何度目かの挑戦でようやくシートベルトをし、車のエンジンをかける。 アクセルを踏み込もうとした所で、家の玄関が勢い良く開き、中から焦った様子の樹が飛び出して来た。 樹は今にも走り出そうとしている車に気付くと、慌てて駆け寄って来る。 乗っているのが飯野と恭だと分かったのだろう。 引き留めようと手を広げ、口を開いた。 「待て、飯野!恭をどこに連れて行くつもりだ!まさか、音羽のもとじゃないだろうな!?」 車の窓を締め切っていてもはっきりと聞こえる樹の怒声。 だが飯野は樹の質問には答える事なく、アクセルを踏み込んだ。 手を広げ、行く手を阻もうとしていた樹を避けて車の速度を上げた。 「坊っちゃまをここに置いておく訳にはいかない……!伏見さんに連絡をしなければ……!」 飯野はそう叫びながら、伏見の電話番号を呼び出し、電話をかけたのだった。 ◇ 「──飯野運転手だ」 「飯野さん?」 「ああ。こんな時間に何だろうな?」 伏見の実家。 夜、夕ご飯を食べ終わったあと、ダイニングでまったりとしている時間だった。 音羽の肩を抱き、他愛のない話をしていると、テーブルに置いてあった伏見のスマホが震えた。 不思議に思い、表示された名前を
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