《夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした》全部章節:第 221 章 - 第 230 章

269 章節

221話

それから、伏見の行動は早かった。 有言実行とばかりに、音羽と婚約をし、それと同時に式の準備にも取り掛かった。 「音羽ちゃん、この打掛どうかしら?音羽ちゃんには赤が似合うと思うのよ〜!あと、披露宴はドレスにしましょうね!」 「は、はい!お義母様……!」 音羽はカチンコチンに緊張しきった様子で、伏見の母百合奈と神前式の準備に取り掛かっていた。 あの日、伏見の家で話をした日。 あれから音羽は身の安全のため、伏見の実家に身を寄せていた。 恭については、護衛がしっかりと毎日送り迎えを見守ってくれている。 家の中では、飯野が恭を見守ってくれているから恭の身に危険はないだろう、と伏見は判断した。 それより、家がバレてしまっている音羽の方が、裕衣に危害を加えられる可能性が高い。 それと、伏見自身が不在の時に万が一玉櫛 樹が家に来たら──。 そちらの方が伏見は心配で、音羽を実家に避難させたのだ。 伏見の家と、この実家は車で1時間ほどの距離がある。 そのため、暫く音羽は恭と一緒に遊ぶ事は出来ないが、その説明を恭にした時、恭も寂しそうにしていたが、またすぐに会えると言う事を伝えるとぱっと明るく頷いてくれた。 (今まで、殆ど毎日恭ちゃんの顔を見てたから、暫く会えなくなるのは心配だけど、これでいいのよね。……裕衣も、樹も……私が蓮夜と一緒なのを知っている。家だって、近くに住んでいる事が知られているもの。……私のせいで、恭ちゃんが危ない目に遭うのだけは絶対に駄目) 音羽に似合いそうな着物を色々と見繕っていた百合奈は、思い詰めるように考え込む音羽を見て明るく声をかけた。 「大丈夫よ、音羽ちゃん」 「──っ、すっ、すみませんぼうっとして……!」 せっかくお義母さんが自分のために時間を作って着物を選んでくれているのに──。 音羽は、申し訳なさそうに百合奈の方へ顔を向けたが、本人の百合奈は勝気に笑った。 「伏見の男ってね、最愛の妻のためなら例え難しいと言われらり事だってやり遂げるのよ。だから、音羽ちゃんはこの先、不安に思う事なんて何一つ無いから、安心して」 ふふふ、と目尻の皺を浮かべ、にこりと微笑む百合奈の言葉に、音羽の胸が何故だかふわりと軽くなった。 「この家の人達ってほら、愛情が重いでしょう?本当だったら不可能だって言われている事でも、あの人達はどん
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222話

それから、音羽と百合奈は打掛やドレスの確認を終わらせると帰宅した。 百合奈と一緒に門を潜り、庭先を歩いている時。 「──あっ、すみませんお義母様。連絡が」 「あら、本当?急ぎかもしれないわ、待っているから確認しちゃいなさい」 「ありがとうございます……!」 音羽は百合奈に頭を下げてから、自分のスマホを取り出して確認する。 どうやら連絡は電話だったようで、今も尚鳴り続けている。 「──え?飯野さん……?」 電話をかけてきたのは、恭を保育園に送り迎えしている運転手の飯野だ。 今の時刻は、夕方。 まだ自宅には戻って来ていない時間帯。 保育園で何かあったのだろうか。 音羽がそんな疑問を抱きつつ飯野からの電話に出ると、心配していたような「何か」はないような飯野の明るい声がスマホ越しに聞こえた。 〈──あ!音羽様、突然電話をしてしまい、申し訳ございません!〉 「大丈夫ですよ、飯野さん。それより、電話をいただいたのは初めてですね?どうなさいましたか?」 不思議に思い、音羽が飯野に問いかけると電話の向こうでガタガタと何か物音がする。 どうしたのだろう?と思い、音羽がスマホに更に耳を近付けると、スマホのスピーカー越しに愛らしい幼い声が聞こえた。 〈──おばさん!こんにちは!〉 「恭ちゃん!?こんにちは、保育園は終わったの?」 〈はい!今、飯野さんと帰る所で、車の中です。その……〉 「……ん?どうしたのかな?保育園で何かあった?」 何だか、恭が言い淀んでいるような気配がする。 音羽の電話相手が子供だと知ったのだろう。 百合奈はわくわくとした表情で音羽に近付いて来た。 百合奈は、音羽の事を既に伏見の妻として扱ってくれている。 そして音羽が産んだ子供──恭を、孫と認識してくれているのだ。 そんな風に温かく迎えてくれている伏見の家の面々に、音羽は感謝していた。 だから音羽は恭との会話を百合奈にも聞かせようとスマホの通話をスピーカーに切り替えた。 スマホからは、恭の子供特有の高い声で「えっとね……」ともじもじしているのが聞こえる。 その愛らしさに、音羽が目尻を下げて「なあに?」と返答すると、意を決したように恭が言葉を発した。 〈あの、おばさん……。おばさんが忙しくて、暫く一緒に遊べなくなってしまった、のは……分かってるんです……だ
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223話

◇ 「バーベキュー?」 「ええ、そうなんです蓮夜」 夜、離れ。 音羽は伏見が帰宅すると、彼を出迎えつつ夕方に恭から電話があった事。 それと、誘拐事件の時に巻き込まれた園児のお父さんからバーベキューに誘われた事を伝えた。 恭には、伏見の予定も聞いてからまた折り返し電話するね、と伝えていた。 音羽としては、せっかくの恭からのお誘いだ。 きっと、今まで「家族で出かける」と言う経験をした事がないだろう。 恭のお誘いにすぐに頷きたかった音羽だったが、3人で遊ぶのとは違う。 翔のお父さんは、音羽と伏見を「恭の両親」だと思い誘って来ているのだ。 音羽と伏見は「玉櫛 樹」と「玉櫛 裕衣」ではない。 あの園外学習の時にだけ恭の両親を演じただけに過ぎない。 それなのに、再び恭の両親として会うのは些か危険過ぎないだろうか──。 それに、玉櫛ホールディングスは有名な大企業だ。 伏見も言っていたが、今は業界内で玉櫛 樹と元妻である音羽の噂が広まっている。 翔と光希の両親がどんな企業に勤めているか、それとも経営者なのかは分からないが、本当の玉櫛 樹を知っているかもしれない。 あの日はそこまで考えが至らなかったが、自分達の正体がバレてしまう危険は犯せない。 それもあり、音羽はまず伏見の意見を聞きたかった。 恭からの電話、そして自分が感じている不安や危険性を伏見に伝えた音羽は、伏見の回答を緊張した面持ちで待つ。 だが、音羽の心配を他所に、伏見は至極あっさりと答えた。 「いいんじゃないか?お誘いを受けても」 「──えっ!?」 まさか、こんなにあっさりと伏見からOKを貰えるとは思わなかった音羽は、鳩が豆鉄砲を食らったようにぽかんとしてしまう。 そんな音羽に苦笑いを浮かべた伏見は、ぽかんとしている音羽に軽くキスをしてから言葉を続けた。 「もう既に本当の玉櫛 樹を知っていると思う。それだけ今、玉櫛ホールディングスは業界内で噂になっているからな。……それを分かった上で、彼らは俺たちを正体した。……もしかしたら、俺の素性も知っているかもしれない」 「えっ!?」 蓮夜の素性を!?と音羽が顔を真っ青にすると、伏見は声を上げて笑った。 「──ははっ!表の、な。組の事じゃなく、俺が表で運営している人材派遣の会社だ。俺が音羽との婚約を公にしただろう?似通った業
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224話

◇ 恭が誘ってくれた、バーベキュー。 その日まで、あっという間に時間が過ぎた。 バーベキュー会場は、郊外にある大きな公園らしい。 その公園は週末になると沢山の家族連れが遊びに来て、バーベキューを楽しんだり、公園内にある川で川遊びをする人達で賑わうらしい。 その公園にはテントを張る事も出来るらしく、もし良ければ家族でテントを張り、お泊まりをしないか、と誘われたのだ。 バーベキューの準備に、テント泊の準備。 最初は全て伏見が手配してくれようとしていたが、電話をしていた恭が音羽と伏見と一緒に買い物をしたい、と可愛らしいお願いを口にしたのだ。 そんな可愛いお願いをされて、音羽が断る筈も無い。 伏見も恭の可愛らしいお願いに笑みを浮かべ、即座に頷いた。 ◇ そして、バーベキュー前日の今日は、金曜日。 恭と約束をした買い物の日だ。 この日は、伏見も仕事を休み買い物に付き合ってくれる事になっていた。 車を出してくれるのは、もちろん恭の運転手飯野だ。 音羽と伏見が朝早くから家の門前で待っていると、恭を乗せた車が目の前にすうーっ、と静かに停まった。 「──お母さんっ!お父さんっ!」 「恭ちゃん、おはよう」 「おはようございますっ!」 車が停まるなり、ドアを開けて恭が飛び出してくる。 恭は嬉しそうに駆け寄ると、そのままの勢いで音羽に抱きついた。 音羽も、恭が走ってくるのを見てしゃがみ、両手を広げていたのでそのまま恭を抱き留める。 嬉しそうに音羽に擦り寄る恭を抱きしめていると、慌てて飯野が車を降りてきた。 「ぼ、坊っちゃま……!車が停まってすぐに外に出ては危ないですよ……!」 「大丈夫です!ちゃんと左右を確認してから出ました!」 ふんっ、と得意気に答える恭に、飯野は困ったように眉を下げている。 そんな2人の微笑ましい掛け合いを見ていた音羽と伏見に、飯野は礼儀正しく頭を下げた。 「伏見さん、音羽さん。今日はよろしくお願いします」 「こちらこそ。車を出してもらってすみません、飯野さん」 「いえいえ、とんでもないです。坊っちゃまがこんなに嬉しそうに……昨夜もはしゃいでおられて、中々眠って下さらなかったんですよ」 ははは、と軽やかに笑いながら車に向かう。 伏見と音羽、そして恭は後部座席に。 飯野は運転席に乗り込むと、ゆっくりと車が
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225話

「お母さん!お父さん!早く来てください!」 「待って恭ちゃん、手を繋いでおかなきゃ、迷子になっちゃうわ」 「早く早く!」 ショッピングモールの駐車場。 一足先に降りた音羽と恭。 恭は楽しくてしょうがない、といった様子でショッピングモールに早く入りたい!と駆け足をしている。 とても広いショッピングモールだ。 恭が迷子になってしまう可能性がある。 だから音羽は、先に行こうとしている恭に優しく声をかけると、しゃがんで恭と同じ目線になった。 「恭ちゃん。室内で走っては駄目よ?私達以外にも沢山お客さんがいるからね。もし恭ちゃんが誰かとぶつかってしまったら?恭ちゃんより小さい子とぶつかって怪我をさせちゃったりしたら駄目でしょう?それに、お店の物にぶつかって、壊してしまったら大変でしょう?」 「はい、すみません……」 音羽の言葉に、恭はしゅんと肩を落とす。 だが音羽は笑顔を浮かべ、優しい表情のまま続けた。 「元気なのはとってもいい事だわ。走ったりするのは、公園にしましょう?あとでいっぱい遊ぼうね?」 「──!はいっ!」 キラキラと嬉しそうに目を輝かせ、音羽の言葉に素直に頷く恭。 音羽は「いい子ね」とすかさず恭を褒めて頭を撫でてやった。 それからは、恭はしっかり音羽と手を繋ぎ、急に走り出す事もせず、大声ではしゃぐ事もせず、大人しく音羽と一緒に歩いた。 ただ、物珍しさにキラキラと目を輝かせ、店内の物を興味深そうに見ている。 はしゃがず、音羽の言葉をちゃんと守っている恭の姿がとてもいじらしく、そしてとても偉い子だ、と音羽は嬉しい気持ちで我が子の姿を見守っていた。 「キャンプ用品売り場は2階みたいだ。エスカレーターに乗ろう」 2人を微笑ましく見つめていた伏見が、売り場を確認して前を歩く音羽と恭に声をかける。 伏見と一緒に歩いていた飯野が「私はカートを持ってまいります。先に売り場へ向かっていてください」と笑顔で告げるとその場を離れた。 「恭、お父さんとも手を繋いでくれ」 飯野が離れて行くと、伏見は音羽と手を繋いでいる恭の隣に並び立ち、拗ねたように手を差し出す。 そんな伏見の姿に音羽も恭も一瞬きょとんと目を瞬いたが、恭は嬉しそうに「はい!」と差し出された伏見の大きな手に自分の小さな手を伸ばし、ぎゅっと握った。 「──ふっ、ふふっ。蓮夜、
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226話

2階 キャンプ用品売り場。 フロアに着いた音羽達。 キャンプ用品売り場は広々としているが、そのフロアを見ている人が多い。 「恭、人が多いし、品物が良く見えないだろう。抱っこするからおいで」 「あ、ありがとうございますお父さん!」 伏見の言葉に恭は嬉しそうにはにかむと、小さな手を精一杯伏見に伸ばす。 伏見は軽々と恭を腕に抱えるとしっかりと抱き直した。 「まず確認するのはテントだな……」 「テント売り場はあっちみたいです。行きましょう」 「ああ」 伏見は片手で恭をしっかり抱えると、空いている方のもう片手は音羽の手を握る。 テント売り場に行き、3人で意見を出し合いながらテントを見ていた。 「大きすぎると、設営が大変じゃないですか?私、キャンプした事がなくて、不慣れだから……」 「そこは心配しなくていい。組の──……会社の部下に何人か詳しい奴がいる。そいつらに手伝ってもらう」 「えっ、いいんですか?」 「ああ。……あんな事があった後だからな。常に近くで護衛させておく。あいつらもキャンプが出来るって喜んでいたよ」 「ふふっ。じゃあ、当日は蓮夜の部下の方達も近くにいるんですね。安心です」 「ああ、心配しなくていい」 2人の話が終わるのを待って、恭は伏見の腕の中から指を指した。 「お母さん、お父さん。僕、あのテントがいいです!あれ、大っきくて楽しそう、で……」 最初は元気良く話していた恭だったが、次第に声が小さくなって行く。 その姿が、まるで怒られるのを待つような姿に見えて、音羽は恭の頬を優しく撫でた。 「恭ちゃん、どうしたの?欲しいやつを言ってくれていいのよ。お母さん、あまり詳しくないから恭ちゃんがこれが良いって言ってくれる方が嬉しいわ」 「……ほ、本当ですか?」 「ええ、本当よ。……自分が欲しいな、って思った物は遠慮なく言っていいのよ?私達は恭ちゃんが欲しい物を聞いても、怒らないわ」 音羽が優しくそう語りかけると、恭は瞳に涙を溜めてくしゃり、と顔を歪めた。 「ぼ、僕……あれが、いいです……お母さん……」 「うん。恭ちゃんが選んだテントにしよっか!」 「結構箱が大きいな。恭を抱っこしてもらってもいいか?俺が取る」 「ありがとうございます、蓮夜。お願いします」 音羽が恭に手を伸ばすと、恭も音羽を求めるように両手を伸ば
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227話

◇ あれは、1年ほど前。 恭が保育園に通い始めて、数ヶ月。 周りの子供達とも打ち解けてきて、お話をする事が増えてきた。 お父さん、友達が増えたよ。 お母さん、僕、今日も先生に褒められたよ。 恭は、夕食の時にその事を話したかった。 だけど、両親は恭には分からない仕事の話や、その他の話ばかりをしていて、2人はちっとも恭の事を見ようともしない。 だから、恭は思い切って話しかけてみる事にしたのだ。 「──おっ、おとう、さん……っ!あの、今日、お友達に、聞いたんです……っ、テレビで人気の戦隊レンジャーがいて、そのレンジャーが変身する時のベルトがとても格好いいって人気で……っ、それで、ぼくっ」 一生懸命話す恭。 だが、そんな恭を樹は酷く冷めた、冷たい目で見下ろしていた。 「……だから何だ?それが欲しいって言うのか?」 「──っ!」 自分の話を聞いてくれた──! 普段、殆ど話をしない父親が自分の話を聞いて、会話をしてくれている。 それが嬉しくて、恭はぱっと顔を輝かせると頷こうとした。 だが、それよりも早く樹は素っ気なく言葉を返す。 「お前には必要無い。勉強に必要な物は買い与えているし、知育玩具も与えているだろう。他の玩具など、無駄だ」 「──ぁ」 「俺は仕事に戻る」 樹はそれだけを言うと、恭の方を一切見る事なく椅子から立ち上がってしまった。 それまで機嫌良く話をしていた「母親」も樹が立ち上がってしまい、不満そうに眉を顰めている。 樹や、他の使用人がこの場にいない事を確認した「母親」裕衣は、不機嫌そうな表情を隠す事なく恭に向けた。 そして、強い力で恭の頬を打った。 「──ほんっと、空気の読めない、卑しい子!これだから嫌なのよ、ガキって!」 乾いた音が響き、打たれた恭の頬がじんじんとする。 唖然とする恭を気に止める事なく、裕衣は苛立ち顕に椅子から立ち上がった。 「卑しいあの女から生まれたから、お前もそんなに卑しい性格なのね。物を強請るなんてみっともない!」 「──え」 僕を産んだのは、お母さんじゃないの。 「あの人の子供じゃなけりゃ、一緒に住むのも嫌だってのに!」 「お母さん、は……僕の……」 唖然とする恭に、裕衣はにたりと嫌な笑みを浮かべると吐き捨てるように答えた。 「ええ、そうよ!私はお前の母親じゃない!あん
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228話

◇ 「恭ちゃん?」 「恭、どうした?」 「──あっ」 1年ほど前の事を思い出し、ぎゅうっと痛む胸を押えていた恭を心配そうに覗き込む音羽と伏見に、恭はぱっと顔を上げた。 今の自分には、名前を呼んでくれる人がいる。 心配をしてくれる人がいるんだ、と恭の胸は温かくなった。 自分を大切な宝物のように優しく、愛おしそうに抱きしめてくれている音羽にぎゅっと抱きついた恭は「すみません、何でもないです」と笑顔で答えた。 「お父さんが持っているテント、すっごい大きいですね!僕達、明日はこのテントで眠るんですか!?」 恭の表情が明るくなった事に胸を撫で下ろした音羽。 音羽は微笑みつつ「そうよ」と恭の頭を撫でると続けた。 「これから、ここで明日使う物を買って、それで蓮夜──お父さんの実家に一緒に行きましょう。明日はお父さんの実家から行くのが近いからね」 「──はい!僕、保育園以外でのお泊まりって初めてで、凄く楽しみです!」 にこにこと嬉しそうに笑う恭を、音羽はぎゅっと抱きしめる。 だが、恭を抱きしめる音羽の表情はあまり優れなかった。 音羽は、先程恭が浮かべていた表情に引っ掛かりを覚えていたのだ。 (子供が……まだ、年端もいかない小さな子が、あんなに悲しそうに表情を曇らせるなんて……。自分が欲しい物を口にするだけで、あんな……私達大人を窺うような顔をするなんて……!樹や裕衣は、恭ちゃんに何をしたの……!) 親の愛情、と言う物を受けて育っていないのは、恭を見ていれば簡単に分かる。 時折恭が見せる、大人を窺うような態度と、怯え。 今まで家でどんな扱いを受けて育っていたのか……、それが容易に想像出来て、音羽は胸を痛めた。 (絶対に許さないわ、樹も、裕衣も……!) 第一優先は、恭の親権だ。 恭の親権を取り戻したい。 それには樹が当時から不倫していた事を証明し、自分を無実の罪で陥れた事を証明しないといけない。 (蓮夜にばかり頼る事は出来ないわ。……蓮夜がどんな風に考えているか……、それを今夜にでも確認しないと) キャンプ用品を選んでいる間に、カートを持ってきてくれた飯野も合流し、恭と一緒に物珍しい品物を見て話している。 カートにテントを乗せた伏見が、音羽の隣に並んだ。 「どうしたんだ、そんな険しい顔をして」 「──えっ」 「さっきから眉間
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229話

◇ 「まあまあまあ!なんて可愛いのかしら!」 「おお、随分利発そうな子だな」 伏見の実家──。 伏見組の家に戻ると、待ちきれなかったのだろう。 伏見の両親が門の前でそわそわとしながら待っていた。 2人の熱烈な出迎えを受けた恭は、目を白黒とさせて思考が停止していた。 かちん、と硬直してしまっている。 その間も、伏見の両親──冬夜と百合奈は恭の事を可愛い可愛い、ともみくちゃにしている。 「──おい、親父!荷物が多いから家に入れるのを手伝ってくれ!」 「そんなもの、若い衆にやらせておけ!──恭くん、じいじと一緒に中に入ろうな〜お菓子は好きか?ジュースもいっぱい用意しているからな!」 「あっ、ちょっとあなた!私にも恭ちゃんを抱っこさせて!」 伏見の父親はでれでれとして恭を抱き、さっさと中へ入って行ってしまう。 珍しく百合奈より優先している、と音羽が驚いていると、百合奈を優先していない訳ではなかった。 恭を抱っこしているのとは別の腕でがっしりと百合奈の腰を抱き、一緒に中に向かって歩いて行く。 音羽が唖然としていると、百合奈がくるりと振り向いて音羽に声をかけた。 「音羽ちゃん、あなたも早く中にいらっしゃい!」 「──え、あ……、だけど荷物を……」 「そんなの他の子達にやらせればいいわ!早く早く!」 百合奈に呼ばれ、音羽が戸惑っていると伏見が優しく背中を押してくれる。 「恭と一緒に居てやってくれ。俺の親父もお袋もあんな勢いだろ。恭が怖がったら大変だ」 ひょい、と肩を竦めてそう助け舟を出してくれる伏見。 音羽は困ったように笑いながら頷いた。 「分かりました。荷物、ごめんなさい。先に入っていますね」 「ああ。また後でな」 伏見は音羽の額に軽く触れるだけのキスをすると、車の方へ戻って行く。 伏見組の人間がわらわらと伏見に近付き「若!」「どこに運びやすか!?」と声をかけているのを見て、音羽は待っている百合奈の方へ小走りで向かった。 伏見組 母屋 居間。 広々とした和室に、音羽と恭。そして伏見の父 冬夜と、母 百合奈がいた。 恭は音羽の膝の上に座っており、冬夜と百合奈は恭の正面でおもちゃやお菓子を手に取り、でれでれと表情を緩ませ、楽しそうに笑っている。 「恭くんは甘い物が好きかな?」 「え、えっと……」 冬夜の質問に、恭は
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230話

恭が伏見の両親と打ち解け、楽しそうに遊んでいる姿を少し離れた場所から微笑ましく眺めていた音羽。 可愛らしい恭の姿ににこにこと嬉しそうに音羽が見つめていると、音羽の背後から腕が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられた。 「──わっ」 「恭が両親に懐いてる……」 音羽は背後に引き寄せられ、びっくりして声を上げる。 傾いた音羽の体をしっかり受け止めた伏見は、子供と遊ぶ自分の両親を物珍しそうに見た。 音羽は自分を抱きしめる伏見の腕にそっと手を添えて声をかけた。 「荷物、全部お任せしちゃってごめんなさい。ありがとうございます、蓮夜」 「ん、気にするな」 伏見は笑顔でお礼を告げる音羽に軽く口付ける。 すると、伏見の後から運転手の飯野もやってきた。 冬夜と百合奈と遊んでいた恭は、伏見と飯野が来た事に気がついたのだろう。 ぱっと明るく笑い、音羽達の所に小走りでやって来た。 「お父さん……!」 たたたっ、と駆け寄ってくる恭に、伏見は音羽を抱きしめていた腕を片方解き、腕を広げる。 伏見の腕に迷いなく飛び込んだ恭をしっかり抱きとめた伏見は、恭の頭を優しく撫でてやった。 「恭、じいさんとばあさんに遊んでもらったか?」 「はい!いっぱいおもちゃを貰いました!」 「それは良かった。飯野さんも来たから、一緒に遊んでおいで」 「はいっ!」 恭は伏見にもう一度ぎゅっと抱きつき、次いで音羽にもぎゅっと抱きつくと、ぴょんと飛び降りて冬夜と百合奈、そして合流した飯野のもとに駆けて行く。 伏見は音羽の隣に座り直し、軽く抱き寄せる。 「……親父もお袋も、でれっでれだな」 「ふふっ、恭ちゃんを可愛がってくれて嬉しいです」 「まあ、恭は可愛いからああなるのは仕方ない」 大真面目な顔でこくり、と頷く伏見。 そんな風に言ってくれる伏見に、音羽は嬉しそうに、幸せそうに笑った。 ◇ 夕食、そして夕食後にも遊んだせいか、恭は眠気が限界に達しているのだろう。 こくり、こくり、と船を漕いでいる。 今にも寝落ちてしまいそうな様子だが、まだ遊び足りないのだろう。 百合奈の服の裾をぎゅっと握っている恭に、音羽は困り顔だ。 「恭ちゃん、眠いならもう寝よう?」 「──ん、まだ、遊びたいです……」 「でも……」 もう正直、このまま寝てしまいそうだ。 音羽が心を鬼にして、
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