All Chapters of 夫と愛人に地獄に突き落とされた私を救ってくれたのは「若」と呼ばれる裏の世界の人でした: Chapter 301 - Chapter 310

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301話

離れにやってきた音羽と伏見。 音羽が普段通りテレビをつけ、伏見は冷蔵庫から飲み物を出してグラスに注ぐ。 「飲み物ありがとうございます、蓮夜」 「どういたしまして」 伏見からグラスを差し出され、音羽はそれを両手で受け取る。 伏見も音羽の隣に座り、2人はグラスに口をつけた。 そして、テーブルにグラスを置いた音羽が伏見に顔を向け、玉櫛ホールディングスの現状って?と聞こうとした所で──。 〈速報です。玉櫛ホールディングスの役員が、反社会勢力と金銭のやり取りを行っていた事が分かりました。数十分前、国税局が玉櫛ホールディングスの調査に乗り出し──〉 「──えっ」 伏見が玉櫛ホールディングスに行った理由と、今あの会社で何が起きているのか──。 それを聞こうとしていた音羽は、テレビから流れてくるニュースに目を見開いた。 「……随分早かったな」 ニュースを耳にした伏見が感心したように呟く。 その言葉を聞いた音羽は、慌てて伏見に向き直った。 「れ、蓮夜……!もしかしてこれ……!?」 伏見が仕掛けた事なのか──。 音羽の言いたい事が分かったのだろう。 伏見は軽く肩を竦めてあっけらかんと答えた。 「別に、俺は背中を押してやっただけだ。こうなるのが早いって事は……もしかしたら、内部に事情を知る人間がいて、内部告発したのかもしれないな」 「背中を押しただけって……いったい何を……」 「ただ、陸野にそれっぽく振舞ってもらっただけだ。……玉櫛 裕衣が陸野を敵対組織の人間だと勘違いした。その勘違いを正さなかっただけだな」 伏見は自分のスマホを操作すると、画面を見て笑い声を上げた。 そして、不思議そうにしている音羽に、画面を見せてやる。 「玉櫛 裕衣から入金があった──。敵対組織に支払うつもりだった口止め料だ。俺らに払っているとも知らず、馬鹿な女だ」 そうだろう?と楽しそうに笑う伏見に、音羽はぞわりと背筋が震えた。 普段、伏見が優しくて「表」の会社を経営しているとは言え、本職は伏見組の若頭だ。 相手を追い詰める時は素早く、徹底的に追い詰める。 それをまざまざと目の前で見せられて、音羽は改めて伏見の恐ろしさを痛感した。 だけど、裕衣からの入金が伏見の口座にあったと分かったら。 国税局が調査に乗り出しているのだ。 金の流れを追って、伏見の口座
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302話

「ああ、海外の口座だから問題ない。それに、玉櫛 裕衣が金をどこかに支払ったと言う事実だけで十分だ。金額が金額だからな」 「た、確かに……凄い桁数でしたけど……」 「だろう?あれだけの金額を1度に動かした、その事実が大事だ。金の行き先を探っている間に、その金は綺麗さっぱり消えているから大丈夫だ」 「……蓮夜が大丈夫って言うなら……」 信じます、と頷く音羽に伏見は笑みを深める。 世の中には深く首を突っ込まない方が利口な事もある。 その辺の引き際も、音羽はしっかり兼ね備えているのだろう。 単に伏見の事を信じているから、と言う理由もあるだろうが、音羽の頭の回転の早さに伏見は満足気に笑った。 「国税局の調査が入ったなら、玉櫛 裕衣はもう終わりだ。あれだけの大企業の役員が、反社会勢力と繋がっていた……会社の資金を、不当に反社会勢力へ流していた、と結論付けられる。……玉櫛 裕衣が捕まったからと言って、玉櫛ホールディングスが無傷なままな訳が無い。恐らく夫である玉櫛 樹にも、捜査の手は伸びるはず」 「玉櫛 樹も?」 「ああ。会社で起きた事件なんかも、数年単位で調べられるだろう。……そうしたら、以前音羽が罪を着せられて服役したあの事件も……」 伏見の言葉に、音羽ははっとして目を見開く。 「──もしかしたら、あの事件も調査対象に……!?」 期待に目を輝かせる音羽に、伏見は頷いた。 実際の所、その可能性は限りなく低かった。 だが、今現在世間では前妻である音羽は、裕衣に嵌められて服役したのではないか、と騒がれている。 恭の友人、翔と光希の父親の手助けがあってその噂は爆発的に広まっている。 ここまで世間が注目している以上、警察は再捜査に踏み切る可能性が高い。 (だが、その前に──) き
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303話

◇ 翌日──。 「恭くん!」 「翔くん、光希くん!」 伏見の実家に、恭の友達である翔と光希が遊びに来た。 大きな門構えに、広い日本庭園。 「お屋敷」と言っても過言ではない伏見の実家にやってきた翔と光希は純粋に「お父さんの家、凄いね!」とはしゃぎ、付き添いでやってきた翔と光希の母親は薄っすらと汗をかいていた。 「──音羽さん、急にごめんなさい。その、これ……大したものじゃないんだけど……」 「わざわざすみません……!後で子供達のおやつの時に出させていただきますね」 翔と光希、2人の母親達が音羽に菓子折りを手渡す。 それを笑顔で受け取った音羽は、広い庭ではしゃぎ、走り回っている子供3人に目を向けた。 今日は、伏見も陸野も不在だ。 「表」の会社に出社し、こなさなければならない仕事をしてくると言っていた。 子供達が危ない目に遭わないよう、見目が「一般人」に近い伏見組の組員と、恭の運転手である飯野が3人を見てくれている。 恭が継母、裕衣に危害を加えられてから、保育園はずっと休んでいた。 理由は明かしていないが、恭の体調を心配した翔と光希が、当日になって連絡をくれたのだ。 今日、お家にお邪魔してもいいか、と。 恭の事をわざわざ心配して来てくれるのだ。 伏見に確認を取った所、来ても構わないと返答をもらったので、音羽はそのように返事をした。 そして、午前中。 翔と光希がそれぞれ母親を伴い恭に会いに来てくれた。 音羽達、母親3人は子供達が遊んでいる光景が良く見える縁側に移動し、話をしていた。 「恭くんが長い事休んでいるので、翔が体調を心配して……急に連絡をしてごめんなさい」 「いえ、全然大丈夫ですよ。恭ちゃんもお友達と会えなくて寂しかったと思いますから」 遊びに来て下さってありがとうございます。 そう穏やかに微笑む音羽に、翔と光希の母親はほっと胸を撫で下ろす。 「光希も、恭くんと会いたい、と我儘を……具合が悪くて休んでいるのだから、と言ってもそれじゃあお見舞いに行きたい、と……」 もう、本当に困った子なんだから、と零す光希の母親に音羽は笑顔で首を横に振る。 恭が友達と仲良く過ごしていて、とても嬉しい。 それにわざわざ心配してお見舞いにやって来てくれたのだ。 得難い友人だ。 恭、翔、光希はきっとこれから先も仲の良い友人と
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304話

その日の夜──。 翔、光希2人の母親達は夕食も一緒に過ごした。 伏見の実家、母屋で夕ご飯を食べていると、表から車のエンジン音が停まる音が聞こえた。 「──あっ!お父さんかも!」 恭の表情がぱぁっと明るいものに変わり、持っていた箸を箸置きに置く。 するとそわそわとしだす恭に、音羽はくすりと笑った。 「ふふっ、恭ちゃん。一緒にお父さんをお迎えに行こうか?」 「──行きたいです!」 「すみません、お義父さん、お義母さん。食事中ですが、席を外させていただきますね」 音羽が申し訳なさそうに頭を下げると、伏見の父・冬夜と母・百合奈は笑顔で頷いた。 「ああ、行ってやりなさい」 「ええ、ええ。最愛の妻子の出迎えがないとあの子拗ねるかもしれないから」 2人とも快く送り出してくれて、音羽と恭は手を繋いで部屋を出て行く。 急ぎ足で「お母さん、早く!」と引っ張る恭に笑いつつ、足を急がせる。 長い廊下を通り、玄関までやって来る。 門前にはまだ車が停まっており、伏見は後部座席からまだ降りて来ていないようだった。 音羽と恭が玄関を出てくると、待ち構えていたかのように車の後部座席のドアが開き、伏見が降りてくるのが見える。 その姿を見た音羽は、百合奈が言っていた言葉は本当だったのだ、と少し笑ってしまった。 自分たちがやって来るのを、伏見が車の中でそわそわと待っていたのでは。 その姿を想像すると、とても可愛らしくて。 音羽の胸がきゅう、と疼いた。 「──お父さん!」 「恭。ただいま」 「お帰りなさい!」 音羽と繋いでいた手を離し、伏見のもとへ一直線に駆け寄る恭。 駆け寄ってきた恭をひょい、と抱き上げた伏見は恭を腕に抱いたまま音羽に顔を向けた。 「蓮夜、お帰りなさい。お仕事お疲れ様です」 「ああ、ただいま」 音羽の言葉に、とろりと甘く蕩けるような笑みを浮かべ、伏見が返す。 自然な動作で音羽の手を取った伏見は、指を絡ませた。 2人で玄関に向かって歩き出す。 そこで、伏見はふと大広間が騒がしい事に気づいてそちらに顔を向けた。 普段、夕食を摂る部屋は別だ。 今電気がついている大広間は、客人が来ている時に使用する部屋。 音羽に視線で問う伏見に、音羽は説明する。 「恭ちゃんの友達の翔くんと光希くん、そして2人のお母さん達も一緒にご飯を食べて
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305話

「──蓮夜」 音羽の声音が真剣な物に変わった。 その事に気付いた伏見も、話を聞く体勢に変わる。 だが、音羽のように真剣な雰囲気ではなく、優しい表情で少し腰を屈めてくれた。 そんな伏見の優しさに背を押され、音羽は口を開いた。 「今日、来てくれたお母さん達ですが……多分、薄っすらだけど、伏見の家の事を……」 えっと、と言葉を濁す音羽に、伏見は「ああ」と納得したように頷いた。 「うちが、普通の家じゃないって事を気づかれた……?」 「──!」 その言葉に、音羽は慎重に頷いた。 「ええ……多分……」 「家に呼んだ時に、それは覚悟の上だ。恭の友人なら、これからも付き合いがあるかもしれないだろう?それなら、早めにうちの事を知っておいた方がいい。うちの事を知った上で、どう判断するかはあちらの家庭の自由だからな」 恭は、もしかしたら友人が離れて行く寂しさを感じるかもしれないが、隠して生活する事は出来ない。 そう話す伏見に、音羽も確かに伏見の言う通りだと考える。 遅かれ早かれ、この家がどんな存在なのかは分かる。 それを察してもらい、離れて行くのか。それとも、恭と友人関係を続けるのか。 それを判断してもらわないといけない。 「うちの者も、恭の友人が来る度に隠れたりさせるのは限界があるからな」 「ええ、そうですね」 「恭はまだ小さいが……うちは普通の家じゃない事は幼い頃からしっかり教えて行くつもりだ。伏見の身内になる。これからは、自分の身の守り方も教えていかないと」 言外に、身の危険がある、と説明された音羽はぎゅっと拳を握って頷いた。 伏見自身も、幼い頃に危険な目に遭っているのだ。 危険な目に遭う伏見を助けた音羽だからこそ、分かる。 まだ子供だったあの頃に、身の危険が迫っていたのだ。 伏見の「身内」になる事は、それ相応の覚悟がいる──。 それを改めて認識し、音羽は覚悟を決めたのだった。 ◇ その日の夜、遅い時間に翔と光希は父親が迎えに来てくれて帰って行った。 帰る際、2人の母親達は「また遊んでやってください」と笑顔で音羽に告げ、帰って行った。 すうすう、と音羽の腕の中で遊び疲れて眠ってしまった恭。 恭を抱っこしている音羽をそっと抱き寄せた伏見は、恭と音羽を優しい目で見つめた。 「──良かったな。一先ず恭は友人を失う事はなさそ
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306話

それから──。 玉櫛ホールディングス経営者の妻・玉櫛 裕衣が反社会勢力と繋がり、金銭を渡していた事は瞬く間に広がった。 また、玉櫛 裕衣がペーパーカンパニーを作り、裏金作りをしていた、と言う事も調査の結果、判明。 それらの事が、連日テレビで放送された。 ニュース番組では、連日この件の報道特集が組まれた。 玉櫛夫妻には息子がいる。 マスコミは、幼い息子にまで話を聞こうと連日息子を探し回ったが、既に息子は音羽のもとに避難していた。 そのため、幼い恭がマスコミの餌食になる事はなかった。 恭はこの事件のほとぼりが冷めるまで、保育園を休ませる予定だ。 今日も、伏見は会社に行っていて、離れで音羽と恭、そして飯野は3人で遊んでいた。 「お母さん」 「ん?どうしたの、恭ちゃん?」 室内で遊んでいたのだが、外に出て遊びたくなったのだろう。 先程から恭はちらちらと外を気にしていた。 恭は音羽の手を握り、上目遣いでお強請りを口にした。 「外で遊びたい、です……外に出てもいいですか?」 「外──」 音羽は窓に視線を向ける。 確かに、恭くらいの年齢だったら外で遊びたくなるのも当然だ。 伏見にも、庭だったら遊んでも大丈夫だと言われている。 音羽は伏見の手を取り、笑顔を返す。 「そうね、それじゃあ外で遊ぼうか!」 「──やった!」 嬉しそうに笑う恭につられて、音羽も笑う。 外で遊ぶ用の遊具が入ったバッグを飯野が持ってくれる。 恭と手を繋ぎ、音羽は庭に向かった。 庭先に出た音羽達を見て、伏見組の組員が挨拶をしてくれる。 組員の中には、強面の人もいるが恭を見るとその表情はでれっと緩む。 「おや、若の姐さんにぼっちゃん!お外で遊ぶんですかい?」 「ええ、そうしようかなって思って」 「そうですか、そうですか!ここの庭には池もありやすからね!中には鯉が泳いでおりやすよ!」 「──鯉!?鯉、見たいです!」 鯉がいるよ、と組員に教えてもらった恭の瞳が輝く。 ぱあっと笑顔の恭は可愛らしく、音羽達大人は恭の可愛らしさにふにゃり、と表情を緩める。 「ええ、ええ!こっちですよぼっちゃん!」 「はい!お母さん、早く早く!」 組員に案内され、恭に手を引っ張られる。 駆けて行く恭に笑って頷き、危ないから急いだら駄目だと声をかける。 その言葉に、
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307話

「──蓮夜が?今行きますね」 「お父さんが帰って来たんですか?僕もお迎えに行きたいです!」 まだ夕方のこの時間に伏見が帰宅するなんて珍しい、と音羽は驚く。 恭は早く帰ってきた伏見に喜び、音羽の手を取ってぴょんぴょんと飛び跳ねている。 鯉の餌、戻って来たらまたやりたいです!と組員に恭が話し、組員はここで待ってやす!と笑顔で音羽と恭を見送ってくれた。 手を繋いで玄関の方へ向かうと、伏見は既に車から降りてこちらに向かって来ていた。 「──音羽、恭」 「蓮夜、お帰りなさい」 「お父さんお帰りなさい!」 駆け寄る恭を抱きとめた伏見は、恭を抱いたまま音羽に歩み寄る。 音羽の額に軽く口付けを落とすと、口を開いた。 「ああ、ただいま……と言いたい所だが、まだ仕事は終わっていないんだ」 「え?そうだったんですか?」 音羽の言葉に、伏見が頷く。 そして続けた。 「そうだ。恭、この後お母さんと一緒に行かなくちゃいけない所があるんだ。帰宅は夜遅くなる可能性がある。今夜はじいさんとばあさんと一緒に寝てくれるか?」 「お母さんもお仕事……?分かりました、明日はいっぱい遊んでくださいね!」 一瞬だけ寂しそうにした恭だったが、仕事なら仕方ないとすぐにぱっと笑顔になって音羽に話しかける。 そのいじらしさに、音羽は「もちろんよ」と、伏見の腕に抱かれた恭の頬に口付けた。 ◇ 恭を組員と飯野の所へ送り届けた音羽達は、そのあと伏見と一緒に車に乗り込んだ。 音羽と伏見が後部座席に乗り込むと、車が走り出す。 車が走り出して、暫くした頃。 音羽は伏見に顔を向けた。 「蓮夜、夜遅くなるかもしれないって……どこに行くんですか?」 音羽の言葉に、伏見はちらりと音羽を見やる。 そして口角を上げて笑みを浮かべ、愉しげに答えた。 「……玉櫛 裕衣に、本物の取り立てが来た。あの女、俺に動かせる金を殆ど振り込んだからな。本来渡さなきゃならない相手から連絡が来て、相当参っているそうだ」 「えっ、そうなんですか?」 「ああ。玉櫛ホールディングスが国税局の調査を受けた、とニュースになっただろう?監視の目が厳しくなる前に、回収出来る金は回収しようとしたんだろう。そう考えるのは当然だな」 「……裕衣の身に、何が起きたのかは分かりました。……じゃあ、今はどこに向かって……?」
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308話

◇ ──どうして、こんな事に。 玉櫛 裕衣の頭の中は、その言葉でいっぱいだった。 視界は黒い布で遮られ、口には猿轡を噛まされていて声を発する事も出来ない。 裕衣は、自宅で謹慎していた。 国税局の調査が入り、夫である樹は忙しくしていた。 全て、お前のせいだ。 樹にそう言われ、顔を合わせれば口汚い口論ばかりをしていた。 それに疲れたのだろう。 数日前から樹は家に帰ってくる事はなくなり、会社に寝泊まりするか、会社近くにあるホテルで過ごしているようだった。 こうなったのも、全部お前の浅はかな行動のせいだ、と何度も何度も裕衣は責められた。 (だって……、だって……仕方ないじゃないのよ……っ、あのガキがっ、あのガキさえいなければ……っ、そうすれば私は変な奴にあのガキの始末だって頼まなかった……!) 自分は悪くない。 全ては、恭を産んだ音羽が悪いのだ。 (わ、私だって……私だって樹の子供を妊娠できればっ) 音羽を追い出し、裕衣は樹の妻になった。 そこまでは順調だった。 後は、樹の子供を妊娠し、自分が樹の子供を産めば。 そうすれば、前妻との間に生まれた恭に惨めな人生を味わわせてやれたのに。 そうして、初めて裕衣は音羽に勝ったと実感出来る。 それなのに──。 (全部っ、全部が上手くいかない……っ!あのガキの始末に失敗した男がいけないのにっ、それなのに……っ!あの男が暴力団の組員だったなんて知らないわ!失敗したのが悪いのに、その男が死んだからって何なのよ……!私は知らないわ、責任だってない!それなのに金をせびってくるから渡してやったのに……っ) 手持ちの金で、動かせる金は全て振り込んだ。 それで、今後は手を引く、と言うから裕衣は言う通りにしたのだ。 それなのに──。 (それなのに、どうしてまた暴力団が私の家に来るのよ!?お金なら振り込んだじゃないの!) あの最後の入金で、関係は切れたと思った。 裕衣は、そう思っていたのだ。 だが、ニュースで騒がれるようになってから数日。 暴力団が家にやってきたのだ。 「約束の金を払え」と、そう言って。 それを無視していたら、スマホにも連絡がきて。 それも無視していた裕衣だったが、その日の夜。 突然誰かが家に侵入したのだ。 大声を上げても、使用人の誰も裕衣の部屋に駆けつけない。 そ
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309話

裕衣が震えていると、どこからか近付いてくる足音が聞こえてきた。 コツコツ、と硬いコンクリートを打ち一歩一歩近付いてくる。 その時間が酷くゆっくりと感じられて。 裕衣の心臓の鼓動は、緊張で今にも張り裂けそうなほど速かった。 まるで、今自分には大きな鎌を持った死神が近付いて来ているような──。 そんなイメージが自然と頭の中に浮かび、裕衣は真っ暗な視界の中、ボロボロと涙を流した。 足音が、自分の目の前でぴたりと止まった。 そして次に些か乱暴な動作で、目隠しと猿轡が外される。 「──っ」 急に眩しくなった視界に、裕衣は咄嗟に目をきつく瞑った。 そろそろ、と瞼を開くと、周囲は思っていたほど明るくない。 どこか倉庫のような場所に、自分はいるようだった。 そして、裕衣は自分の目の前に視線を向ける。 「──ひぃっ」 見てしまった事に、裕衣は後悔する。 目の前には、以前取引をした男が薄ら笑いを浮かべ、立っていたのだ。 口元は薄っすらと笑みの形を作っているが、自分を見下ろす男の瞳には、何の感情も現れていない。 ただただ真っ暗闇のような黒い瞳が、裕衣をじっと見下ろしていた。 「悲鳴を上げるなんて酷いな。久しぶりに顔を合わせたってのに……なぁ、玉櫛さん?」 男はゆっくりと言葉を紡ぎ、裕衣の目の前にしゃがみ込む。 裕衣は、手首と足首も拘束されていた。 解放されたのは、目と口だけ。 この場で、目の前の男を突き飛ばして逃げ出すなんて、到底不可能だ。 せめてもの抵抗で、裕衣はずりずりと後ずさる。 スカートがいくら捲れようが、お尻に痛みが走ろうが、それには構わず後ずさる。 男は芋虫のように後退していく裕衣を至極楽しそうに見ていた。 「……あんたの玉櫛ホールディングス、今かなりやばい事になっているだろう?これじゃあ、うちの組もトバッチリを食いそうだ。それはフェアじゃない。……だから、今後貰う予定だった金を一括払いで貰おうと思ってな」 「なっ、何を……っ!渡したじゃない……!」 「あれっぽっちじゃあ、意味がない。ペーパーカンパニーを作って数億ほど裏金を作っただろう?それで手を打ってやる。これ以上玉櫛ホールディングスに関わっていると、こっちもやばいからな」 「す、数億って……っ」 どうしてヤクザ如きがそんな事まで知っているのか──。 裕衣の
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310話

ぐるん、と視界が逆さまになり、頭から暗い海に真っ逆さまに落ちる。 海に沈められる──!? それを悟り、裕衣がぎゅっと目を瞑ると、海面すれすれで裕衣の体がぴたり、と止まった。 磯の香りが先程より強く香ってきて、裕衣はバクバクと心臓の鼓動が速まるのを感じた。 頭に血が上り、くらくらとしてくる。 口は大きくぱくぱくと動き、酸素を肺に取り入れようとする。 じわじわ、と目の前が滲んできて、裕衣の股間からは生暖かい液体が服に染み込み伝ってくるのが分かった。 「──うっ、うぅ……」 「……ははっ、漏らしたのか!?」 男の嘲笑する声が聞こえ、裕衣の顔にカッと熱が集まる。 恥ずかしい──。 みっともない──。 「まさか、こんなちょっとした脅しで失禁するなんてな。ぬくぬくと過ごしていた奥様にはちょっとばかし刺激が強かったか?」 「うっ、うぅ……っ、いやぁっ、早くもとに戻してよぉ……っ」 ケタケタと笑う男に、裕衣は蚊の鳴くような声で懇願する。 だが、男は笑うだけで裕衣をもとには戻さない。 男が指示をしてくれなければ、裕衣の足を掴む男達は引き上げてくれないのだ。 「──はぁー、笑った笑った」 ケタケタと笑っていた男は、笑うのを止めると裕衣に顔を向ける。 その表情は、先程までの笑みなど一切なく、ぞっとするほど冷たい。 「──ッ」 裕衣がひゅっと息を呑む。 男が口を開いた。 「さて、お遊びはこの辺で終わらそう。……いいか、玉櫛 裕衣。金を用意しなければ、次は本当にこの暗い海に落とす」 「ひっ」 「手足は縛ったまま、暗い海に落とされると人間はどれくらいの時間で溺れ死ぬと思う?」 淡々とした口調。 それが、さらに裕衣の恐怖を煽った。 「大抵の人間はパニックに陥って数分も持たずに溺れ、苦しみ藻掻き溺死する。お前も体験してみるか?」 「──いっ、いやっ、いやよ……っ」 「ならば、明日の正午だ。少しでも時間が過ぎたらお前を拉致して海の藻屑にしてやる」 男の言葉に、裕衣は必死に頷く。 逆さまにされてから、既に大分時間が経っている。そのため、裕衣の頭はくらくらとしてきていて、限界が近かった。 「いっ、言うことを聞くからっ、用意するからっ、早く戻してぇっ」 「──いいだろう。おい!」 男が裕衣を逆さ吊りにしていた男に声をかける。 する
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