寝室の枕元。そこには長年、私たちの結婚写真が飾られていた。だがその日、夫はそれを研究室の先輩が描いたという油絵に掛け替えた。その瞬間、私の心の中でぷつりと、何かが切れた。晴彦の前に離婚届を突きつけたとき、彼は氷のように冷たい瞳で私を見上げ、吐き捨てた。「たかが絵を一枚掛け替えたくらいで、何を言っている。離婚だと?正気か。あれほど可愛がっている息子の親権まで放棄するつもりか」私は静かに頷いた。もういい。すべて手放してしまおう。手塩にかけて育ててきた息子もまた、父親と同じ穴の狢だったのだ。彼らの心の一等地に居座っているのは、私ではなく、別の女なのだから。……上原晴彦(うえはら はるひこ)はテーブルの向かいに座り、能面のような顔で離婚届に目を滑らせている。真面目に読む気などないのだろう。ざっと一通り眺めただけで、すぐに放り出した。「絵を変えた程度で離婚とはな。頭を冷やせよ。俺はお前のヒステリーに付き合ってる暇はないんだ。それに、大事な息子はどうする。置いていくのか?」私はふと、視線の先に目をやった。そこには、とっくに就寝時間を過ぎているにもかかわらず、ソファでテレビに夢中になっている息子の上原薫(うえはら かおる)の姿があった。私は告げた。「いらないわ」晴彦は何の躊躇なくペンをさらさらとペンを動かし、サインを済ませた。その目は、私がまたいつもの癇癪を起こしているだけだとでも言いたげに、冷めきっていた。今日の午後のことだ。私はいつものようにキッチンに立ち、夕食を用意した。メニューは肉じゃが。あの二人の大好物だ。壁の時計が時を刻む音を聞きながら待ち続けたが、玄関が開く気配はない。晴彦に電話をかけても、たった二コールで通話が切れた。着信拒否だ。時計の針が十時を回った頃、ようやく二人が帰宅した。父子は、厳重に梱包された絵画を、まるで壊れ物を扱うかのように慎重に運び込んでくる。私が三度も温め直された料理には目もくれず、二人は打ち合わせたかのように食卓を通り過ぎ、足早に寝室へと消えていく。寝室のドア越しに、晴彦が枕元の結婚写真に手をかけ、取り外そうとしているのが見えた。「どうして、急に外すの?」私の問いかけにも、晴彦の手は止まらない。「絵を変える。ただそれだけのことが、
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