部屋の扉が閉まった瞬間、外の反響が一枚剥がれた。空港のロビーに満ちていた金属音やアナウンスの残り香が、ホテルの絨毯に吸われていく。代わりに、白い灯りの静けさが落ちてきて、空調の乾いた風が首筋を撫でた。史人は息を吐き、吐いた息がどこにも引っかからずに落ちていくのを感じた。逃げ場を閉じたというより、ここから先は自分たちの選択でしか進まない、という薄い緊張が部屋の空気を支えている。律はキャリーケースの取っ手から手を離し、肩のストラップを指でずらした。指先が少し赤い。長い移動と、空港の冷気が残っている色だ。律は部屋の中を一度だけ見回した。ベッドの白いシーツ、机の上の小さなメモ帳、備え付けの冷蔵庫の低い唸り。窓の外は暗く、その暗さの中で滑走路の点滅だけが規則正しく続いていた。点滅は人の呼吸のようで、呼吸のようでいて、機械的な冷たさもある。律の喉が小さく動き、軽口が上がってきそうな気配がした。けれど、今夜はその膜を張らないまま、律は黙っていた。黙っているのに、黙りが苦しくない。苦しくないことが、史人の胸を少しだけ温めた。史人は自分の手のひらに汗が滲んでいるのを感じ、指を握り直した。触れたい。抱きしめたい。けれど、触れたい衝動のまま触れたら、また過去の再演になる。宵だまりから部屋へ流れて、白い灯りの下で言葉を置き去りにして、体温だけに頼る。あの夜が救いだったことを、史人は否定しない。否定した瞬間、自分の弱さまで否定することになる。けれど、今夜は違う形にしたい。違う形にできると、二人とも知ってしまっている。史人はキャリーケースに視線を落とした。車輪の底に、空港の床の埃が少しだけついている。律の生活が、遠い場所からここまで来た証拠だ。史人はそれを見て、胸の奥が静かに鳴った。「水、いる?」史人の声は思ったより低かった。律は一瞬だけ史人の顔を見て、それから頷いた。「いる」史人は備え付けの冷蔵庫の前にしゃがみ、扉を開けた。冷気が顔に当たり、眠気と緊張がいっぺんに押し寄せる。ペットボトルの水を二本取り出すと、プラスチックが指先に冷たく貼り付いた。史人は一本を律に渡し、もう一本は机の上に置いた。律は受け取って、すぐには開けなかった。指でキャップを
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