宵だまりの夜は、終わり方に癖がある。時計が何時を指しているかより先に、空気が「そろそろ」と囁き出す。グラスの氷が溶けて音が鈍り、笑い声がひとつ短くなる。換気扇の唸りが急に耳に入る。串田が皿を拭く手を少しだけ早める。見送る準備が始まる合図は、いつも言葉ではない。史人はそれを、身体で覚えていた。覚えているはずだった。なのに今夜は、覚えている動きの中に律が混ざっている。混ざっていることが、胃の奥をざわつかせた。ざわつきは嫌悪ではない。恐れと、高揚と、どうしようもない安堵が一緒になっている。史人は水を飲み干し、空になったグラスを指先で回した。指先の感覚が敏感になっている。ガラスの冷たさが妙に鮮明で、冷たさの中に温度差があるように感じる。温度差は、隣の体温のせいだ。隣に律が座っているだけで、史人の神経は勝手に律に合わせてしまう。律は酔っていないように見えた。顔色は少し赤いが、目は澄んでいる。言葉も滑っていない。笑いも軽いまま保たれている。保たれているからこそ、史人は怖い。昨夜は勢いだと言い訳できた。今夜は、勢いだけではない気がする。勢いだけではないと認めた瞬間に、逃避が逃避でいられなくなる。串田がカウンターの向こうで皿を重ねながら、短く言った。「そろそろ閉めるで」客の誰かが「はーい」と気の抜けた返事をして、笑いが起きる。笑いの中で立ち上がる気配が増える。米谷もいつの間にか戻ってきていたらしく、上着を引っ掴みながらわざとらしく大きな声を出した。「兄ちゃん、律くん、仲良う帰りや」その言い方がまた雑で、だからこそ宵だまりらしい。雑さは踏み込まないための膜だ。膜があるから、史人は息ができる。けれど今夜は、その膜の内側に熱が溜まっている。史人は睨むように言った。「黙れ」米谷が笑う。「照れてる照れてる」史人は返す言葉を持たなかった。否定したら熱が増える。肯定したら終わる。終わるのは怖い。だから黙る。黙りはいつも、史人の逃げ方だ。律が米谷に向かって軽く手を振った。「ほな」それだけ。挨拶の形で、場を軽くする。律は場を軽くするのが上手い
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