旅の中で、松永遥子(まつなが はるこ)というひどく奇妙な娘に出会った。どこか虚ろで足元もおぼつかない様子なのに、たった一人で二年も外を彷徨い、一度も家に帰っていないという。片足を引きずりながらも、執拗にヒマラヤ山脈を這い上がってきた。けれど運命は残酷で、彼女は猛吹雪の中で負傷し、もう二度と山を下りることはできない。意識が混濁する中、彼女は顔を涙で濡らしながら、二つの小さな人形を私に託す。「私、たぶんここで死んじゃう。お願い、これを義兄の森下祐介に届けて」命の灯火が消えかけているというのに、彼女はとても穏やかに微笑んでいる。「彼に伝えてほしいの。広い世界をたくさん見て、もう彼のことは愛していないって。それから、安心してって。私はもうあんなに馬鹿じゃないから、誰にも迷惑をかけないよって」森下祐介(もりした ゆうすけ)?その名を聞いた瞬間、私はその場に立ち尽くす。海市の港で知らない者はいない、あの海運王だ。登山前、私は彼が世間を賑わせている婚約のニュースを目にしたばかりだった。……ゆっくりと閉じられていく彼女の瞳を見つめながら、私はその粗末な泥人形を握りしめる。「しっかりして、自分の口で言いなさい」彼女は首を振り、おとなしく笑う。「彼は私に会いたくないの。私に雪山に登れって言ったのは、彼なんだから」途切れ途切れに紡がれる彼女の言葉から、ようやく事情が読み取れた。この二年間、彼女を世界各地へ旅に行かせたのは祐介だった。そして今回、登山キャンプに申し込んだのも彼の部下だという。もし彼女が拒めば、無理やり雪山へ放り出される手はずになっていた。遥子の声は、今にも切れそうな糸のように細い。「彼は言ったの。私が小さい頃からずっと彼と一緒に育ったから、世界が狭すぎるんだって、だから、彼に執着しちゃうんだって」それを聞いた私は、思わず声を荒らげる。知能が人並みではない、足の不自由な女の子を雪山に登らせるなんて。「デタラメだわ。それじゃあ、あなたに死ねと言っているようなものじゃない」痛ましげに遥子を見つめると、彼女は小さく頷いた。「知ってる。でも、いいの」私は言葉を失う。あまりに純粋すぎるこの娘は、いいように騙されているのではないか。「遥子、死ぬっていうことがどういうこと
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