東亜リンクス商事の不正疑惑に、綾乃の名前が関わっている―― そんな噂は、いつの間にか静かに消えていた。 訂正記事も、大々的な謝罪もない。 ただ、最初から存在しなかったかのように、話題が流れていった。(……晴れた、はずなのに) デスクに向かいながら、綾乃は小さく息を吐く。 仕事は滞りなく進み、周囲の視線も以前より穏やかだ。 それでも、心だけが、取り残されたままだった。 あの写真。 九条玲司と、南條沙耶。 “誤解だ”とも、“事実だ”とも、玲司は何も言わなかった。 それが一番、胸に残っている。 夜、邸宅に戻っても、変わらない距離。 変わらない無言。 まるで、最初から夫婦ではなかったかのように。(私……こんなに、平気じゃなかったんだ) それに気づいたのは、和真からの連絡だった。『久しぶりに、顔見ない?変な意味じゃなくて』 幼馴染らしい、軽い文面。 断る理由も見つからず、綾乃は「うん」とだけ返した。 待ち合わせたのは、子どもの頃から馴染みのあるホテルのラウンジ。 和真は先に来ていて、綾乃を見つけると、柔らかく手を上げた。「変わらないな、綾乃」「和真も」 向かい合って座ると、不思議と肩の力が抜ける。 財閥の令息同士、環境は似ているはずなのに、和真の前では、役割を演じなくてよかった。「……色々、大変だっただろ」 そう言って、和真はそれ以上踏み込まない。 事情を知っているからこそ、聞かないという選択。 その優しさが、胸に沁みた。「ねえ、和真」 気づけば、綾乃の方から口を開いていた。「私ね……今まで、寂しいって思ったこと、なかったの」 結婚生活も、静かで、穏やかで、そういうものだと思っていた。「でも……」 言葉が詰まる。 沙耶が、玲司の背中に腕を回していた、あの写真。 自分でも驚くほど、心が揺れた。「……思ったより、ダメージ、受けてたみたい」 和真は、何も言わずに聞いていた。 励ましもしない。否定もしない。 ただ、そっとカップを綾乃の方へ寄せる。「綾乃はさ」 静かな声で、和真が言う。「強いから。でも、我慢が“平気”と同じだと思ってるところ、あるよな」 その一言で、胸がぎゅっと締めつけられた。 優しさに、触れてしまった。 幼い頃から知っている、無条件でこちらを気遣う視線。 綾乃は、自分の中
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