不正という言葉は、いつも唐突に現れる。それまで積み上げてきた実績も、肩書も、信用も――たった一度の疑念で、すべてを塗り替える。鷹宮綾乃が「調査する側」から、「調査される側」に回ったのは、ある資料が提出された瞬間だった。「これは……」外部監査チームが提示したのは、海外エネルギー開発プロジェクトに関する送金記録の写し。送金承認者の欄に、はっきりと記された名前。――鷹宮 綾乃。「承認した覚えは、ありません」即答だった。記憶は、はっきりしている。だが、担当者は静かに首を振る。「電子承認の履歴が残っています。IDも、パスワードも、本人のものです」それは、“否定できない形”で用意されていた。(……完璧すぎる)不正は、ずさんだから露見するわけではない。最初から、誰かに被せるつもりで作られたものほど、綺麗だ。綾乃は、その場で理解した。――これは、偶然ではない。――狙われている。しかも、ただのスケープゴートではない。「もう一つ、気になる点があります」監査チームの一人が、資料をめくる。「この送金先ですが、九条ホールディングス関連会社と、間接的につながっています」その瞬間、空気が変わった。(来た……)「九条ホールディングスは、本件について“無関係”だと説明していますが」意味深な間。「奥様が関係者である以上、完全に切り離すのは難しい」――つまり。綾乃が疑われているのは、不正をしたからではない。九条ホールディングスとつながる“立場”にいるから。その夜。九条邸の書斎で、玲司は静かに資料を読み込んでいた。「これは、俺たちを一緒に沈める構図だな」「ええ」綾乃は、短く答える。「私個人の不正に見せかけて、九条ホールディングスも疑惑の輪に入れる」玲司は、口元を歪めた。「やり方が、古い」「でも、効果的よ」綾乃は続ける。「“夫婦”という関係がある限り、完全な否定はできない」そう。結婚は、今や鎖だ。玲司は、ふと視線を上げる。「……なぜだと思う?」「何が?」「なぜ、俺と君の結婚が、ここまで都合が悪いのか」その問いに、綾乃は一瞬、答えを躊躇った。だが、隠す必要はない。「九条ホールディングスは、次の大型再編で“中核”になる」玲司は頷く。「そこに、鷹宮財閥の血が入る」「ええ」綾乃の声は、静かだっ
Dernière mise à jour : 2026-02-23 Read More