その店は、都心から少し外れた場所にあった。 表通りから一本入った静かな通りに、控えめな看板だけが掲げられている。知らなければ通り過ぎてしまうような場所だ。 会員制のラウンジ。 重厚な扉の向こうには、外界とは切り離されたような落ち着いた空間が広がっている。 外からは中の様子がうかがえず、照明も音も、すべてが控えめに設計されている。 間接照明が柔らかく壁を照らし、低く流れる音楽が空気に溶け込んでいる。 ここに集まる客たちは、誰も声を張り上げない。 秘密を守る場所という空気が、自然と人の振る舞いを静かにさせていた。 南條沙耶は、奥のソファに腰を下ろし、足を組み替えながら、グラスに入ったシャンパンを軽く揺らしていた。 淡い金色の液体が、グラスの中でゆっくりと波打つ。 艶のあるマニキュアを施した指先が、照明を反射する。 深い色合いのネイルは、完璧に整えられていた。 指先の動きひとつまで、計算されたように美しい。 沙耶は、ゆったりと背もたれに身体を預けながら、店内の静けさを眺めていた。 人の気配はあるのに、騒がしさはない。 こういう場所は、嫌いではない。 ほどなくして、男が現れる。 神崎和真だった。 ジャケットを軽く羽織り、店内の暗さに慣れるように視線を動かす。 やがて沙耶を見つけると、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。「遅れてごめん。こういう場所、久しぶりでさ」 軽い調子。 まるで気心の知れた友人に話しかけるような口ぶりだった。 いつも通りの、人当たりのいい笑顔。 沙耶は、ちらりと視線を上げただけで、すぐに指先へと戻す。「あなた、相変わらずね。 ……でも、今日は機嫌が良さそう」 和真は肩をすくめ、グラスを手に取った。 テーブルに置かれていたシャンパンを、自然な動作で口に運ぶ。「まあね。 もうすぐ――綾乃が、手に入りそうだから」 その言葉を、まるで天気の話でもするように、嬉しそうに言う。 沙耶の唇が、ゆっくりと弧を描いた。「奇遇ね。私もよ」 グラスを傾けながら、ささやく。「玲司が落ちるのも、時間の問題だわ」 和真は、楽しそうに笑った。「順調じゃない。……じゃあ、綾乃のこと、早くモノにしちゃってね」 沙耶は、そう言って、爪先を眺める。 照明の下で、マニキュアが滑らかな光を放っていた。 新しく塗ったマニキュ
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