南條沙耶が執務室を出て行ったあと、室内には、奇妙な静けさが残った。 ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた気がして、玲司は無意識に視線を落とす。 握っていたペンを、ゆっくりとデスクに置く。 そのまま、こめかみを軽く揉み、深く息を吐いた。 ――余韻だけを残して去っていく。 沙耶は、そういう女だ。 玲司は、インターホンに手を伸ばした。「寺崎を呼べ」 短く、それだけ告げると、立ち上がる。 窓際へ歩き、しばらく吸っていなかったタバコを取り出した。 火をつける指先は、わずかに硬い。 寺崎。 九条ホールディングスの“裏”を引き受ける、玲司の側近の秘書。 肩書は秘書だが、実際に玲司と行動を共にするのは、海外に行ったときだけだった。 公式の場に立つことはほとんどない。 だが、玲司が本当に信頼している数少ない男だ。 数分後、執務室のドアがノックされる。「入れ」 玲司の声に応えるように、ドアが静かに開いた。「社長、お呼びでしょうか」 長身で、鋭い目つき。 しかし、無駄のない洗練された所作。 寺崎は、視線を過不足なく保ったまま、室内に入ってくる。「寺崎、仕事だ」 その一言で、すべてを察したように、寺崎は黙って頷いた。「今回の件、最初からすべて調べて報告しろ」 玲司は、まっすぐに寺崎の目を見る。 探るでもなく、試すでもない。 命令だった。 寺崎も、同じように玲司の目を見つめ返し、「承知いたしました」 それだけを言うと、踵を返し、執務室のドアを出て行った。 説明はいらない。 確認も不要だ。 寺崎は、普段から九条ホールディングスと玲司の周囲の動向に、常に目を光らせている。 玲司が具体的に指示を出さなくても、今、何が必要かを理解できる男だった。 今回の調査も、同じだ。 ――東亜リンクス商事の不正は、どこから始まったのか。 ――九条ホールディングスに向けられた献金疑惑は、誰の手で流されたのか。 ――そして、そこに、綾乃はどう関わっているのか。 さらに言えば。 南條沙耶と、神崎和真。 二人が、裏で何をしているのか。 寺崎なら、すべてを洗い出してくる。 そう確信できた。 玲司は再び窓際に立つ。 もう一本、タバコに火をつけ、深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。 煙が、執務室の空気に溶けていく。(今の、俺たちのよ
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