九条ホールディングス本社。最上階の大会議室には、異様な緊張が漂っていた。取締役全員。主要株主。法務、内部監査、情報セキュリティ責任者。玲司は、会議の中央席に座り、資料も見ずに静かに口を開いた。「本日は、九条ホールディングスに対して行われた組織的な信用毀損行為について、事実確認と、対応方針を決定するための場です」スクリーンが点灯する。最初に映し出されたのは――音声データの解析結果だった。「こちらは、外部に流出した“九条に不正献金を示唆する音声”です」専門部署の責任者が説明を引き継ぐ。「改ざんは、非常に高度です。単なる切り貼りではありません」波形が拡大される。「実際には別々の会話を、“母音の残響”と“呼吸音”を調整することで、一続きの自然な会話に再構成しています」取締役の一人が息を呑む。「さらに、九条・献金・了承といった単語だけ、人の聴覚が印象づけやすい周波数帯に寄せられている」「聞いた人間が、“あったはずだ”と脳内で補完するよう誘導する構造です」玲司が静かに言った。「プロの仕事だ。個人ではない」次に映されたのは、東亜リンクス商事の不正送金記録。「不正送金自体は、事実として存在します」法務責任者が続ける。「しかし、送金ルート、決裁権限、承認者――いずれにも、九条…鷹宮綾乃の名前は一切存在しません」画面には、決裁フロー図。「彼女は、意図的に“関与しているように見える位置”に置かれただけです」「結果として――」玲司が淡々と補足する。「妻は解雇されなかった。だが、エネルギー部課長の職は外された」会議室が静まり返る。「これは、偶然ではない。社会的信用を削るための最適解だ」次に、グラフが表示される。九条ホールディングスの株価推移。「不正献金疑惑と、夫婦不仲説が同時に流された三日間で、株価は7.8%下落」数字が示される。「時価総額換算で、損害額は――約三百二十億円」株主の一人が低く唸った。「ここまでが、“九条に与えられた被害”です」玲司は一拍置き、次の資料を映した。会員制ラウンジでの録音。酒に酔った男の声。――「綾乃は、そのうち俺のものになる」――「九条玲司? 怖くない。ちゃんとバックがある」編集痕なし。加工痕なし。「神崎和真本人の肉声です」玲司は、そこで初めて視線を上げた。「以上
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