Semua Bab 気づいたら後輩に飼われてた: Bab 11 - Bab 20

29 Bab

第十一話 独占

 理人は宣言した通り、次の日からきちんと管理を再開した。 朝の迎え、昼の弁当、水曜の夕飯、週末の買い物と作り置き。すべてが元に戻った。 けれど、完全に元通りではなかった。理人の目つきは以前より硬く、ふたりの間の距離がほんのわずか遠くなった気がした。肩は触れない。目は合わせるが、長くは見ない。管理は戻ったが、なにかが変わっていた。 それでも、理人が隣にいるだけで直はほっとした。あの数日間の空白が、まだ身体の中に残っている。隣に誰もいない朝がどれだけ心細かったか。もう二度とあんな思いはしたくなかった。 そして、元カノのことがあった日の帰り道のことも思い出した。「連絡先消してください」。あの声。「管理者として終わります」。あの目。管理じゃないなにかが理人の中にある。それがなんなのかはわからなかったが、あの日以来、直は理人を見るたびに少しだけ緊張するようになっていた。  水曜日は、いつもなら理人と一緒に帰って夕飯を共にする日だ。夕飯を共にする日だ。けれど直には午後から打ち合わせが入っていた。「今日、フィールクラフトで打ち合わせだ。長引いたら直帰するかも。先に帰っててくれるか」「わかりました」 理人は短く返事をした。表情に変化はなかった。「相沢さんと倉庫と店舗を回る予定だ」「……そうですか」 相沢の名前を出した瞬間、理人の声がわずかに硬くなった。前にもこうだった。相沢の名前を聞くと、理人の空気が変わる。 先に帰っててくれ、と言ったとき、理人の箸が一瞬止まった気がした。けれどすぐに弁当に目を落とした。気のせいだったかもしれない。 ――先に帰ってて、なんて恋人に言うみたいだな。 直は苦笑いした。「どうしたんです?」「いや、なんでもねえ」 屋上には梅雨前の湿った風が吹いていた。◆ 午後。相沢と一緒に倉庫と店舗を回った。 倉庫では在庫管理の現状を確認し、実店舗では接客の流れと売り場のレイアウトを見せてもらった。
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第十二話 生活崩壊

 理人にキスされた。 その事実が、頭の中を埋め尽くしていた。 なんであんなことをしたのか。「自分でもわかりません」と理人は言った。そして、わからないまま唇を押し付けてきた。怒っていたのか。苛立っていたのか。それとも--。 いや、そんなはずはない。 いろんなことを考えすぎて、夜は眠れなかった。ベッドの中で何度も寝返りを打った。目を閉じるたびに理人の顔が浮かぶ。壁に押し付けられたときの衝撃、唇の熱、震えていた指先。「すみません」と言って去っていった背中。 唇にそっと指を当てた。まだ感触が残っている気がする。やわらかくて、熱くて。嫌じゃなかった。その事実が、余計に眠れなくさせた。 嫌じゃなかったことの意味を、考えたくなかった。考えると、どこか知らない場所に連れていかれそうで。 気づけば空が白んでいた。結局、一睡もできなかった。◆ 朝、いつもより早く身支度を整えた。冷蔵庫を開けると、理人の作り置きが残っていた。水曜に理人が来なかったので、作り置きは今日の夕飯までの分しかない。それを温めて食べた。理人の作る味がした。 八時になった。いつもなら理人がインターホンを鳴らす時間だ。 鳴らなかった。 直はソファに座って、玄関のドアを見つめていた。テレビの朝の情報番組が流れているが、内容は頭に入ってこなかった。 五分過ぎた。もしかしたら電車が遅れているのかもしれない。 十分過ぎた。来ない。連絡もない。 直はスマートフォンを確認した。理人からのメッセージは入っていなかった。 理人に限って、連絡なしで来ないなんてあり得ない。遅れるなら「遅れます」と送ってくる。来られないなら「今日は迎えに行けません」と連絡がくる。それすらないのは、初めてだった。 十五分経った。そろそろ出ないと九時に間に合わない。フレックスだから遅刻にはならないが、理人に管理されるようになってから九時出社が当然になっていた。 胸がざわついた。電話をかけた。コールが何度も鳴る。出ない。 もう一度かけた。出ない。
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第十三話 合鍵の意味

 理人から距離を置かれるほど、直の中のモヤモヤは増していった。 昨日の夜、「会いたい」とメッセージを送ってしまった。既読はつかなかった。朝になっても既読はつかなかった。何度もメッセージを確認するなんて、まるで気持ちの重い恋人みたいだ。 ちょっと会えないだけで、こんなに落ち着かないなんて。相手は後輩だ。生活を管理してくれていた後輩。それだけのはずなのに。 ――でも、恋人じゃないんだよな。 先輩と後輩。管理する側と、される側。それだけの関係だったはずだ。なのに、隣がぽっかり空いているのが、虚しくてさみしくて仕方がない。キスされてから、その感覚がさらにひどくなった。あの路地で唇が触れた瞬間から、なにかが狂ってしまった。 朝、アパートを出て空を見上げた。分厚い雲が空を覆っていて、今にも雨が降りだしそうだった。「あー。もう、終わるのかな……」 無意識に口にしていた。終わる。なにがだ。始まってもいない。恋人でもない。ただの同僚だ。終わるもなにもない。 なのに、「終わる」という言葉が出てきた自分に、直は苦笑した。終わるという言葉が出るのは、そこになにかがあったからだ。名前はつけられないが、確かにそこに「なにか」があった。 駅までの道をひとりで歩く。ここは、理人と一緒に歩いていた道だ。理人の歩幅に合わせて歩いていた道だ。ひとりだと歩くペースがわからなくなる。速すぎるのか、遅すぎるのか。基準がない。理人が基準になっていたことに、今さら気づく。◆ 会社に着くと、理人はまだ出勤していなかった。空席の理人のデスクを横目に通り過ぎて、自分の席に座る。 しばらくすると、斜め後ろの席に理人が座る気配がした。鞄を置く音。椅子を引く音。キーボードを打ちはじめる音。直は振り返らなかった。振り返ったところで、目を合わせてもらえない。それがわかっているから。 けれど理人が後ろにいるだけで、空気が変わる。さっきまで空っぽだった空間に、人の気配が満ちる。直はそれだけで少し安心している自分に気づいて、情けなくなった。 午前中は仕事に集中しようとした。けれど、
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第十四話 噂

 金曜日の朝、久しぶりに直の家のインターホンが鳴った。 直はいそいそと玄関に向かった。「おはよう」「おはようございます」 玄関前に理人が立っていた。白いシャツにネイビーのパンツという、いつもの格好だ。肩に雨粒が少しついている。直は口元が緩みそうになるのを堪えた。「今日も雨だな」「一日降り続くようです。折り畳みじゃないほうがいいですよ」「おう」 直がしゃがんで靴を履いていると、頭上から理人の声が降ってきた。「……ひどいですね」「え? なにが」「先輩の部屋です」 玄関から見える部屋の中は、また散らかっていた。玄関脇にはゴミ袋が積まれ、シンクには洗い物が溜まっている。理人がいなかった期間の痕跡が、そのまま残っている。「うっ……。だから言ったじゃねえか」「明日、掃除しにきます」「……頼む」「先輩は自分で掃除しないんですか」「いや……まあ……やろうとは思ってんだけど」「別にいいです。俺がします。行きましょう」「……おう」 玄関に鍵をかけると、直と理人は駅に向かって歩き出した。傘を差すと、理人が自分の傘を少し直の側に傾けた。いつもの癖だ。自分が濡れても直が濡れないようにする。そういう小さなことの積み重ねが、理人らしかった。 この感じ、久しぶりだ。隣に理人がいる。ぽっかり空いていた場所が、理人の存在で埋まっている。 直は横目で理人を見た。いつもの無表情。いつもの歩幅。なのに、こんなに安心する。口元が緩みそうになるのを堪えるのが大変だった。◆ オフィスに入ると、空気が違った。「ういーっす」 挨拶をしたが、返事がまばらだった。いつもなら「おはよう」と返してくれる同僚が、こちらをちらりと見て目を逸らした。
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第十五話 宣言

 週末、理人が掃除に来てくれた。 キッチンに溜まった食器を洗い、床に散乱していたコード類をまとめ、ゴミ袋を三つ分作った。直が手伝おうとすると、理人に「座っていてください」と言われた。「先輩は時間があっても掃除しないんですね」 手を止めることなく理人は言った。けれど嫌味っぽくはなかった。「悪いかよ……」「いえ。俺がやるので大丈夫です」 直は、理人が作業する様子をぼんやりと眺めていた。手際がいい。迷いがない。まるで直の部屋を、直自身よりも熟知しているみたいだ。よく使うものは手の届きやすいところにまとめてくれる。充電器はベッドの横。リモコンはソファの肘掛け。ゴミ箱の位置も変えてある。前より動きやすい場所に。痒いところに手が届くというのは、こういうことだ。直がどうすれば過ごしやすいか、考えながら配置してくれている。 きれいになっていく部屋を見ながら、胸の奥が痛んだ。 心地いい。理人がそばにいると、安心する。けれど、この心地よさを享受し続けることが、理人のキャリアを壊している。課長の言葉が頭から離れない。「神谷に昇進の話が出ていた」「今回の件で話が止まっている」。異動の噂も出ている。全部、直のせいだ。 理人は「自分で決める」と言った。「変わらない」と言った。けれど直はもう、それに甘えていいとは思えなくなっていた。 掃除が終わると、理人は作り置きも作ってくれた。そのあと夕飯も一緒に食べた。ひとりで食べるスーパーの惣菜は味がしなかったのに、理人がいるだけでなにを食べてもうまかった。理人の肉じゃが。理人の味噌汁。直の好みの味付け。 ふたりで食卓を囲むのは久しぶりだった。向かい合わせで食べた。テレビはつけなかった。テレビがなくても、理人がいると静かでも落ち着く。「先輩、箸の持ち方、相変わらずですね」「うるせえ」「直したほうがいいですよ」「今さらだろ」 こんなやりとりが、こんなに心地いい。 直は箸を運びながら、理人に笑顔を向けた。理人も、ほんのわずかに口角を上げていた。笑っている、とい
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第十六話 静かな日常

 自分から距離を置こうと言ったのに、気持ちが落ち着かない。 普通に接することができると思っていた。ただ先輩と後輩に戻るだけだ。理人が管理するようになる前に戻るだけ。それだけのことのはずなのに、朝起きるたび、隣にいるはずの人がいないことに胸がざわついた。 インターホンは鳴らない。八時になっても、八時十分になっても鳴らない。もう鳴らないとわかっているのに、つい玄関のほうを見てしまう。 ひとりで家を出て、ひとりで駅に向かう。梅雨が明けかけていて、朝から蒸し暑い。ぽっかり空いた右側がさみしい。理人がいたころは、この道を歩く時間が好きだった。たいした会話はしない。「今日の予定は」「フィールクラフトの件は」「昼は屋上で食べましょう」。それだけの言葉を交わしながら歩く。けれど隣に理人がいるだけで、朝の空気が違った。 会社に着くと、理人はすでに出勤していた。「おはよう」 通り過ぎざまに挨拶すると、「おはようございます」と返事をしてくれる。けれど、その声にあたたかみはなかった。誰にでも向ける声のトーン。「承知いたしました」と言ったあの日から、理人の敬語はずっとこうだ。目も合わせない。直が通り過ぎても、キーボードを打つ手を止めない。 仕方ない。自分で決めたことだ。 席について仕事をはじめると、理人がやってきた。「先輩が担当しているこちらのクライアントのデータをまとめていただけますか」 胸が一瞬高鳴った。理人のほうから来てくれた。けれどすぐに気づいた。業務の話だ。それ以外はしないと、あの日理人は言った。「お仕事に差し支えないよう、業務上の連絡は従来通り行います」。その言葉通りだ。「おう。今日中でいいか」「はい。助かります」 理人は他に言葉を交わすこともなく、自席に戻った。目も合わせなかった。用件が済むと、理人はそれ以上そこに一秒もいない。 業務上の会話。それだけで胸が高鳴った自分が、情けなかった。声をかけられただけで、なにかを期待していた。もしかしたらいつもの「先輩、コーヒー入れましたよ」が聞けるかもしれないと。「先輩、今日の弁当は鶏の照り焼きです」と言ってくれ
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第十七話 拒絶

 理人と距離を置いて一か月が経った。 生活は、もう手がつけられないほど崩れていた。 朝はフレックスぎりぎりまで寝て、朝食は食べない。昼はおにぎりかパンだけで済ませる。残業が当たり前になり、毎日終電で帰る。理人に管理されていたころの規則正しい生活が嘘のようだった。 その日もなんとか終電で帰って、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ。梅雨が明けて、夏本番だ。汗をかいた身体のまま眠るのは気持ち悪いが、それよりも少しでも長く眠りたかった。 朝、重たい身体を起こして脱衣所に向かった。鏡を見て、ぎょっとした。目の下に真っ黒なくま。肌に艶がない。髪もぱさぱさだ。一気に五歳ぐらい老けて見える。理人に管理されていたころは、「最近肌きれいになったね」と梨沙に言われたこともあったのに。「……ひでえ顔」 シャワーを浴びて部屋に戻ると、朝の光が散らかった部屋を照らしていた。足の踏み場がない。雑誌が床に散らばり、ゴミ箱からゴミが溢れている。キッチンにはビールの空き缶がいくつも並んでいた。シンクには三日分の食器。洗濯物は椅子とベッドの上に山になっている。「ゴミ屋敷じゃねえか……」 荒れ果てた部屋を見て苦笑いした。 ――先輩は時間があっても掃除しないんですね。 脳裏に理人の声が響いた。あきれたような、けれどどこかやさしい声。もう聞けない声。 そうだよ。どうせ料理も掃除もできない。悪いかよ。 頭の中で理人に文句を言った。言い返す相手は、もういないのに。◆ 会社では、理人は一貫して距離を保っていた。業務連絡以外は一切話しかけてこない。目も合わせない。すれ違っても、直が存在しないかのように通り過ぎる。 一か月前までは毎朝迎えに来てくれて、弁当を持ってきてくれて、三時にはコーヒーを淹れてくれて、帰りは一緒に歩いてくれた。それが全部なくなった。もう一か月も。 社内では「あのふたりは終わった」という噂が流れていた。それを聞いたとき、直は苦笑いした。始まってもいないのに、終わるもなにもない。けれど、
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第十八話 自覚

 もうボロボロだ。 理人に会えたのに、完全に拒絶された。「距離を置いたほうがいいと思っています」。あの冷たい声がまだ耳に残っている。 けれど、一度だけ目が合った。あの一瞬、理人の瞳の奥になにかが見えた気がした。「簡単じゃないんです」。あの声は、距離を置きたい人間の声じゃなかった。 それがなにかわからない。直はぐしゃっと頭を抱えた。 どうしたらいいんだ。どうしたらあいつは戻ってくるんだ。どうしたら。 考えてもなにも浮かんでこない。ただ、胸の奥がずっと痛い。◆ 浮かない顔で仕事をしていると、水城がやってきた。「夏目。お前なんだよ、そのツラ」「……そんなひどいか」「ひでえよ。死にそうな顔してる」「……マジか」「ちゃんと飯食ってんのか」 斜め後ろに理人がいる。食べられていないとは言えなかった。「……それなりに」「嘘つけ。まあいいわ。今日、帰りに飯食って帰るか」「……おう」「頼んだぞ。死なれたら寝覚め悪いからな」 水城がぽんと肩を叩いた。 仕事を終えて、水城と会社の近くの居酒屋に入った。カウンター席に並んで座った。まともな食事は相沢と定食屋に行って以来かもしれない。「とりあえずビールな。あと焼き鳥と枝豆と……お前なに食いたい」「なんでもいい」「なんでもいいって言うやつが一番困るんだよ。じゃあ唐揚げと冷奴も頼むぞ」 ビールが来て、グラスを合わせた。ひと口飲んだ。しばらく酒を飲んでいなかったからか、アルコールが身体に染み込んでいくのがわかった。水城が次々と料理を注文して、直の前に並べてくれた。「食え。痩せすぎだ。お前、何キロ落ちた」「……わかんねえ。体重計乗ってない」「乗れよ。栄養失調で倒れたらシャレ
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第十九話 追う側

 理人に会うと心に決めた。 それなのに、会えなかった。 本当に同じ会社にいるのかと疑いたくなるほど、理人とはすれ違いばかりだった。理人の席は直の斜め後ろだ。毎日、同じオフィスにいる。わずか数メートルの距離だ。なのに、その数メートルが果てしなく遠い。 理人に会うには、まずは自分のことをしっかりこなさなければならない。ボロボロの姿で会いに行っても、なにも伝わらない。 朝、つらい身体を起こして出社する。恋を自覚してから、直は生活を立て直そうとしていた。おにぎりと味噌汁ぐらいは食べる。寝癖は直す。ヨレた服は避ける。ボロボロのまま理人の前に立ちたくなかった。 理人はもう席にいる。声をかけようとするが、直が近づくと理人が席を立つ。電話がかかってきたのか、ほかに用事があるのか。判断がつかない。けれど、タイミングがよすぎる。直が近づくたびに、理人がいなくなる。 昼、理人の席に行くと外出中だった。隣の席の同僚に聞くと「午後まで戻りません」と言われた。帰社を待って夕方に行くと、すでに退勤した後だった。以前ならスケジュール共有アプリで理人の予定を確認できた。今はそのアプリの理人の欄が真っ白だ。理人がいつ出社して、いつ外出して、いつ帰社するのか。なにもわからない。 火曜日。朝いちばんに理人の席に行った。理人が顔を上げた。一瞬だけ目が合った。「神谷、ちょっと話――」「申し訳ありません。九時から外出です」 理人は鞄を持って立ち上がった。逃げるように、ではなく、あくまで自然に。予定があるから席を立つ。それだけのことだ。声も表情も、あの日以来ずっと変わらない。言葉遣いは、他人行儀な敬語のままだ。けれど直には、避けられているとしか思えなかった。 水曜日。帰りの時間を狙った。退勤の気配を察して、直も立ち上がった。けれどエレベーターホールに着いたとき、エレベーターのドアが閉まるところだった。隙間から、中に理人がいるのが見えた。目が合った。理人の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。けれどドアは閉まった。直は閉じたドアの前に立ち尽くした。「……なんだよ」 ガックリと肩を落とした
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第二十話 崩壊

 理人が大阪に異動するまで、あと二週間。営業日でいえば十日だ。 その中で、絶対に理人と話す。 あれだけ一緒にいたのに、理人の住んでいるマンションすら知らない。家を知っていれば待ち伏せもできるのに、それすらできない。自分がどれだけ一方的に甘えていたかが、ここにきてまた突きつけられる。 仕方がないので自分の仕事をこなしつつ、常に斜め後ろの席へ意識を向けた。理人が帰る瞬間を逃さない。それだけに集中した。 夕方。理人が帰り支度を始めた。直も急いで鞄を掴んで席を立った。 エレベーターホールに着くと、ちょうどドアが閉まるところだった。直はその隙間に身体を滑り込ませた。 中には理人だけがいた。理人が一瞬目を見開いたが、すぐに無表情に戻った。「話がある」「俺はありません」「お前になくても、俺にはある」 理人はなにも言わなかった。エレベーターが一階に着く。ドアが開いた瞬間、理人は大股で出口に向かった。「待てって」 直は追いかけた。ビルを出て、駅へ向かう道を進んでいく。理人の歩幅は広くて速い。直は走って追いついて、腕を掴んだ。「なんで逃げるんだよ」「逃げてません。帰っているだけです」「だから、話があるって言ってるだろ!」 声が大きくなった。通りがかりの人がちらりとこちらを見た。 理人がため息をついた。「……ここでは目立ちます。うちに来てください。十分ぐらいで着きます」「……おう」 直は理人の腕を離せなかった。手を離せば逃げてしまいそうだったからだ。理人はそれを振り払わなかった。ふたりは黙って歩いた。◆ 理人のマンションは、本当に会社から近かった。 こんなに近くに住んでいるのに、直のアパートまで毎朝三十分かけて迎えに来てくれていた。それを思うと、胸が締めつけられた。 部屋に入った。1LDKの部屋は、きれいに片付いていた。物が少ないのが理人らしい。生活
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