All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 511 - Chapter 520

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第511話

もともと、相手を見て自分の態度を決める胡桃なので、利明の鋭い視線を受けた途端、さっと智也と正人の背中に隠れた。この病室でまた言い争いが始まるのではないかと気が気でなかった正人は、ため息をつきながら利明をなだめる。「神谷さん、もうお帰りください。本当に柚葉さんの力になりたいなら、来週の裁判でどうすれば賠償額を少しでも減らせるか、そのことを考えてあげたほうがいいと思いますよ」「裁判?賠償金?」「ええ。借りたものは、いつか必ず返さなきゃいけないですからね。誰だって、皆同じです。智也だって例外ではありません」利明は思わず、女に使った金を取り返そうと裁判を起こすなんて、それでも男か、と言いかけた。しかし、智也だって例外ではない、という一言に違和感を覚えた。そして、そこでようやく気づいたのだ。どういう裁判かも理解した。誰が訴えたのかも……ようやく利明を帰すことができた正人は、胡桃に言った。「智也に水を持ってきてやれ。薬を飲む時間だ」胡桃は素直に従った。両親と智也に見放されたら、本当に自分一人で生きていかなければならない。疲れ果てていた智也は、椅子に腰を下ろすと、正人を見つめた。「しばらく迷惑をかけるよ。病院を離れられそうにない」正人は頷くと、真剣な表情で尋ねた。「本当に車も家も全部売るつもりか?俺にだって少しなら……」「大丈夫だ」智也は丁重にその申し出を断る。「車も家も売れば、母さんの手術代と、その後の治療費くらいにはなる」「それじゃ、智也はどこに住むんだ?」「南山ヒルズに借りている家がある」正人は複雑な気持ちになった。賃貸と持ち家では意味が違ってくる。その時、水を持って戻ってきた胡桃が慌てて口を開いた。「お兄ちゃん、家を売るの?どの家?お兄ちゃんの?お父さんとお母さんの?それとも私の分?」あれは自分の将来のために用意された、大切な財産なのに!智也は胡桃を見据える。「全部だ」つまり、胡桃のものも売りに出すということ。胡桃の目が一瞬で赤くなった。「本当に全部売っちゃうの?凛さんは柚葉さんに20億円以上の返済を求めて裁判を起こしているんでしょ?だったらそのお金、凛さんから少し分けてもらえないの?あれは本来、お兄ちゃんのお金なんだから、離婚したからって、夫婦のお金だったことまでなくなるわけじゃないでしょ?
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第512話

美雪にそう言われたものの、柚葉の心は晴れなかった。裁判で勝つのが難しいことは、柚葉自身が誰よりも理解している。それでも、弁護士に依頼したのは、返済額を少しでも減らすため。結局、お金が足りないことには変わりなかった。柚葉はゆっくりと利明へ視線を向ける。その視線に気づいた利明が、穏やかに尋ねた。「どうした?」柚葉は静かに首を振り、二人に向かって言った。「私を信じて助けてくれてありがとう。でも凛さんは今、社会的地位も高く、竹内グループの竹内社長もついてる。だから、私は……」柚葉は視線を落とし、小さくつぶやく。「凛さんに勝てっこないの……」利明の眉間に皺がよった。「竹内社長もこの件にずっと関わっているのか?」柚葉はうなずいた。「凛さんの弁護士も、彼が手配したの」利明は横目で妹を見る。海斗の話になれば、美雪が傷つくのではないかと思ったのだ。しかし美雪は、わずかに笑みを浮かべただけだった。「この前、竹内家を訪ねた時には、もう海斗さんは凛さんをご両親に紹介していたから。二人はとても仲が良さそうだったわ」「だから、あいつはやめとけって言っただろ?」利明は美雪のことも気がかりだったし、柚葉の体調と、この先待ち受ける裁判も心配だった。そこで、利明は光に会うことにした。スマホに保存されていた契約書は一枚だけで、全体が見えない。どこか腑に落ちない部分があったのだ。光に会おうとする利明を、柚葉は慌てて止めた。「そんな必要はないから」美雪はそんな柚葉を一瞥し、それから兄へ向き直る。「お兄ちゃん、この件は宮本先生に任せておけば大丈夫だよ。お兄ちゃんも、せっかく時間ができたんだから、病院で柚葉さんのそばにいてあげて。私はこれから撮影で忙しくなるから」利明はうなずいた。「わかった。美雪も無理するなよ。それに、薬だけはどこへでも持っていけ」「わかってるよ」美雪は利明と別れの挨拶を交わすと、ベッドにいる柚葉にも声をかけた。「何かあればお兄ちゃんを使って。お兄ちゃんもその方が喜ぶはずだから」柚葉は顔を上げて微笑んだ。「ありがとう、美雪ちゃん」「友達でしょ。気にしないで」そう言い残し、美雪は病室を後にした。病院を出るとすぐ、美雪は光に電話をかけた。「どんなに難しい状況でも、柚葉さんの損失を最大限抑えてください。特に、評判へのダメージ
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第513話

「もっと堂々としていていいんですよ?」と、千晴は言った。二人は廊下で向かい合って立っていたのだが、財閥令嬢同士が静かに火花を散らしている空気に、社員たちは近くを通ることすらためらう。美雪が穏やかな表情のまま口を開いた。「そういえば以前、瑶子さんが海斗さんに、千晴さんと親しくしてみたらどうかって勧めていました。でも今、海斗さんは凛さんと一緒にいます。そのせいで、ホシゾラ・テクノロジーは一人の優秀な人材を失った。これも、凛さんが智也さんを許さなかったからって言えますよね?」「それがどうしたんですか?」千晴は美雪を上から下まで見据える。「私、竹内社長みたいな堅物には興味がないんです。それに、智也のことは彼の自業自得ですから。彼みたいな状況の人を会社に置き続けたら、ホシゾラ・テクノロジーの将来のほうが心配になりますので」美雪は返した。「おっしゃる通りですね。私の考えが浅はかでした」二人の会話はそこで終わった。千晴は美雪が会議室へ入っていく背中を見送りながら、静かに目を細める。美雪という人間は、本当に食えない。誠実そうで、その言葉のどこまでが本心なのか分からないのだ。利明よりもずっと腹の内を隠すのが上手い。神谷家の人間らしいのは、むしろ彼女のほうだろう。会議室に入る前、千晴は悠真に連絡し、凛の連絡先を送るよう頼んだ。しかし、悠真から返事がないため、今度は策にメッセージを送る。策からはすぐ返信があったが、本人の許可が必要だというので、千晴は待つことにした。すると、策から一枚の写真が送られてきた。高山病に苦しみ酸素マスクをつけている悠真の姿。【G県にいるの?】【ここに患者さんがいるからね】【悠真の高山病、そんなにひどいの?ちゃんと診てあげて。必要なら薬も飲ませてあげてくれる?こんなに重いなら無理に行かせるんじゃなかった。駄目そうなら先に帰らせて】【大丈夫。俺以外にも、今施設には別の医者もいるから】【それにしても、なんで急に凛さんの連絡先なんか聞いてきたの?】【女同士の話。気にしなくていいから】千晴は携帯をしまい、そのまま会議室に入る。会議が終わり携帯を確認すると、策が凛の許可を得て、連絡先を送ってくれていた。千晴は凛を友達追加し、「こんにちは」というスタンプを送った。ちょうど、弟からも同じ連絡先が
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第514話

凛が画像を拡大すると、そこには智也がマンションを売りに出している投稿が映っていた。それは、あの3LDKの部屋ではなく、谷口家の人々が暮らしていた、あの広いマンションだった。しかも、掲載価格は市場価格よりかなり低い。今回、智也が家を売りに出した理由が、梨花の手術費のためなのか、柚葉のためなのかは分からない。凛が考え込んでいると、突然携帯が震えた。画面を見ると、海斗からの着信だった。凛は通話ボタンを押す。低く落ち着いた、心地よい男の声が聞こえた。「凛、退勤の時間だ」「ちょうど研究室を出たところ」「そうか。運転手が会社の前で待っているから」今回、海斗本人は来ないらしい。きっとまだ仕事が残っているのだろう。凛は「分かった」と頷く。電話の向こうも、凛も沈黙した。けれど、どちらも先に切ろうとはしない。少しして、凛は尋ねた。「何時ごろ帰ってくる?美穂子さんが夕食を準備する時間もあるから」「まだ分からない」そして、海斗の口調が少し強くなる。「寒いから、早く帰れ」そう言って、電話はあっさり切られた。ちょうど退勤の時間。海斗の車は落ち着いた色ではあるものの、誰が見ても分かる高級車で、さらにナンバーも覚えやすいものだったので、竹内グループ本社の社員ならほとんどが知っていた。そして、凛を知っている社員も少なくない。海斗専用の運転手がドアを開けると、凛がそのまま乗り込んだ。社員たちは見たかったが、あからさまに見る勇気はない。そして、一緒にいる同僚に話したい。でも、口に出す勇気もない。だから互いに顔を見合わせながら、視線だけを何度も車のほうへ送る。車に乗り込んだ直後、凛が何気なくオフィスビルの入り口に視線を向けると、なぜか社員たちが一斉に目を逸らした。あまりにも揃いすぎていて、逆に不自然だった。凛は少しだけ驚いた。窓がゆっくりと上がり、凛も視線を戻す。そして、無言で携帯を取り出した。やっぱり、早めに教習所へ通って、移動用の車を買おう。ただ、運転免許を取るのも裁判が終わってから。今の彼女にとって、仕事以外で最も重要なのは裁判だった。1週間延期になったとはいえ、謙介が整理してくれた大量の資料は早く頭に入れなければならない。暗記するぐらいが丁度いいだろう。南山ヒルズ9号棟に戻り、夕食を食べ終わると、美穂子が引っ越しの
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第515話

足音が遠ざかると、凛はゆっくりと目を開けた。その瞳には複雑な感情が浮かんでいる。ドアの向こう側から漏れるわずかな明かりと、少しずつ遠ざかっていく長身の影をぼんやりと見つめた。海斗が階下に降りると、美穂子が資料を片付けていた。リビングのローテーブルには、凛の携帯が置かれたまま。海斗は先日、克哉と梓が言っていたことを、ふと思い出した。凛は一度集中状態に入ると、簡単にはそこから抜け出せない。さらに、智也に関すること以外、彼女を止められないという。全て、凛の頭の中にある時計が、彼女の時間感覚を支配しているらしい。それなら、強制的に時間を知らせてやればいい。海斗は凛の携帯を手に取った。パスコードを打ち込まなくても、時計アプリは使える。海斗は迷わず、立て続けに5つのアラームを設定した。7時30分。起床時間。8時。朝食。12時。昼食。18時31分。退勤。22時30分。就寝。設定を終えると、海斗は携帯を美穂子に手渡した。「後で2階に持って行ってあげてくれ。静かにな」美穂子は海斗から携帯を受け取る。「海斗様、夕食は済ませましたか?」「会社で食べた」そのまま海斗は玄関へと向かった。「もうお帰りに?」「ああ、様子を見に来ただけだから」そう言うと、海斗の姿は再び冷たい夜の中へ消えていった。目を閉じていた凛の耳に、車のエンジン音が聞こえた。海斗が帰っていくらしい。凛は身につけている鍵型のペンダントを握りしめながら、眠りについた。深い眠りだった。いつもなら体内時計で起きるのだが、この朝は携帯のアラームによって起こされた。携帯に手を伸ばして時刻を確認し、ラベルの文字を見た凛は、動きを止めた。こんなアラーム、設定した記憶がない。きっと海斗だ。凛の瞳が小さく揺れる。それに、ひとつだけだと思ったら、朝食も昼食も、さらには退社時間と就寝時間まで細かくセットされていた。5つのアラーム。起床時間と朝食は平日のみの設定で、それ以外は毎日繰り返されるようになっている。まるで、海斗が自分の生活のあちこちに存在しているようだった。考えたくなかった。しかし、凛には考える時間もなかった。日中は仕事をし、夜は資料の読み込み。そして、少し時間が空けば、康平に連絡を入れる毎日。康平は
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第516話

「お兄ちゃん、明日の柚葉さんの裁判には行くの?」美雪は、答えが分かっていながらも、そう利明に尋ねた。二人はホテルのスイートルームにある大きな掃き出し窓の前に立ち、A市の華やかで煌びやかな夜景を見下ろしていた。これはB市にはない魅力だ。だが同時に、B市が持つ厳かな空気もまた、A市にはない。利明が眉をひそめる。「行ったほうが安心できる」法廷で何か見落としがあれば、光や柚葉に対し、何らかの助言ができるかもしれない。「本当、柚葉さんのこと好きなんだね」美雪はふふと笑った。「仕事のほうはもう片付いたの?」「後の処理は助手に任せているから、急いで戻る必要はない」「そう」美雪は、兄に法廷へ行ってほしくなかった。最終的な判決がどうなろうと、柚葉は最初から非のある側だ。裁判になれば、柚葉がしてきたことは少しずつ表に出され、誰もがそれを知ることになる。美しいものを好む兄にとって、それはあまりにも酷なことだろう。もしかすると兄はそこで、柚葉への幻想を失うかもしれない。それは美雪にとって都合が悪かった。柚葉の代わりに兄を自分の側へ引き留めておける存在を、まだ見つけられていない。兄を明日の法廷に行かせない方法はないか?美雪は心の中で計算を始める。仮病だろうか?だが、兄が何年も想い続けてきた柚葉への気持ちを考えれば、たとえ病気でも彼女のところへ行くだろう。兄が絶対に逆らえないもの。それは、両親の言葉だけ。美雪は携帯を手に取り言った。「お母さんから連絡が来たから、少し電話してくるね」「分かった」利明は柚葉にメッセージを送っていた。明日がどうなろうと大丈夫だということ、もし判決が不当でも、控訴の手続きができるから安心してほしいという、励ましの言葉だった。美雪は少し離れた場所へ移動すると、母親へ電話をかけた。「お母さん、元気?お兄ちゃんと私に会いたい?」「会いたいに決まってるでしょう。でもあなたたち兄妹はどちらも家に寄りつかないんだから、こっちのことなんて忘れてるのかと思ってたわ」彰菜の言葉に責める気配はなく、ただ愛情の滲む不満が混じっていた。「私もお兄ちゃんもすぐ帰るよ。私は景山グループの撮影を終えたらだけど、お兄ちゃんは先に帰れるかも。特に用事もないし、そろそろ人生の大事なことでも考えてもらわないといけないからね」「利明
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第517話

美雪は唇を噛み締めた。「私たち兄妹が何度もA市に来ているから、A市で何か面倒なことに巻き込まれているんじゃないかとか、神谷家に迷惑をかけるようなことがあるんじゃないかって心配してるんだと思う。私の場合は、海斗さんのことだと思われてたみたいだけど……」美雪が心配そうに続ける。「今回の柚葉さんの件はかなり大きな騒ぎになっている。もしお父さんが法廷でお兄ちゃんを見つけたり、お兄ちゃんが仕事を差し置いて何度もA市に来ていた理由が柚葉さんのためだと知ったりしたら、お父さんの柚葉さんへの印象が悪くなるかもしれない。お兄ちゃんが柚葉さんのことを好きなのは知ってるし、柚葉さんが今、谷口さんに傷つけられて一番支えを必要としている時期であるのもわかってる。でも、最初の段階で感情を抑えられなかったら、後々家族への対応が難しくなるかもしれない。お兄ちゃんもわかってるでしょ?私たち神谷家の人間が、好き勝手できないこと。何をするにも慎重にならないといけないの」利明は、茂の穏やかな外見に隠された厳しさを誰よりも知っていた。幼い頃からずっと親の敷いたレールを歩んできた利明だが、結婚のことだけはずっと先延ばしにしていた。そして柚葉は、30年生きてきた中で唯一、自分自身の意思で選んだ相手だった。「じゃあ、明日の裁判は……」「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私が柚葉さんの側にいるから。裁判が終わったら、すぐに結果を知らせる」利明は仕方なく頷いた。誰にも気づかれないほど小さく、美雪の唇がわずかに上がった。同じ頃、明日利明が顔を出せないことを知った柚葉も、胸を撫で下ろしていた。それでも明日の裁判を思えば不安で、ベッドで寝返りを何度も繰り返した。……凛はゆっくりと目を開けた。窓の外を見ると、今日も冬らしい曇天が広がっていた。外の木々の枝は、冷たい風に吹かれて一方向へ大きく傾いている。起きて歯を磨いていると、携帯のアラームが鳴り始めた。午前7時半。それは海斗がセットした起床アラームだった。凛はクローゼットを開け、届いたばかりの白シャツを取り出して着替え、その上から防寒用の茶色いカシミヤコートを羽織って階下へ向かった。海斗と日和はすでに食卓についていた。朝が苦手なはずの日和なのに、今日は欠伸ひとつせず、元気いっぱいに声をかける。「凛さん、早く朝ごはん
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第518話

凛は、法廷でこれほど多くの見知った顔を見ることになるとは思っていなかった。そこには、菜々子までいたのだ。そして、菜々子の隣には20歳にも満たないであろう若い女の子が座っていた。聞いてみると、菜々子の従妹だそうで、最近マッチングアプリで知り合った男性と急速に距離を縮め、あっという間に交際へ発展し、さらには結婚まで考えているらしい。家族全員が何度説得しても聞く耳を持たないため、菜々子は実際の裁判を見せることにしたのだという。そこで、午前中は夫婦共有財産の返還請求、午後には離婚訴訟のある今日の傍聴を選んだそうだ。しかし、まさか午前の裁判の原告が凛だとは、菜々子も思っていなかったようで、一瞬驚いた顔をした。そして、凛に声をかける。「頑張ってくださいね」凛は頷いた。「ええ」傍聴席には、友人や策、その隣には千晴が座っていた。さらには、コートとベストを脱ぎ、白いシャツ一枚になった海斗の姿もある。彫刻のように整った顔立ちと深い瞳、そして、生まれながらに備わった気品。人混みの中にいても、彼は一目で分かる存在感を放っていた。それだけではなく、どこまでも落ち着きがあり、頼もしさがあった。短い視線の交差。その一瞬で、凛は海斗の瞳の中に揺るぎない自信を見た。海斗は凛が法廷で堂々と振る舞い、自らの力で勝利を掴み取ると信じてくれているのだ。凛は静かに視線を戻した。法廷は厳粛な空気に包まれていた。原告席と被告席は明確に分かれ、その中央では裁判所の徽章が静かに輝いている。原告席の凛は背筋をまっすぐ伸ばしていた。澄んだ顔に怒りの色はなく、ただ深い決意だけが宿っている。凛はここで、踏み躙られてきた4年間の結婚生活に、けじめをつけるつもりだった。被告席には、遅れて柚葉が入ってきた。すると、続いて柚葉の両親と美雪も傍聴席に座る。本来、松田家から来る者はいないはずだったのだが、開廷1分前に英樹が運転手に支えられて入ってきて、一番後ろの席に厳しい表情のまま座った。それを見た柚葉は、瞳孔を大きく揺らした。どれほど綺麗に化粧をしていても、全身から滲み出る焦りまでは隠せないようだ。被告席の右側に座っていた智也は目を伏せ、凛と視線を合わせようとはしない。かつて優しく礼儀正しかった姿は、もうどこにもなく、そこにあるのは疲弊と逃避だけだった。「皆さま、
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第519話

「不貞行為に関わる経済的援助」という言葉を聞いて、怒りのあまり立ち上がりかけた柚葉。弁護士がすぐに制止しなければ、法廷の秩序を乱したとして問題になるところだった。凛は智也の青ざめた顔も、柚葉の憎しみに満ちた視線も意に介さず、謙介から渡された原稿通り、淡々と陳述を続ける。被告谷口智也は、夫婦共有財産を無断で処分し、私の正当な権利を著しく侵害しました。また、被告小林柚葉は、その金銭が婚姻中に築かれた夫婦共有財産から支払われたものであることを知りながら、受け取っていました。その事情を知った上で受け取った以上、単なる第三者として保護される立場ではありません。私が本日、裁判所に訴えを起こした理由は、公平を求めるためです。不当に財産を移転した者、そして婚姻関係を侵害した者には、それ相応の責任を負ってもらいたいと思っています」言葉が途切れた瞬間、法廷内は静まり返った。事情を知っている者たちは沈黙し、何も知らなかった菜々子のような傍聴人は呆然としていた。小声のざわめきが広がる。不倫相手に月6000万円も渡して、本妻には6万円?十倍とか百倍なんてものじゃない、千倍だ!あまりにも現実離れした話だった。信じられない。一人の男に毎月6000万円も出させることができるなんて、一体どれほど魅力的な女性なんだ?「静粛に」裁判官は被告席へ視線を向けた。「被告は、原告の請求について答弁してください」柚葉はすぐに立ち上がり、必死に平静を装いながら反論した。「私は不倫相手などではありません。谷口智也さんとは以前からの友人であり、研究に関する投資協力関係にあっただけです。私たちには正式な投資契約書があります。あのお金は研究プロジェクトの費用であり、家や車も共同事業への報酬です。私は彼に婚姻関係があることも、そのお金が夫婦共有財産であることも知りませんでした。したがって、私には全額返還する義務はありません」そう言い終えると、柚葉は無意識に智也へ視線を向け、腹部へ手を添えた。その仕草を見た智也の胸に、強い罪悪感が込み上げる。彼は視線を落とし、口を開いた。「私も投資関係であったことを認めます。振込については、私個人の投資判断によるものであり、婚姻中の共有財産とは関係ありません。したがって……」一瞬、智也の声が詰まる。「原告が求める財産分与における不
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第520話

柚葉は顎をわずかに上げた。「もちろんです」凛が海外まで調べられるほどの力を持っているとは思えなかったし、弁護士から通知書が届いてから、期日延期もいれて、まだ半月ほどしか経っていない。たった半月で自分の3年以上の海外生活の出費を調べる?笑わせてくれる。だから月々6000万円という金について、具体的な事情は光にも話していなかったし、研究投資契約がある以上、「研究費」の件についてはそれほど心配していなかった。それに、光へ依頼したことは、帰国後に智也から受け取った車や不動産、宝飾品などを正当化し、返還額をできるだけ減らすということ。ただ、柚葉は今でも一つだけ腑に落ちないことがあった。凛たちが求めている23億6000万円という金額がどう計算されたのか……もし「研究費」まで含めるなら、そんな額では済まないはずだ。逆に、帰国後に受け取った車や家、宝飾品だけを計算するのだとしたら、そこまでの金額にはならない。柚葉が自信満々に答えるのを聞いた凛は、当初の予定通り、それ以上追及しなかった。ただ、隣にいる謙介と目を合わせる。すると、謙介が立ち上がった。「裁判長、原告側より4点の証拠を提出いたします1点目は、銀行の取引記録です。被告谷口智也が婚姻期間中の4年と145日間、そのうち3年4か月にわたり、毎月一定額である6000万円を被告小林柚葉に振り込んでいたことを示すものです。振込の名目はいずれも『研究費』で、総額は24億円を超えています」以前、海斗に智也との結婚期間を尋ねられた際、凛は4年115日と答えた。それは、入籍してから離婚を決めたあの日までの日数。だから、それからの離婚手続きをしていた1ヶ月ほどの期間は、凛の中で婚姻期間として扱っていなかった。しかし、弁護士である謙介は法律に基づき、その期間も含めて計算していたのだった。あの1ヶ月間、智也は自分の夫だったのか……笑える話だ。謙介が続ける。「2点目は、不動産、車両、宝飾品の購入記録および名義登録情報です。これらすべての財産は被告谷口智也が全額負担し、被告小林柚葉名義で購入されています」柚葉の顔から、次第に余裕が消えていった。「3点目は、被告谷口智也と被告小林柚葉の親密なメッセージ履歴、同居を示す行動記録、抱擁やキスをしている写真、そして被告小林柚葉の妊娠の診断書です。
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