All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 531 - Chapter 540

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第531話

翼はまた仕事に戻っていった。電話を切る前、受話器越しに涼太の声が聞こえてきた。「ずっと凛さんからの電話はまだかって聞いてたくせに、いざ電話が来たら一言だけで切るんだから。本当、じいちゃんは気難しいね」しかし、翼は孫の文句など気にも留めず、さっさと電話を切った。梓もすぐに続ける。「佐野先生には一応報告しておきましたけど、先輩からも伝えてあげてください」「わかった」凛はすぐに克哉へと電話をかけた。凛から直接報告をもらった克哉は、ようやく肩の力が抜けた。次は、柑奈。ビデオ通話をかける。柑奈の隣にいる康平の姿も見えた。すっかり顔色が良くなっている。日和と梓が画面に顔を寄せ、凛と一緒に呼びかけた。「院長先生、こんにちは!康平くんも元気?」康平が目をくりくりさせ、「姉ちゃん」と言った。3人全員が映るように、凛はカメラの角度を調整する。「そうだよ、みんな姉ちゃんだよ」と優しく語りかけ、康平に薬は飲んでいるか、食事は取れているかと尋ねると、康平は素直に頷いた。再び柑奈の顔が映る。「千石先生と植田さんが帰る時に、裁判の話を教えてくれたの。勝ったのよね?」日和が声を上げる。「どうして勝ったことを知ってるんですか!」柑奈は笑って言った。「凛は良い知らせしか言わない子だからね。ビデオ通話までしてくるなら、きっと嬉しい報告だと思ったの」凛は頷いた。「はい。裁判所が不倫相手に全額返還を命じて、智也には財産分与をさせない判決を下しました」柑奈は智也という名前すら聞きたくない様子で、すぐに話題を変えた。「康平、もうすぐ退院なの」「良かったです」凛も頷く。「今度の連休、康平をこっちに呼んで、大きい病院で一度しっかり検査を受けさせようと思っています」「あなたに迷惑をかけない?」「ええ、もう自分の家がありますから。それに、連休には引越しを済ませるつもりですから」柑奈は安心したように頷いた。「そう、じゃあまた連絡して」それから、少し話をしてから電話を切った。拓海が補足する。「柊病院なら、国内の自閉症治療の権威を呼べると思いますよ」凛は返した。「その時になったらまた考えます」医療分野で本当に信頼できる専門家を探すなら、論文データベースで関連疾患の論文責任著者や研究チーム代表者を調べればいい。その分野の第一線で
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第532話

凛と梓も、日和と一緒に振り返る。そこに立っていたのは、灰色のセーターを着て、眼鏡をかけている中年男性だった。凛は、日和が彼を「剛さん」と呼ぶのを聞いた。どうやら知り合いのようだ。しかも、一人で来ているらしい。「日和ちゃんは友達とご飯?」神谷剛(かみや つよし)は日和の隣にいる二人に視線を向けた。そして、凛の顔を見た瞬間、その動きが一瞬止まった。凛は自分が見られていることに気づき、軽く会釈をする。そうして、日和が剛に答えた。「川端庵で食事する予定で、他の友達が来るのを待っているところなんです。剛さんは、茂おじさんと一緒にいらしたんですか?」「ああ、A市に用事があってね。彼が午後に海斗くんとお茶をするっていうから、俺は一足先に来たんだ」剛はそう言うと、また凛の顔に視線を戻した。「こちらの方は?」日和は凛の腕に手を添える。「凛さんっていって、私の親友なんです。そしてこちらは、凛さんの後輩の梓さん」「凛さん、初めまして」剛は簡単に挨拶を済ませると、そのまま南水茶寮へ入っていった。しかし入口まで行ったところで、もう一度振り返り、凛の後ろ姿を見つめる。何かを考えるような表情だった。誰かに見られている気配を感じた凛が振り返ると、ちょうど剛と視線が重なった。自分に微笑みかけてくる剛。とても優しい笑顔だった。なぜ神谷家の人はみんな、妙に自分をじろじろ見るのだろう?美雪に続いて、今のこの人も……不思議そうに剛を見つめる凛に気づいた日和。「あの人、剛さんっていって、茂おじさんのいとこなんです。利明さんや美雪の叔父さんにあたるんですけど、分家の人だから正式な意味での神谷家の中心人物ではない感じですかね。でも、剛さんは神谷グループで働いてます。茂おじさんはビジネスの世界にいる人だけど、神谷家の本家の人だから、多くの人が茂おじさんと関係を作りたがるんです。だから、いつもああやって誰かが先に来て、下見に来るらしいですよ」「だから先に来ていたのね」日和が頷く。「そうです。だから、あと2時間もすれば、茂おじさんとお兄ちゃんも来ると思いますよ」ちょうど話が終わると、策と千晴が歩いてきた。謙介と拓海も車を停めて合流し、全員で川端庵の個室へ向かう。席に着いて5分もすると、料理が運ばれてきた。シャンパンを開けるつもりだった日和だ
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第533話

柚葉の両親はただ、病室の入り口で見守ることしかできなかった。そこへ、柚葉が駆けつけた。百合は柚葉の姿を見るやいなや、激しい平手打ちを食らわせた。柚葉の頬にはすぐに真っ赤な手形が浮かび上がり、顔が横へと大きく歪む。「あんなことして!どうして、あんな恥知らずなことができたのよ?!」柚葉は初めて、両親に言い返さなかった。ただ受け止める。そうでもしなければ、誰が自分をこの窮地から救い出してくれるというのか?柚葉はその場にひざまずき、涙ながらに訴えた。「お父さん、お母さん、ごめんなさい。親不孝者で、こんな情けないことで二人を傷つけて、お爺様まで倒れさせて……本当にごめんなさい。でも……」彼女は顔を上げ、目を赤く腫らしながら続ける。「私はもう、十分に罰を受けたと思う。マイクロチップ開発プロジェクトからは除名され、世間からは不倫女というレッテルを貼られた。それに、子どもは失い、体だって、もう……」柚葉は何度も嗚咽をあげた。これは柚葉自身も想像していなかった結末だったから。医師から告げられた「今後、妊娠は難しい」という言葉は、事実上の不妊宣告と同じだった。ただ、医師は断言を避けただけ。隆平は泣き崩れる娘を見て、胸を痛めながらも怒りを抑えられなかった。「マイクロチップ開発プロジェクトは、そもそもお前には分不相応だったんだ。失ったのなら、元の位置に戻っただけ。だから、被害者ぶるな。他のことは……」そこから先は言葉にならなかった。自分の娘が他人の家庭を壊し、既婚者の金で遊び呆けていたという現実。子どもを失ったことも、体に残った傷も……すべて、自業自得というほかないだろう。隆平は苦しそうな表情を浮かべ、今にも倒れそうな百合を胸に抱く。自分の子供が、ここまで自分を大切にせず、道を踏み外した姿を、どんな親が受け入れられるというのか。「お父さん、お母さん、本当にごめんなさい!私が悪かったの」柚葉はひざまずいたまま二人に縋りついた。「許して……私はあなたたちの唯一の娘でしょ?」百合は目を真っ赤にしながら、震える声で言った。「柚葉、私はもう、本当に……」その先の言葉は出てこなかった。自分がお腹を痛めて産んだ我が子。どれほど怒っていても、残酷な言葉を口にすることはできなかった。百合は顔を背けて涙を拭うと、柚葉に問い
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第534話

「俊介さん!私だって松田家の一員よ!お爺様だってそう言ってたのに、どうして私のものに勝手に触るの?」「じゃあ、あれか?お前の荷物を全部売り払って、借金返済に充てるための金にしろってか?」柚葉は目を赤くしながら懇願する。「お願い、俊介さん。お爺様に一目だけでもいいから会わせて!」「無理だ。父さんが二度とお前に会いたくないって言ってるから」「嘘でしょ?」柚葉は取り乱した。今、自分を助けられる人間は、もう祖父しかいないのに。「会ってくれるまで、ここから一歩も動かないから」英樹がそこまで冷酷なはずがない。あんなに可愛がってくれたのだから。「勝手にしろ。ただしここは病院だから、騒ぐなよ。本当にお前が心配しているというなら、静かにしておけ」柚葉の顔から血の気が引いた。ここまで言っても、まだ中に入れてくれないのか?さらに俊介は続ける。「姉さんたちもだ。ここにい続けたって、何も良いことはない。さっさと帰れ」柚葉の両親も言葉に詰まり、ただ病室の窓越しに英樹の様子を窺うことしかできなかった。少なくとも、目を覚ましたのが救いだ。柚葉はまだ床に膝をついたままだった。立つべきか、このままいるべきか分からない。「立ちなさい」隆平は柚葉の膝を見て眉をひそめる。「いつまでに返還するんだ?」柚葉は渋々立ち上がり答えた。「15日以内」「残り2週間か」そう呟く隆平の表情は沈んでいる。百合の表情も曇った。「2週間しかないなんて」柚葉は両親の言葉の意味を理解した。結局、二人は自分を見捨てることはできない。だからこそ、柚葉はもう両親の顔を見ることができなかった。まだ熱い痛みが残っている頬を、涙が伝う。両親には限界があるし、叔父たちも頼れない。唯一、大金を動かせる者はやはり自分の祖父しかいないだろう。それでも足りなければどうする?もっと考えなくては。国外の「友達」にも連絡を取ろう。多少でも手に入るなら、なりふり構っていられない。それから智也……病院にいた智也の携帯に、突然柚葉からメッセージが届いた。【ごめんなさい。大丈夫?】大丈夫なはずがない。裁判で突きつけられた大量の証拠。あの光景が、今でも目の裏にこびりついている。思い出すだけで、息が苦しくなった。かつて思いを寄せていた女性は、完全に腐っていた。それも、完
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第535話

智也は、胡桃がショックを受けることなどどうでも良かったが、手術を控えた母親に悪影響が及ぶことは避けたかったので、誤魔化す。「大した額じゃない。数千万円だよ」それでも、胡桃は尋ね続けた。「じゃあ、結局いくらなの?」9000万円と1000万円では、あまりにも額が違いすぎる。違和感を覚えた正人は、智也の肩を抱いて連れ出すことにした。「智也、少し仕事の件で相談したいことがあるんだ」二人が病室を出る。胡桃は不安に駆られ、追いかけようとしたが、健吾に制された。「お前は自分の心配をしろ。我が家はもう、お荷物を支えられる余裕はないんだ。お前は母さんに付き添いながら履歴書を書いて、智也に添削を頼め。良い企業を紹介できるよう手を回してやるから」胡桃は人生の終わりを感じた。本当に働かなければならないのか?「ううう……」胡桃が病室で泣き出した。慰めようとした梨花の手を健吾が押さえ、首を横に振る。これ以上変わろうとしなければ、家族は本当にのたれ死んでしまうだろう。病室の外。正人は智也の肩から手を離し、尋ねた。「全て凛さんに渡ることになったのか?」「凛の正当な権利だ」自分が柚葉に与えた時点で、こうなる可能性を考えるべきだった。「じゃあ、どうするんだ?智也のお母さんの手術、結構かかるんじゃないのか?」正人はそう言うと、すぐに携帯を取り出し、400万円を智也の口座に振り込んだ。「うちの会社で、中間管理職の席が一つ空いてる。もし嫌じゃなければ、お母さんの手術が終わったら来いよ。給料は普通だけどな」智也は断らなかった。「ありがとう」「ああ」……南水茶寮。海斗と利明が向かい合い、利明の横には美雪が座る。上座には茂の姿があった。座るや否や、茂は若手二人の間に漂う緊張感を察知した。両家は旧知の仲だが、なぜか子供たちの世代は、関係が著しく悪化していた。「海斗くん、いつから玉露が好みになったんだい?」茂は穏やかに声をかけた。それはまるで、自分の子供に話しかけているようだった。海斗は湯呑みを置き、答える。「ここ1ヶ月ですね」「ほう?」茂は興味深げに返した。「やけに急だな」「ある人から贈られたんです」高齢者が好む、あんこのもなかと一緒に。茂は美雪をちらりと見てから、再び海斗へ視線を戻す。「男からか?それと
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第536話

利明が勢いよく立ち上がった。明らかに怒りを抑えきれず、海斗と同じ席にいることすら耐えられない様子だった。海斗は視線を上げ、冷ややかな眼差しを利明に向ける。座っているのは海斗のほうなのに、その目には見下ろすような圧倒的な威圧感があった。一方は微動だにせず、もう一方は怒りを露わにしている。どちらが優勢なのかなど、誰の目にも明らかだった。先ほどまで穏やかな表情だった茂も険しい顔になり、利明を一喝した。「座れ」しぶしぶ席に座った利明だったが、それでも納得がいかず、柚葉を蔑んだ海斗を睨みつけて言った。「自分の好きな女を守るために、他人の大切な人をけなすのか?」「自覚があるようで何よりだ」利明は再び怒りで顔を赤くする。「凛さんが孤児院で育ったのは事実だ!僕はただ事実を言っただけだろ?」「俺も、ただ真実を言っているだけだ」「柚葉はそんな人じゃない!それに、離婚歴のある女に好意を寄せるなんて、一体どういう趣味をしてるんだ?」海斗は鼻で笑った。「俺たちはもういい大人だ。過去があるのは当たり前だろ?それに、凛には一つの過去しかないけど、お前の愛する女には掃いて捨てるほどの異性関係がある。お前は、そんな女のことが好きなのか?」「黙れ!」利明は怒りで顔を真っ赤にした。柚葉のことだけでなく、親の前で汚らわしい表現を使って恥をかかされたことに、プライドを深く傷つけられたのだ。美雪も流石に言い過ぎだと思い、間に入る。「お兄ちゃん、海斗さん、ここにはお父さんもいるのよ」「構わん。俺の息子がこれほど守ろうとする女性が一体何者なのか、気になっていたところだからな」茂の声は穏やかだったが、人生の先輩としての絶対的な威圧感がそこに漂っていた。利明の心臓が跳ね上がった。「父さん、根も葉もない噂だから、真に受けないでくれよ」父親に、誰かの話だけで自分の大切な人を判断してほしくなかった。「美雪、どうやら午前中の裁判のことをこいつに隠してるみたいだな」その瞬間、今度は美雪に緊張が走る。「そのことは、あとでお兄ちゃんにちゃんと話すから。だってほら、今こうしていない人の話ばかりするのはよくないんじゃないかな?お兄ちゃんは柚葉さんのことを悪く言われたくないし、海斗さんだって凛さんのことを悪く言われたくない。結局、理由は同じなんだから、一旦この話
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第537話

利明もそれは分かっていたが、先ほどの海斗の言葉から、裁判で何か大きなことが起きたことだけは察していた。謙介が動いている以上、光では勝てなかっただろう。負けることは想定内だ。だからこそ、余計に気になって仕方がなかった。その午後、利明はずっと心ここにあらずという状態だった。一方、美雪はいつも通りの落ち着いた態度で、時折会話に加わり、場の雰囲気は表面上は穏やかに保たれていた。その間、海斗が恵と理央に目配せを送ると、二人はすぐに理解し、恵は同行を続け、理央は拓海に電話をかけた。今日の昼の、凛たちの食事会の様子を尋ねるためだ。拓海の報告によればすべて順調で、特に酒も飲まず、終わってからは、凛は研究開発センターへ、日和は指導教授のもとへ向かい、他のメンバーもそれぞれ解散したとのことだった。ただ、策から凛に関する話をラインで送ったから、時間ができたら返信が欲しい、という伝言があった。それがもう一つの重要事項だった。電話を切った理央は、タイミングを見てその内容を海斗に伝えた。海斗が携帯を確認すると、確かに策からメッセージが届いていた。内容は、施設で聞き出した凛に関することだった。簡単に返信を済ませると、携帯をしまい、「夕食の手配は?」と尋ねた。「場所は社長のご両親が決めてくださっていますので、直接向かえば大丈夫です」海斗は頷き、時間になると一行を連れて食事へ向かった。午後にお茶をした時、剛はいなかったが、散策している間に合流しており、夕食は一緒だった。茂は剛が何度も自分を見ていることに気づく。何か言いたいことがあるようだ。そこで、個室に入り席についたタイミングで、声を落として告げる。「何か話があるなら、帰ってからにしよう」剛は頷いた。食事の席で、茂は娘が相変わらず無意識に海斗を気遣っていることに気づいた。そして息子は、表立ってはいないものの、静かに海斗へ対抗心を向けている。子どもの問題は本人たちに解決させよう。茂はあえて見て見ぬふりをした。「海斗くん、ご両親はいつB市から戻るのかね?」「母の気分次第です」瑶子は実家が好きで、隆は瑶子が好き。だから、母親が戻らない限り、父親も一人で帰ってくることはない。茂は笑って言った。「なら、戻ってから会えるだろうな」「お父さん、いつ戻るの?」と、美
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第538話

凛の名を聞いた瞬間、茂は一瞬呆気にとられた。どんな漢字を書くのかなど聞きたかったが、そうしたら剛に不審がられてしまうだろう。初対面で相手の名前の漢字を尋ねるなんて、違和感がありすぎる。「日和ちゃんの友人?」剛が頷く。なら、今日の午後、3人が話していたあの凛のことかもしれない。茂は何かを考えるように黙り込んだ。「その女性について調べてくれるか?ただし正式なルートでな。彼女の背後にいる人間を刺激するようなことはしたくないからな。分かる範囲でいい」そう言った直後、茂はふと目を見開いた。さきほど利明が言った言葉を思い出す。「その子は孤児らしい」剛は驚いた。「孤児……」二人で顔を見合わせた。茂は座り直すと、真面目な顔で告げた。「航空券の手配はまだ急がなくていい。可能なら、その子に直接会ってみたい」剛は頷く。茂は尋ねた。「利明が想いを寄せている人についての調査はどうなっている?名前を『柚葉』というらしいが」「遅くとも明日には資料が届くはず」軽く頷いた茂の表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。茂は携帯を取り出し、海斗の両親に電話をかけた。海斗が時間を作って一緒にお茶を飲み、食事まで付き合ってくれたことへの礼を述べ、何気ない会話の中で凛の名前を出す。「海斗くんには想いを寄せる人がいて、もう家にも連れてきたんだって?」昔から想い人を親に会わせるのは、本気の証であり、親に認められたいという願望の表れだ。茂はこの質問を通して、瑶子たちが海斗の相手をどう見ているのか知りたかった。瑶子は笑った。「ええ、一緒に食事もしたのよ。自分の息子とはいえ、ずっと一人なんじゃないかと心配していたんだけど、相手ができたみたい」瑶子のこの言葉だけで、茂はもう十分だった。茂は冗談めかして言う。「海斗くんが連れてきた子だから、とってもいい子なんだろうね」自分の娘にせよ、千晴にせよ、誰も海斗のお眼鏡にかなわなかった。それなのに凛という子がその心をつかんだ。電話口で瑶子は、うちの息子の見る目は昔から確かなんだ、と言いたかった。しかし、もしそう言ってしまえば、海斗が美雪を選ばなかったのは美雪に欠点があるからだと言うのと同じことになってしまう。だから、瑶子はただこう返した。「こればっかりは縁だからね。二人には縁があったのだと思うわ」
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第539話

「柚葉さん、裁判で負けたわ」この点を隠すつもりはなかった美雪は、淡々と続ける。「凛さんの圧勝。凛さん側の弁護士が優秀で、投資契約書があっても、24億円は夫婦の共有財産と見なされた。裁判所は、柚葉さんに全額返金を命じたよ」「投資契約書があるのに、なぜそんなことになったんだ?」利明は、投資契約書が事後的に作成されたものだとは知らなかった。美雪は当然その事実は伏せ、自分に都合のいい情報だけを並べる。「柚葉さんは、そのお金を少し自分の装飾品やパーティー費用に使ってしまったらしいの。そこを凛さん側の弁護士に突かれて、共有財産として返金しなければ、詐欺罪で訴えると言われちゃって。でも、柚葉さんだってただ研究室にこもっているだけの人じゃない。研究プロジェクトで資金を集めたり、人脈を広げるために会食やパーティーへ参加したりするのは普通のことだと思う。なのに、凛さん側の弁護士は一歩も引かなかった。だから……結果的に柚葉さんだけじゃなく、谷口さんまで共有財産の分与を認められなかったわ」美雪は小さくため息をついた。「どっちが悪なんて簡単に言えないわよね。お互い苦しくて、お互いに間違いがあったんだもの。ただ、勝者がいれば敗者がいる。結果、凛さんが勝者となり、柚葉さんと谷口さんはどん底まで落ちたっていうこと」美雪の巧みな言葉選びによって、利明の中には自然と一つの先入観が植え付けられた。この先、柚葉がしたことのすべてを利明が知らされない限り、今日、美雪が語った内容は、柚葉の体面をある程度守り、利明が真実を知った時の嫌悪や軽蔑を和らげるための布石になる。そもそも利明は、凛に良い印象を持っていなかった。エリート階級特有の選民思想も相まって、この話を聞いた利明は、凛という女はあまりに非情だ、と考えた。愛し合った仲なのに。元は夫婦なのだから、ここまで追い詰めなくてもいいのに、とさえ思った。それに比べて柚葉は……被害者とまでは言い切れないにしても、最も可哀想な立場にいることは確かだ。美雪は利明が携帯を手に取るのを見て、おそらく柚葉に連絡するのだと察し、こう促した。「お兄ちゃん、柚葉さんはここのところ災難続き。そこで、お兄ちゃんまで柚葉さんを突き放したりしたら、本当に立ち直れなくなるかもしれない。谷口さんとのことは過去の話。もう蒸し返さないであげて。今、柚葉
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第540話

この夜、眠れない人間は多かった。父と凛が出会うことを恐れていた美雪。柚葉が敗訴の結果に耐えられるのか心配していた利明。英樹の病室の前で深夜まで座り続けていた柚葉。しかし、中に入ることは叶わなかった。24億円という莫大な賠償金と、車やマンション、そして宝飾品。全てを返さなければならない。期限は15日間。たったの15日しかないのだ!柚葉は一睡もできなかった。あらゆるところからお金をかき集めるしかない。宏明に研究費の先払いを頼み込もうとしたが、強欲なあの宏明が聞く耳を持つはずもない。前回1億円を受け取れただけでも十分だろう。確かにお金を貸してくれる者も何人かいたが、どれも焼け石に水。天文学的な数字の賠償金は、底の抜けた桶のように何を注いでも満たされなかった。柚葉は何度も病院で叫び出しそうになった。しかし、病院では騒ぐことが禁止されている。智也は柚葉を無視し、携帯の電源も切ったままだった。4年間一度も煙草を吸わなかった男が、病院の外のごみ箱の横で夜通し吸い続けていた。氷のような風に晒され、指先は感覚を失い、冷たさで目が充血している。煙の中で何度も咳き込む。胃もキリキリと痛んでいた。夜明け前、一度南山ヒルズ11号棟へ戻り、シャワーを浴びて身支度を整えてから、今度は9号棟の門の前に足を向けた。庭に入ると犬が2匹飛び出してきた。聞き覚えのある足音を聞き分けた2匹は、智也に近づき牙をむく。智也はその場に立ち止まり、静まり返った3階建ての家をじっと見つめた。全ての部屋は深い闇に包まれている。しかし、春夏秋冬いつだって、6時になれば凛の部屋に灯りがともることを知っていた。智也は静かに立ち、6時を告げる明かりがつくのを祈るように待った。だが、彼の予想は外れた。6時になっても、豪邸は静かに眠ったまま。6時50分、1階に灯りがついた。しかし、主人が一階で暮らすはずがない。ということは、凛ではない。もしかして、引っ越したのか?智也の心臓が大きく跳ね上がる。しかし犬たちはまだここにいる。引越しでペットを置いていくものだろうか?7時半を過ぎてようやく、2階の部屋に淡い光が灯った。あれが凛だ。凛は7時半まで寝ていたということなのか?まあ、別におかしいことでもない。今は住み込みの使用人がいるのだから
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