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All Chapters of No rush: Chapter 11 - Chapter 20

26 Chapters

#4

子どもながらに、俺はしっかりしてる方だと思っていた。言葉を話すのも早かったらしいし、絵本が読めるのも早かった。周りに泣いてる子がいると、どうしたのか積極的に訊きに行っていた。何でなのか訊かれると分からない。考えるより先に体が動くタチだったのかもしれない。常にぐるぐる考えて、今できることはないか探し回っていたんだろう。そんな俺だから、“彼”にひかれたのは必然とも言える。────欠けたグラスのような子だった。わざわざ覗かなくても中身が見える。優しさを注げば、満タンになる前に溢れて零れる。さらに、欠けてしまった、鋭利な部分で触れる者を傷つける。不安定で不完全な男の子。そんな子が俺の家の隣に引っ越してきた。「おかえり、理貴。この子は今日隣に越してきた水無さん家の真陽くんよ。理貴の方がひとつ歳上のお兄ちゃんだから、仲良くね」家の前のだだっ広い道に、母と一緒に見慣れない人影があった。父と買い物から帰った直後だ。大人の男女がいた。最初はドキッとしたけど、隣の家に誰か引っ越して来るという話は聞いていたから、すぐに理解した。それより、自分の少し下の背丈の少年に釘付けだった。大きな瞳にはわずかばかりの警戒、それに怯えの色が混じっていた。まだ何も言ってないうちにこんな不安そうにしてるなんて、可哀想だな。 彼と対照的に、呑気に考えた。「ほら理貴、自己紹介しな」「うん」そういえば、彼の名前も印象的だ。水無。水が無い? 大変な名前だ。でもこの町は水で溢れてるから来て良かったじゃないか。……そんな、子ども特有の謎思考。「真陽くん。俺は理貴っていうんだ。よろしくね!」笑って手を出すと、その子はビクッとして後ろに下がった。怖がりなことはもちろん察していた。でも初対面でそういう反応をされたのは、生まれて初めて。それなりにショックだった。俺は誰とでも仲良くなれることが自慢だった。「理貴くんといると安心」って、歳下だけじゃなく同い年の友人からも言われていた。それを覆したのが彼だ。あからさまに怖がって、俺の手を取ろうとしなかった。「すみません、本当に人見知りで……真陽、理貴くんにちゃんとご挨拶しなさい」けど母親の女性に怒られると、俺の方を見て何か呟いた。もっとも、その声も小さすぎて何を言ったのか分からなかったけど。黒髪の小さな男の子。水無真陽《みずな
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#5

真陽はすぐ病院に連れて行かれた。溺れてないのに俺も何故か診察を受けた。真陽の親と俺の親が待合室で話して、その会話に聞き耳を立てた。「何事もなくて良かった」という声。良かった……確かに、そうかもしれない。今はすやすや寝ている真陽の姿を見たら、そう思える。俺は親にこっぴどく叱られた。何であの川に子ども二人で行ったんだ、と夜更けまで父に怒られた。でもそれだけだ。後はもう、無事で良かったとしか言われなかった。あんなに弱々しい顔の父を見たのは、どれだけ思い出してもこの時だけだろう。それ以降、親同士の仲はむしろ深くなったようで、付き合いの頻度が増えた。川の出来事はあくまで俺の、いや、子どもの無知が原因として片付けられた。誰も悪くない。何も言わないけど、誰もがその言葉を掲げていた。子どもであることは俺の免罪符だった。真陽もそうだ。あの時のことは何も言わない。幼さ故の事故として片付けて、絶対に持ち出さない。ただどんなに暑くても海やプールに行こうとは言わない。そんな夏休みを七、八回過ごした。中学生にもなるといつも眺めていた景色が上向いてくる。丘の上の学校へ向かい、帰りは整備された水路に沿って下っていく。夏は暑くて頭がおかしくなりそうだった。畑の脇に植えられた背の高い向日葵を見て、美味しくない新発売のジュースを分けっこして、青い空の入道雲を遠目で見る。日陰の涼しさ、遠方の高速道路、高い杉の木。同じものを見て彼と過ごした。距離感は変わらず、変わったのは声と背丈と考え方。俺も真陽もちょっとだけ口数が少なくなって、はしゃがなくなった。たまに目が合ったときに笑うぐらい。体より心の方が先に成長したんだろう。でも謝りたいこともお礼を言いたいことも、あの町に置いてきてしまった。なんなら、真陽自身も。中学卒業前に俺は引越しが決まり、慣れ親しんだ土地から離れることになった。ところが真陽に言い出せない。どのタイミングで告げるのがベストか、本当に迷った。学校の帰り道、休日、いっそ両家が揃う最後の食事会。親が告げてくれるなら、それはそれで楽だ。でも……楽とか楽じゃないとか、そういう問題じゃない。本当はちゃんと話したかったんだ。話し合いたかった。彼と、これからのことを。離れたくないんだ。離れたとしても、また必ず逢いに行く。ずっと一緒にいたから。だから俺は……お前のことが。『理貴
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【3】

あの日から時間に置いてかれている。大人になっていく真陽を見るとよく分かった。自分だけが同じ場所に留まって下を見ている。一年、二年と経過して、体ばかり大きくなるのに。俺も変わらなきゃ。どうしょうもなく焦っていた。けどそんなすぐに変われたら苦労しない。明日から頑張ろう」、が明日こそ頑張ろう、に変わって、気付いたら寝てしまうことが増えた。しっかりしろ、と思うほどぼうっとする。真陽以外の誰かを想うときは普通なのに、彼のことを考えると猛烈な眠気に襲われる。心地いい声が子守唄に変わる。間違いなく、現実逃避だった。不安なことをシャットアウトして自分の世界に逃げたい。大切なはずの真陽からも逃げ出して、夢の世界に入り浸った。( 何やってんだ、俺は…… )しかし、そんな日々もとうとう終わりを迎える。おかしな事に、俺はまったく眠れなくなってしまった。真陽に保健室で拒絶された日から、面白いぐらい寝つけない。抜け殻と化してるのはいつものこと。だが胸が痛むのは初めてだ。理貴は家のベッドに横たわった。こんな夜こそ、恋人と長電話でもするべきだ。しかしそれをしようとして、結局。が止まる電話をかけてもメッセージを送っても何のレスポンスもなく朝を迎える気がして、スマホには手を伸ばさなかった。真陽だって、こんな俺と話したくないだろう。彼は誰よりも大切な恋人。だけど、これ以上傷つけてしまったら。……本気で壊してしまいそうで、怖い。泣き虫で臆病だった幼少期よりは変わったけど、根本的なところは昔と同じだ。言いたいことを我慢するし、誰かと衝突すればずっと悩み続ける。加えて、いつと何かを恐れてる。他人に弱みを見せることは嫌がるけど、川を見ると苦い顔をするところも、俺だけは知っている。彼の傷に気付いていながら、癒すことができない。傷をつくった張本人ができることは、これ以上傷口を広げないこと。……そう自分に言い聞かせている。彼とは心が通じ合ってる。……そう思いたいだけだ。絶対そんなことないし、思い込もうとしてること自体間違ってるけど、自分の手からすり抜けていくことが耐えられなかった。手を伸ばせば常に抱き締められる距離にいたい。頭の中で真陽をベッドに押し倒した。腕を押さえて、無理やり服を脱がした。反抗する口を塞ぎ、柔らかい部分に指を這わす。そんな想像だけで、身体が熱くなった。
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#1

朝の登校。いつもより空いてる電車の長椅子。ちなみに彼にはあからさまにムスッとしている。昔はこんなぶっきらぼうな態度をとれるタイプじゃなかったのに、人って変わるもんだ。いや、俺が変えたのか。内心苦笑してるとガン無視アイテムのイヤホンを取り出したため、耳につける寸前で奪い取った。案の定、彼は激昂する。「おい、返せよ!」「やっとこっち見た。ほら、返すよ」彼が怒ったと同時にイヤホンを返した為、それ以上は何も言ってこなかった。忌々しいと言わんばかりに舌打ちして、窓の方を向いてしまう。こっちを見たのは一瞬だった。ちょっと残念に思ってると、彼の空いた手がぶらぶら揺れてることに気付いた。真陽は普段は大人しいから特に目立った。手持ち無沙汰……いや、確実に気まずさと闘っている。俺のせいで。────それが分かり、ため息が出そうになった。彼を困らせている。申し訳ないという感情と一緒に、彼の頭の中が俺で埋め尽くされてことに小さな喜びを覚えてしまった。ほんと最低な彼氏だ。最初から彼氏失格。俺から動かなきゃしようがないのに。「一緒に学校行くの久しぶりだな?」返答はない。真陽は腕を組み、窓の外を睨みつけている。これはかなり手強そうだ。……そういえば、こんなに彼を怒らせたのは初めてかもしれない。この前散々ベッドでいじめたから当然の結果だ。可愛かったから、とか一番許されない理由だ。甘えること自体少ない真陽をからかうのは絶対間違いだった。「真陽、怒ってるだろ」悪手というより大人気ないことをした結果。ストレートに声をかけると、意外なことに彼は笑った。そして一言、低い声で「うん」と答えた。「本当に、ごめん。許してくれる?」「……許しても、また同じことになるんじゃないの」この、たった一言二言のやりとりで何駅も通過した。時間をかけ過ぎだ。誠実に謝ればいいものを、俺も質問に逃げてる。「……ムカつくよ」だからその返答は当然だった。真陽は決してこちらを見ようとしない。「何でいつも勝手な解釈してんのか分からない。俺がお前のこと好きだから、だから何言っても離れないとか思ってる? ……余裕で冷めるよ。冷める自信ある」嬉しくない自信だ。それでも黙って耳を傾けていると、真陽はようやく顔を向けて一瞥してきた。「昔の理貴はもっと優しかった。俺から告白したけど、付き合ってみて
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#2

快晴の下、焼けたアスファルトの上を歩く。俺の影を、真陽が踏む。暑い……。静かに息を吐き、理貴は遥か先まで伸びる河を眺めた。とても懐かしい場所に来ていた。幼い頃はよくこの辺りで水遊びをしたものだ。近くに商店があったはずだけど、それはなくなっていて、代わりにアパートが建っていた。ところどころ、昔と同じ景色がある。間違い探しをしてるみたいで可笑しくなる。水面を七色に照らすあの太陽は、本当に十年前と同じ太陽なんだろうか。そんな謎の思料を延々と巡らせる。いっそ十年前に戻りたい。実際あの頃から何も進んでいないのだから。なら汚い感情なんて何も知らず、無邪気に笑い合っていたときの方がよっぽど良い。路線を乗り換え、電車に揺られて移動した。もう昼だし、授業はとっくに始まっている時間だ。しようもないが、ここには学校をサボった不良が二人歩いている。こんな悪ガキになるなんて、昔なら想像もしなかった。「暑いなぁ……」それまでずっと黙っていた真陽が呟いた。袖をめくって、不機嫌そうに呟く。「どうせなら涼しいところに連れてってほしかったね。理貴って本当に雰囲気作り苦手だよな」「あはは。ごめんな」下手、じゃなくて苦手というところが彼の優しいところだ。謝って済めば良いけど、どれだけ謝っても外の気温は変わらない。かといって場所を移る気はなかった。地味だろうとセンスがなかろうと、自分は確かにここに来たかったのだ。その証拠に、驚くほど足が軽い。久しぶりに訪れた地は思った以上に暑くて、眩しくて、……輝いていた。「懐かし……。真陽、俺達よくあそこのツツジを摘んで蜜吸ったよな」「は、そんなことしたっけ」「したよ。後から蜜蜂がいっぱいいることに気付いてさ、お前ひとりで大騒ぎしてた」軽く笑うと、彼の不機嫌パラメータが高まった気がした。もちろん怪我しなくて良かったけど、とても可愛かったことを昨日のように思い出せる。それに、露骨な反応を示してくれるのは嬉しい。幼い子どもに戻ったみたいだ。あの頃と同じ、……いつも二人で遊んでいた土地だから。学校をサボって来たここは、二人で過ごした思い出の町。水と畑以外何もない、時間が止まった町。何故ここへ来ようと思ったのか自分でもよく分からない。でも真陽とどこかへ逃げ出そうと思ったら、ここ以外思いつかなかった。良い思い出も悪い思い出も、こ
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#3

夏がきた。蒸し暑い晴天の朝。冬は凍え死にそうで布団から出ることが億劫になる。だが夏は夏で、布団から出ても起き上がる気力がなかった。結局春と秋が最強だよな。真陽はベッドの上を二回半転がり、サイドテーブルに置いてある冷房のリモコンを取った。これで少しは生き返る……。リモコンを翳して電源を押そうとしたとき、部屋の扉が勢いよく開いた。「真陽、おはよう」「理貴……?」慌てて飛び起きる。ドアの前には制服姿の理貴が立っていた。寝惚けて幻覚でも見てるんじゃないかと思い目元を何回か擦るが、やはり彼の姿はそこにある。先ほどと変わらない様子で、普通に部屋に入ってきた。異常……異常事態だ。彼が自分よりも早起きして俺の家(というか俺の部屋)に来るなんて。冷房をつけてないのに寒気がする。どんなアラームよりも目覚まし効果のある恋人の出現。何を話せばいいのか分からず目が泳いでしまった。それにしても母さん……家に上げるより先に起こしてくれよ。心の中で毒づき、寝癖を直した。先日理貴と二人で学校を休んで(サボって)、昔住んでいた町へ訪れた。ただの気晴らしだと思いきや、理貴から川で溺れさせてごめん、と真剣に謝られて。お前のせいじゃないと軽く十回は言ったけど、彼の態度は変わらず、陽が沈むまでその場で過ごした。本当に幼い頃の話だけど、それは俺が思ってるよりずっと理貴を苦しめていたらしい。まるで気付かなかったことを悔やみ、自分も苦しかった。間接的であれ、俺の存在が理貴を苦しめていた。夜の帰り道は言葉も交わさず。けど手を繋いで、昔に戻ったみたいに並んで歩いた。もともと素敵な思い出や環境とは縁のない生活をしてるんだから、これでいい。特別な何かはいらないから、彼の隣にいさせてほしい。それだけで満たされてる────そう思える時間だった。明日はどんな調子で声かけよう、とか考えてたけど。そんなことを悩む間もなく、この来訪。「ほら、早く起きて着替えて。おばさんが朝ごはん作って下で待ってるよ」「……理貴、ずいぶん早起きだな。昨日帰るの遅かったのに」「あぁ。何か目が冴えちゃって」理貴は俺の棚から櫛をとると、そっと髪を梳かした。「相変わらず寝癖すごいな、お前」「ん~……」寝起きのせいで、今は俺の方が反応が遅い。このままぼけっとしてたら理貴が何でもやってくれる気がして、わざと大人
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#4

久しぶりの自然な笑顔に見惚れてしまう。確かにそうだ。自分もこの笑顔を見られただけで……来てくれて良かった、と感じる。単純だけど、彼の幸せが俺の幸せだから。「理貴。昨日のこと……本当に、もう気にしなくていいから。ていうか俺が気にしてないのに、お前がそんな気にしてたんだって分かって正直ウワッて思った」打ち明けるべきか迷っていたけど、拳を強く握り、彼の目を見る。「つまり、何だ。その……自分がどんだけ無神経なのか、鈍感なのか気付いたんだ。かなり自分が嫌いになった。それをちゃんと謝りたい。そんで俺を助けられなかったとかいうのは、できれば気にしないで。……俺のために忘れてよ」足を止めて振り返る。懇願にも近い言葉。理貴は困った顔で視線を外したけど、やがて吹っ切れたように頷いた。「わかった。お前がそこまで言うなら。……言ってくれるなら」「おし、約束。指切りげんまん」小指を差し出して笑い合う。本当に子どもみたいで、また笑ってしまった。「あら、朝から仲良しね」「うわっ母さん!」しかし超絶バッドタイミングで母が顔を出していた。嫌な汗がだらだら流れたけど、理貴は落ち着き払って「それほどでも」と笑っている。ナイスな反応に助けられたが、今度は自分だけが意識してるみたいでバツが悪い。「真陽、早く顔洗ってきなさい。今日は理貴君がわざわざ迎えに来てくれたんだからちゃんと学校行くのよ。真面目で優しい幼なじみがいて本当に有り難いわねぇ」「言われなくてもちゃんと行ってるよ」昨日はサボったけど。こいつ……理貴も。それに今までは俺がねぼすけの彼を引っ張っていた。めちゃくちゃツッコみたかったけど、一応年上だし、変わろうとしている理貴のためにグッとこらえた。「理貴君、朝ご飯食べて行ってね。お父さんと真陽はあまり食べないからちゃんと作る気がしないんだけど、今日は理貴君がいるからおかずたくさん作っちゃった」「え! すみません、朝早くにお邪魔して……」「いいのいいの!」昔から恒例のやり取りだ。俺は顔を洗って、理貴と一緒に食卓についた。確かにご飯に味噌汁、干物に佃煮、煮物やポテトサラダが所狭しと並んでいる。俺と父だけだったらおかずは一品と漬物で終わるのに、凄まじい待遇の違いだ。「理貴君のお父さんは本職だものね。質素だけど、たくさん食べていって」「俺おばさんのご飯美味しいか
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#5

突如胸の中に生まれた、小さな罅。自分でも理由が分からず、その違和感の正体を考えていた。焦燥に近いなにかに押され、息苦しい。チャイムが鳴る寸前だったから、三人で足早に昇降口へ向かった。俺は二年の教室、理貴と織部先輩は三年の教室へ。廊下で別れて、何となく二人を振り返る。背の高い理貴と、スタイルの良い織部先輩の後ろ姿。彼らが並んで歩いているととても自然というか……お似合いのカップル、なんて言葉が脳裏に浮かんだ。当然だ。男子と女子。その組み合わせが世間じゃ“普通”。普通ということは、ある意味では“絶対”と同じ。どれほど多くの人が想像するかで、揺るぎない力を持つ。自分と理貴は、その枠からはみ出した組み合わせなんだ。可愛くてスタイルがよくて、気立てもいい織部先輩は誰と並んでも遜色ない。むしろ男の方が見劣りしてしまう。違和感ないのは、学校でもイケメンと称される理貴ぐらいだ。……そう思えば尚さら、彼らが一緒にいるのが当然に見える。踵を踏んだ上履きを浮かせる。勝手に色々考える頭、雑念を振り切るように自分の教室を目指した。「水無ー、俺彼女が欲しいよ〜! 死ぬ前に一度でいいから彼女が欲しい! 誕生日にサプライズとかされてみたい!」「自分ですれば。セルフサプライズ」クラスに入ると、女に飢えた友人、梨本が泣きついてきた。「冷たっ……お前どうせ女とっかえひっかえしてんだろ! 俺はわかってるよ。誰にもバラされたくなかったらお願い、俺に女紹介してぇ!!」「脅すのか頼むのかどっちかにしろよ……」朝から本当にうるさい奴だ。しかも俺が女遊びしてると思い込んでる。なんと腹立たしい。「じゃあさ、お前どんなのがタイプ?」「俺? もちろん細くて、胸はそれなりにあって。中身は上品で優しくて、デートの時に弁当作ってくれるタイプ! で、別れ際には手を繋いできてまだ帰りたくない……とか言ってくれるタイプ!」そんな女子は稀だ。注文が大すぎて引っぱたいてやろうかと思った。しかし梨本は本気で、その目に冗談の色は混じってない。好きなシーンを言いすぎて、タイプは迷走してるけど。「あぁでも、ギャップがあんのもいいかな。いつもは強気で上から目線なんだけど、たまに見せる弱いところとか、女の子らしい繊細さが垣間見えたら……あ……死ぬ……っ」梨本は机に伏せた。妄想で昇天できるなんて、本当に
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【4】

「今日、家に誰もいないんだろ?」「ん? あ、そうそう」「じゃあお前ん家で食おう。飯は俺が作るから」え。こっちが何か返す前に、理貴はまた歩き出した。どうやら彼の中では決定事項らしい。立ち止まり、珍しく前を行く彼の後ろ姿を見つめた。びっくりだ。理貴が俺の家で夕飯を作ってくれる……とか。恋人の手料理を家でゆっくり食べられる。それはカラオケよりもずっと嬉しい予定だった。帰りは家の近くのスーパーに寄って、理貴と今夜使う食材を選んだ。ひとりだったら憂鬱なぐらいなのに、彼と一緒だと買い物かごを持つのも楽しい。大して興味のない野菜や魚も、彼が真剣に見てるからちょっと緊張した。値段を見て高っと思ったり、特売品につられたり。些細なことを共有できるのが楽しい。大人になっていつか二人で暮らしたら、こんな毎日が待ってるんだろうか。生活に関わることは全部相談して、二人で話し合ってから買いに行く。「家族」だから……。「真陽、何か食いたいものある?」「ううん。作ってくれるなら何でも食べる」「はは、それは助かる。嫌いなもんあったっけ?」「特に……レバー以外なら何でも食う」とても真面目に答えたんだけど、理貴は可笑しそうに笑っていた。レバーは大人でも食べられない人いるし、そんな珍しくないはずだ。買い物かごはずっと俺が持っていたけど、たくさん食材を入れて重くなってくると理貴が持ってくれた。どんなに大丈夫と言っても譲らなくて、最終的に根負けした。お前腕細いだろ、と言われた時はちょっと悔しいような恥ずかしいような気持ちになって頭が痛かった。レジを済ませてスーパーから出た時には、だいぶ陽が傾いていた。茜色の空を見上げ、二人で川沿いの道を歩く。制服のまま大きなビニール袋を下げている自分達が面白くて、そしてドキドキした。通り過ぎる人にこれから何があるんだ、みたいな目で見られてるような気がした。自意識過剰なだけだと思うけど、一度気付いたら平静に戻れない。イベントにもならないはずなのに、俺にとってはこれも充分非日常だ。「真陽、重いだろ」「全然。あ、ちょっと、俺が持つって!」重くないと言ってるのに理貴は俺のビニール袋を奪い取った。これにより彼が荷物を三つ持って、俺は手ぶらの状態となる。俺ひとり楽してるみたいで不本意だ。「せめて一つ……いや、全部くれよ。俺が持つ」「いいって。
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#1

十八時五十分。テレビの番組が切り替わり頃、台所からは良い匂いが漂ってきた。「おぉ、美味そう!」相変わらず感心する手際の良さ。もう料理は皿に盛られていて、後は汁物やご飯をよそれば食べられる状態だった。理貴はコンロの火を止め、水道で入念に手を洗っている。「できたぞ。腹減ったから早く食おう」「やった! てかごめん、全然手伝えなくて。風呂掃除とかしてたら意外と時間かかっちゃってさ」「平気だよ。強制じゃなきゃ飯作んのは嫌いじゃないから」箸とグラスを二人分用意して、木製の大きな食卓に並べる。高校になってから、家で二人きりで食べるのは初めてかもしれない。「いただきます」「どうぞ」最初に食べたのは高野豆腐の卵とじで、食べた瞬間に美味いつゆが溢れた。「うま……。さすが料理屋の息子」「ははっ、煽てても何も出ないよ?」「いいよ。好きな奴が作った飯が食えるって、それだけで幸せじゃん」豆腐を頬張りながら言うと、理貴はわずかに顔を赤らめた。「そういうのは反則」「えぇ、何が?」「何でもない」理貴は黙々と食べ始めた。どうしたのか分からないけど、やっぱり今が幸せだと強く思った。理貴の箸の持ち方は綺麗だ。自分はどっちかと言うと下手で、あまり人に見られたくない。理貴は元々普通に持てたのか、それとも親に言われて直したのか……どっちだろう。メインの鶏の照り焼きはおかわりしたいぐらい美味かった。母も料理は上手いと思うけど、これを食べたら驚くかもしれない。理貴が料理上手なことは、学校では誰も知らない。彼を追いかけて、隙あらば盗撮してる女子達すら知らないことを、自分は知っている。だからだろうか。誰よりも彼を誇らしく思っている。そういえば、理貴はこの先どうするんだろう。「理貴って……高校卒業したら、やっぱりお店手伝うの?」「あぁ、そーだな。他にやりたいこともないし、まぁまぁプレッシャーかけられてるから。それで多分、卒業したら……場所はまだ分かんないけど、一回他の店で修行しようと思ってる。親の店継ぐから独立するわけじゃないけど、視野は広げた方が良いだろ? この世界で生きてくなら尚さら、外を知らないのは危ないと思うからさ」真剣な面持ちで言い切った理貴に、目を奪われた。控えめに言って惚れ直したんだろう。俺はやっぱり好きなんだ。ひとつのことに情熱とこだわりを持って、生き生
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