LOGIN幼馴染から恋人同士になったのに、いつもすれ違ってる。 ─────── マイペースなイケメン×不憫ヤンキーくんのお話です。 むずキュン&ケンカップル
View More「お? めっずらしー、真陽が本読んでるなんて。これ明日は雪降んじゃねえの?」
梅雨明け宣言がされて間もない、晴天の昼下がり。学校の教室でカバー付きの本を読んでいた水無真陽《みずなしまひる》はクラスメイトの大声に眉を寄せた。
読書をしている自分の姿が大層おかしいらしく、声を掛けてきた生徒は肩を震わせて笑っている。
まあ実際“読書”とは懸け離れた人間だから、言いたい気持ちは分かるが。
腹が立ったので無視を決め込んでいると、今度は読んでいた本を奪われてしまった。途端、真陽の全身から嫌な汗が吹き出す。
「どれどれ、真陽は一体どんな本を読んでるのかなあ~~オフッ!!」
その本の内容は決して知られてはいけない。ページを開かれる前に彼の鳩尾を(一応加減して)殴った。弱らせることに成功したものの、なんと彼は近くにいた他の生徒にその本を投げ渡してしまった。
「おい、誰かこの本を持ってけ! 絶対エロ本だ!」
それを聞いた、男子生徒全員が振り返る。皆我こそ先にとその本を奪い合った。切り替え速すぎだ。俺が元凶とはいえクラスメイト達が心配になる。
「エロ本だと! よこせ!」
「俺がもらう! 教師なんかに絶対渡さねえ!」
そして教室はあっという間に戦場へ変わった。
最悪な乱闘が幕を開けた。本の持ち主である俺は蚊帳の外だし……絶対、あの本の正体を明かされるわけにはいかない。
最初に叫んだ彼の読み通り、あれはエロ本だ。だがエロ本はエロ本でも、彼らが望んでいるものとは少し種類が違うのだ。今もずっと宙を舞ってるけど、何とかして奪い返さないと。マジで明日から学校に行けなくなる。
「あっしまった!」
本が床に落ちた一瞬を見計らい、心を鬼にして本を廊下の外へ蹴り飛ばした。
「あぁっエロ本があ!」
「水無っお前何してんだ! エロ本蹴るとか地獄に落ちるぞ!!」
ぎゃーぎゃー叫んでる彼らを無視し、全速力で廊下へ出る。
あれは見られたらマジでやばい。
短時間でボロボロになった哀れな本。手を伸ばして奪取しようとしたとき、偶然そこを通りかかった男子生徒がひょいと持ち上げてページを開いた。
運悪く、開いたのはちょうど扉絵だったらしい。見た瞬間に青い顔で叫んだ。
「な、何だこの本! 男と男がベッドで…………アッ────!!」
……そこから先の記憶はない。
頭が真っ白になって膝から崩れ落ちた。
後日、クラスメイトの証言によると俺は上履きのまま家へ帰ったらしい。それに気付いた知り合いが、翌日休んだ俺の家まで靴を届けに来てくれた。
何だかんだ優しい奴らに囲まれていたけど、あの日が俺にとって世界の終わりだった。三年前の初夏、BLを愛読していたことがバレたあの日から。
あの耐え難い屈辱を受けたのが三年前。
グータラをモットーに生きていた俺は変わった。端的に言うと、かなりグレた。世の中を憎み、全てが信じられなくなった。大人はもちろん、学校の連中も。いや、学校の連中が特に……。
同学年とは言え、奴らは俺よりずっとヤンチャで行動が読めない。マジで動物園の中の猛獣と一緒だ。
俺はクラスメイトとは一定の距離を保ち、強く生きてやる。
「おい、水無。いくらウチの校則がユルユルでも、その金髪はないだろ。黒に戻せ。毛根も親御さんも泣いてるぞ」
「平気です。親も金髪なので、代々毛根いじめ抜いてますんで」
「そういう問題じゃない」
朝の登校時さっそく学年主任に捕まったが、そこはやんわり答えて逃亡する。
ここは地元じゃ有名な馬鹿校だ。けど教員達は来年からまともな生徒を受け入れようと努力している。素行不良でド派手な俺は邪魔で仕方がなく、さっさと卒業してほしい、リセットしたいと言うのが本音だろう。
高校二年、俺の毎日は荒れていた。教科書なんてしばらく開いてないし、ノートも真っ白。
理由はひとつ。中学で辛い経験をしてから、およそ全てのことがどうでもよくなったせいだ。
黒髪時代からあった俺の唯一のステータス。……それはBLを愛する腐男子ということ。
何故かあのときは学校へBL小説を持っていき、カバーはしていたものの教室で読んでしまった。それをクラスメイト、果ては全校生徒に知られてしまったのだ。
一番好きだった作品だから一刻も早く読みたかったんだろうけど、正気じゃない。あれはただの自業自得だ。
とは言え腐男子だと知られたくないからわざわざ遠い男子校を選んで入学した。私立の上に偏差値も低いことから、真面目な親は最後まで怒っていたけど……。
それでもこの学校に入りたい明確な理由があった。それは、ある人物に会う為。
「理貴! また寝てんのか」
「ん~……」
陽当たりのいい中庭のベンチ。そこで横になっている黒髪の少年に話し掛ける。彼はとても眠そうに瞼を擦り、俺を一瞥してから欠伸した。
「真陽か。おはよう……おやすみ」
「いやいや、もう起きないとHR始まるぞ。つうかどうせここで寝るなら、家で寝て遅く来ればいいのに」
「家に居ると何かしら手伝いやらされるから。それなら早起きしてここで寝てる方がいいんだよ」
長い睫毛に高い鼻。彼を初めて見る女子は口を揃えて「かっこいい」と呟く。確かにかっこいい。
「ふあぁ……やっぱりまだ眠いな」
怠そうに起きる、彼は幼馴染の絹川理貴《きぬがわりき》。俺より歳上の三年生。彼が、この学校を選んだ最大の理由。
「ていうか真陽、今日も可愛いね」
「何寝惚けたこと言ってんだよ……」
照れ隠しのつもりで怒ると、理貴は可笑しそうに笑った。その笑顔すら眩しくて、思わず目を細める。
「真陽は可愛いよー? 金髪にしてたのはびっくりだけど、中身は昔と何にも変わってない」
彼は懐かしそうに背伸びする。それもそのはず、俺達の付き合いは幼稚園時代から。家が隣で歳も近く、毎日のように遊んだ仲だ。幼馴染というか、周りから見れば本物の兄弟のようだったと思う。
けど、今の俺達の関係は……口が裂けても人に言えない。
「こんな可愛い真陽が俺のカノジョなんて幸せだなぁ」
「もう……」
そう。俺達は同性だけど恋人同士だ。俺から思いきって告白して、それから付き合いだした。でもカノジョって言い方はおかしい。
「理貴、そこはカレシって言おう。俺は男だから」
「あぁ、ごめんごめん。真陽は今日も可愛いなあ」
それさっきも聞いた。マジで寝惚けてんのか。
内心呆れつつ、ひとり息をつく。
理貴は優しくて面倒見が良くて、唯一心を許せる人物だ。
でもひとつ難点をあげるとすれば、ちょっと……いや、かなり抜けてる。ねぼすけで、超絶マイペースな人間だ。
まだ五歳のときに理貴と出会い、十年もお隣さんとして付き合ってきた。けど高校受験を前に、彼は家の都合で隣の市へ引っ越した。
傍にいるのが当たり前だと思っていたから、彼と離れることになった時は心臓が張り裂けそうだった。
そしてそこで初めて、理貴のことが大好きなのだと気付いた。
ずっと一緒にいたい。触れていたい。家族や親友ではなく、────恋愛対象として。
このまま疎遠になるのは耐えられなくて、彼が引っ越す前に告白した。
それは腐男子暴露事件の後のこと。俺自身はもう金髪にしてまぁまぁ荒んでいたけど、理貴は少し驚いたぐらいで、笑顔で受け入れてくれた。
『俺も真陽と離れたくなかったんだ。だからありがとう。……すごく嬉しい』
あのときの陽だまりのような笑顔は忘れない。
あまりに綺麗すぎて、家に帰ってから何度も頭を壁に打ちつけたっけ。
中学では色々あったけど、その過去を乗り越えて彼と同じ学校に通えている。今はそれだけで充分だった。
「理貴、そのピアス似合ってんね」
「ん……欲しかったらあげるよ?」
眠そうな瞳がこちらを向く。でも、それには慌てて首を振った。
「い、いいよ。ほら、俺ピアスの穴塞がってきたし」
「あぁ、そうか。じゃあまた開けたらいいんじゃない? 真陽さえ良ければいつでも……ね……」
理貴の首が揺れ出した。とうとう話してる最中に寝てしまったようだ。彼が地面に倒れないよう支えて、ステンレスのピアスに触れる。
綺麗だな。例え安物だとしても彼が身に付けているものは全て輝いて見える。
自分でも相当やばいと思う。もはや病気。
俺は理貴に惚れすぎてるんだ。誰よりも優しく、甘やかしてくる彼に陥落している。
オタクからヤンキーになっても俺を受け入れてくれた、唯一無二の存在だから。
彼に病的に依存してる自覚がある。そして、理貴のスピーディ寝落ちも病気のレベル。
「はぁ……」
触りたい。もっと、見えないところを。
理貴は完全に眠りに落ちていた。仕方ないからまたベンチに横にして、彼の薄い唇を見つめる。
見れば見るほど、キスしたい。妄想だけが頭の中で肥大していく。
「理貴……」
思わず手を伸ばして、その唇に触れる。想像通り、いや想像以上に柔らかかった。
キスッ……したいけど、駄目だ。堪えろ。ここで馬鹿な真似をしたら俺はもちろん、理貴にも迷惑がかかる。平穏な日々をぶち壊してしまう。
「ふあぁ、おはよう真陽」
「おっ……はよう」
ひとり葛藤してる間に、理貴は起きた。そして二回目の挨拶を交わす。
デジャヴ感半端ないな。
それはそうと、理貴は朝に限らず常に眠そうだ。隙さえあれば寝ている。
寝顔が可愛いから見てるのも楽しいけど、話せないぶんちょっと寂しい。
「理貴、そろそろ起きろって。重い」
「んん~」
「駄目だこりゃ……」
結局、眠気の強い理貴を支えながら教室へ向かう。彼がしっかり歩かないせいで全体重がのしかかってくる。これは地味にきつかった。
「おっはよー真陽ちゃん! また朝からイチャイチャしちゃって〜。青春だね」
「あ、織部先輩。おはようございます」
理貴を引っ張りながら廊下を歩いていると、高い声と高いテンションで話しかけてきた女子生徒がいた。
巨乳に加えて胸元のシャツをかなり開けてるため、女に興味がない俺もつい視線がいく。
とても柔らかそうで、許されるなら一度触ってみたい。性的な意味ではなくて、アルパカの毛を触ってみたい気持ちと酷似している。
彼女は理貴と同じクラスで、俺よりひとつ上の織部美弥《おりべみや》先輩。理貴と仲が良いから、俺もよく話すようになった。
「理貴ったらまた寝てんの? 眠り姫だねー。お世話係の真陽ちゃんが居なかったら今頃どうなっていたか」
「いや、俺はただの後輩ですから。ほら理貴、ちゃんと歩け!」
強めに言うも、やっぱり理貴の反応は薄い。結果的に俺と織部先輩が両側がら彼を支えて教室まで連れていった。まるでメキシコで捕獲された宇宙人の図だ。
「あぁ、重い! 起きなさいよ! 女子に担がせるとか何考えてんの!?」
「多分何も考えてないと思います。また寝てるし……」
何とか理貴を席に座らせる。でも彼はまた数秒と経たずに寝てしまった。もう病気だな。
地味に俺の服の裾を握ってたりして、そこは可愛かったりするんだけど。ため息が止まらない。
彼の幸せそうな寝顔を眺める。乱れた前髪を整えながら、彼の長いまつ毛に触れた。
「大変だねー真陽ちゃん、大好きな王子様が眠り姫で」
「はいっ!?」
驚いて振り返ると、織部先輩はにやにやしながら理貴の机の上に寄りかかった。
「あれ、理貴と付き合ってるんじゃないの? 隠さなくてもいいよ。ウチの学校って共学だけど、“そういう”人多いじゃん」
その言葉を聞いた途端、滝のような汗が流れる。
彼女は察しがよく、俺達の関係に気付いてるみたいだ。でも絶対否定しなきゃ。また学校に行きづらくなってしまう。
「ち、違いますよ! そんな怖い関係じゃありません!」
「えぇ、違うの?」
「あったりまえです! そういう勘違いされるから、本当に迷惑してたんです……! 理貴が起きたら、もう俺に近付くなって言っといてください!」
喉が焼けるように熱い。顔も頭も、炎が燃え盛るようだった。
だけどそんなことに構ってられず、驚いてる織部先輩を残して教室を出た。
理貴は相変わらず起きる気配がないし。
自分でも驚くほどモヤモヤしながら、やけに熱い額を押さえた。
午後の授業は体育で、男女別のソフトボール試合だった。
ウチの学校は男女仲が良い。双方盛り上がっていたけど、俺のテンションは極限まで盛り下がっていた。
「うあぁあぁあ……!!」
教師の目を盗んで試合をサボり、倉庫の前に蹲る。頭の中は今朝の出来事でいっぱいだった。
( 自己嫌悪やばすぎる…… )
織部先輩にとんでもない事を言ってしまった。ほんっ……とうに馬鹿した。後悔しても後の祭りだけど、どうしよう。
俺に近付くな、なんて……織部先輩が理貴に伝えたら大変なことになる。もう口もきいてもらえないかも。
てか、理貴がどう出るかが本気で分からない。
幼い頃から理貴とはずっと一緒にいるけど、彼が怒った姿を見たことは一度もない。それゆえ恐ろしかった。
ひとりで悩み苦しむのも限界に達し、勇気を振り絞って『織部先輩に何か言われた?』とメッセージを送った。だけど未だに既読の表示がつかない。気付いてないだけなのか、それとも……。嫌な想像ばかりが先行する。
理貴は懐かしそうに目を細める。多分笑いたいんだろうけど、俺に遠慮して真剣に考えてるような表情を浮かべた。「何だっけな。いじめっ子にゲームを隠されたんだったかな。それも、オバケが出るって言われてた寺の墓地に。ゲームが大事だったにしても今思うとよくあんなところに一人で行ったよ。正直驚いた」「あー……何か思い出してきた」ぶっちゃけ嫌な思い出だ。いじめられた、という過去も腹立たしいし、鬱蒼とした墓場はそれだけで不気味だし、実際はゲームなんて置いてなくて、俺の家の玄関前に返されていたなんて。そりゃもう全てが黒歴史だ。怖かったと思う。帰りたくてもゲームは見つからない。親に言ったらもう何も買ってもらえないかもしれない。今なら笑っちゃうほどちっぽけな恐れだけど、子どもなんて感情だけで生きてる生き物だ。当時のダメージはでかかった。色んな恐怖が極限まで高まって泣き出した時、その声に気付いた理貴が大慌てでやって来てくれた。俺が墓地へ行くことを公園で聞いていた子が、幼馴染みの理貴に教えてくれたらしい。あれは本当に感謝した。でもゲームが見つからないからしばらくその場でぐずって、窘められながら山を下りたんだ。結局、理貴に手を引かれながら家まで送ってもらった。「あの時のゲームどうした?」「そりゃあ……バッテリー悪くなって捨てた」「だよな」あの頃は何よりも大事だった最新のゲームも、時と共に廃れていった。古い記憶と一緒に手放してしまった。劣化したものをバカスカ捨てて、新品ばかり求める人間になった。これはちょっと悲しい。「今まで捨てたゲーム何個あるだろ。俺って物大事にしなさ過ぎてバチ当たるかな……」「ゲームも言っちゃえば消耗品だからな。いつか絶対壊れるんだし、仕方ないだろ」壊れなかったら消耗品じゃない。その言葉の意味は分かるけど、心が痛むのは何故なのか。その理由を、記憶を手繰り寄せる。いっときでも毎日遊んで、自分を楽しませてくれた。無機物に対して抱く感情としては微妙だけど、お世話になったような感謝の気持ちがある。だから悲しい。手放すだけじゃなく、廃棄することは恩を仇で返すような後ろめたさがあるんだ。物に対してこんなことをちまちま考えてる自分はやばいかもしれない。理貴に言ったら「想像力豊か」の一言で一蹴されそうだ。でも、使い捨てって何か寂しい言葉じゃないかな。物で
今までの経験上、強引な理貴は怒ってるように見えてしまう。大丈夫か不安だったけど、空を見上げた彼は満面の笑みを浮かべていた。「見ろよ、真陽。星がすごい綺麗」「あ。ほんとだ」……星が綺麗に見えることは、実はもうちょっと前から気付いていた。だから俺が同意したのは別のこと。ちょっと視点がズレるけど、俺は理貴の瞳の方が眩く輝いて、綺麗に見えた。口には出せない。でもつられたふりをして空を見上げる。深い藍色の夜空に、満天の星が煌めいていた。感動する気持ちに嘘はないけど、「綺麗」って吐いた言葉は自分の耳では嘘っぽく聞こえた。こんなに素晴らしい星空を前に、何やってんだか。二人で山に続く畦道を歩く。小さいが棚田になってるところは月光が反射して美しかった。こんな景色を毎日見られたら心が綺麗になりそうだ。……でも毎日見てたらさすがに飽きるのかな。全部霞んで、心が動かなくなっちゃうのか。当たり前ってそういうことだよな、と独り考える。多分牛蛙だと思うけど、野太い声がずっとBGMとして聞こえる。そういえばオタマジャクシ好きだった、とか田植えの手伝いしたな、とか色々思い出していた。懐かしい。理貴は何を考えてるんだろう。さっきの星空に感動してからずっと静かに前を歩いている。わざと止まって畑の中を覗いたりしたけど特に気に留める様子もなかった。薄情だ。……いや、薄情はちょっと意味が違うか。えーと、「着いた。ここだな」その言葉がなければ背中にぶつかるところだった。前を見ると、確かに山林の中へ続く坂道が広がっている。看板もなく、奥は暗くて何も見えない。大きな口を開いてやってくる人を待ってるように見えた。「十分ぐらいボーッとしてるか。そんで誰も来なかったら帰ろう」十分で会えたら奇跡じゃないか? と思ったけど、あえてつっこまずに頷いた。案の定十分はあっという間で、人っ子一人来なかった。存在を感知できたのは鳥だけだ。スマホで時間を確認する。眩しいライトは目が痛くて、すぐにポケットにしまった。「理貴……そろそろ帰る?」「そーだな。すぐ帰るって叔父さん達に言っちゃったしな。心配させちゃいけないし」理貴は口端を上げて笑った。星空はまだ健在。上も下も暗闇の世界で、真ん中にいる理貴は白く照らされていた。白いシャツが映えるだけだろうけど、俺には充分道しるべになった。「真陽」
夕陽が燃え盛っている。尋常じゃなくでかい。太陽ってこんなに大きかったっけ。いや、そりゃ大きいか。でもこれやばくないか。地球に落ちてくるんじゃ……と独りで慄く。天井裏の小窓から空を覗き、次いで理貴の方を見た。彼は奥に眠っていた紙の箱から、古い写真を取り出している。「理貴、それ誰の写真?」「親父の、ガキの頃かな。なんとなーく……目元がそんな気する」色褪せたカラーの写真。だけどもっと奥にはセピア色の写真も数枚入っていた。写真に映る少年は確かに、理貴と似ていた。でもそれを言ったら彼がむくれる気がしたから、内心笑いながら黙っておいた。すると、「真陽、ごめんな。怒ってる?」「は? 何で」「暑いし、働かされるし、俺が構ってやらないから」「……」最初の二つは笑顔で否定できた。しかし最後の言葉が全ての冷静さを奪った。「どういうことだよ。自惚れんのもいい加減にしろって」子どもじゃないんだから。何だか一気に暑くなって、持ってた団扇で豪快に仰いだ。理貴は何も言わずに微笑むと、そろそろと近くへ寄ってきた。嫌な予感がすると思った瞬間、彼の顔が鼻先まで近付く。「さすがにここには叔父さん達も来ないよ?」「え……」また、気温が急上昇する。いやいやまさか。こんなとこで、嘘だろ? ……と思ったのも束の間、唇を強く塞がれた。抵抗しようにも両腕はしっかり掴まれ、埃っぽい床に押し倒される。いくら誰もいないからって、これはまずい。止めなきゃ。けど理貴は緩めることなく深い口付けを続ける。彼の舌が入り込み、奥をひと舐めしたとき背筋に電流が走った。あ……っ。力が抜けるのは一瞬だ。さっきまでの思考は傾き、どうしようもない高波に攫われる。もっとしたい────。そう思ったとき、理貴は軽やかに後ろへ退いた。「お。もう十八時だ。ご飯って呼ばれる前に降りるか」「え……あ、うん」状況がすぐに飲み込めず、口を空けたまま頷く。理貴は腕のスマートウォッチを見ながら淡々と告げた。切り替えの早い彼ならさもありなんだけど、その姿には少なからず殺意を覚える。やる気ないなら中途半端に手を出すなよ。いや、もちろんマジでやる気だったら困るけど!くそ。……顔が熱くてしょうがない。太陽が完全に山に隠れた。シャワーを浴びて広い居間へ向かうと、理貴の叔母さんが夕飯を用意してくれていた。海の幸と山
────苦く懐かしい記憶がある。まだ小学生の頃の話。両親から誕生日プレゼントにもらったのは、当時流行っていた最新のゲーム機。発売してすぐに買ってもらった為、周りで持っているのは自分だけだった。だからだろう、クラスでリーダー格の男子にいびられる羽目になった。休日に近所の公園でゲームをしているところを運悪く見られてしまい、奪われたのだ。けど小学二年生のお小遣いで買える代物じゃないから、彼らも内心では扱いに困っていたようだ。ゲーム機を持った一人がどこかへ去り、しばらくして戻ってくると「寺の墓地に置いてきた」と言った。返せと言おうにも、本当に持ってないのでは仕方ない。彼らは笑いながら去って行った。その背中に蹴りを入れられるような性格じゃなかった当時の自分は、泣きそうになるのを堪えて地面を見つめた。どうしよう……。目の前が滲んでいたけど、やがて元の視界に戻っていった。陽が傾き、足元の影がだんだん伸びていく。夜が来てしまう前に、ゲーム機を探しに行かないと。「肝試し?」「うん。最近ウチの敷地でやる子どもが増えてるんだけど、山の中は危ないから困ってんだ」立っているだけで全身から汗が吹き出す、酷暑の夏。広大な庭の雑草取りはしんどかったけど、今年は特別感に溢れている。真陽は理貴に誘われ、彼の叔父と叔母の家に遊びに来ていた。彼らの家は海から程近いものの、裏には大きな山々がそびえ立っている。山と海に挟まれた長閑な田舎町。 ( 暑すぎて虫も鳴いてないな )真陽は貸してもらったタオルで汗を拭った。地元から電車で二時間ほど乗り継ぎ、昼過ぎに着いたばかり。辺りを軽く散策したあと家の手伝いをし、無心で雑草を抜いていた。それから叔父の軽トラに乗り、夕食の買い出しに付き合って帰ってきたところである。そこからの雑草取りは中々ハードだった。とは言え泊まらしてもらう予定なので、手伝えることは何でもやるつもりだ。仰け反り、青々とした空を見上げる。都会の喧騒から離れるのは大事なことだとしみじみ思った。灰色の建物ばかり見上げるより、何も無くとも緑に包まれた景色の方が良い。というか、眼に優しい。そう言うと縁側で寛いでいる理貴から「真陽の頭は金ピカで目が痛いけど」と言われた。でも確かに。黒とは言わずとも、そろそろ茶髪ぐらにいには戻しても良いかも。髪先をそっとつまみ上げて、差し出
「今日、家に誰もいないんだろ?」「ん? あ、そうそう」「じゃあお前ん家で食おう。飯は俺が作るから」え。こっちが何か返す前に、理貴はまた歩き出した。どうやら彼の中では決定事項らしい。立ち止まり、珍しく前を行く彼の後ろ姿を見つめた。びっくりだ。理貴が俺の家で夕飯を作ってくれる……とか。恋人の手料理を家でゆっくり食べられる。それはカラオケよりもずっと嬉しい予定だった。帰りは家の近くのスーパーに寄って、理貴と今夜使う食材を選んだ。ひとりだったら憂鬱なぐらいなのに、彼と一緒だと買い物かごを持つのも楽しい。大して興味のない野菜や魚も、彼が真剣に見てるからちょっと緊張した。値段を見て高っ
久しぶりの自然な笑顔に見惚れてしまう。確かにそうだ。自分もこの笑顔を見られただけで……来てくれて良かった、と感じる。単純だけど、彼の幸せが俺の幸せだから。「理貴。昨日のこと……本当に、もう気にしなくていいから。ていうか俺が気にしてないのに、お前がそんな気にしてたんだって分かって正直ウワッて思った」打ち明けるべきか迷っていたけど、拳を強く握り、彼の目を見る。「つまり、何だ。その……自分がどんだけ無神経なのか、鈍感なのか気付いたんだ。かなり自分が嫌いになった。それをちゃんと謝りたい。そんで俺を助けられなかったとかいうのは、できれば気にしないで。……俺のために忘れてよ」足を止めて振り返
あの日から時間に置いてかれている。大人になっていく真陽を見るとよく分かった。自分だけが同じ場所に留まって下を見ている。一年、二年と経過して、体ばかり大きくなるのに。俺も変わらなきゃ。どうしょうもなく焦っていた。けどそんなすぐに変われたら苦労しない。明日から頑張ろう」、が明日こそ頑張ろう、に変わって、気付いたら寝てしまうことが増えた。しっかりしろ、と思うほどぼうっとする。真陽以外の誰かを想うときは普通なのに、彼のことを考えると猛烈な眠気に襲われる。心地いい声が子守唄に変わる。間違いなく、現実逃避だった。不安なことをシャットアウトして自分の世界に逃げたい。大切なはずの真陽からも逃
無意識のうちに呟いてしまった。慌てて口を押さえたけど遅い。隣に佇む理貴の顔色が変わっていた。ただ今度は張り詰めたものではなく、……悲しそうな表情で。空気を変えなきゃ。「水。……水が飲みたいな。のど渇いちゃった」わざとらしいけど、最大限の笑顔をつくる。怖々反応を待つと、彼は腑に落ちた様子でちょっと待ってろ、と部屋を出て行った。とりあえず助かったと胸を撫で下ろすも、何を不安に感じていたのか。自分でもいまいち分からない。でも自分が川で溺れたことは、理貴にとっても嫌な記憶だ。わざわざ思い出さなくていい。あれは消し去っていい出来事なんだ。静かにため息をつく。部屋の扉が開いて、戻ってきた