新婚の夜、夫である加藤幸太(かとう こうた)に電話がかかってきた。幸太はすぐさまベッドから飛び起きると言った。「真奈美が駄々をこねていてね、様子を見てくる」私は白くなるほど強く、幸太のシャツの裾を掴んだ。「今夜は新婚の夜だよ、本気で出ていくの?」幸太はシャツのボタンを掛けながら、面倒くさそうに吐き捨てた。「真奈美は、俺がいないと眠れないんだ」喉にガラスの破片が刺さったような苦しみを覚え、私は声を震わせた。「幸太、妻は私よ」「妻、だと?」幸太は鼻で笑うと、私の顎を強く掴んで見下ろした。「家財を差し出してまで、俺と結婚したかったんだろう?欲しい名分は手に入ったんだ、他に何が不満だ?そんなに不満なら、俺の妻になりたい女は他にいくらでもいる。よく考えておけ。離婚しても、慰謝料なんて一円も払わないからな」一刻も早く松尾真奈美(まつお まなみ)の元へ駆けつけようとドアを叩きつける幸太の背中を見て、私は手をだらりと下げた。体はそのまま、冷え切った布団の中へと滑り落ちていく。「分かったわ、もう何も言わない」枕の下から末期胃がんの診断書を取り出し、記された日付をそっと指先でなぞった。もう、これでいい。あなたが、いつか後悔しなければいいのだけど。ドアを激しく閉める音がして、壁のウエディングフォトがガタガタと揺れた。布団に残った幸太の温もりを感じ、心臓が切り裂かれるほど痛んだ。しばらく、動くことができなかった。スマホが振動した。真奈美のSNSの通知だった。写真の中で幸太は、真奈美のために甲斐甲斐しく海老の皮を剥いている。【幸太さんだけが分かってくれる】という言葉と共に。幸太も、瞬時に「いいね」を押していた。海老の皮を剥くその手元を見て、当時の記憶が蘇った。昔は金もなく、満足に食事すらできなかった。特売の冷凍海老が、私たちにとって一番のご馳走だった。幸太はいつも私のために海老の皮を剥いてくれていた。それでも幸太は「お前を苦労させているから」と言って、笑っていた。「この手は、お前だけのためにある」と誓った幸太だった。「ずっと一緒」とか、「起業に成功したら必ずプロポーズする」とも言ってくれた。まさか、その誓いがこんなにも早く破られるなんて。幸太が起業してから3年が過ぎた頃、私はバイト
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