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約束を破った俺は、離れ去った君に会えない

約束を破った俺は、離れ去った君に会えない

Par:  サカエComplété
Langue: Japanese
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新婚の夜、夫である加藤幸太(かとう こうた)に電話がかかってきた。 幸太はすぐさまベッドから飛び起きると言った。「真奈美が駄々をこねていてね、様子を見てくる」 私は白くなるほど強く、幸太のシャツの裾を掴んだ。「今夜は新婚の夜だよ、本気で出ていくの?」 幸太はシャツのボタンを掛けながら、面倒くさそうに吐き捨てた。「真奈美は、俺がいないと眠れないんだ」 喉にガラスの破片が刺さったような苦しみを覚え、私は声を震わせた。「幸太、妻は私よ」 「妻、だと?」 幸太は鼻で笑うと、私の顎を強く掴んで見下ろした。「家財を差し出してまで、俺と結婚したかったんだろう?欲しい名分は手に入ったんだ、他に何が不満だ? そんなに不満なら、俺の妻になりたい女は他にいくらでもいる。 よく考えておけ。離婚しても、慰謝料なんて一円も払わないからな」 一刻も早く松尾真奈美(まつお まなみ)の元へ駆けつけようとドアを叩きつける幸太の背中を見て、私は手をだらりと下げた。体はそのまま、冷え切った布団の中へと滑り落ちていく。 「分かったわ、もう何も言わない」 枕の下から末期胃がんの診断書を取り出し、記された日付をそっと指先でなぞった。 もう、これでいい。 あなたが、いつか後悔しなければいいのだけど。

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Chapitre 1

第1話

新婚の夜、夫である加藤幸太(かとう こうた)に電話がかかってきた。

幸太はすぐさまベッドから飛び起きると言った。「真奈美が駄々をこねていてね、様子を見てくる」

私は白くなるほど強く、幸太のシャツの裾を掴んだ。「今夜は新婚の夜だよ、本気で出ていくの?」

幸太はシャツのボタンを掛けながら、面倒くさそうに吐き捨てた。「真奈美は、俺がいないと眠れないんだ」

喉にガラスの破片が刺さったような苦しみを覚え、私は声を震わせた。「幸太、妻は私よ」

「妻、だと?」

幸太は鼻で笑うと、私の顎を強く掴んで見下ろした。「家財を差し出してまで、俺と結婚したかったんだろう?欲しい名分は手に入ったんだ、他に何が不満だ?

そんなに不満なら、俺の妻になりたい女は他にいくらでもいる。

よく考えておけ。離婚しても、慰謝料なんて一円も払わないからな」

一刻も早く松尾真奈美(まつお まなみ)の元へ駆けつけようとドアを叩きつける幸太の背中を見て、私は手をだらりと下げた。体はそのまま、冷え切った布団の中へと滑り落ちていく。

「分かったわ、もう何も言わない」

枕の下から末期胃がんの診断書を取り出し、記された日付をそっと指先でなぞった。

もう、これでいい。

あなたが、いつか後悔しなければいいのだけど。

ドアを激しく閉める音がして、壁のウエディングフォトがガタガタと揺れた。

布団に残った幸太の温もりを感じ、心臓が切り裂かれるほど痛んだ。

しばらく、動くことができなかった。

スマホが振動した。真奈美のSNSの通知だった。

写真の中で幸太は、真奈美のために甲斐甲斐しく海老の皮を剥いている。【幸太さんだけが分かってくれる】という言葉と共に。

幸太も、瞬時に「いいね」を押していた。

海老の皮を剥くその手元を見て、当時の記憶が蘇った。

昔は金もなく、満足に食事すらできなかった。

特売の冷凍海老が、私たちにとって一番のご馳走だった。

幸太はいつも私のために海老の皮を剥いてくれていた。

それでも幸太は「お前を苦労させているから」と言って、笑っていた。

「この手は、お前だけのためにある」と誓った幸太だった。

「ずっと一緒」とか、「起業に成功したら必ずプロポーズする」とも言ってくれた。

まさか、その誓いがこんなにも早く破られるなんて。

幸太が起業してから3年が過ぎた頃、私はバイト先に向かう途中で、高価なネックレスを真奈美に贈る彼の姿を見てしまった。

私は我を忘れて問い詰めた。

幸太からは「真奈美は若くて魅力的だ。男で好きにならないやつはいない」という、冷酷な言葉が返ってきただけだった。

信じられなかった。あんなに私を大切にしてくれた男が、どうして他の女に心を移せるのだろう。

天罰が下ったのだろうか。幸太の会社はトラブルで資金が底を尽き、苦労して立ち上げた事業は、一夜にして消え去った。

再び、一文無しの青年へ逆戻りした。

プライドが邪魔して真奈美を頼れなかった幸太は、なんとうちに跪いて頭を下げてきたのだ。

玄関先で泣きつく幸太と、医師から渡された末期胃がんの診断書を見比べた。

3日目に跪く幸太を前に、私はある契約を持ち出した。

「私の不動産を売却するわ。代わりに、法的な妻にして」

幸太は苦虫を噛み潰したような顔をした。たぶん、真奈美がなるはずの妻の立場に、私がいるのが気に入らないんだろう。

しかし、幸太には他に道がなかったのだ。破産して終わりたくなければ、私の提案をのむしかなかった。

窓から吹き付ける冷たい風で、我に返った。

自分を嘲笑うように笑ったが、流れる涙は末期胃がんの診断書に落ち、滲みが大きく広がった。

治療を受けなければ、余命はあと3か月だと告げられている。

せめて、幸太の慰めの一つでもあれば救われたかもしれない。

でも無理なのは知っている。幸太には、私が仮病を使って嫉妬しているようにしか見えないはずだ。

夜中の3時、幸太が戻ってきた。

真奈美の香水と、酒とタバコの匂いが漂ってくる。

眠れずに待っていた私が幸太を見ると、目が合った。

幸太は眉をひそめて、上着をソファに放り投げる。「なんで起きてるんだ?そんな冷めた目で見んな」

真奈美と関係を持ってからというもの、幸太は私のためには何もしてくれなくなった。

それにもう、慣れてしまっていた。

「松尾さんは落ち着いたの?」静かに尋ねる。

「ああ。真奈美は胃が痛いって弱っているんだ。行ってやらなきゃ、可哀想だろ」

「胃が?幸太、私も胃が痛いの」

幸太は動きを止め、軽蔑の笑いを浮かべた。「直美(なおみ)、そのくだらない嫉妬にはウンザリだ。真奈美は本当に苦しんでるんだよ」

幸太が近づいてきて、私を冷酷に見下ろす。

「結婚したからって、調子に乗るな。お前はただ肩書きが欲しくて家財を差し出しただけだろ。大人しくしていろ」

3年間愛し続けたこの男の顔を見上げる。

「もし、本当に余命わずかだって言ったらどうする?」

幸太は肩を震わせて笑い出した。

「死ぬ?こんな図太いお前が死ぬわけない。死にたいならよそで死ね。俺の新居が汚れる」

幸太がバスルームへ行くと、シャワーの音が響いていた。

私は診断書を折り畳んで、マットレスの下へ押し込んだ。

信じないのなら、棺桶に持っていくだけだ。

バスルームから、腰にバスタオルを巻いた幸太が出てきた。

私を無視して、まっすぐ書斎に向かう。

「今日は書斎で寝る。お前も頭を冷やせ」

私は幸太の背中に声をかける。「幸太。3か月経ったら、離婚しよう」

幸太は歩みを止め、皮肉な笑みを見せて振り返る。

「離婚?お前がこの富が手放せるはずがないだろ?もうそんな芝居は聞き飽きた」

「本気よ」と私は言った。

幸太が戻ってきて、私の肩を激しく掴んだ。

「直美、脅すのも大概にしろ。お前が泣きついてまで俺と結婚したんだろ?今更なんだ。

誰がお前のような、つまらない女を欲しがるっていうんだ?」

幸太の冷たい目線の中に、最後のかすかな望みも消えていった。

そうだ。余命が残り少ない女を欲しがる男なんて、いるわけがない。

部屋から幸太を押し出してドアを閉めると、私はベッドに倒れ込んだ。

胃が、切り裂かれるように痛む。

水一杯を自分で汲む力も残っていなかった。

激しい病の痛みが、体を絶えず苦しめていた。

それが、私の新婚の夜の全てだった。

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commentaires

松坂 美枝
松坂 美枝
実は主人公が生きてましたを期待してたわ… いつもの悔恨するクズ男だった 自分が浮気しといて責任を全て浮気相手になすりつけるいつものアレ お前の下半身のせいだよ
2026-03-20 09:26:11
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第1話
新婚の夜、夫である加藤幸太(かとう こうた)に電話がかかってきた。幸太はすぐさまベッドから飛び起きると言った。「真奈美が駄々をこねていてね、様子を見てくる」私は白くなるほど強く、幸太のシャツの裾を掴んだ。「今夜は新婚の夜だよ、本気で出ていくの?」幸太はシャツのボタンを掛けながら、面倒くさそうに吐き捨てた。「真奈美は、俺がいないと眠れないんだ」喉にガラスの破片が刺さったような苦しみを覚え、私は声を震わせた。「幸太、妻は私よ」「妻、だと?」幸太は鼻で笑うと、私の顎を強く掴んで見下ろした。「家財を差し出してまで、俺と結婚したかったんだろう?欲しい名分は手に入ったんだ、他に何が不満だ?そんなに不満なら、俺の妻になりたい女は他にいくらでもいる。よく考えておけ。離婚しても、慰謝料なんて一円も払わないからな」一刻も早く松尾真奈美(まつお まなみ)の元へ駆けつけようとドアを叩きつける幸太の背中を見て、私は手をだらりと下げた。体はそのまま、冷え切った布団の中へと滑り落ちていく。「分かったわ、もう何も言わない」枕の下から末期胃がんの診断書を取り出し、記された日付をそっと指先でなぞった。もう、これでいい。あなたが、いつか後悔しなければいいのだけど。ドアを激しく閉める音がして、壁のウエディングフォトがガタガタと揺れた。布団に残った幸太の温もりを感じ、心臓が切り裂かれるほど痛んだ。しばらく、動くことができなかった。スマホが振動した。真奈美のSNSの通知だった。写真の中で幸太は、真奈美のために甲斐甲斐しく海老の皮を剥いている。【幸太さんだけが分かってくれる】という言葉と共に。幸太も、瞬時に「いいね」を押していた。海老の皮を剥くその手元を見て、当時の記憶が蘇った。昔は金もなく、満足に食事すらできなかった。特売の冷凍海老が、私たちにとって一番のご馳走だった。幸太はいつも私のために海老の皮を剥いてくれていた。それでも幸太は「お前を苦労させているから」と言って、笑っていた。「この手は、お前だけのためにある」と誓った幸太だった。「ずっと一緒」とか、「起業に成功したら必ずプロポーズする」とも言ってくれた。まさか、その誓いがこんなにも早く破られるなんて。幸太が起業してから3年が過ぎた頃、私はバイト
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第2話
翌朝、私はドアを叩く激しい音で目を覚ました。ドアの外には、きれいにメイクをした真奈美が立っていた。彼女が羽織っているシャツは、昨日幸太が着て出ていったものだった。その首元には、隠しきれないキスマークがついている。「直美さん、おはよう」胃のあたりが、ぐっと痛んだ。「誰がここに入っていいって言ったの?」真奈美はまるでこの家の主人のように、純真無垢な笑みを浮かべてダイニングテーブルに腰を下ろした。「幸太さんが鍵をくれたの。彼のお家は私のお家なんだって。直美さん、そんなに心が狭いの?」幸太が書斎から出てきて真奈美の姿を目にすると、その眼差しは一瞬にして穏やかなものになった。「真奈美、もっと寝てればよかったのに」真奈美は立ち上がり、幸太の腕に寄り添った。「手作りの朝食を持ってきたのよ。でも、直美さんは私がお邪魔なみたいね」幸太は私の方を向き、その表情は一気に曇った。「直美、何ふてくされてるんだ。真奈美にお茶を出しなさい」私は幸太を見つめ、掠れた声で答えた。「私はあなたの妻よ。メイドじゃないわ」幸太は鼻で笑った。「妻?名目上の妻を除けば、どこが妻らしいんだ。自分を磨くこともせず、家事もしない。朝食さえも真奈美に持って来させるなんて」真奈美は気遣うようなふりをした。「直美さんは体調が悪いのよ。こんなに顔色が悪いでしょ。幸太さん、あんまり責めないで」幸太は吐き捨てるように言った。「いつもの演技さ。放っておけ」私は何も言えなかった。一晩中続いた胃痛のせいで、もう争う気力さえ残っていなかった。私はキッチンに入り、水を飲もうとした。すると、背後から真奈美がついてきた。「直美さんほどあさましい人って初めて見たわ。幸太さんが私を愛してるって分かっているのに、厚かましくもしがみつくなんて」胃の痛みがさらに強くなる。私は震える手でコップを口に運ぼうとした。しかし、真奈美は諦めようとしない。彼女は私の手首を強く掴むと、声を低くしてあざ笑った。「金で買った妻の座も、維持するのは大変ね」私の手が揺れ、コップの水が真奈美の手にこぼれた。真奈美はわざとらしく叫び声を上げると、勢いよく後ろに倒れ込んだ。「直美さん、お水を運ぼうとしただけなのに……どうして私を押すの?」言葉が終わらないうちに幸太が駆け込み、私を
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第3話
午後、真奈美は幸太を誘って買い物に出かけた。出かけ際、幸太は冷ややかに言い捨てた。「夜は真奈美が家で食事をする。彼女の好物を作っておけ」私は窓の外の枯れた植木鉢を眺め、黙り込んだ。二人が出て行ったあと、厚手の服を着込んで病院へ向かった。薬局で並んでいると、幸太の後ろ姿が見えた。彼は真奈美を抱き寄せ、特別診療エリアで待機していた。真奈美は手を押さえ、不満そうに言った。「幸太さん、手が痛いの」幸太は、赤く腫れた真奈美の手の甲に優しく息を吹きかけていた。「大丈夫、あと少しで先生が来るから」私はカルテを握りしめ、言葉を失った。余命はあと3ヶ月。幸太は私の容体なんて気にしもしない。真奈美の手が少し赤くなっただけで、あれほど献身的に尽くすのに。視線を感じたのか、幸太が気づいた。「直美?なぜここにいる?」幸太は大股で近づくと、私の手からカルテをひったくった。「つけてきたのか?いつからそんな粘着質な女になったんだ?」胸が締め付けられ、私は奪い返そうと手を伸ばした。「返して」幸太は私の手をするりとかわし、カルテを一瞥すると、鼻で笑って破り捨てた。「こんな偽のカルテまで捏造して、いつまで嫉妬するつもりだ?同情を引くためなら手段を選ばないのか」真奈美が寄ってきて、幸太の腕にしがみついた。「直美さん、そんなに幸太さんの関心が欲しいの?でも病気のフリをして、不幸を招くようなマネはやめたら?」床に散らばる紙屑を見つめ、心が底なしの闇に落ちていくのを感じた。「幸太、あれは本物なのよ」「いい加減にしろ!」幸太は遮った。「真奈美は本当に痛がってる。お前はただの芝居だ。さっさと帰って飯を作れ、恥をさらすな」周囲の好奇の視線の中、真奈美は幸太の背中に隠れ、あざ笑うようにこちらを見ていた。私は背を向け、ゆっくりと歩き出した。一歩進むたびに、胃の中に鋭いナイフを突っ込まれたような痛みが走る。家に帰ると暗いリビングで、母との唯一のツーショット写真を見つめ、涙がこぼれ落ちた。母が他界してから、この世で私を心配してくれる人なんて一人もいない。かつて、私は幸太を頼りにしていた。けれど今は、幸太には他の女性がいる。もし彼にお金が必要でなければ、とっくに私と関係を断っていただろう。そのとき、ガチャリとドアが開
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3日後は真奈美の誕生日だ。幸太は市内の一流ホテルを貸し切り、友人知人を大勢招待した。私にも無理やり出席するように言ってきた。「お前は俺の妻なんだから、こういう場に顔を出さなかったら俺の立場がないだろう?いつまでも暗い顔をしていないで、お祝いらしい格好で来い」私は幸太が以前、「一番似合う」と言っていた水色のドレスを着ていった。あいにく、今の私はやつれきっている。その色は、かえって私の青ざめた顔色を引き立たせるだけだった。パーティー会場では、真奈美がお姫様のように人々の間を踊り回っている。幸太はずっと真奈美の側に付き添い、自分には真奈美のような女こそ相応しいと誇示しているようだった。真奈美ときたらもっと露骨で、自分が幸太に相応しい女だと言わんばかりに振る舞っている。参列者たちは二人を囲んで祝福していた。脇に追いやられた本当の妻である私のことなど、誰も気に留めない。何とか体裁を保って切り抜けようとしたけれど、衰えきった体は言うことを聞かなかった。タイミング悪く、胃に激痛が走った。常備している痛み止めも最後の1錠しかなく、焼け石に水だ。「あの、お手伝いしましょうか?」顔を上げると、トレイを持ったスタッフが立っていた。私は手渡されたグラスを受け取り、喉に流し込む。次の瞬間、喉から胃にかけて焼けるような熱さが広がった。まさか、お酒だったとは。アルコールが炎のように痛みを一気に引き起こす。激しく咳き込んでしまい、口を覆っていた掌を離すと、真っ赤な血がべっとりとついていた。「げほっ……」「直美さん、私が贈ったお酒はお口に合った?」いつの間にか側に現れた真奈美が、満面の笑みでそう言った。映し出された自分の哀れな姿を見つめ、私は思わず手を振り上げた。けれど、大きな手によって手首を掴まれる。「お前、真奈美に何をする気だ!」私は乾いた笑いを漏らし、掌を見せた。「彼女が私を苦しめてるの!幸太、それが見えないの?」血を見て、幸太が眉をひそめた。真奈美は唇を噛み締め、いかにも悲しそうに言う。「ひとりでいるから、良かれと思ってお酒を勧めただけなのに。気に入らなかったみたいで……」幸太は忌々しげに顔をゆがめる。「前も真奈美を傷つけたのに、懲りずにまた手を出すのか。俺の気
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第6話
手が震え始めた。もう自分では止められない。幸太は断片を少しずつ集め、ある恐ろしい真実に近づこうとしていた。「そんな……嘘だろ」直美の青白い顔、額に浮かんだ冷や汗、そして彼女の口から出た「もうすぐ死ぬ」という言葉が脳裏を駆け巡る。あの時、自分はなんと答えたか?お前は図太いと言い、芝居だと蔑んだ。「幸太さん、何してるの?」部屋に入ってきた真奈美は、散らばる破片を見ると表情を変えた。「もう、捨てようと思ってたゴミよ。わざわざ拾わなくてもいいでしょ?」幸太は勢いよく立ち上がった。血走った目で、真奈美の首に手をかけた。「これ、お前が破いたのか?」真奈美は顔面蒼白で必死にもがいた。「違うわ……ゴミだから片付けただけよ……」「出ていけ!」幸太は真奈美を突き飛ばすと、狂ったように家を飛び出した。彼が向かったのは、直美が行きつけだった病院だった。「先生、加藤直美という人のカルテを診せてください」医者は幸太を一瞥し、冷たく言い放った。「ご主人ですか?今まで一体どこにいたんですか?」幸太は石のように固まり、思考が停止した。「直美は……本当に病気だったんですか?」「末期の胃癌ですよ。見つかった時にはもう転移していました。ご本人には家族に内緒にしてくれと言われていましたよ。心配させたくないと。今思えば、自分が重荷になるのが怖かったんでしょうね」信じがたい現実を突きつけられ、幸太はふらりと壁に寄りかかった。「直美はどこです?今、どこにいるんですか?」「退院しました。連絡先も何も残さずに」幸太は呆然自失のまま病院を後にした。外は土砂降りだった。冷たい雨が顔を打ちつけていく。震える手でスマホを取り出し、必死に電話をかけ続けた。「お客様の電話は電源が入っていないか……」幸太は憑かれたように直美の行方を探した。母親の眠る墓地、昔住んでいたアパート、そして働いていたスーパーまで回った。どこにもいなかった。直美はこの世から、初めから存在しなかったかのように消え去っていた。幸太が家に戻ると、真奈美がソファで泣いていた。「幸太さん、死にかけてるあの女のために、私を怒鳴るなんてひどい!」真奈美の言葉を聞き、幸太は咳をして手のひらを血で染めていた直美の姿を思い出した。「お前、どうして直美
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第7話
幸太は病んだ。頭痛ではなく、心の病だった。夜通し眠れず、目を閉じれば血を吐いて苦しむ直美の姿が浮かんだ。幸太は酒に溺れ、感覚を麻痺させようとした。「直美、出てきてくれないか?俺が悪かった。本当に申し訳なかった」虚空に向かって独り言を呟く声は、ひどくかすれていた。この数日、幸太は必死になって直美を探し回った。しかし、何も手掛かりはなかった。あらゆる防犯カメラの映像を調べ、銀行口座の記録もすべて確認し、タクシーの乗車履歴まで辿った。それでも見つかる手がかりは極めて少なかった。ただ一つ分かったのは、直美がこの街を離れたその日、小さなキャリーケース一つしか持っていなかったことだ。中に入っていたのは数枚の服と、破れた写真が一枚だけ。秘書が恐る恐る告げた。「社長。奥様は、すべての貯金を寄付されたようです」幸太はガバッと顔を上げた。「何だって?」「持っていた全額を、癌研究基金に寄付していました」その瞬間。幸太は何も言えなくなった。彼は悟ったのだ。直美は最初から、生き延びようとなんてしていなかったと。ただ、直美が望んでいたのは、死ぬまでのほんの少しの時間、自分の妻として過ごすことだけ。たった数日であっても。それを思った瞬間、幸太は笑い出した。涙を流しながら。「なんて愚かなんだろう。なぜ、俺を憎まなかったんだ」秘書は声を潜めた。「社長、奥様が最後に確認された場所は、南部の辺鄙な町でした」それを聞いて、幸太は徹夜で車を飛ばした。そこは美しい町で、野花が咲き乱れていた。町医者を訪ねると、直美についての手掛かりが掴めた。「あのきれいなお嬢さんのことですか?」老医師はため息をついた。「亡くなる直前まで、黄ばんだ写真を大切そうに握りしめていましたよ」心臓が止まるかと思った。「な……亡くなっただと?」「2週間ほど前です。身内には連絡しないでくれと頼まれていました」老医師は幸太に小箱を渡した。「彼女から預かっていたものですよ。もし誰か探しに来たら渡してくれと言っていました」幸太は震える手で箱を開けた。中に入っていたのは、かつて適当に選んだ安物の指輪だった。添えられた紙切れにはこうあった。【幸太、今世はあまりに辛すぎたわ。来世では、もう二度と会わ
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第8話
1年後。幸太は心身ともにぼろぼろになっていた。脳に深刻なダメージを負い、うつ病も併発し、骨と皮だけのように痩せ細っていた。さらに皮肉なことに、不潔で無軌道な生活がたたり、感染症まで患っていた。命に別条はないとはいえ、幸太にとってはその屈辱的な現実が何よりの苦しみだった。幸太はボロアパートに身を隠して暮らしていた。かつて、直美と初めて一緒に住んだ部屋だ。彼はそこを買い戻し、失った面影を探そうとしていた。しかし、そこにもう直美の気配など残っていなかった。ある日、幸太が街を歩いていると、ふと見慣れた後ろ姿が目に入った。その女性は2歳くらいの子供と手をつなぎ、幸せそうに微笑んでいた。「直美?」幸太は狂ったように駆け寄り、その女性を呼び止めた。振り返った顔は、まったくの別人だった。「あの、人違いですよ」幸太はその場に立ち尽くし、目の奥の光がすうっと消えた。そうだ。直美は、もうこの世にはいない。あの冷たい秋の日に、死んだはずだ。家に戻り、鏡の中のやつれた、病的な顔をした自分を映し出している。これが報いなのだろうか?かつて誇りにしていたハンサムな容姿も、財産も地位も、すべてが今の自分への何よりの痛烈な嘲笑に思えた。抗ウイルス薬と抗うつ薬を手放せず、生きているのか死んでいるのかも分からない毎日が続いた。幸太は、ある荒唐無稽な妄想に取り憑かれるようになった。今ここで死ねば、向こうでまた会えるのではないだろうか?幸太はカミソリを手に取り、手首に押し当てた。その時、壁に貼られた一枚の付箋が目に入った。それは、以前幸太が直美に残したメッセージだった。【直美、俺たち一緒に長生きしよう】幸太はカミソリを投げ捨て、頭を抱えて泣き崩れた。自分には死ぬ権利すら、残されていなかった。生きなければならない。尽きることのない悔恨と痛みを抱えながら、百年生きるのだ。それこそが、自分に対する一番の罰なのだ。それから、数年が過ぎた。幸太は実業の世界を完全に去り、すべての財産を寄付して、街で目立たない浮浪者になっていた。彼はボロアパートを守りながら、毎日墓地に足を運んだ。直美の墓石を毎日丁寧に磨き、新鮮な赤いバラを供え続けた。「直美、今日はいい天気だよ」幸太はいつも独り言
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