ぼんやりとした意識の中で、草壁美波(くさかべ みは)は誰かが鞭で叩かれているような音を耳にし、ゆっくりと目を覚ました。まず視界に飛び込んできたのは、肩までかかる銀灰色の髪だった。その銀灰色の髪を持つ主は、床に跪いていた。褐色の背は、張り詰めた弓のようにしなやかに弧を描き、筋肉の一つひとつが力に満ちて盛り上がっている。だが、その背中は縦横に走る鞭の痕によって無残に裂かれ、見る者の目を覆いたくなるほどだった。裂けたばかりの傷口からはまだ血が滲み出ており、引き締まった筋肉の流れに沿ってゆっくりと滴り落ちる。血は腰のあたりで細い流れとなって集まり、やがて獣皮の短い腰布の縁へとぽたり、ぽたりと落ちていった。相手が顔を上げ、その暗紅色の瞳と目が合った瞬間、美波は心臓を毒蛇の牙で貫かれたような錯覚を覚えた。隠しきれない深い憎悪が渦巻いている、その冷たい瞳。彼は少しだけ顔を傾け、美波の手元に握られている鞭に視線を落とすと、口元をかすかに歪め、鼻で笑った。「終わりか?もう体力を使い切っちまったのかよ?」と、毒を含んだような、低く掠れた声で言う。美波の頭の中で、ズンと鈍い衝撃が走った。こめかみに激痛が走り、前世の記憶が洪水のように溢れ出す。社会人になったばかりだった美波は、不幸なことにも過労で、短い人生を終えたのだった。しかも、人生最後の瞬間、読みかけだった獣人の世界を舞台にした小説へと転生してしまった。それも、自分と同姓同名だった、救いようのない悪役へ……小説の中の美波の父親・草壁徹(くさかべ とおる)は、独り娘である彼女を溺愛していた。だからか、成人したばかりの美波に、五人のオスを強引に連れてきて、番いとして契約を結ばせたのだった。だが、その夫たちを毛嫌いした美波は、日々飽きることなく虐待を繰り返していた。目の前の男は、猛毒を持つ白蛇の獣人。非常に冷酷な性格で、小説の終盤には彼女の指を一本ずつ折り曲げていく役だった。美波は弾かれたように手を離す。鞭がパサッと音を立てて手から滑り落ちた。鞭の先についた血が彼女の足首に飛び散り、氷のような感触が全身に走った。幽弦(ゆうげん)の眉がわずかに動く。いつもなら、この極悪非道な女は鞭を振るう手を更に強めるか、赤く熱した焼きごてで、彼を痛めつけては喜んでいたはずなのに。それなのに
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