《支配者の刻印〜愛を知らない獣が借金オメガを溺愛する〜》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

25 章節

第十一話「卒業式」

 卒業式の日。 式が終わり、最後の終礼を終えて僕は荷物を持って校舎を出ていく。外は暖かい春の日差しで、心地よかった。(卒業した――) あっという間の三年間だった。とくに今年になってからの出来事が濃すぎて、高校三年間の思い出を振り返る気になれない。 楽しいこともあったのに、それがなんだか遠い日のことのように感じる。 桜の木の下で、家族が記念写真を撮っているのが目に入り。胸の奥がツキンと痛んだ。カメラのシャッター音が響き、笑い声が聞こえてくる。正門の前には列ができており、順番に家族写真を撮っている姿が見えた。(羨ましい) 僕にはしたくてもできない。 弟のときは、絶対にこんな寂しい思いをさせたくない。絶対に学校の行事には僕が参加しようと心に誓った。(こんな想いをするのは僕だけでいい) 校庭を歩いていると、視線を感じた。 遠くから篤志が物言いたげに見ている。眉を寄せて、こちらを見つめていた。僕はあえて知らないふりをして、別の方向へと足を向けた。「柊」 低い声で僕の名前を呼ばれた。(この声は……鬼頭さん?) 聞き覚えのある声に、驚いて振り返ると、スリーピースのスーツを着た鬼頭さんが立っていた。(――え? どうしてここに?) 黒いスーツに、大人しめの柄のネクタイ。オールバックの黒髪が整えられ、鋭い黒い瞳が僕を捉えていた。「なんで……いるんですか?」 声が震えてしまう。驚きで目を見開き、鬼頭さんを見つめる。「保護者として参列した」 鬼頭さんが僕の前に立つと少し前屈みになって静かに告げた。口角を僅かに上げ、満足そうな表情を浮かべている。「保護者?」 聞き返すと、鬼頭さんが意地悪な笑みを浮かべた。目を細め、楽しそうに僕を見つめてくる。「恋人みたいなもんだろ」 耳元で囁かれ、顔が熱くなる。周りに人がいるのに、平然とそんなことを言う鬼頭さんに戸惑った。「恋人と保護者は違うし、僕たちは恋人同士じゃない。そもそも交際してない」 僕は言い返した。そもそも僕たちの関係は恋人同士でもないし、保護者でもない。取り立て屋と借金で逃げた男の息子なだけだった。しいてあげるなら、主従関係というべきだろうか。支配する者と支配される者。鬼頭さんが最初に言った言葉が、僕たちの関係を正確に表していた。(それでも――嬉しい) 胸の奥がほんのり温かくなり、鼓動
last update最後更新 : 2026-03-18
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第十二話「新生活の始まり」

 目覚まし時計が鳴る前に目が覚め、僕は布団から身体を起こす。カーテンの隙間から朝日が差し込んでおり、新しい一日の始まりを告げていた。時計を見ると、午前五時を少し過ぎたところだった。 ベッドから降り、廊下を抜けてキッチンへと向かう。足音を立てないように気をつけながら歩き、リビングに入った。鬼頭さんのマンションは広く、キッチンも使いやすい。最新の調理器具が揃っており、料理をするのが楽しい。 エプロンを身につけ、冷蔵庫を開ける。 三人分の朝食を用意するために、食材を取り出していく。昨日の夜に下ごしらえしておいた材料もあり、手際よく調理を始める。フライパンが温まる音が静かなキッチンに響き、ベーコンの香ばしい匂いが鼻をついた。 朝食を作りながら、お弁当も二つ作る。 鬼頭さんの分と僕の分だ。最初は節約のために自分の分を作っていたら、それを見た鬼頭さんに、「俺の分も」とせがまれるようになった。 それ以来、二つ作るようになり、鬼頭さんが毎日職場に持って行ってお昼に食べているらしい。 朝食の準備が整った頃、時計の針は六時半を指していた。 テーブルに三人分の食事を並べ、準備を終える。 七時になると、歩が部屋から出てきた。「おはよう、お兄ちゃん」 眠そうな声で挨拶をしてきて、リビングに入ってくる。パジャマ姿で髪がぼさぼさになっており、可愛かった。「おはよう。朝ごはんできてるよ」 僕は優しく声をかけ、歩が洗面所へと向かうのを見送る。水が流れる音が聞こえ、やがて顔を洗った歩が戻ってきた。 歩がテーブルにつくと僕も向かい側に座り、二人で朝食を食べ始めた。味噌汁の温かさが身体に染み渡り、焼き魚の塩気が舌に広がる。歩がご飯を頬張りながら、今日の予定を話してくれた。「今日、算数のテストがあるんだ」「勉強した?」「うん、結構自信あるよ」 歩が楽しそうに学校の話をしている姿を見ると、引っ越しを決めて良かったと思う。 八時になると、歩がランドセルを背負って玄関へと向かった。「行ってきます」「行ってらっしゃい。気をつけてね」 僕は手を振り、歩が玄関を出ていくのを見送る。ドアが閉まる音が響き、静寂が戻ってきた。 キッチンに戻り、コーヒーを淹れ始める。豆を挽く音が静かな部屋に響き、芳醇な香りが広がっていく。ドリップしながら、湯気が立ち上るのを眺めた。淹れたてのコー
last update最後更新 : 2026-03-19
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第十三話「ただれたバイト先」

 大学の講義を終えて、一度自宅に帰った。 キッチンに立ち、歩の夕飯を作る。今夜は肉じゃがとサラダ、味噌汁だ。作り置きメニューを活用しながら、栄養バランスの良いメニューを選んだ。鍋から湯気が立ち上り、醤油の甘い香りが部屋に広がっていく。 食卓に夕飯を並べ、食事の横にメモ用紙を置いた。「塾、お疲れ様でした。ご飯食べてね。バイトに行ってきます」 ペンで書いた文字を確認し、リュックを背負う。玄関で靴を履きながら時計を見ると、午後六時半を指していた。 マンションを出て、地下鉄の駅へと向かう。 夕暮れの街を歩き、階段を降りて改札を抜ける。ホームに立ち、電車を待った。やがて電車が到着し、ドアが開く。車内に乗り込み、空いている席に座った。 職場のビルまでは、地下鉄で二駅ほどの距離だ。 鬼頭さんは社用車で毎日、送迎されている。僕は電車で通い、帰りだけは鬼頭さんと一緒に社用車で帰宅させてもらっていた。 二駅目で降りると、改札を通り抜ける。地上に出ればすぐに鬼頭さんの会社が入っているビルがあった。 エレベーターに乗り、鬼頭さんの会社があるフロアのボタンを押す。上昇する感覚が身体に伝わり、数字が増えていくのを眺めた。「お疲れ様です」 エレベーターを降りるとすぐに受付の女性が笑顔で迎えてくれた。僕も軽く頭を下げ、奥へと進む。広いオフィスフロアが目に入り、デスクに向かう社員たちの姿が見えた。パソコンのキーボードを叩く音が響き、電話の声が聞こえてくる。 オフィスでバイトすればいいと鬼頭さんに言われたが、僕が想像していたバイト内容とはかけ離れていた。 ざっくり言うと、鬼頭さんの職場に行って帰宅をただ待つ……だけだった。 書類整理とか、電話番とか――事務仕事的なものを与えてくれるのかと期待していたのだが、全くそういったことはなく、ただ事務所の奥にあるソファに座り、大学の勉強をしながら鬼頭さんの帰宅時間になるのを待つのが僕の仕事らしい。 たまに書類のコピーをお願いされたり、買い出しに行ったりはするが、基本は待つだけ。バイトと呼べるのか疑問に思うほど、何もしていない。 ソファに座り、リュックから教科書を取り出す。 明日の講義の予習を始め、ノートにペンを走らせた。文字を書く音だけが静かに響き、集中して勉強を続ける。 オフィスのみんなは僕に優しかった。 大学の課題を
last update最後更新 : 2026-03-20
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第十四話「珍しい夜と酔った本音」

 ある夜、リビングに入ると鬼頭さんがソファに座って酒を飲んでいた。 琥珀色の液体が揺れるグラスを片手に、窓の外を眺めている姿が目に入る。普段は真っ直ぐな背筋が、今夜は少しだけ丸まっているように見える。仕事から帰宅して、ジャケットだけを脱いで飲み始めたようだ。ワイシャツ姿でくつろいでいるのは、珍しい気がする。 リビングで酒を傾けている鬼頭さんは、どこか違う人のように見えた。「鬼頭さん、お酒を飲むんですね」 声をかけると、鬼頭さんがゆっくりと振り返った。少し目が据わっているように見えるが、酔っているというほどでもない。グラスを軽く揺らして、僕に視線を向けてくる。「ああ。社員からブランデーをもらったから」 テーブルの上には、高そうな瓶が置かれていた。ラベルには読めないアルファベットが並んでいて、外国産のものだと分かる。鬼頭さんがグラスに注いだ液体は、照明を受けて美しく輝いていた。 僕は冷蔵庫に向かい、中にあるものを確認する。チーズ、オリーブ、生ハム。お酒に合いそうなものを取り出して、簡単におつまみを作った。小さく切ったチーズに生ハムを巻き、オリーブを添えてテーブルに置く。「おつまみ、作りました」「ありがとう」 鬼頭さんが小さく礼を言って、チーズを一つ口に入れた。ゆっくりと咀嚼して、また酒を口に含む。僕は鬼頭さんの隣に座り、グラスの中の液体を眺めた。「鬼頭さんがお酒を飲むのって珍しいですね」「そうだな。基本的には口にしない」 鬼頭さんがグラスを傾けて、喉を鳴らして飲み込んだ。吐息に、甘いアルコールの香りが混じる。「どうしてですか?」「アルコールは思考力を低下させるからだ。仕事に支障が出る」 真面目な答えが返ってきた。鬼頭さんらしい理由だと感じた。「ストイックなんですね」「そうでもないと思うが」 淡々とした口調だった。鬼頭さんがどんな人生を送ってきたのか、僕は詳しく知らない。きっと、僕には想像もできないような厳しい世界だったのだろう。 出会いが最悪だったから、僕は鬼頭さんという人をたくさん誤解しているのだろう。「どうして今夜は飲むんですか?」 僕が質問すると、鬼頭さんが視線を逸らした。窓の外を見つめたまま、グラスを揺らす。琥珀色の液体が波を作り、照明を反射して揺れていた。「お前に飲ませろ、と鉄平たちが言ってた」「僕に?」「あ
last update最後更新 : 2026-03-22
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第十五話「弟なりの配慮」

 リビングのドアを開けると、楽しそうな会話が耳に飛び込んできた。 歩と鷹臣さんがテーブルを挟んで向かい合っていて、二人とも笑顔で何かを話している姿が目に入る。テーブルの上には、焼きたてのトーストと目玉焼き、サラダ、それにオレンジジュースが並んでいた。湯気が立ち上っている目玉焼きからは、バターの香ばしい匂いが漂ってくる。 鷹臣さんが朝ごはんを作ったのだと気づいた瞬間、胸が締めつけられた。 いつもなら僕が作る朝食を、鷹臣さんが準備してくれている。歩が一人で寂しく朝を迎えることがないように、鷹臣さんが早く起きて朝食を用意してくれたのだ。ありがたさと申し訳なさが同時に込み上げてきて、喉の奥が熱くなる。 鷹臣さんが僕に気づいた。振り返って、少しだけ驚いたような表情を浮かべる。歩も鷹臣さんの視線を追って振り返り、僕を見つけると満面の笑みを浮かべた。「おはよう、お兄ちゃん」 明るい声が響く。歩の笑顔は曇りひとつなくて、心配している様子は微塵も見えなかった。鷹臣さんと楽しく朝食を食べていた歩は、僕がいなくても寂しくなかったのだろうか。 ――って、僕のほうが寂しくなってる……。「おはよう」 僕は小さく返事をして、テーブルに近づいた。鷹臣さんのシャツを借りているだけの姿で、下は何も履いていない。裾が太腿の半ばまでしか隠れていなくて、歩く度に肌が露わになる。恥ずかしくて足を止めたくなったが、歩が不思議そうに僕を見つめているから立ち止まることもできない。「朝ごはん、ごめん」 謝ると、歩が首を横に振った。「鷹臣さんが作ってくれたから大丈夫」 嬉しそうに告げる歩の言葉に、僕の胸がチクリと痛んだ。嬉しいはずなのに、どこか寂しさが混じる。 歩が僕から離れていくような、置いていかれるような気持ちになって、胸の奥がざわついた。(僕より、歩のほうがずっともっとしっかりしてる)「そろそろ行くね」 歩が席を立った。お皿を流しに運んで、ランドセルを背負う。いつもと変わらない朝の光景。歩が玄関に向かうのを見て、僕は慌てて後を追った。 鷹臣さんのシャツを着たまま、裸足で廊下を歩く。冷たいフローリングの感触が足の裏に伝わってきて、ひんやりとした冷気が素肌を撫でた。歩が玄関で靴を履いているのを見つけて、駆け寄る。「歩」 名前を呼ぶと、歩が振り返った。ランドセルを背負った小さな
last update最後更新 : 2026-03-23
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第十六話「篤志との再会」

 夏休みのある日、鉄平さんから買い出しを頼まれた。 鉄平さんが申し訳なさそうな顔で紙を差し出してきて、そこには店の名前と買うものリストが書かれていた。コーヒー豆、紅茶のティーバッグ、クッキー、チョコレート。細かく銘柄まで指定されていて、見ているだけでため息が出る。「ごめんね、柊くん。最近、口寂しいのか食べる量が半端なくて……ストックがもうないんだよ」 鉄平さんが頭を下げた。 口寂しいのか――という鉄平さんの言葉に「うっ」と胸の奥に小骨のようなものが刺さる痛みが走る。(性欲の紛らわせ方が、女子なのやめてくんない?) むすっとした表情で、お菓子を貪る鷹臣さんの顔を思い出す。僕が切り出したルールを律儀に守ってくれるのはありがたい。 だが、その分の発散の仕方を知らないのかどうかわからないが、とにかくお菓子を食べまくる。体重が増えないのが不思議なくらい、とにかく甘いものを食べていた。「わかりました。行ってきます」 ――ほぼ、僕のせいだし。 いや、僕のせいって思うのがおかしくないか? 世のカップルの性事情は知らないが、鷹臣さんが異常するぎると思う。(今までどうやって、強すぎる欲をコントロールしてんたんだか!) ふとホテルに呼び出されていた頃を思い出す。 ――あ、そっか。仕事でいろんな女性を抱いてたんだっけ。 今までは複数の人を抱いて処理。今は一人だけ――。(そりゃ、口寂しくもなるわな) しばらく買い出しに行かなくてもいいくらいに大量に買ってきてやる――と思うと、意気込み新たに僕は大きなエコバックを手にした。 会社を出ると、夏の日差しが容赦なく降り注いできた。アスファルトから立ち上る熱気が、足元から這い上がってくる。額に汗が滲んで、シャツが肌に張り付いた。歩き始めて三分もしないうちに、背中がじっとりと汗ばんでくる。 指定された店は、住宅街の中にある小さな輸入食品店だった。ガラス張りの入口を押して中に入ると、冷房の冷たい空気が頬を撫でる。ホッと息をついて、店内を見回した。 棚には海外のお菓子や調味料、コーヒー豆が並んでいた。香ばしいコーヒーの香りが漂っていて、どこか落ち着く匂いだった。リストを確認しながら、指定された銘柄を探していく。 コーヒー豆は「エチオピア産イルガチェフェ、中煎り」。紅茶は「フォートナム・アンド・メイソンのロイヤルブレン
last update最後更新 : 2026-03-24
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第十七話「過去のシコリ」

 席に戻ると、篤志が心配そうな顔で僕を見つめていた。「ごめん」 僕が謝ると、篤志が首を横に振った。窓の外を一瞬見て、また僕に視線を戻す。「良かったの? 怒ってたみたいだけど」 僕は小さく笑って、頷いた。「いいよ。大人なのに、ときどき子どもみたいに拗ねてるんだ」 鷹臣さんのことを思い浮かべると、自然と笑みがこぼれる。嫉妬深くて、独占欲が強くて、すぐに拗ねる。仕事では冷静なのに、僕のこととなると途端に子どもっぽくなる鷹臣さん。面倒だと思いながらも、愛おしくなってしまう自分がいた。 篤志が僕の表情を見て、少しだけ目を細めた。「柊、幸せそうな顔してる」 優しく呟かれて、僕は驚いて篤志を見つめた。篤志が穏やかに微笑んでいて、寂しさと安堵が混じった複雑な表情を浮かべている。「そう、かな」 照れくさくて、僕は視線を逸らした。グラスの中の氷が溶けて、表面に水滴が浮かんでいる。「それに今は、篤志と話がしたい」 真剣に告げると、篤志の表情が少しだけ驚いたように変わった。背筋を伸ばして、僕を見つめてくる。「高校のときにちゃんと話せなかったから」 胸の内を吐き出すように、言葉が溢れてくる。ずっと言いたかったことを、やっと口にできる気がした。喉の奥が熱くなって、目頭が少しだけ熱を持つ。「篤志をたくさん傷つけた。ごめんなさい」 頭を下げると、篤志が慌てたように手を振った。「いや、そんな……」「自分の不遇を語って勝手に語っておいて、知られたくなかっただなんて。一方的すぎるよな」 あの日のことを思い出す。篤志に全てを打ち明けて、それなのに拒絶した自分。矛盾した行動をとった僕を、篤志は優しく受け入れてくれようとしていた。泣きながら訴えた僕を、篤志は抱きしめてくれた。温かい腕の中で、僕は初めて安心できた気がした。「あの時は本当にごめんなさい」 本心から謝ると、篤志が優しく微笑んだ。首を横に振って、グラスを両手で包み込む。「俺こそ、ごめん」 篤志が深く頭を下げた。驚いて、僕は身を乗り出す。「苦しんでる柊を助けてあげられなかった」 苦しそうな声だった。篤志の表情が歪んで、拳を握りしめている。「あの時、もっと何かできたんじゃないかって」 篤志が続ける。声が震えていて、後悔が滲み出ていた。「柊の家の借金を、どうにかする方法はなかったのかって。俺がバイ
last update最後更新 : 2026-03-25
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第十八話「超絶不機嫌な恋人」

 篤志と別れて、僕は鷹臣さんの会社に戻ってきた。(相当、怒ってるだろうなあ……鷹臣さん) オフィスに入ると、鉄平さんが慌てたように駆け寄ってきた。表情は真っ青で、それを見ただけで鷹臣さんのご立腹度が伝わってくる。「柊くん! 社長のご機嫌を直してぇ」 拝むように両手を合わせられて、僕は思わず後ずさった。「直してって……」「超絶不機嫌なんだよ! さっきから誰が話しかけても無視するし、書類に目を通すだけで舌打ちするし、もう手がつけられない!」 鉄平さんが必死に訴えてくる。他の社員たちも「やれやれ」と言わんばかりの呆れた表情で笑っていた。「わかりました。行ってきます」 諦めたように答えると、鉄平さんがホッとした表情を浮かべた。社員たちからも安堵のため息が聞こえてくる。僕は深く息をついて、鷹臣さんの部屋へと向かった。(鷹臣さん……もうちょっと大人になれないかなあ) ドアをノックすると、低い声で「入れ」と返事があった。ドアを開けて中に入ると、鷹臣さんが机に足を乗せて座っていた。 机の上には僕が買ってきたばかりのお菓子の袋が散乱しており、食べ散らかされていた。「時間をくれてありがとうございました」「ん」 素っ気ない返事だった。不機嫌さが声に滲み出ていて、僕は小さくため息をついた。ドアを閉めて、鷹臣さんの机に近づく。「何をそんなに怒ってるんですか?」「わかるだろ」 眉を寄せて、不満そうに睨みつけてくる。「わからないから聞いているんです」「カフェで男とお茶をしていた。それも柊を好きな男と!」「僕は鷹臣さんが好きですよ」 僕の返答に、鷹臣さんが一瞬だけ頬を綻ばせて嬉しそうに微笑むがすぐにむすっとした表情に戻ってしまった。「気に入らない」 子どもっぽい拗ね方に、僕は思わず笑いそうになった。「僕たちが付き合ってるって相手が知っていたのに?」 問いかけると、鷹臣さんが机に足を乗せたまま、さらに不機嫌そうな顔になった。「知ってても、気に入らないものは気に入らない」 不貞腐れた声だった。この前酔ったときに、篤志との関係を知っていたと話してくれたときとは大違いだ。あのときは、僕が二股でも構わないみたいな言い方をしていた。もっと別の関係になっていたんじゃないかと、冷静に分析していた鷹臣さんはどこに行ったのだろう。 僕は小さく息を吐いた。「
last update最後更新 : 2026-03-25
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第十九話「探し人あらわる」

 冬の冷たい空気が、オフィスの窓から入ってくる。 年末が近づいて、会社は大掃除の真っ最中だった。社員たちが棚を拭いたり、床にワックスをかけたり、窓を磨いたりしている。普段は静かなオフィスが、掃除道具の音や社員たちの声で賑わっていた。 俺は自分の椅子に座って、呆然とその光景を眺めていた。 手持ち無沙汰で、何をすればいいのかわからない。掃除を手伝おうとしても邪魔になるだけだと言われて、結局座っているしかなかった。 鉄平が俺の隣に来て、椅子に座った。雑巾を手に持ったまま、俺を見つめてくる。「社長、座ってるなら家にいればいいのに」 呆れたように言われて、俺は鼻を鳴らした。鉄平が首を傾げて、続ける。「せっかくの休日で、柊くんも家にいるんですよね?」 その言葉に、俺は不機嫌な声で答えた。「柊と歩で大掃除中だ」 家でも大掃除をしている。柊が朝から張り切って、歩と一緒に部屋を片付け始めた。俺も手伝おうとしたのだが、邪魔だと言われて追い出された。会社に来れば、ここでも邪魔扱いされる。「あー、どっちにも居場所がないんですね」 鉄平に痛いところをつかれて、俺は思わずふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。図星だ。家でも会社でも、俺の居場所がない。柊には「掃除の邪魔だから出て行って」と言われて、会社では「座ってるだけなら帰れば」と言われる。 ――こんな扱いを受けたのは初めてだ。 でも意外と、イラつかないのはなぜだろう。 オフィスのドアが開く音がして振り返ると、一人の男が入ってきた。妊娠しているようで、お腹が大きく膨らんでいた。(こんなときに誰だ?) やつれた顔をしていて、頬がこけている。手首と足首には擦り傷と痣があって、服の袖から覗いている肌は青紫色に変色していた。よろめきながら歩いていて、今にも倒れそうな様子だった。 鉄平が慌てて立ち上がって、男の身体を支えた。「大丈夫ですか?」 鉄平が心配そうに声をかけると、男が小さく頷く。鉄平が男の腕に触れて、思わず声を上げた。「つめたっ」 驚いた声をあげる。男の体温が異常に低いのだろう。冬の寒さの中、どこから来たのか。コートも着ていなくて、薄い長袖シャツとズボンだけの姿だった。 俺は立ち上がって、男に近づいた。 顔をよく見ると、柊に似ている気がした。目元や鼻の形が、そっくりだ。「あんた……柚木朔夜か」
last update最後更新 : 2026-03-26
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第二十話「父の真相」

 目が覚めると、社長室のソファで横になっていた。 身体を起こして周囲を見回す。向かい側のソファに鷹臣さんが座っていて、腕を組んで、じっと僕を見つめている。窓の外は暗くなっていて、オフィスの照明だけが部屋を照らしていた。「父さんは?」 僕が聞くと、鷹臣さんが答えた。「救急車で近くの病院にいった」 鷹臣さんの表情は穏やかで、怒っている様子はなかった。「ついていかなかったんですか?」「部下がついていった」 短い返事だった。僕は唇を噛んで、視線を落とす。「泣いてる父さんを抱きしめるような仲なら、そっちについていけばいいのに」 嫌味が口から出てしまう。自分でも嫉妬だとわかっている。醜い感情を抱えきれずに、鷹臣さんに八つ当たりしているだけだと頭では理解できるのに、気持ちが落ち着かなかった。鷹臣さんが父さんを抱きしめていた姿が、目に焼きついて離れない。 鷹臣さんが小さくため息をついた。 立ち上がって僕の隣に移動すると、座り直す。距離が近くなって、鷹臣さんの体温が伝わってきた。鷹臣さんから香る父さんの匂いに、僕は耐えきれずに顔を背ける。 以前、僕の身体から篤志の匂いがしてイラつくと言っていた鷹臣さんの気持ちが初めてわかった。 他の誰かの匂いがするのが、こんなに嫌なものだとは思わなかった。鷹臣さんの身体に父さんの匂いが染み付いていて、胸が苦しくなる。「監禁されてたそうだ」 鷹臣さんが静かに告げた。「――は?」 驚いて顔を上げると、鷹臣さんが真剣な眼差しで僕を見つめていた。「柊の父親の話だ」 鷹臣さんが説明を始める。僕は黙って、鷹臣さんの話に耳を傾けた。「姿を消した日は、本当は俺の事務所に来て、返済の相談をして新しい職を見つけるつもりだった」 父さんが姿を消した日の朝を思い出す。いつもと変わらない朝だった。父さんは優しく微笑んで、「いってきます」と言って家を出た。「お前に残した『あとよろしく』は、働く場所によってはもう会えなくなるかもしれないという気持ちだったらしい」 鷹臣さんの言葉に、僕の胸が締めつけられた。父さんは僕たちを捨てるつもりじゃなかった。会えなくなるかもしれないと思って、あの置き手紙を残したのだ。「学費と借金と同時に賄えるような仕事があれば、そういう仕事を斡旋してもらうつもりだったと話していた」 鷹臣さんが続ける。「
last update最後更新 : 2026-03-27
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