All Chapters of 7年間支えた弁護士夫に捨てられ、目が覚めた: Chapter 11 - Chapter 20

30 Chapters

第11話

電話の向こうで、イーサンの声は興奮していた。その言葉ひとつひとつが、翼と日和の顔を平手で打ちつけるようだった。年俸、300万ポンド。私が翼の事務所で7年間働いて稼いだお金を、全部合わせても届かない金額だ。隣で、翼が信じられないとでも言うように、目を見開いた。「イーサンだって?あの世界的に有名な弁護士の?ありえない!どうして、そんな大物と知り合いなんだ?」日和は顔を真っ青にして、爪が食い込むほど強く拳を握りしめ、嫌味たっぷりに言った。「最近の詐欺は手が込んでいるものですよ!高橋先生、そんなロマンス詐欺にだまされちゃだめです!あんなすごい事務所が、自分から連絡してくるわけないじゃないですか?」イーサンとの電話を切り、顔面蒼白になっている二人を見て、私は鼻で笑った。「詐欺かどうかは、お二人に心配されることじゃないから」そう言って、私はスーツケースを引き、梓を訪ねようとした。翼は急に慌てだした。私の前に飛び出してきて、脅すように言った。「凛菜!行かせない!もし行こうものなら、離婚だ!よく考えろ。俺は離婚問題じゃトップクラスの弁護士だぞ。本気で争うことになったら、君は一円だって手にできない」またその脅し文句だ。これまで、喧嘩のたびに翼が離婚をちらつかせると、私はいつも折れてきた。私にも悪いところがあったのかも、なんて考えて。でも今、その脅しが滑稽に聞こえるだけだった。私はすぐにカバンから判決書を取り出し、翼の目の前に叩きつけた。「もしかしてお忘れかしら?私たち、とっくに離婚してるのよ。裁判所の判決は、もうとっくに有効になってる。今のあなたは、私とは赤の他人よ」その言葉に、翼はきょとんとした顔になった。でも、彼は判決書に目もくれず、近くのゴミ箱に投げ捨ててしまった。「凛菜、俺の気を引きたいからって、頭がおかしくなったのか!判決書を偽造するなんて!」かつては自分に夢中だった女が、本気で関係を断ち切ろうとしているなんて、翼は信じたくなかったのだ。私が何か言い返そうとした時だった。梓が、封筒を持ちながら、息を切らしてこっちに走ってくるのが見えた。「凛菜!届いたわよ!凛菜宛の速達!」その言葉を聞いた翼は、途端に目を輝かせた。梓の手から荷物をひったくると、鼻で笑って言った。
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第12話

翼は戸籍謄本を食い入るように見つめ、目を真っ赤に充血させていた。これが何かの間違いであってほしいと、必死に不自然な点を探そうとした。しかし、判決確定後の届出に基づく戸籍の記載や押された公印、そして市役所から送られてきた正式な書類だという事実が、それを否定していた。どれもこれも、この離婚がすでに成立していることを示していたのだ。しばらくして、翼ははっと顔を上げた。その声は、ひどくかすれていた。「凛菜、本気なのか?俺が日和の結婚式に付き合ってやったからって、離婚するって言うのか?俺たちの7年間を、そんな簡単に捨てるつもりか?」でも、その言い草を聞いて、私は呆れて笑ってしまった。「翼、7年前に私たちが籍を入れた時、あなたは仕事のために『内密に結婚』しないといけないって言ったわよね。3年前、事務所がやっと軌道に乗ったと思ったら、今度は仕事が忙しいって。後で必ず、ちゃんとした結婚式で埋め合わせるって約束したわ。先月、あなたはついに結婚を発表して式を挙げるって言ってくれた。でも、結果はどうだった?」私は隣で青ざめている日和を指さし、一語一句、言葉に力を込めて言った。「彼女のために、私を式場に一人置き去りにしたじゃない?あの日、みんながどんな目で私を見て、陰で何を言ってたか、分かる?」私の言葉に、翼はみるみるうちに青ざめていった。でも彼はすぐに言い訳を思いついたようで、こう言い返してきた。「あの日は俺が悪かった。でも、日和にだってどうしようもない事情があったんだ!彼女は結婚前に妊娠して、俺が助けなかったら世間から後ろ指をさされるだろ!それに、君の式をやらないなんて言ってない!日和の件が落ち着いて、子供が生まれたらすぐにでも式を挙げる!昇進も昇給もしてやる。事務所のパートナーにだってしてやるさ!」また、口先だけの約束。その約束を私は7年も信じ続けた。もう、うんざりだ。「翼、もう話すことは何もないわ。その口約束は、他の誰かに聞かせてあげれば?」そう言って、私はスーツケースを引き、梓と一緒に出て行こうとした。私が本気だと分かると、翼は急に慌てだした。まさか私が、こんなにはっきりと拒絶するなんて思ってもみなかったのだろう。だって今までは、どんなにケンカしても、翼が少し機嫌を取って甘い言葉をかければ、私
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第13話

後ろから日和のうめき声が聞こえると、翼は動きを止め、私の腕を掴む力も、ふっと緩んだ。「翼さん、赤ちゃんが……お願い、病院に連れてって……」声のする方を見ると、日和が地面にへたり込み、苦しそうにお腹を押さえていた。でも、私にはすぐに分かった。あれは嘘だ。だって、冷や汗ひとつかいていないじゃない。なのに翼は、日和の嘘をすっかり信じ込んでいる。彼はその場で立ち尽くし、迷いの表情を浮かべていた。片方には、別れを決意した私。そしてもう片方には、「お腹に子供がいる」日和。しばらくの間、翼は地面でうめく日和を見ていた。でも、やがて歯を食いしばると、勢いよく私の手を離して、こう説明した。「凛菜、命にかかわることなんだ。ここで少し待っててくれ。戻ってきたら必ず、ちゃんと説明するから!」そう言うと、翼は日和のもとに駆け寄り、その体を抱き上げて、通りがかったタクシーを強引に停めた。「日和、大丈夫だ。今すぐ病院に連れて行くからな!」その行動に、翼の迷いはまったく見えなかった。それを見て、私は思わず冷たい笑いを漏らした。十数年前、翼の父親が運転する車に、翼と母親が乗っていた。車内で、浮気のことで言い争いになり、そのせいで大きな事故を起こしてしまったのだ。その事故で、母親は即死。父親は重傷を負い、翼自身も足を失いかけるほどの大怪我だった。その日以来、翼は車に対して深いトラウマを抱えるようになった。この10年間、翼は一度もハンドルを握らず、車に乗ることさえなかった。私たちが出かける時はいつも、電車を使うか、散歩がてら歩くかだった。ある年、私がインフルエンザで40度の高熱を出した時のことだ。立つことすらできず、病院へ行かなくちゃいけなくなって、翼に車で送ってと頼んだことがあった。それでも翼は車を使わず、私を背負って病院まで走った。そのせいで、治療が遅れて、危うく脳に後遺症が残るところだった。なのに今、翼は日和とお腹の子供のため、長年のトラウマを乗り越え、迷うことなく車に乗り込んだ。トラウマなんて、結局は愛の深さが足りないことの言い訳でしかなかったんだ。隣で見ていた梓は、悔しそうに地団駄を踏み、私のことを心配して、ぎゅっと抱きしめてくれた。「凛菜、気にしないで。あんなクズ、さっさと別れるのが正解だよ!」私はう
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第14話

まず送られてきたのは、1本の動画だった。場所は病院の救急センターの廊下で、そこには、汗だくの翼が医者の腕を掴んで、震える声で何かを訴えている姿が映っていた。「先生!一番良い薬を使って、一番腕の立つ先生を呼んでください。金はいくらでも払います。絶対に母子ともに助けてください!私は弁護士です。万が一のことがあったら、必ず訴えますからね!この病院の信用を地に落としてやりますよ!」動画の最後、画面が切り替わった。映し出されたのは、ベッドに横たわる日和だった。顔色は良く、その目には勝者の余裕と得意げな光が宿っていた。そして、動画の下には、こんなメッセージが添えられていた。【高橋先生。見てください、翼さんたら、私のことをこんなに心配してくれてるんですよ】【あなたが7年間も彼の奥さんだったからって何ですか?翼さんの心の中では、私と赤ちゃんが一番大切なんですよ】【あなたがいなくなってくれてせいせいします。これで、翼さんと私は、永遠に幸せに暮らせます】スマホの画面に映る日和の挑発を見て、私はただただ滑稽だと思った。永遠に幸せ?日和も、あまりに考えが甘すぎる。私を追い出せば、自分が後釜に座れるとでも思っているのだろうか?でも結局は、日和は翼が心の隙間を埋めるための道具でしかない。翼は日和を通して、佳奈という女性の面影を追いかけているだけなのだから。いつか翼が飽きてしまったら、日和の末路は私よりもっと悲惨なものになるだろう。そう思うと、私は指を動かして、メッセージを返した。【良かったじゃないの。それじゃあ、お二人で末永くお幸せにね】【でも、一つだけ忠告しておくわ。替え玉はいつまで経っても替え玉よ。翼に飽きられた時も、今みたいに笑っていられるといいわね】そのメッセージを送ると、私は日和に反論の隙を与えず、すぐに彼女のアカウントをブロックした。その後、空港で梓と名残惜しそうに別れを告げ、搭乗手続きを済ませた。でも、セキュリティーチェックのゲートをくぐろうとしたその瞬間、背後から突然騒がしい声が聞こえてきた。「凛菜!」振り返ると、そこにはいつの間にか追いかけてきた翼の姿があった。彼はひどくみすぼらしい格好だった。髪は乱れ、高価なオーダーメイドのジャケットはどこかに消え、シャツのボタンは2つも外れてい
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第15話

何か言い訳をしようとしていた翼は、ぐっと言葉に詰まった。日和がこだわって選んだものが、こんな粗悪品だったなんて思っていなかったんだろう。ほんの少し走っただけで、簡単にほつれてしまったのだから。翼は気まずそうに話題を変え、こう切り出した。「凛菜、たしかに今までは、俺にも悪いところがあった。でも約束する。今ならまだ間に合う。戻ってきてくれるなら、俺は必ず変わるよ。これからは君に全部任せる。給料も渡すし、何でも言うことを聞く。絶対に幸せにするから、お願いだ」翼がここまで下手に出てくるなんて、初めてのことだった。結婚式の前だったら、その甘い言葉に、またコロッと騙されていたかもしれない。でも、もう今の私は、そんな言葉に舞い上がるような馬鹿じゃない。「翼」私はただ、冷めきった目で翼を見つめた。「私があなたなしじゃ生きていけないとでも思ってるわけ?一度裏切った人は、二度と信用しない。あなたの口から出る言葉なんて、もう何一つ信じない。私の幸せは、私自身の手で掴むものだから」私のきっぱりとした拒絶に、翼はぽかんとしていた。いつもは従順で、甘い言葉をかければ簡単に機嫌を直す私が、こんなにも冷たく突き放して去っていくなんて、想像もしていなかったのだろう。しばらくして、下手に出ても無駄だと悟ったのか、翼は歯を食いしばって脅しにかかってきた。「そうか、分かったよ!凛菜、もし今日ここから飛び立つつもりなら、俺はどんな手を使っても君を業界から干してやる。そうすれば、泣きついて俺の元に戻ってくるしかなくなるからな!」だけど私は、冷ややかに彼を一瞥するだけだった。「好きにすればいいわ。できるものなら、やってみなさいよ」そう言い放つと、私は振り向きもせずセキュリティーチェックへと進んだ。背後から翼の怒鳴り声が聞こえたけど、私は足を止めずにそのまま去った。……十数時間のフライトを終え、リバティニア市に到着した。空港の出口でイーサンに連絡しようとしたら、黒塗りの高級車がすっと目の前に停まった。すぐに、スーツ姿の運転手が丁寧な仕草で私の荷物を受け取ってくれた。「高橋先生ですね。イーサン先生よりお迎えにあがるよう言いつかっております。滞在先もご用意できております」私はお言葉に甘え、うなずいて車に乗り込ん
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第16話

目の前にあったのは、こじんまりとした社員寮でも、ただ区切られただけの部屋でもなかった。そこにあったのは、リバーサイドに立つ広大なペントハウスだった。60坪は軽く超える広さで、立地も最高。大きな窓の外には、美しい川の景色が一望できた。「ここが……本当に私の部屋なんですか?家賃は、いったいいくら……」あまりに豪華な内装に、私は呆然としてしまった。運転手は、くすっと笑って頷いた。「ご安心ください。これはイーサン先生が高橋先生のために特別に用意された社員寮です。もちろん無料ですよ。イーサン先生が、このご厚意は断らないでほしい、と。高橋先生にはこれだけの価値があると、そうおっしゃっていました」運転手の言葉に、胸が熱くなった。私は、翼の法律事務所で7年間働いてきた。彼のために何千件もの裁判に勝ち、事務所の評判を少しずつ築き上げてきたんだ。でも翼は、一度も「君には価値がある」なんて言ってくれなかった。むしろご褒美をもらうたびに、恩着せがましく釘を刺すんだ。「新しい家のためにお金をたくさん使ったから、稼いでこい」とか、「君を幸せにするために、俺がクライアントの前でどれだけ我慢してるか」とか言って、私にもっと努力するように迫ってきた。そんな毎日で、私はどんどん自信をなくしてしまった。お金を使うのも怖いし、自分には何もふさわしくないと思うように。仕事の後に少し休むだけで、翼の期待を裏切っているような罪悪感に襲われた。「価値がある」って言ってもらえたのは、この何年かで初めてだった。驚きから立ち直れないでいると、イーサンから電話がかかってきた。「高橋先生!新しい住まいは気に入りましたか?」私はすぐに感謝を伝えた。「はい、最高です。イーサン先生、ありがとうございます。それと、できるだけ早く仕事を始めたいです」それを聞いて、イーサンは楽しそうに笑った。「噂は本当だったみたいですね。高橋先生は本当に、生まれながらの弁護士です。では、今日の午後に事務所へおいでください。仕事の説明をして、他のメンバーにも紹介します」もちろん断らなかった。私は少し身支度を整えて、車で事務所へと向かった。きっと、普通の弁護士からのスタートだろうと思っていた。だって、ここは世界中から才能が集まるトップクラスの法律事務所だ。私みたいな経験豊富な
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第17話

その瞬間、事務所のみんなから、割れんばかりの拍手が送られた。私はその場で立ち尽くし、あまりの歓迎ぶりに、少し戸惑ってしまった。翼のもとでは、7年間死に物狂いで働いてきた。数えきれないほどの裁判に勝ったのに、役職は何もなし。一番下のパートナーの地位さえも、7年間ずっと鼻先にぶら下げられたまま、結局約束は果たされなかった。私がパートナーの件を切り出すと、翼はいつもこう言っていた。「凛菜、君はまだ経験が足りないよ。あと2年がんばってくれ。事務所がもう少し大きくなったら、パートナーにするから」それなのにここでは、イーサンは私の実績をまだ見ていないのに、私がずっと夢見てきたものをすべて与えてくれた。人が違うだけで、こんなにも扱いが違うなんて、信じられない。「ありがとうございます。本当に、皆さん……」私はグラスを掲げながら、じーんと目頭が熱くなるのを感じた。新しい人生が、本当にここから始まるんだ。そう思った。……それからの1ヶ月。私は仕事に没頭した。確かな専門知識とがむしゃらな働きぶりで、厄介な国際企業間の訴訟をいくつも勝ち取った。絶対に負けると言われていた裁判でさえ、誰も思いつかないような視点から切り込んで、大逆転してみせた。いつしか「東のネメシス」というあだ名が、リバティニア市の法曹界で噂されるようになった。私の評判はどんどん高まり、依頼は来年の分まで埋まってしまった。すべてが、良い方向へ進んでいる。私はそう信じていた。そう、あの日の午後までは。その日、私は賠償額が5億ポンドにもなる大きなM&A案件の準備をしていた。そんなとき、依頼人から突然電話がかかってきた。「高橋先生、今日はもう来ていただかなくて結構です。別の弁護士にお願いすることになりましたので」私はわけが分からず、問い返した。「どうしてですか?もうすぐ開廷ですよ。このタイミングで弁護士を代えるなんて、普通じゃありません。それに、この裁判は9割方勝てる見込みだったんですよ」「本当に申し訳ありません……こちらにも事情がありまして」私が言い終わる前に、相手は一方的に電話を切ってしまった。何が起きたのか分からないでいると、すぐに次から次へと、依頼人から契約解除の電話が立て続けにかかってきた。解除の理由は、どれも馬鹿げたも
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第18話

私の言葉に、相手はうなずき、そして諦めたようにため息をついた。「高橋先生、渡辺先生はこの業界じゃ、かなりの大物ですよ。お二人の間に何か誤解があるのなら、早めに解決した方がいいです。彼の力をもってすれば、高橋先生が今後、仕事を受けられなくするなんて簡単でしょうから」そう言うと、相手は足早に去っていき、裁判所の前には私一人が取り残された。私は、思わず拳を強く握りしめた。あの時の翼の言葉は、単なる捨て台詞じゃなかったんだ。本気で、お金もコネも使って、私のキャリアを潰してでも、自分のもとに連れ戻すつもりなんだ。翼はイーサンの事務所を直接攻撃することはできない。でも、金に物を言わせて、私個人が受ける案件を潰すことくらいはできる。私が事務所に戻ってこのことを伝えると、いつもは穏やかなイーサンが、珍しく激怒した。「なんて奴です!あの渡辺って人、あまりにも卑怯すぎますよ!これは不正競争です!高橋先生、心配いりません。クビにするつもりなんてないし、必ず渡辺を訴えてやります!」でも、私は不敵に微笑んでみせた。瞳の奥には、氷のような光が宿っている。翼は、こんなことで私を追い詰められるとでも思っているのだろうか?ずいぶん甘く見られたものだ。「イーサン先生、そんな面倒なことはしなくて大丈夫です。私に考えがあります。彼に手出しをやめさせて、その上、向こうから謝ってくるようにしてやりますから」……オフィスに戻ると、私はすぐにスマホを手に取り、翼の番号に電話をかけた。呼び出し音は、しばらく続いた。そして、切れそうになるギリギリのところで、ようやく電話が繋がった。「おやおや、これはどなたかと思えば、あの有名な高橋先生じゃないか?」電話の向こうからは、翼の得意げな声が聞こえてきた。背景には日和の甘えた笑い声も響いている。「どうした?もう向こうじゃやっていけなくなったのか?それで今更、電話してきたってことだろ?この前は随分と強気で、『好きにすればいい』なんて言ってたのにな。もう後悔したのか?」翼がわざと、私に精神的なプレッシャーをかけようとしているのは分かっていた。でも、そんな手には乗らない。私は何も言わず、すぐに電話を切った。これは、さすがに翼の予想外だったようだ。5分後。翼の方から、電話がかかって
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第19話

翼はきょとんとしていたが、すぐにふんと鼻を鳴らし、馬鹿にしたように言った。「何を馬鹿なことを言っている?わけのわからないことを言って、脅すつもりか!俺の事務所は業界でも有名なんだ。何か問題が起きるはずがないだろう?」それを聞いて、説明するのも面倒くさくなった私は、軽く笑ってこう言った。「分かったわ。じゃあ、せいぜい楽しみにしてなさい」そう言って、私はすぐに電話を切った。それから2日間、私に仕事の依頼は一件も来なかった。でも、そんなこと全く気にしていなかった。いつも通り食事をして、お酒を飲んで、暇を見つけてはオペラ鑑賞を楽しんだ。業界から干されるなんて、気にも留めなかった。一方、翼の方は私の読み通りだった。彼がいい気でいられたのはほんのわずかな時間で、すぐに問題が起こった。……そして3日目。家に帰ってドラマを見ようとしたちょうどその時、スマホが突然鳴った。翼からの電話だった。わざと電話に出なかったけど、彼はしつこくかけてきた。10回目の着信で、私はようやくゆっくりと電話に出た。次の瞬間、翼の怒り狂った怒鳴り声が、耳元で炸裂した。「凛菜!いったい何をしたんだ!?なんで黒崎社長が契約違反で俺を訴えるんだ!?しかも損害賠償60億円だなんて、どういうことだ!?黒崎社長の件で、業界中のクライアントが契約解除を求めてる!事務所の評判はがた落ちだ!君は、一体何をしたんだ!?」私はソファにゆったりと体を預け、窓の外に広がるリバティニア市の夜景を見ながら、口の端を少し上げた。「ああ、黒崎社長のことね。忘れたの?3ヶ月前、私が黒崎社長の2000億の遺産相続裁判に勝ったじゃない?その時、今後の法律顧問契約を結ぶ際に、黒崎社長がわざわざ追加条項を一つ加えたのよ」翼は一瞬、言葉を失った。「な……なんだって?どんな条項だ?」「その条項にはこう書いてあるわ。『高橋凛菜弁護士の卓越した専門性および実績に鑑み、黒崎グループに関する一切の法務業務は、高橋凛菜本人が直接これを担当するものとする』って。『法律事務所が担当弁護士を無断で変更した場合、これを重大な契約違反とみなし、当該違反により生じた損害については違約金の十倍の額を賠償するものとする。あわせて、その事実を業界関係者に公表することができる』、と
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第20話

翼にとって好きという気持ちなんて、圧倒的な利益の前では、かき消されるみたい。しばらくして、ガサガサと何かを探す音が聞こえ、翼が例の契約書を見つけ出したようだ。その直後、電話の向こうから彼の驚いたような声が聞こえてきた。「なんだこれ……本当にこんな条項が……」なにせ黒崎グループの社長を敵に回したうえ、60億円もの賠償金を請求されたのだから。翼の事務所がいくら有名でも、とうてい払える額ではなかった。その瞬間、翼の態度は百八十度変わった。彼の声は、これ以上ないほどみじめったらしいものだった。「凛菜……凛菜!俺が悪かった!本当にすまない!すぐに君への妨害はやめる!いや、うちの事務所の誇りだったと声明を出す!頼む、君は黒崎社長と仲がいいんだろ?俺のために口添えしてくれないか?今回だけ助けてくれたら、何でもするから!君が望むなら、今すぐ日和を追い出して、君をうちの事務所のパートナーとして迎える!」その情けない声を聞きながら、私はこれ以上ないほど痛快だった。「あいにくだけど……私はあなたから干された、しがない弁護士だもの。そんな大物にお願いできるような立場じゃないから。そんな大事なこと、あなたの最愛の人である杉本さんにお願いしたらどう?杉本さん、優秀なんでしょ?」そう言って、私は一方的に電話を切った。その直後、黒崎社長からラインが来た。【高橋先生、これで渡辺のやつも少しは大人しくなるでしょう?】【ご安心ください。今後、高橋先生にちょっかいを出す者はいません。どこで働こうと、高橋先生はこれからもずっと、うちの専属の法律顧問です】私はすぐに黒崎社長にお礼のメッセージを送った。この一件で、翼の事務所は評判が地に落ち、莫大な賠償金を抱えることになった。破産は時間の問題だろう。逆に私の評判はうなぎのぼりで、キャリアは新たな絶頂期を迎えた。でも、私の幸せはまだ始まったばかりだって、分かってる。……その頃。翼はオフィスにいた。大きな窓の外には、相変わらずきらびやかな江川市の景色が広がっている。しかし、今の彼にそれを楽しむ余裕はなかった。「俺はまだ若い。事務所だって、きっとチャンスは……」翼はネクタイを緩め、そんなありきたりな言い訳で、キャリアの失敗をごまかそうとした。結局、山積み
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