Todos los capítulos de 7年間支えた弁護士夫に捨てられ、目が覚めた: Capítulo 1 - Capítulo 10

30 Capítulos

第1話

法律事務所で999件連続で勝訴した。それを受けて、長年結婚の事実を隠していた弁護士の夫・渡辺翼(わたなべ つばさ)が、ようやく私・高橋凛菜(たかはし りんな)との結婚式を挙げることに同意してくれた。けれど、日が暮れても翼は現れなかった。代わりに私が見たものは、彼がパラリーガルの杉本日和(すぎもと ひより)と結婚式でキスをしている、インスタの投稿だった。【さっき同僚に『売れ残り』ってバカにされたけど、弁護士の彼が助けに来てくれた。これから、昼は彼の優秀な部下、夜は彼の愛する妻になるわ】写真の日和のひとと翼の薬指にはめられた結婚指輪が、やけに目に焼きついた。きっと誰もが、私が怒りで我を忘れると思っただろう。でも私はあっさり笑って、こうコメントをつけた。【次は赤ちゃんだね!ご祝儀、たっぷり包んであげる!】すると次の瞬間、一日中電源を切っていた翼のほうから、電話がかかってきた。「日和は妊娠したのに、相手のクズ男に捨てられたんだ。彼女の両親はすごく保守的な人たちだから、このことがバレたら、きっと勘当されてしまう。お腹の子とどうやって生きていけっていうんだ。同じ弁護士なのに、君には少しも同情心がないのか?今すぐあのコメントを消して、日和に直接謝罪するんだ。彼女が何の問題もなく無事に子供を産めたら、君との結婚式はちゃんとやり直すから」でも、私は手にした離婚訴訟の書類を見つめながら、ただ冷ややかに笑った。「もう必要ないわ。あなたは、私たちの離婚裁判の準備でもしていればいい」私が言い終わると、電話の向こうで翼はしばらく黙っていた。でも、次に聞こえてきた声には、明らかに苛立ちが混じっていた。「凛菜、少しは冷静になれないのか?言ったはずだ。日和との式はただの形式的なものだって。それに、後で君との結婚式もちゃんとやり直すって約束しただろう。どうして少しも我慢できないんだ?もうちょっと待つことくらい、できないのか?まさか君は、日和が未婚で妊娠した上に男に捨てられたなんてことを、俺に世間に公表させたいわけじゃないだろう?彼女が周りから白い目で見られて、両親に勘当されて、お腹の子と二人で路頭に迷うのを、黙って見ていろとでも言うのか?」電話の向こうから聞こえる、あまりにも自分勝手な翼の言い分に、裁判所の前に立っていた私は、思わず嘲るように
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第2話

【高橋先生。渡辺先生が素敵な人なのはわかります。それに、事務所でずっと一緒だったんですもんね。だから、高橋先生が渡辺先生を好きになってしまったとしても、責めたりしません】【でも、私は最近、お腹に新しい命を授かったことが分かったんです。それなのに、高橋先生は渡辺先生にメッセージを送って、私と離婚するように迫るなんて……そんなことをされたら、私とお腹の赤ちゃんはどうすればいいんですか?】【どうしてもと言うなら、私が事務所を辞めます。だから、お願いです。どうか私たちの家庭を壊さないでください。私の夫を奪わないでください、お願いします。@高橋凛菜】日和のその書き込みをきっかけに、普段は静かなクライアントグループの通知が、一気に鳴りやまなくなった。【杉本さんが可哀想。渡辺先生と結婚したばっかりなのに、年増の女に嫉妬されるなんて】【高橋先生って、普段は優しくて仕事もできる人だと思ってたけど、まさかねぇ。人が妊娠してるって時に、家庭を壊そうとするなんて最低じゃない?】【@高橋凛菜、見てるんでしょ、とぼけないで出てきなさいよ!あんたみたいな不倫女が弁護士だなんて笑わせる。人として終わってるわ!】【@渡辺翼、渡辺先生、もしこんなクズを事務所に置いておくつもりなら、うちの依頼はすべてキャンセルさせてもらいますよ。他の事務所を探しますから】【……】数百人が参加するクライアントグループは、あっという間に私への中傷と罵詈雑言で埋め尽くされた。元凶である日和は、デマを流すだけ流して、さっさと画面の向こうに隠れてしまった。日和のあまりの恥知らずな振る舞いに、私は言葉を失った。私の結婚式をめちゃくちゃにして家庭を壊したのはそっちなのに。それなのに被害者ぶって、私が妊娠中の彼女を差し置いて翼を誘惑したなんて、よく言えたものだ。さらに驚いたことに、普段はROM専で、グループができてから一度も発言したことがなかった翼が、このタイミングで自ら発言したのだ。【妻の言っていることはすべて事実です。皆様、お騒がせして申し訳ありません。どうかご安心ください。自分と高橋先生との間には、恋愛感情や不適切な関係は一切ありません】【事務所の名誉のため、本日付で、当事務所の高橋先生の解雇手続きを開始します】グループでの翼の断定的な書き込み。平然と嘘をつくその姿
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第3話

裁判所の担当者から電話を繋いでもらうと、すぐに翼の怒鳴り声が聞こえてきた。「凛菜、いい加減にしろよ。君がグループチャットで通話録音をばらまいたせいで、日和がネットで叩かれて、精神的に不安定になって入院したんだぞ。そのせいで、お腹の子まで危なかったのに、それでもまだ足りないのか?今度は誰かに担当者のフリをさせて、離婚調停だと?日和がその話を聞いて、どれだけ自分を責めたか分かってるのか?死んで詫びしようとしたんだぞ。君は日和を追い詰めないと気が済まないのか?」その怒り狂ったような声を聞いて、私はやっと理解した。翼は裁判所からの電話に応じていなかったわけではない。離婚調停の通知を、私のいたずらだと思い込んでいただけなのだ。はっと我に返り、私はすぐに言い返した。「杉本さんがわざと嘘をついて私を陥れた時は、私が悪いと言ったわよね。今度は相手がしっぺ返しを食らっているのも、私のせいになるわけ?それと、最後に言っておくけど、調停は本当にやることよ。もしあなたが……」でも私の言葉を最後まで聞かず、翼はイライラした様子で話を遮った。「もういい!凛菜、その茶番に付き合ってる暇はない。日和は今、妊娠中で精神的にも不安定で、とても仕事ができる状態じゃない。君が日和の仕事を引き継げ。今夜の会食にも代わりに行って、彼女のクライアントをしっかりもてなしてこい。ちゃんとやり遂げたら、君がやきもちで起こした騒ぎは特別に許してやる。事務所での立場も保証してやろう」まるで王様か何かのように偉そうな翼の命令口調に、私は思わず鼻で笑った。彼は忘れているらしい。昨日まで、ネットで叩かれていたのは日和だけじゃなかったということを。弁護士という仕事柄、クライアントや相手方の家族から責められることは避けられない。以前、ある刑事事件の弁護を担当したことがある。被告の罪を軽くすることに成功した直後、私は原告の家族に水を浴びせられ、「人殺しの味方!グルになってるんだろ!」と罵られた。ひどいときには、ネットに個人情報を晒されて、実家の両親まで巻き込んで中傷されたこともあった。あの頃の私は怖くて家に閉じこもり、スマホを開く勇気さえなかった。でも翼は、それが当たり前だという顔をしていた。私を慰めるどころか、逆に感情的すぎるとか、心が弱いと責めてきたのだ。弁
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第4話

「本当ですか?高橋先生、そう決心してくれて本当に嬉しいですよ!」電話の向こうで、イーサンは少し訛りのある口調で興奮気味に言った。私はただ、静かにうなずいただけだった。イーサンは、私が以前に海外クライアントの国際訴訟を担当したとき、偶然知り合った相手側の弁護士だった。あの時、私は被告側が提出した証拠に偽造の疑いがあることに気づいた。すぐに休廷を申し出て、そのことをイーサンに伝えたんだ。私の指摘を受けても、イーサンは私が敵だからといって動機を疑わなかった。それどころか、真剣に依頼人の情報を調査し、実際に大量の証拠が偽造されていると突き止めてくれたんだ。そしてイーサンはすぐに弁護契約を打ち切り、自分と事務所の名誉を守った。もし判決後に発覚していたら、イーサンの法律事務所は業界から追放されていただろうから。それ以来、イーサンは私の人柄と鋭い洞察力を買ってくれた。何度も私を海外に誘って、彼の事務所にパートナーとして加わってほしいと言ってくれた。最低でも数百万ポンドの年俸は保証するとも言ってくれた。でも、あの頃の私は翼が描いてみせた偽りの未来を信じきっていた。だから、イーサンの誘いもきっぱり断り、翼と一緒に家庭を築いていきたいと思っていたのだ。イーサンはそれを聞いても怒らなかった。むしろ、「気が変わったら、いつでも歓迎します」と言って、彼のプライベートな連絡先を教えてくれたんだ。今思えば、本当にバカな選択をしたものだ。翼のために、輝かしい未来を諦めた。7年もの青春を捧げ、心も体もボロボロになるまで尽くしたのに。結局、事務所のパートナーどころか、妻という公の立場さえ手に入らなかった。もう、自分の人生のために考え直すときだ。環境を変えて、ゼロからやり直そう。イーサンとの電話を切ると、私はすぐにスマホから翼に退職届を出した。でも、予想外のことが起きた。いつもは返信が遅くて、翌日になることさえある翼が、今回はすぐに退職届を承認したのだ。私が驚いていると、スマホに通知が来た。翼がインスタを更新したのだ。写真には、カラオケで日和と手をつなぐ翼が写っていた。彼は歌いながら、笑って日和にお菓子を食べさせてあげていた。私は思わず、乾いた笑いを漏らした。どうりで、承認がやけに早いはずだ。日和とのデートで忙しかったんだから。翼は
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第5話

深夜、店の個室。梓は、楽しそうにスタッフの腹筋を触っていたが、ふと何かを思い出したようにスマホで時間を確認し、おずおずと私に尋ねてきた。「凛菜、もう3時間近くも翼さんに連絡してないけど……平気なの?怒らないかな?」梓の言いにくそうな様子に、私は思わず鼻で笑ってしまった。翼と大学で付き合い始めたころ、彼にこう言われた。家庭の事情で、裏切りが何よりも怖いから、毎日どこで何をしてるか連絡して、安心させてほしいって。翼の生い立ちが可哀想で、私はその通りにした。寮からスーパーに行くだけでも、必ず連絡してたんだ。そうやって誠実に対応すれば、翼の傷ついた心も少しは癒えるんじゃないかって、そう思ってた。でも、現実は違った。彼の疑い深さと支配欲はどんどんエスカレートしていった。特に入籍してからは、1時間おきに、何をしていても報告しろって言われるようになった。次の日の予定も、どこで何をするか、どれくらい時間がかかるかまで、全部前の日に決めておかないといけなかった。一度、急にお腹が痛くなってトイレに5分長くいただけで、大変なことになった。すぐに報告しなかったら、翼は私が嘘をついて裏切ってるんじゃないかって疑って。挙句の果てには、職場の監視カメラまでチェックした。でも翼自身は、自分にはめちゃくちゃ甘かった。どこで何をしようと、一切報告なんてしてこない。私がたまに「次は何するの?」って聞いただけでも、ものすごく怒るの。「俺の人生を支配するつもりか」とか「信頼してない証拠だ」とか言って。本当にバカみたい。当時の私は、翼の心が傷つきすぎてるからだって、私の愛情や信頼が足りないからだって、本気で思い込んでた。今になって思えば、ただ翼がおかしかっただけ。私はグラスのワインを一気に煽り、吹っ切れたように言った。「もうどうでもいいの。だって、翼とはもう離婚したから。あとは、裁判の判決書を役所へ届出するだけだし。彼の機嫌を伺う義務なんて、もうないのよ」私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、梓は夢じゃないかと自分の頬を思いっきりつねった。そして、痛みに顔を歪めながら、勢いよく私に抱きついてきた。「よかった、凛菜!やっと目が覚めたのね!正直、前からあの男にはムカついてたのよ!凛菜が彼の魔の手から逃れられたお祝いだもん、今日は私がおご
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第6話

振り返ると、ドアの前に翼が立っていた。険しい顔で、私を睨みつけている。私が黙っていると、翼は隣のスタッフを一瞥してから、歯を食いしばって問い詰めてきた。「おい凛菜、聞いてるのか。1時間ごとに行動を報告しろって言っただろ。なんで連絡しないんだ?後ろめたいことがあるんだろ。俺に隠れて他の男と会ってたから、何も言えないんじゃないのか?」だけど私は、冷めた目で翼を一瞥しただけだった。「私が誰と会おうと、あなたには関係ないよね?こんなところで大きなお世話を焼くくらいなら、奥さんとカラオケにでも戻ったらどうかしら?」その言葉に翼は一瞬言葉を詰まらせた。そして、不機嫌そうに眉をひそめた。「また嫌味か?日和とカラオケに行ったのは、彼女のご両親に見せるためだ。仲のいいフリをして、安心させるためだったんだ。君のために、今日の仕事も付き合いも全部断って、家で君の大好物だった豚の角煮を作ってきたっていうのに。まったく、こっちの気も知らないで!」そう言うと、翼は保温ジャーをテーブルに叩きつけた。目の前には、湯気の立つ美味しそうな豚の角煮。それなのに、私はいきなり吐き気に襲われた。また、これだ。付き合い始めた頃は、翼の気持ちがこもっているようで、素直に嬉しかった。でも、いつからか分かってしまった。これはただの、翼のワンパターンな手口だって。彼が日和のことで私に何か頼みたいとき、いつもこの料理でごまかそうとする。胃の病気で手術したから、もう脂っこいものは食べられないのに。翼は手口を変えることすらしなかった。相変わらず、こってりと脂の浮いたこの料理を作り続けている。はっと我に返り、私は冷たく言い放った。「もう食事は済ませたから。こんなご馳走、杉本さんにでも食べさせてあげたら?」でも翼は、私の不機嫌な声色に気づかなかった。いつものように機嫌が直ったと勘違いして、待ってたとばかりに口を開いた。「そうか。それならいい。実は、頼みがあるんだ。明日、日和のご両親が家に来ることになってな。俺が日和と、将来生まれてくる子供の面倒をちゃんと見れるか、確かめに来るらしい。君は前に育児書を色々読んでたよな。だから、どうすれば良い夫、良い父親になれるか教えてくれ。妊婦と赤ちゃんの世話の仕方も知りたいんだ。日和のご両親の前で、いいところを
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第7話

この郊外にある邸宅は、翼の法律事務所の経営が軌道に乗り始めた頃に、わざわざ私のために選んでくれた家だった。庭で花や果物を育てたいという、私のささやかな願いを叶えるために。仕事で疲れて帰ってきても、庭で丹精込めて育てた花や果物がすくすく育っているのを見ると、疲れなんて吹き飛んでしまった。果物が実る季節になると、私と翼は庭でのんびりドラマを見ながら、もぎたての果物を頬張る。二人にとって、かけがえのない幸せな時間だった。でも今は、熟したばかりのいちごが業者によって根こそぎ引き抜かれ、無残にも踏み潰されていた。家庭菜園だった場所は更地にされ、そこには新しくハンギングチェアが置かれていた。2年前に私が植えたばかりの木も、根元から切り倒されていた。そして、薪のようにバラバラにされて、トラックで運び去られてしまった。それだけじゃない。飾りとして植えていた蘭もすべて引き抜かれ、代わりに華やかな薔薇が植えられていた。私は思わず業者に詰め寄ったけれど、これはすべて翼の指示だと聞かされた。翼は日和とその両親に気に入られようと、私の痕跡をすべて消し去り、日和の好みに合わせて庭をめちゃくちゃにしたのだ。翼、なんて残酷な人なの。我に返った私は、もう業者を止めることはせず、まっすぐ家の中に入った。一刻も早く荷物をまとめて、ここから出て行きたかった。けれど、クローゼットの中を探っていると、何かが突然、床に落ちた。音がした方を見ると、それは翼と結婚したときに買った、結婚指輪だった。あの頃、翼は法律事務所を立ち上げたばかりだった。事務所を維持するだけで貯金は底をつき、結婚式の費用すら用意できなかった。もちろん、盛大な式なんて夢のまた夢だった。だから、私たちはお金を節約するために、ただ籍を入れただけだった。その後は事務所に住み込み、毎日カップラーメンを食べるか、接待の席でなんとか食事を済ませる日々。年末になっても、暖かいダウンジャケット一枚買うお金すらなかった。そんな私を見て、当時の翼はひどく自分を責めていた。私のためにプライドを捨て、かつてはライバルだった相手に頭を下げにいったことさえあった。お酒の力を借りて、仕事を回してほしいと土下座までしたのだ。あの日のことは、今でも覚えている。翼は泥酔して帰ってきた。シャツにはタバコの火で穴が空いていて
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第8話

箱の中には、貴重な骨董品や、翼の母親の形見が入っているわけではなかった。その代わり、見たこともない女性と翼が一緒に写っている写真で、箱はいっぱいになっていた。それは彼が高校生の頃の写真だった。遊園地ではしゃぐ二人、学校の制服姿、ショッピングモールでデートしている様子。いろいろな写真があった。どの写真の裏にも、翼の字で何か書き込みがしてあった。【4月10日。岡本佳奈(おかもと かな)という女の子と知り合った。胸のドキドキが止まらない。これが恋ってやつなのかな?】【5月6日。ついに佳奈ちゃんの連絡先を交換できた。あああ、なんてメッセージを送ればいいんだ……すごく迷う】【7月16日。待ちに待った夏休み。今日は佳奈ちゃんと初めての遊園地デート。佳奈ちゃんは本当にきれいだった……】【12月10日。佳奈ちゃんがずっと学校に来ない。クラスのみんなは、事故に遭って車に轢かれたって言うけど……そんなの、信じられるわけない!】【12月16日。今日、佳奈ちゃんのお葬式があった】【3月21日。裁判の判決が出た。犯人は大物の弁護士を雇ったらしく、刑事責任は問われず、1日も刑務所に入らずに済んだらしい……】【4月5日。佳奈ちゃん、待っていて。俺が弁護士になって、佳奈ちゃんのために必ず真実を明らかにするから……】そこまで読んでから、もう一度写真に目をやった。写真の中の佳奈は、私にも、そして日和にも、どこか似ている。その瞬間、すべてを悟ってしまった。そういうことだったのか。私と日和は、佳奈という女性の、ただの替え玉に過ぎなかったのだ。翼は私と日和の中に、ただ佳奈の面影を追い求めていただけ。翼が弁護士になったのだって、すべては佳奈のためだったのだ。どうりで、この箱を長年大事に隠して、誰にも触らせようとしなかったわけだ。でも、翼の過去の感傷に、どうして私の大切な時間と人生が犠牲にされなくちゃいけないの?私はハッとして、箱を棚に戻した。そして、もう二度と振り返らずにその部屋を後にした。この家には、もう私にとって惜しむべきものは何一つ残っていなかった。旅立つ前に、梓が「どうしても、もう一度だけ一緒にご飯を食べたい」と言い、飛行機の時間は夜だったから、私はその誘いを断らず、タクシーでレストランへ向かった。でも、タクシーを降りたところ
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第9話

その退職証明書を見て、翼は一瞬きょとんとしたが、すぐにあざけるように笑って言った。「辞める、だと?凛菜、君の退職届なんて一度も承認した覚えはない。俺を怒らせたいがために、ついに画像の加工までしはじめたのか?」そばにいた日和もわざとらしく近寄ってくると、翼の腕に絡みつき、目を赤く潤ませた。「翼さん、高橋先生を責めないで。きっと私たちが家族写真を撮るって聞いて、嫉妬したのよ。それで、退職のふりなんかしであなたを困らせようとしてるんだわ」そう言うと、日和は私の方を向いて、いかにも可哀想だという表情を見せた。「高橋先生、どうしても私のことが許せないなら、今すぐ親と一緒に出ていきます。だから翼さんを困らせるために、自分のキャリアを台無しにするようなことはしないでください。書類の偽造は違法ですよ」翼はそれを聞くと、さらに嫌悪感をにじませた目で私を見た。「凛菜、見ろよ。日和のほうがよっぽど大人で、物分かりがいいじゃないか!結婚して7年だぞ。いつからそんな、気を引くためなら何でもする女になったんだ?」目の前で息ぴったりに芝居をする二人を見ていると、馬鹿らしくて仕方がなかった。翼の目には、私が嫉妬のために書類を偽造するような卑劣な人間に見えているんだ。でも、それも仕方ない。翼はもう、とっくの昔に私を信用しなくなっていたから。先月、事務所の経理で、ほんの少しだけ帳簿が合わないことがあった。それなのに翼は、丸3日もかけて私を徹底的に調べた。挙句の果てに、監視カメラの映像まで確認して、私が事務所のコーヒーを買った際に差額をだまし取ったんじゃないかと疑った。そして、みんなの前で私を叱責し、ボーナスを全額没収したのだ。結局、経理担当者がうっかり帳簿をつけ間違えただけだと判明した。それでも翼は「慎重なのは良いことだ」の一点張りで、謝罪の一言もなく私を適当にあしらった。それにひきかえ、日和のことを、翼はなぜかいつも信じてやまなかった。日和は事務所に入って3ヶ月もしないうちに、経費精算で交際費を40万円も水増し請求した。その金でブランドバッグを買って、同僚をブロックするのを忘れたまま、インスタに自慢げに投稿していた。それを知った翼は、日和を責めるどころか、「女性がお洒落したいのは当然だろ」なんて笑って私に言った。そして、自腹
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第10話

その言葉に、翼の得意げな表情が固まった。「何だって?」次の瞬間、彼は慌ててスマホを開き、承認履歴を確認した。案の定、昨日は日和とのカラオケをインスタにアップするのに夢中で、メッセージの中身をよく見ていなかった。どうせ休暇申請だろうと思い込み、何も考えずに「承認」をタップしてしまったのだ。まさか、それが退職届だったなんて。翼はすぐに人事担当者に問いただした。「高橋先生もこの事務所の創設メンバーの一人だぞ!彼女が辞めるっていう一大事を、なんで俺への報告もなしに勝手に処理してるんだ?」電話の向こうで、人事担当者は困惑した様子で答えた。「渡辺先生、数日前に先生がクライアントとのグループチャットで、高橋先生を解雇するとおっしゃっていたので……てっきり、もうお話はついているものだとばかり……」「あれはクライアントを宥めるためだろうが!こっちの真意も汲み取れないのか!君みたいな使えない奴はもういらん!明日から顔を見せるな!」電話を叩き切ると、翼は肩で大きく息をした。よほど腹が立ったのだろう。だが彼はすぐに表情を取り繕い、私に向き直ると、媚びるような口調で言った。「凛菜、これは……その、誤解なんだ。昨日は忙しくて、手が滑って承認ボタンを押しちまっただけなんだ。誤解なんだから、退職なんて認めない」翼はまた得意の愛情深い男のフリをして、私の手を握ろうとしてきた。「忘れたのか?ご両親に、一生大切にするって約束したんだ。君を手放すわけないだろう」私はとっさに身をかわして翼の手を避けた。胸のむかつきがひどい。今更になって、私を大切にするって言ったことを思い出したわけ?結婚式当日に私を放り出して、日和のもとへ走っていったのはどこの誰だったのかしら?「翼、その芝居は見飽きたわ。あなたの約束なんて、何の価値もないのよ」それを聞いた日和は、さも私のために言っているという顔で、ため息をついた。「高橋先生、今の不景気なご時世、年末に転職なんて大変ですよ。もうすぐ三十路じゃないですか?翼さんの事務所を離れて、他に雇ってくれるところなんてあるんですか?名前も知らないような小さな事務所で、お茶汲みでもするつもりですか?」翼も、いつもの傲慢な態度を取り戻し、スーツの襟を正した。「日和の言う通りだ。凛菜
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