颯太の言葉が、毒のようにじわじわと真尋の中に広がっていた。「あの夜の席の配置は、仕込みだと思う」 片桐が晃を真尋の隣に座らせた。「こちらへどうぞ」と、あの人懐っこい笑顔で。あれは偶然じゃなかった。 颯太の情報はきっと正しい。片桐から直接聞きだしたのだ。颯太はいつだって理論的で、細やかなリサーチに基づいて話す。感情論で真尋を脅そうとしているわけじゃない。 けれど。 片桐がいつも正しいことを言っているとも限らない。バーテンダーは客を楽しませるのが仕事だ。話を盛って、面白おかしく話すことだってあるだろう。「友達の好みの男がいるから隣に座らせた」。それだけ聞けば仕込みに聞こえるが、知り合いの客に空いている席を勧めただけかもしれない。 あの夜のことを思いだす。月虹のカウンター。真尋のほかに客はまばらだった。空いている席はいくつもあったのに、片桐はわざわざ真尋の隣を勧めた。「好きな席にどうぞ」でもよかったはずだ。 一度疑いだすと、すべてが怪しく見えてくる。本が好きだと言ったことも、栞堂のPOPを褒めてくれたことも、差し入れの味が真尋の好みだったことも。 全部、リサーチ済みだったとしたら。 疑いたくない。 本の話をするときの晃の顔は、本物だった。真尋がイシグロの話をしたら、晃はカーヴァーで返してきた。本をしっかり読み込んでいないと出てこない話題に、目を輝かせていた。付け焼き刃で読んだ人間に、あの深さは出せない。 それに。 あの夜、関西弁が漏れた声。「聞きたない」と叫んだ震えた声。真尋を抱いたときの、やさしいのに切ない手つき。あれが計算だとしたら、晃は相当な役者だ。広告代理店でプレゼンの鬼と呼ばれているとしても、あそこまで全身で嘘はつけないだろう。 じゃあ、なにが本当で、なにが嘘なのか。 出会いの仕掛けは嘘。でも、そのあとの感情は本物。そんな都合のいい話があるのだろうか。 響のことを思いだす。響も最初はやさしかった。真尋が好きな本を話しても笑顔で聞いてくれた。でもそのうち、退屈そうにして話題を変えるようになった。最初だけ相手に合わせて、慣
最終更新日 : 2026-04-11 続きを読む