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となりのストーカーくん のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

31 チャプター

第二十一話 ストーカーの部屋

 晃の部屋に足を踏み入れる。ふわっと晃の匂いに包まれた。 ああ、この部屋で生活しているんだ。 間取りはちょうど真尋の部屋の左右対称だった。玄関から短い廊下、その奥にリビング。自分の部屋を鏡に映したような構造が、不思議な居心地の良さを連れてくる。壁一枚向こう――これまで音だけを頼りに想像していた場所に、今、自分が立っている。壁越しの鼻歌も、シャワーの音も、料理のだす湯気の気配も、みんなこの空間から発されていたのだ。地図の上の点が、ようやく一つ埋まった気がした。 真尋と同じ柔軟剤の香りに、晃のからだの匂いが薄く混ざっている。けれど、以前、玄関先で話したときには料理の匂いもしていた。バターの匂い、出汁の香り、にんにくを炒める匂い。今はそのどれもしていない。「ねえ、晃さん。ちゃんと食べてる?」 真尋が晃を振り返ると、晃はふいと目をそらした。「はい。食べてます」「嘘ですね」「なっ……!」「だって、前に玄関先ですこしお話ししたときは、料理の匂いがしましたもん。でも、今は全然しない。これって、料理してないから、ですよね?」「…………」 沈黙は肯定と同じだった。 あらためて晃を見る。パジャマの上に羽織ったパーカーの袖から覗く手首が、以前より細くなっている。頬もこけていた。ストーカー行為をやめると同時に、自分の面倒をみることもやめてしまっていたのかもしれない。そう気づくと、胸の奥がすこしだけきしんだ。 晃は答える代わりに、ぱちんと部屋の電気をつけた。ぱっと明るくなって、真尋は目を細める。徐々に明るさに目が慣れてきて、部屋を見渡した。 晃の部屋はとても物が少なくて、シンプルだった。ローテーブルとソファ、それから仕事で使うのだろうデスクがひとつ。モノトーンでそろえられた家具は、どれも丁寧に手入れされている。ただ、壁一面を大きな本棚が覆っていて、たくさんの本がぎっしりと並んでいた。それを見る限り、本好きだというのはやはり嘘ではないらしい。「すごい数の本ですね。見ても
last update最終更新日 : 2026-04-21
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第二十二話 恋人たちの夜

 これまで隣人だった晃と、デートをしたことはない。偶然、真尋が行きつけのカフェやスーパーで会うか、晃が客として栞堂に訪れるだけだった。ふたりで出かけたことはなかった。 自分からデートをしようと誘ってしまった。しかも、昨日付き合いはじめたばかりだ。けれど、なぜか緊張はしない。響とのときとはまったく違う。あのときは真尋が響を好きすぎて、背伸びをしすぎていたのかもしれない。晃とは、お互いに気持ちが重いぶん、ぶつけ合っても大丈夫だろう。だからといって安心もできないが、今のところは問題なさそうだった。 今日は平日で晃は仕事だ。残業せずにまっすぐ帰ってきてくれるらしい。こんな待ち合わせもなんだかワクワクするのは、付き合いたてならではかもしれない。 真夏の夜は意外と暑い。待ち合わせ場所にギリギリに行こうと思ったのに、家にいるとずっとそわそわしてしまって、結局早く出かけてしまった。 家を出てからすぐに、もう少し待ってから出かければよかったと後悔した。アスファルトは日中の熱をため込んでいて、足元から熱気がむわっと上がってくる。からだにまとわりつく空気が暑い。 けれど、川沿いにくると涼しい風が吹き抜けた。やはり水辺は心地いい。 真尋は汗をかかないようにゆっくりと歩いた。ここを晃と一緒に歩けると思っただけでうれしくて、まるで小学生みたいだなと口元がゆるむ。 待ち合わせの場所に、予定よりも三十分早く到着した。晃は残業せずに帰ってくると言っていたが、急な仕事が入るかもしれない。社会人とはそんなものだ。真尋も急に残業することがあるので、そこは理解できている。 ベンチに座ってバッグから本を取り出した。ぺらりとページをめくる。指先の紙の感触が好きだ。新しい本ならインクの香りがふわっと漂うのだが、何度も読んでいるカーヴァーの本では、残念ながら感じられない。けれど、からだが覚えているのか、気のせいなのか。ふわりとインクの香りがした気がした。 本に目を落として、文字を追う。何度も読んでいる本のはずなのに、内容がちっとも頭に入ってこない。夏の夜特有のむわっとした空気のせいなのか、それとも晃との初デートに緊張しているのか、わからない。 すると、
last update最終更新日 : 2026-04-22
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第二十三話 栞堂のゆくえ

 なにかとてつもなく大きなものを耳元でいきなり落とされたみたいに感じて、音が遠のいた。店長がなにか言っているが、言葉がうまく形にならない。まるで自分のまわりに透明なガラスの囲いがあって、この世から切り離されたような感覚だった。「みんなも知ってると思うけど、このところ売り上げがよくない」 店長が説明している。けれど真尋の耳には、ほとんど届いてこない。「オーナーが売り上げの低い店をいくつか閉店することに決めたそうだ。それで、うちの店もその候補に挙がった。まだ決定じゃない。猶予は、三か月だ。三か月で数字を動かせなきゃ、閉店になる」 三か月。 その三文字が、やけに重たく耳の奥に沈んだ。 栞堂が、この店が……なくなる? 本当に? 頭の中でその言葉だけがぐるぐると渦を巻いて回り続けている。 嫌だ、そんなのは絶対に。 この場所は守り続けたい。だって、自分にとっての大切な場所だ。晃が自分を見つけてくれた場所――。 そう叫びだしそうになる。けれど、喉が詰まって言葉が出ない。「詳しいことが決まったら、またみんなに連絡する。じゃあ、今日はお疲れさん」 店長の話が終わると、従業員はばらばらとその場を立ち去っていった。ひとり、またひとりと、みな戸惑いを抱えた顔でうつむきながら歩いていく。真尋は全員が帰ったあとも、その場に立ち尽くしていた。手にしたまま忘れていた伝票が、指のあいだで折れ曲がっていた。心が追いつかない。なにも考えられなかった。「柊さん。柊さん!」 肩を叩かれて振り返ると、山田さんが心配そうに立っていた。いつものはきはきした声ではなく、ひと回り小さな声だ。「大丈夫ですか? 顔色、ちょっと悪いですけど……」「う……うん」 真尋が大きく息を吸い込むと、いままで息をするのを忘れていたのがわかった。吸い込んだ空気が胸を満たし、からだのすみずみに血がめぐる気がした。「山田さんは……知ってた?」
last update最終更新日 : 2026-04-23
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第二十四話 パートナー

 店長から「店が閉店の危機に陥っている」と聞いて以来、従業員の活気は明らかに落ちた。栞堂の従業員は誰もが楽しそうに仕事をしていた。それなのに今は、みんながみんな負のオーラを纏っていて、空気がどんよりとして重かった。 真尋もきっとその中のひとりだ。自分でもわかっている。きちんと笑顔をお客さんに向けられていない。山田さんに向けたら、また般若だのハニワだの言われるに決まっている。 当の山田さんは、落ち込む様子もなく、テキパキと仕事をこなしていた。きっと山田さんの心のなかにも、真尋やほかの従業員と同じように、どんよりとした分厚い雲が垂れ込めているに違いない。けれどそれを見せずに、明るい笑顔をお客さんに向けている。 それを見て、真尋も負けていられないと思った。自分は山田さんの先輩だ。先輩がどんより暗い顔をするわけにはいかない。それに、みんなが落ち込んでいるときだからこそ、明るく振る舞わなければいけない。 真尋は両手でぱん、と頬を叩いた。「よし! 俺にできることは、POPを書いてすばらしい本を紹介することだ」 真尋は大きく息を吸い込んだ。そしてバックヤードへ向かっていった。 三か月。 その期限を考えれば、ぐずぐずしている時間はない。明日からは、POP一枚一枚にこれまで以上の気持ちを込めよう。真尋はそう自分に言い聞かせた。  仕事中はなんとか自分を鼓舞してやる気を出していたが、家に帰ると、栞堂が閉店するかもしれない不安が頭のなかを占めた。真尋にはPOPを書くことしか取り柄がない。「もっといろんなスキルがあればなぁ……」 ソファに座って、ぼんやりと天井を見つめる。 閉店を回避するには、お客さんを増やさなければいけない。来店数を上げるだけではない。売り上げも上げなければいけない。 なにか栞堂独自でフェアでもするか。それとも、大型店ではできない、顧客に寄り添った品揃えにするか。 そんなことを考えても、最終的に決めるのは店長だ。一従業員の真尋が提案したところで、採用されるとは限らない。それでも、黙って手をこま
last update最終更新日 : 2026-04-24
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第二十五話 企画書とプレゼン

 晃が作った企画書はプロ顔負けだった。いや、まさしくプロの手による出来栄えだった。やはりプレゼンの鬼はすごい。「これ、まずは店長に提案しないといけないと思うんだよね」「わかった。俺も一緒に行くわ」「え? いいの?」 晃は大きくうなずいた。「だって、俺の真尋さんの職場のことやで。俺がちゃんと責任持ってやるわ」「いやいやいやいや。個人的な感情はいらないんだよ」「ちゃうよ。だって栞堂がなくなったら、真尋さんのPOPが見られへんやん。あれ見て本を買う人、いっぱいいんねんで。知らんやろ?」「……うん」 晃はふふんと顎を少し上げて、得意げな顔をした。「俺がどんだけ真尋さんのPOPに張り付いていたか」「いや、それもちょっとしたストーカーだから……」 真尋は思わず吹き出してしまった。山田さんが「POPイケメン追跡班」なら、晃はさしずめ「POP観察班」といったところだろうか。「ほな、いつする? 店長のとこ行くん」「晃さんの仕事の都合もあるでしょ? 仕事終わりとかでもいいし、土日でもよければそれでもいいし……」「いや、早いほうがええやろ? 明日の夜は店長さん、いはる?」 真尋は従業員の出勤スケジュールをスマホで確認した。「うん。いるよ。六時半ぐらいで大丈夫?」「全然いける。先に店長さんにだけ、話通しといてな」 まずは店長の許可を得ないといけない。それからようやくオーナーへと話をこぎつけることができる。先は長いが、一歩ずつ足を進めるしかない。 スマホのカレンダーで三か月の区切りをもう一度確認する。あと、二か月と半分ほど。時間はないが、ゼロではない。  次の日、真尋は店長に、晃と一緒に考えた企画を提案した。すると店長は涙を流して喜んだ。それもそうだろう。自分がトップを任されている店が閉店の危機に瀕していたのだ。責任を感じていたに違いない。店長はオ
last update最終更新日 : 2026-04-25
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第二十六話 オペレーション全史

 「オペレーション・グッドネイバー」という言葉が片桐の口から出ると、晃の様子が一気におかしくなった。晃は必死に阻止しようとしていたが、片桐は風に揺れるのれんのように、のらりくらりとかわしている。「もう、ええんやって。真尋さんと付き合うことできてんから!」「せやから話すんやんか。暴露したほうが楽しいやろ?」「裏話は話さへんからええんやんか」「いや、それはちゃう。知ってもらうことで、その内容の奥深さを理解してもらえるんや」 よくわからないが、片桐と晃がやいやい言い合っているのを見ると、そのオペレーションに相当気合を入れていたのだろうと思えてきた。 月虹のカウンターの奥で、間接照明がアンバー色の光を揺らしている。今日は店の定休日だ。普段ならカクテルの注文が飛び交うこの空間に、今は四人しかいない。テーブルに置かれたタパスの皿はおおかた空になり、グラスのなかの氷だけが、ちりっと小さな音を立てる。 颯太はひとり、静かに酒を飲んでいる。いつもなら真尋に害が及ばないよう、周りに目を光らせているはずだ。だが、今夜は様子がおかしい。それに、いつもなら「オペレーション・グッドネイバーってなんだ!」と食ってかかるはずなのに、今夜はおとなしくグラスを傾けている。それも気になる。「颯太、なんかあったのか?」「なんでだ」「いや、なんかいつもと違うっていうか。だいたい晃さんのこと、あれだけ警戒してたのに、今はそれもなくなったから」 颯太はカクテルグラスの縁を指でなぞった。「うん、まあ、いけすかんやつだが、真尋が好きになった相手だしな。それにまあ、いろいろ話を聞けば、悪いやつじゃなさそうだし……」 なんとなくいつもより歯切れの悪い返事を不審に思ったが、真尋は「そっか」とだけ返した。「ことの発端は、二年ほど前のことです」 片桐がまるで講談師のように語りはじめた。張り扇がないので、代わりにパン、と手でテーブルを叩く。「ある日のことでございます。一ノ瀬晃は、街の本屋さんに、ふらりと立ち寄ったのでございます。書店の名は――
last update最終更新日 : 2026-04-26
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第二十七話 栞堂の奇跡

 オーナーからのゴーサインが出た。真尋は早速、颯太に手伝ってもらいながら店のSNSを作成し、イベントを告知した。晃のアイデアは、真尋が書いたPOPをSNSに投稿することだった。真尋はそんなことでいいのかと半信半疑だったが、予想を上回る反響に驚いた。『なに? このイベント! 神!』『参加したい!』『気になる!』 次々とコメントがついて、たくさんの人が真尋のPOPを見てくれているのだと思うと、真尋は胸が熱くなった。書店員になってからずっと、夜中に下書きをしては書き直してきたあの一枚一枚の紙が、こうしてはじめて遠くの誰かの目に届いている。それが、不思議で、うれしくて、すこしだけ照れくさかった。 真尋は片桐にも同じ原稿を渡し、月虹のSNSでも告知してもらった。月虹には相当数のフォロワーがいるので、すぐに反応があった。バーの常連客が投稿を拡散してくれて、瞬く間にイベントの告知は広がっていった。 月虹のSNSでは、イベントの告知に加えて、座談会の登壇者も募集した。すると、おもしろそうだから出てみたい、とセクシュアリティをオープンにしているお客さんから連絡が入った。 ありがたい。事前にこれほど反響があるとは思っていなかった。できるだけ多くの人に座談会で話してもらいたいが、人数が多すぎると話がまとまらず、せっかくの企画が台無しになる可能性もある。 月虹の定休日に、真尋、晃、片桐、颯太の四人で会議を行った。会議といっても、ただみんなで集まって飲んでいるだけなのだが。「片桐さん、お客さんでこの人なら大丈夫っていう人、このなかにいる?」 真尋は、月虹のSNSのコメントや個別メッセージで立候補してくれた人たちのアカウント名を見ながら、片桐に聞いた。真尋には誰が誰だかさっぱりわからないし、実際に接客している片桐のほうが、その人となりをよく知っているはずだと思ったからだ。「んー、せやな。けっこうみんなどぎついこと話してくれるとは思うねんけど。真尋さんはこの座談会、どんな感じにしたいん?」「BL小説や漫画が好きな女性がターゲットだから、できるだけ内輪受けにならない方向で行きたいんです」
last update最終更新日 : 2026-04-27
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第二十八話 壁のない場所へ

 晃に「大切な話がある」と言われて、真尋はごくりと唾を飲み込んだ。緊張が走り、手先が急に冷たくなる。なにか自分がしただろうかと思い返すが、なにも思い浮かばない。どくどくと耳の奥で、血流の流れる音がやけに大きく響いた。「あのさ――」 真尋は息を呑んだ。次にどんな言葉がくるのかと、そのまま息を詰める。キュッと拳を握ると、自然に関節が白く浮かんだ。 晃の表情は、これまで見たどの晃とも違っていた。仕事モードでもない。ふだんのポンコツでもない。なにかをこの上ない真剣さで言おうとしている、覚悟の顔だ。「俺たち、一緒に暮らさへん?」 思いもよらない提案に、耳を疑った。「え?」「あ、急にごめんな。実は、付き合いはじめてからずっと思っててん。隣同士でもええねんけど……その、俺はずっと真尋さんと一緒にいたいねん」 晃は恥ずかしそうに首の後ろをかいた。「……えっと」 真尋はまだ晃の言葉を飲み込むことができずにいた。一緒に暮らす。隣人ではなくなる、ということだ。「いや、その、今すぐってわけやないねん。っていうか、一緒に暮らせたらええな、って思っただけやし」 晃は慌てて両手を振った。 一緒に暮らす。言葉を小さく口のなかで転がすと、その意味がじんわりと胸に染みこんでくる。 仕事に行く前も、家に帰ってからも、晃が家にいる。お互いの家を行き来する必要がなくなるのだ。いや、隣同士なのだから、行き来はそんなに手間ではない。けれど、すぐに会いたいとき、一分一秒も待てないとき、待たなくてもいい。いつも晃がそばにいる。「好き」と言いたいときに隣にいて、抱きつきたいときには抱きつける。そして触れ合いたいときにも、手の届くところにいる。 こんなにも真尋は独占欲が強かっただろうか。自分らしくいられる晃の隣は、居心地がいい。自分の重い気持ちも受け取ってもらえるのが、心地いい。 響と付き合っていた三年間、真尋は同棲の話を一度もしなかった。したいと思ったこともなかった気がする。一緒に暮らしたら、自分の重さが
last update最終更新日 : 2026-04-28
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第二十九話 最愛の隣人

 真尋はベッドにごろんと横になった。天井をぼんやりと見つめる。この部屋に思い入れは特にない。ただ、職場から近くて、安い物件だっただけだ。けれど実際に明日、この部屋を離れると思うと、なんとなくさみしく感じた。 新居では、晃とふたりで寝るためのダブルベッドを購入した。このシングルベッドも明日には処分する。この狭いベッドで、何度も晃と愛し合った。嫉妬に駆られて、無理やりに近い形で抱かれたこともある。恋人になってからは、大切に、やさしく、宝物のように扱ってくれた。 シングルベッドは狭すぎて、大人の男がふたりで寝るには窮屈だった。けれど、くっついて眠ることができた。いつも晃の大きな胸のなかに抱かれて眠るのが、好きだった。ベッドが大きくなっても、またくっついて寝たいな。そんなことを考えていたら、急に腹の奥が疼いてきた。「やばっ。明日朝早いから、早く寝たいのに」 スウェットの上から股間に手をやると、ゆるく兆しはじめている。晃の息遣いや手の動きを想像してしまったからだろうか。このまま寝ても、きっと中心がさらに熱を持って、目が冴えるに決まっている。 仕方ない。抜くか。 下着のなかに手を入れようとしたとき、スマホが震えた。画面を確認すると、晃からの着信だった。真尋はそれを見てビクッとした。 ――晃さんのことを想像して抜こうとしてたの、バレた? ドキドキしながら電話に出た。「晃さん?」「今、大丈夫?」「う、うん……」「ごめん。明日早いから、もう寝るとこやったやろ?」「ま、まあ、そうなんだけどさ……」 歯切れの悪い返事しかできない。晃に変に思われているのではないかと、背中に冷たいものが降りてきた。 いや、別にやましいことはしていない。青年男子なら、誰にでも起こる生理現象だ。「あのさ……」「うん?」「今から、そっち行ってもええ?」 晃が遠慮がちに聞いてきた。明日の朝は八時から荷出しがはじまる。だから本当は
last update最終更新日 : 2026-04-29
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第三十話 となりのストーカーくん

 新居に引っ越して一週間が経った。朝、目を覚ますと隣に晃がいる。そのたびに、これは夢なのではないかと思うし、毎朝幸せな気持ちになる。まだこの状況に慣れない自分に呆れさえするが、それと同時に毎日が新鮮で愛おしい。 壁の向こうから聞こえる気配ではなく、肌で感じる体温。それが当たり前になるのに、もうすこし時間がかかりそうだ。 真尋は横ですうすうと寝息を立てている晃を起こさないように、そっとベッドを抜け出そうとした。ふいに手首を掴まれて、晃の胸のなかに引きずり込まれる。「おはよう、真尋」 晃の胸に抱きしめられて、朝から心臓に悪い。けれど、これも新しい日常なのだ。「おはよう、晃」 名前を呼び捨てるのにも、ようやく慣れてきた。最初の数日は、口を開くたびに「真尋さん」「晃さん」と「さん」がつきそうになって、お互いに笑い合ったものだった。今はもう、すんなり呼べる。それだけで、世界がすこし新しくなる。 晃の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。そうすれば、晃は同じか、それ以上の力を込めて抱きしめ返してくれる。いつも同じ気持ちでいられるのが、心地いい。「なんでひとり先に起きようとしてたん」 すこし拗ねた声が、頭の上から降ってきた。先に起きようとしただけだ。たったそれだけのことでも、一分一秒でもくっついていたい気持ちがある晃には、許せないのだろう。 真尋はくすくすと笑った。「だって、気持ちよさそうに寝てたよ?」「起こしてくれたらええやんかぁ」 甘えた声。一緒に暮らすようになって、晃は甘えるのが好きなのだと知った。それは真尋も同じで、甘やかしてほしいときには晃に甘やかしてもらい、晃が甘えたいときには、たっぷり甘やかす。持ちつ持たれつの関係だ。「睡眠は大事。ちゃんと寝れるときは、しっかり寝ないと」「ほな、もうちょい一緒に寝よ?」「だめ。今日は俺、出勤時間早いから」「ええー。しゃあないなぁ」 晃は真尋にチュッと音の出るキスをすると、むくっと起きた。明らかに眠たそうな顔をしている。寝起きの晃の髪は、相変わら
last update最終更新日 : 2026-04-30
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