晃の部屋に足を踏み入れる。ふわっと晃の匂いに包まれた。 ああ、この部屋で生活しているんだ。 間取りはちょうど真尋の部屋の左右対称だった。玄関から短い廊下、その奥にリビング。自分の部屋を鏡に映したような構造が、不思議な居心地の良さを連れてくる。壁一枚向こう――これまで音だけを頼りに想像していた場所に、今、自分が立っている。壁越しの鼻歌も、シャワーの音も、料理のだす湯気の気配も、みんなこの空間から発されていたのだ。地図の上の点が、ようやく一つ埋まった気がした。 真尋と同じ柔軟剤の香りに、晃のからだの匂いが薄く混ざっている。けれど、以前、玄関先で話したときには料理の匂いもしていた。バターの匂い、出汁の香り、にんにくを炒める匂い。今はそのどれもしていない。「ねえ、晃さん。ちゃんと食べてる?」 真尋が晃を振り返ると、晃はふいと目をそらした。「はい。食べてます」「嘘ですね」「なっ……!」「だって、前に玄関先ですこしお話ししたときは、料理の匂いがしましたもん。でも、今は全然しない。これって、料理してないから、ですよね?」「…………」 沈黙は肯定と同じだった。 あらためて晃を見る。パジャマの上に羽織ったパーカーの袖から覗く手首が、以前より細くなっている。頬もこけていた。ストーカー行為をやめると同時に、自分の面倒をみることもやめてしまっていたのかもしれない。そう気づくと、胸の奥がすこしだけきしんだ。 晃は答える代わりに、ぱちんと部屋の電気をつけた。ぱっと明るくなって、真尋は目を細める。徐々に明るさに目が慣れてきて、部屋を見渡した。 晃の部屋はとても物が少なくて、シンプルだった。ローテーブルとソファ、それから仕事で使うのだろうデスクがひとつ。モノトーンでそろえられた家具は、どれも丁寧に手入れされている。ただ、壁一面を大きな本棚が覆っていて、たくさんの本がぎっしりと並んでいた。それを見る限り、本好きだというのはやはり嘘ではないらしい。「すごい数の本ですね。見ても
最終更新日 : 2026-04-21 続きを読む