All Chapters of 夫に殺された私に新しい人生が待っていたなんて: Chapter 11 - Chapter 20

20 Chapters

第11話

翔太は呼吸が荒くなり、使用人たちを呼びつけて怒鳴った。使用人たちは、ただ隅の方で震えることしかできなかった。「あれはすべて、奥様が雪山からお戻りになってから、ご自身の手でお捨てになったものです。ウェディングフォトを燃やされる時、私たちは『それを燃やしてしまったら、もう二度と元には戻りませんよ!』と、奥様にお伝えしたのですが、それでも奥様は、ウェディングフォトを暖炉に投げ込んで……」美希が、自分の手で燃やしたのだと?どうして?なぜそんなことをするのだ?まさか、あんなに前から、美希は家を出ていくつもりだったというのか?ふざけるな。美希が自分のもとを去るだと?そもそも、どんな手を使ってでも結婚したいと言ったのは、美希の方じゃなかったか?それなのに今さら、自分勝手に出ていくなんて許さない。自分を何だと思ってるんだ?それに、真司もいる。腹を痛めて産んだ子供でさえ、平気で捨てられるというのか?だが、いくら翔太が狂ったように問い詰めても、誰もその問いに答えることはできなかった。翔太を襲ったのは、果てしない無力感と、忍び寄る恐怖だけだった。今井グループの社長として常に胸を張って生きてきた翔太が、初めて何かを恐れた。眠れない夜は、ただ一人でベランダに立ち、タバコを吸うことでしか不安を紛らわすことができなかった。そんなある日、小さな手が翔太の服を引っぱった。「パパ、ママは、また帰ってくる?」翔太は「ああ、必ず帰ってくる」と答えたかった。だが現実には、使える手をすべて使っても、美希をまだ見つけていないのだ。翔太はうつむき、言葉に詰まってしまった。真司は重ねて尋ねた。「じゃあ、本当にママと離婚して、陽菜さんを新しいママにするの?」「どうしてそんなことを聞く?」翔太は眉をひそめた。「誰にそんなことを聞いたんだ?」真司はまだ小さいが、普段はとても落ち着きのある子だった。美希がいなくなってから、翔太に何かを尋ねたのは、最初の頃に一度きりだ。真司は翔太が必死に美希を探している姿を、ずっと見ていたからだろう。夜遅くまで書斎の明かりが消えないことも度々あり、邪魔をしてはいけないと思っていたのだ。その真司が今、ようやくこの年頃の子供らしい不安を口にした。「みんな、そう言ってるもん」真司の脳裏に、最
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第12話

翔太はキッズケータイを握る指の関節が白くなるほど力を込めていた。すべての内容を聞き終えると、全身が震えていた。どうして?美希が末期がんだなんて、ありえない。なのに、美希は一度もそんなこと言わなかった。昔の美希は、少し風邪をひいただけでも大騒ぎだったのに。何度も電話やメッセージをよこして、早く帰ってきてそばにいてほしいと甘えてきたのに。それなのに、末期がんの苦しみを、美希はどうして一言も自分に打ち明けなかったんだ?その瞬間、今まで見過ごしてきた些細なことを、次から次へと思い出した。どんどん痩せていく美希の体。化粧でも隠しきれない憔悴した顔。そして日に日に増していく、無口で冷たい態度。ふと、美希が階段から落ちたときのことを思い出した。心配で、美希に精密検査を受けさせるよう病院に指示していた。それなのに、その検査結果を、自分は今まで一度も取りに行っていなかった。そこまで考えて、翔太はすぐに病院へ電話をかけた。しかし、繋がる前に、自分から電話を切った。いや、電話じゃだめだ。自分の目で直接確かめなければ。翔太はコートを羽織る時間も惜しんで、病院までまっすぐ車を飛ばした。彼はふらつきながら美希の検査を頼んだ医師を探し当てた。だが、その怯えたような表情を見た瞬間、心臓は凍りついた。「い……今井さん。奥さんは膵臓がんの、末期でした。結果が出てすぐにお知らせしようとしたんですが……黒崎さんが、検査報告のような些細なことで今井さんを煩わせる必要はないと。ネットで奥さんがバーで酒を飲んでいるとか、パーティーで遊んでるとか言われていますが、絶対にありえません。しかも、奥さんは黒崎さんへの腎臓移植手術も受けたと聞いています。あの体の状態では、とてもじゃないが生きて手術室を出ることは……」そのあとの言葉は、もう翔太の耳には届いていなかった。膵臓がん、末期、腎臓移植手術。いくつかの単語が、翔太の希望を粉々に打ち砕いた。つまり、自分が、この手で美希を殺したんだ。自分が、愛する人の残りわずかな命を奪ったんだ。手術室に入る前、美希の様子は明らかにおかしかった。大量の血まで吐いていたのに、なぜ自分は、まったく気にかけなかったんだろう?それどころか、美希に最後に言った言葉はなんだ?腎臓を陽菜に提供すれば、す
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第13話

ところが、翔太は冷たい顔で言った。「美希のことはよくわかってる。そんなことで俺の気を引こうとしているだけだ。それに、ネットの写真はどれもが周りの男たちが彼女にしつこく言い寄って、命知らずのバカどもが美希に付きまとっているようにしか見えない。あいつらを見つけたら、必ず後悔させてやる!」陽菜は目を丸くした。「でも……」「もういい!」翔太はもう話す気がないらしく、うんざりした態度で言った。「早く降りてくれ。これから俺の車で通勤するのはやめてくれ。美希が嫌がるだろう?」せっかく美希を追い出したのだ。陽菜にとって、目の前にある今井家の妻の座を諦めるなんて選択肢はなかった。彼女は少し考えて、別の言い訳を思いついた。「でも、真司くんをお迎えに行かないと。あなたも知ってるでしょ?真司くんは私のことが大好きで、いつも私がいなきゃ嫌だって泣いて駄々をこねるの……」しかし、彼女が言葉を言い終わる前に、子供の声がそれを遮った。「陽菜さんなんていらない!僕にはママがいるんだ。ママが帰ってきたら、迎えに来てくれるもん!」結局、陽菜は使用人全員が見ている前で、みじめに車から降ろされてしまった。無情に走り去る車を見つめながら、陽菜は奥歯が砕けるほど強く歯を食いしばった。美希がいた頃は、この親子は自分を宝物のように大事にしてくれていた。なのに、美希がいなくなったら、手のひらを返すように態度を変えるなんて。いっそのこと、美希が死んだと公表してしまえばよかった。陽菜は初めてそう後悔した。でも、まだ間に合うかもしれない。そう考えると、陽菜は鼻で笑い、どこかへ電話をかけた。その夜、陽菜は念入りにドレスを選んで、再び翔太の邸宅を訪れた。書斎の明かりがついているのを見て、陽菜は慣れた足取りで中へと入っていった。「翔太、まだ美希さんのことを探しているの?」目的がもうすぐ叶うという喜びで、陽菜は翔太の暗く冷たい表情に全く気づかなかった。彼女は一方的に話を続ける。「とても悲しいことだけど、あなたに伝えなきゃいけないことがあるの」そう言いながら、陽菜は興奮でかすかに震える手で、ファイルから一枚の診断書を取り出した。そして、わざとらしく涙を浮かべて言う。「ついさっき連絡があったの。美希さんが亡くなったって……死因は、だらしない私生活のせいで、汚い病気
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第14話

置物はまっすぐに陽菜の頭に当たり、鮮血が額を伝って流れてきた。陽菜は怒りで逆上し、反撃しようとしたその瞬間、駆けてきたボディーガードに両腕を掴まれ、床に押さえつけられた。陽菜の柔らかい肌が、ざらついた床のせいで、すぐにいくつもの擦り傷ができた。ここでようやく、陽菜は事態のおかしさに気づいた。おびえた声で、翔太に助けを求める。「翔太、これは一体どういうことなの?はやくこの人たちに、私を放すように言ってちょうだい」翔太はゆっくりと椅子から立ち上がり、陽菜の前に歩み寄った。次の瞬間、彼は陽菜の指を、力任せに踏みつけた。「ああっ!」陽菜は、耳をつんざくような悲鳴を上げた。だが翔太は、冷たい目で見下ろすだけだった。「美希が手術室で、お前が送り込んだ医者に腎臓を摘出されて、手術台の上で死んだ時、お前はこうなることを考えたか?」陽菜は痛みで顔面蒼白になった。しかし、それ以上に精神的な恐怖が襲ってきた。「翔太……何を言っているの?」「往生際が悪いな」翔太が合図すると、白衣を着た中年男性が引きずり込まれてきた。男の体は傷だらけで、顔も、かろうじて口だけが動く状態だった。「今井社長、すべて黒崎さんの指示です。黒崎さんが私にやらせたんです。彼女が毒物中毒になったように見せかけ、その罪を奥様に擦り付けました。病状が深刻で腎臓移植が必要だと嘘を言って、奥様から腎臓を摘出する手術をさせたのも黒崎さんです。そのせいで奥様は……助かりませんでした。他にも、AIで作った合成写真を見せられ、奥様が若い男たちと親しくしたと証言させられました。ネットでの誹謗中傷も、すべて黒崎さんの仕業です。奥様の名誉を傷つけ、今井社長と結婚するのが目的だったんです」「違う、そんなんじゃない!この男は嘘をついているのよ!」陽菜は必死に否定した。しかし、その言葉はすぐに、突きつけられた証拠によって打ち砕かれた。それらは、陽菜が犯した過ちの痕跡だった。美希の私生活を誹謗中傷していたアカウントの持ち主への送金記録、そして、医師と共謀して美希を陥れる計画を立てていたラインの履歴も。そして最後に、美希から腎臓を摘出した時のカルテだった。翔太は、そのカルテを初めて手にした時、正気を失いそうになった。なぜなら、そこには、美希が手術室に運ばれてから一度
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第15話

真司も飛びかかり、陽菜の耳を力いっぱい殴りつけた。一瞬、陽菜の耳は聞こえなくなった。恐ろしい耳鳴りが頭の中で鳴り響き、口からは血が溢れた。彼女はぐったりと床の上に倒れ、息も絶え絶えだった。しかしそんな陽菜は、突然狂ったように笑い出した。それは人をあざ笑うような、耳障りな笑い声だった。「『許さない』って?笑わせるわね。美希さんを手術室に追いやったのは私じゃない。移植を強いたのも私じゃないし、がんになったことを言い出せなかったのだって、私のせいじゃない!何をもって私が美希さんを殺したなんて言うの?彼女を殺したのは、間違いもなくあなたよ!そして、あなたの息子もね――」陽菜は、傍らで憎しみを込めて睨みつける真司に視線を移し、口元を歪めた。「真司くんも立派な共犯者よ。わざと美希さんを疲れさせたり、犬に指を噛ませたり、トラックに轢かれて骨折するように仕向けたりね。おもちゃを適当に捨てて、雪山であの女に、一人で探させるようなこともしたわね……全部、私と一緒に過ごすためだったじゃない。ハハハ、真司くん、私のことをゴミみたいに言うけど、事実はあなたのほうが人でなしよ。だから実の母親にさえ平気で手を下せる、馬鹿な息子ね。あなたたち親子に比べたら、私なんて善人よ!」真司はショックのあまりに泣き崩れた。「違う!僕がママを殺したんじゃない!」すべての言葉が翔太の耳に突き刺さった。まるで切れ味の悪いナイフで、心をじわじわと切り刻まれるような感覚だ。抗う気力は、もう残っていなかった。翔太の目に入ったのは、ボディーガードが持つナイフだった。それは本来、陽菜に向けられるはずのものだった。だが、本当に罰せられるべきは、いつだって自分自身だったのかもしれない。人の心を裏切った人間に、生きる資格などない。ナイフの先端が、胸に食い込む。翔太が倒れる瞬間に、周りの人々が慌てて駆け寄ってくる。しかし、彼の目に映っていたのは、ある女性の面影だけだった。「美希!」翔太は力の限り手を伸ばしたが、その女性は振り返ることなく、あっという間に姿を消した。その瞬間、翔太の口からどす黒い血が溢れ出る。薄れゆく意識の中、かつての美希と同じ手術室に運び込まれていった。「患者さんの心拍数が急激に低下しています!」「急いで血圧を上げてください!」
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第16話

実は、美希は目の前にいる、この顔立ちの整っている男に見覚えはなかった。突然、知らないはずの記憶が頭の中に流れ込んできて、彼の名前を自然と口にすることができたのだ。そして、自分のもう一つの名前を思い出した。平野由理恵(ひらの ゆりえ)。かつての平野家の娘で、江見市で一番わがままな令嬢だった。欲しいものは、何でも手に入れた。だから、石田純一(いしだ じゅんいち)を初めて見た時も、パーティーの出席者全員が見ている前で、彼を指さしてこう言ったのだ。「この人が欲しい」と。その頃の純一は、大学を卒業したばかりで、父親から倒産寸前の会社を継いだばかりだった。しかも、母親が体を壊していて、毎年の治療費が信じられないほどに高かった。純一は治療費を払うために借金をしようとした。でも、親戚や友人にいくら頼んでも、誰も助けてくれなかった。このパーティーに参加したのも、他に手段がなかったからだ。まさか、そこで由理恵に指名されるとは、思ってもみなかったのだ。当時、周りの人々は純一をからかっていたけれど、内心では嫉妬で狂いそうだった。由理恵とは、どんな人物か?江見市で最も裕福な家庭で蝶よ花よと育てられたお姫様。おまけに国を傾けるほどの美貌の持ち主だ。そんな彼女を見て、ときめかない男はどこにいるのか?でも、あの性格に耐えられる男もまた、どこにもいなかった。周りの人間は、自分が手に入れられないからこそ、純一にはひどい目に遭ってほしかった。結婚式ですら、純一を指さして笑う者がいた。顔しか取り柄のない男、女に食わせてもらうヒモ、男のくせに女に頼って生きるなんて石田家の恥だと、散々言われた。由理恵のような令嬢が純一と結婚したのは、なんでも話を聞いてくれる犬がほしかったからだと、そのうち浮気されてポイ捨てされるのがオチだと、そんなことも言われた。でも、純一はそんな悪口などにまったく耳を貸さなかった。ただ由理恵の手を握りしめ、まるで世界でたった一つの宝物を見つけたように、嬉しそうにしていた。他人が何と言おうと、関係なかった。彼は一つの事実だけを大事にしていた。一番つらい時に助けの手を差し伸べてくれたのは、由理恵だった。彼女のおかげで石田家の会社は潰れずに済んだし、母も腕のいい医者に診てもらうことができたのだ。由理恵は、人が言うよう
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第17話

病院へ運ばれて初めて、彼女が妊娠していると分かった。由理恵と純一の夫婦仲は、かつて江見市の誰もが羨むほどでした。しかしある日、由理恵はロッククライミング中に事故で滑落してしまう。鋭い岩で頭を強く打ち、その場で脳死と宣告された。純一は、そんな由理恵を自宅へと連れ帰った。医師からどんな説明を受けても、純一は決して信じようとはしなかった。「妻は死んでなんかないです。ただ眠っているだけなんです。僕と娘がそばにいれば、きっと目を覚ます。あんなに僕たちを愛してくれた妻が、このまま逝ってしまうはずがありません!」誰もが、純一は正気を失ってしまったのだと思った。由理恵の両親までもが、「由理恵を安らかに眠らせてやってほしい」と純一を説得しに来たほどだった。だが、純一は首を縦に振らなかった。いつもは年上の人を敬い、礼儀正しい彼が、この時ばかりは感情的に動いた。純一は説得に来る人たちを皆追い返し、由理恵のそばで彼女を見守った。それどころか、脳神経を専門とする研究所まで立ち上げた。研究者は純一に言った。「適合する脳神経細胞が見つかれば、奥さんが目覚める可能性は十分にあります。最初のうちはドナーの記憶が残ったままかもしれませんが、体が回復していけば、奥さん自身の記憶が自然と戻ってくるはずです」それから何年も、純一はその研究のためだけに、身を粉にして働き続けた。そして今、ついにその夢は叶った。由理恵が、帰ってきた。久しぶりに妻の口から自分の名前を呼ばれたからなのだろう。純一の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。美希は、思わず手を伸ばすと、そっと彼の涙をぬぐった。まだ記憶は曖昧なままだったが、思わず笑って言った。「せっかく私が目を覚ましたのに、泣かないで?晴香の方がよっぽどしっかりしてるわ」「そうよ、そうよ!」晴香も隣で相槌をうった。でも、その腕はまるで再び目の前の人物を失いたくないかのように、美希を強く抱きしめて離さなかった。「ママはもう大丈夫。絶対にどこにも行かないもん。私、もう怖くないよ!」それからの数日間、美希は手厚くもてなされた。純一と晴香は、昼も夜も美希のそばを離れようとしなかった。晴香は学校へ行くときでさえ、泣きながら家を出るほどだった。出かける前には必ず美希と指切りをする。「ママ、約束だよ。私
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第18話

翔太は、なんとか一命を取り留めた。胡桃はひどく取り乱して、涙も枯れ果てるほど泣き叫んだ。しかし勇太は、そんな息子に腹を立てた。「お前は今井グループの社長だろう?女ひとりのために死のうとするなんて、情けない!そんなことをしたら世間が今井家をどういう目で見るのか、分かっているのか?俺の顔に泥を塗る気か?」しかし、翔太はただ虚ろな目で天井を見つめるだけだった。世間の評判なんて、本当にそんなに大事なのだろうか?以前の自分は、周りの心ない言葉を信じすぎていた。美希から受けた恩恵に助けられつつも、彼女のせいで男としてのプライドが傷つけられたと、逆恨みして責めていたのだ。あの頃、美希を自分の苦しみの根源だと決めつけていた。そして、言葉で美希を貶め、冷たい態度で彼女の気持ちを無視し続けた。でも、いったい何に苦しんでいたのだろう?あんなちっぽけなプライドのせいにでもしたいのか?初めて会った時から美希のことが好きだったのに。彼女が今井家を救ってくれたせいで、その恩人を恥だと見なすようになったなんて。受けた恩は返すものだと、小さい頃に習ったはずなのに。自分のしたことは、まさに「恩を仇で返す」そのものだった。勇太はまだ不満の言葉を並べ続けた。「もともと、美希が金と権力で今井家に無理やり嫁いだ時から、気に食わなかったんだ。あいつが死んで、ようやく俺たちもこの屈辱から解放される。これは良いことだ。お前はすぐにでも新しい相手を探すべきだ。今井家の助けになるような相手をな……」翔太は、自分の両親の目を見て会話する気にはならなかった。「俺の妻は美希だけだ。今日から、父さんたちが今住んでいる家も取り上げるし、すべての口座も凍結する。金や権力が気に入らないんだろ?じゃあ、それがなくても生きていけるのか、試してみろよ!」そう言うと、翔太は勇太と胡桃の許しを請う声に耳を貸さないで、無理やり二人を部屋から追い出した。ドアの外でしばらく待っていた秘書の浩平は、騒ぎが収まったのを見計らって、急いで病室の中へ入ってきた。「社長、奥様のご遺体が見つかりました」翔太は思わず起き上がろうとした。しかし、そのせいで腕の点滴の針が抜け、薬液が床にこぼれてしまった。逆流した血液と混ざり合い、痛々しい光景が広がった。それでも翔太は痛みなど感じていないかのよう
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第19話

もうすぐ両親の結婚記念のパーティーが開かれるから、晴香は特別に幼稚園を休むことができた。晴香はすぐに美希にべったりになって、一日中そばを離れようとしなかった。美希の喉が渇くと、晴香は急いで水を注いでくれる。美希が出かけようとすると、まるで小さなボディーガードみたいに彼女を守ろうとする。美希が街で歩くだけでも、この小さな女の子は、大真面目な顔で美希を歩道の奥に押しやろうとするのだ。「あぶないから、私がママを守ってあげるの!」美希は思わず笑ってしまった。でも、晴香が自分を失うことをひどく恐れているのが伝わってきて、胸が痛んだ。最近のところ、だんだん鮮明になってきた幸せな記憶とは別に、他の記憶もぼんやりと思い出すことがあった。例えば、自分は昔に、息子がいたような気がするとか。しかし、その子は自分のことが嫌いで、いつも指をさして「寄生虫」と罵るだけだった。ショッピングモールをぶらぶらしていると、目の前に親子らしき二人の姿が現れた。背の高い男性はとてもハンサムで、小さな男の子もその気品のある顔立ちを受け継いでいる。でもなぜか、二人ともひどくやつれているように見えた。まるで、何かとても大切なものを失ってしまったかのようだった。「あの、どちら様でしょうか?」真司は目の前にいる由理恵のことは知らない。なのに、彼女を一目見た瞬間、全身がこの女性に近づきたい衝動に駆られた。その理由は、ただ一つ。由理恵が眉をひそめる仕草が、自分のママにそっくりだったからだ。思わず見とれるくらい、瓜二つだった。とっさに翔太が真司を引き止め、失礼のないようにと注意した。翔太自身の手もかすかに震えていたが、彼はなんとか礼儀を保って自己紹介をした。「今井翔太と申します。こちらは息子の真司です」名家の間には何かしらの利害関係があるものだ。美希はパーティーの招待客リストで今井家の名前を見たことがあったので、特に深くは考えなかった。ただ頷いて「何か御用でしょうか?」と尋ねた。翔太はプレゼントの箱を差し出し、「特別に選んであげたものです」と言った。中身は香水だった。美希はとっさに「すみません、私フリージアのアレルギーなんです」と断った。その言葉に、翔太はプレゼントの箱を握る手にぐっと力を込めた。ここに来る前、翔太は由理恵のこ
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第20話

結婚7周年の記念パーティー当日。美希は、純一が彼女のためにオーダーメイドしたドレスに着替えた。長い間、ベッドの上で意識を失っていたけれど、彼女の美しさは少しも衰えていなかった。家政婦たちも口々に奥様の美貌を褒めた。美希は、照れくさそうに微笑んだ。これから、純一と晴香と一緒にみんなから祝福されるんだ。そう思うと、嬉しくてたまらなかった。このところ、嫌な記憶が少しずつ消えていくのが自分でも分かった。そのかわり、純一との思い出がゆっくりと蘇ってきたのだ。パーティー会場に向かう途中、運転手が「あっ」と声を上げ、急ブレーキを踏んだ。そこで初めて、美希は車の前に小さな子供が倒れているのに気づいた。ぶつかったのかどうか分からなかったけれど、子供はひどく震えていた。よく見てみると、その子には見覚えがあった。さっきショッピングで会った子供だ。本来なら車から降りずに、運転手に任せるべきだった。しかし、赤く腫れた真司の目を見ると、放っておけなかった。美希はそばに駆け寄って彼を抱き起こした。「大丈夫ですか?」真司の目は一瞬輝いたが、すぐに罪悪感に満ちた表情に変わった。美希が違和感に気づいたときには、運転手はすでに何者かに殴られて気絶してしまった。そして、ある人影が美希の目の前に迫ってきた。「今井さ……」その名前を言い終わる前に、首元に注射を打たれ、美希はすぐに意識を失った。目が覚めると、手術台の上に寝かされていた。青白い手術室の光が、一番恐ろしい記憶を呼び覚ましたようで、美希は思わず震えた。そこへ翔太がゆっくりと部屋に入ってきて、後ろには医師たちがぞろぞろと続いた。「何をするつもりですか?」翔太はうっとりと美希を見つめ、親しげに呼びかけた。「美希、元に戻してあげる」「私は美希なんかじゃないです!」美希は必死にもがいた。「私は平野由理恵で、純一の妻なんですよ!もし私に何かしたら、純一が絶対にあなたを許さないわ!」「お前のためなら死ぬことだって怖くない。あいつを恐れるとでも?」美希の言葉が気に障ったのだろう。翔太の目には隠しきれない怒りが浮かんだが、なんとかそれを押し殺した。「でも美希、もう二度とそんなことを言わないでくれ。俺は悲しいよ。安心して。医者に、ほんの小さな手術をしてもらう
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