「奥様、この前ご覧になっていたピンクのバーキンが入荷いたしました。ご主人様からご指定いただいていたお色ですので、いつでもお受け取りいただけますよ」エルメスの担当者から弾んだ声でそう告げられた瞬間、私・山本詩音(やまもと しおん)はソファに座ったまま、手にしていたリモコンを思わず強く握りしめた。ピンク?そんなはずはない。私が欲しいと何度も口にしていたのは、ショーウィンドウの中でひときわ目を引いていた、あの鮮やかなオレンジレッドだった。半月ものあいだ、何度も彼に話していたのに。「……本当に、ピンクなんですか?」喉がかすかに詰まりながら問い返すと、担当者は不思議そうでもなく、はっきりと言った。「はい。ご主人様が、いちばん柔らかな桜色のピンクをご希望だと、念を押されていました」電話を切ったあと、私は夫の江口辰也(えぐち たつや)に確認しようと立ち上がった。けれどその拍子に、書斎の机の下に置かれたままの未開封の荷物につまずく。見覚えのあるロゴ。それは、彼がこれまで何度も私に贈ってくれた高級ランジェリーブランドの箱だった。なぜか胸騒ぎがして、私はその箱を拾い上げる。リボンをほどき、包みを開くと、中から現れたのは黒いレースのブラジャー。タグはまだついたままだった。何気なく、サイズ表記に目を落とした瞬間――全身の血の気が一気に引いた。B75。私はこの十年間ずっと、C70だというのに。私は吐き気をこらえながら、その黒いレースのブラを放り投げた。そしてすぐに、彼へビデオ通話をかける。通話はあっさりつながった。画面に映った彼の頬は、わずかに赤い。「どうしたんだい、詩音。急にビデオ通話なんて。珍しいじゃないか。今まであんなに頼んでも、なかなかかけてくれなかったのに」私は何も答えず、右手で彼の社長室のリアルタイム監視映像を開いた。十年も一緒にいた相手だから、辰也は、私の様子がおかしいことにすぐ気づいたらしい。「詩音、どうした?今日のドラマ、つまらなかったのか?それとも、ここ数日帰りが遅いから怒ってるのか?」私は時計に目をやる。一時半。監視映像の中では、机の上に置かれた料理がまだほとんど手つかずのままだった。口いっぱいに食べ物を頬張っているところを見ると、相当お腹が空いていたのだろう。
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