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第2話

작가: 花宮みお
仲間うちで何かとからかわれ、妻にぞっこんの男として知られていた辰也が――

本当に、浮気していた。

私はソファに座り込んだまま、しばらく動けなかった。言いようのない鈍い痛みが、じわじわと全身を満たしていく。

スマホの待ち受けに映る、彼とのツーショットを指先でなぞる。

どれほどそうしていたのか、自分でもわからない。気づけば外では雨が降り始めていた。ぽつ、ぽつ、と静かな音を立てながら。

そして私の視界にも、いつの間にか涙で潤んでいた。

やがて私は意を決して、個人アシスタントに電話をかけた。

「小林さん、調べて。辰也の近くに最近どんな女がいるのか」

考えられる相手はいくらでもあった。

新しく雇われた若い秘書かもしれない。江口家に取り入ろうとする、どこかの令嬢かもしれない。

あるいは、同じ業界の女かもしれない。

けれど――どれも違った。

相沢美海(あいざわ みう)。二十五歳、デリバリー配達員。

若いのに、六百万円もの借金を背負っている。

博打好きの父親、病気の母親、そして何かと物入りな学生の弟。壊れかけた家庭を、ひとりで背負わされていた。

顔立ちは整ってはいる。

けれど、風に吹かれ日差しにさらされた肌はこんがりと焼け、華やかな美人というには程遠かった。

「江口はいったい、この子のどこに惹かれたっていうの?」

親友の高橋真奈(たかはし まな)は資料を机に叩きつけるように置いて、怒りを隠さなかった。

彼女は知っている。辰也が私のために、誰もが羨むような盛大な結婚式を挙げてくれたことを。

周囲では離婚や浮気が珍しくもない中、辰也が私を最優先にし続け、愛妻家として有名になっていたことも。

だからこそ、この裏切りがどれほど私を傷つけるか、誰よりよくわかっていた。

私はもう一刻も待てなかった。真奈に付き添ってもらい、江口グループ本社の下へ向かう。

辰也の車が停まる区画の近くで、息を潜めて待つ。

ほどなくして、辰也が姿を現した。

けれど、思いがけず彼はラフな私服姿だった。それだけで、いつもより何歳も若く見える。

結婚してからというもの、彼は外に出るときはほとんど必ずスーツだった。辰也という男は、江口家そのものの顔でもあるからだ。

新婚旅行のときでさえ、彼は笑って私をなだめていた。

「詩音、少しだけ我慢して。江口家は海外でも事業をしているんだ。いつだって、すぐ動けるようにしておかないと」

そんな彼が、今日はただ会社から駐車場へ降りてくるだけなのに、わざわざ着替えていた。

柔らかな表情を浮かべた辰也は、隣の女に何かを囁きかけていた。

しかも、まだ車の窓すら閉まっていないのに――

美海は向かい合うように、ためらいもなく辰也の膝にまたがった。

唇を重ね、指を絡め、人目など気にも留めずに触れ合う。

遠目に見ているだけなのに、その光景は目を焼くほど生々しかった。

私は感情を押し殺し、無表情のままスマホのカメラを起動する。

「どういうつもりよ……!もともとはあなたの山本家の支援がなかったら――」

真奈は怒りのあまり、今にも車を飛び出しそうだった。

「江口グループなんて、とっくに潰れてたはずなのに!」

私は咄嗟に彼女の腕をつかみ、首を振る。

「まだよ。今じゃない」

長いキスがようやく終わり、ふたりとも目を潤ませ、息を乱し、まだ足りないと言いたげだった。

美海が、辰也の喉元を指先でなぞる。

「ねえ、昨日の夜、あのおばさんには触ってないでしょうね?」

甘えるような音なのに、言葉は棘だらけだった。

「一週間、あの女には手を出さないって約束、守れた?」

欲を煽られたのか、辰也の声はひどく掠れていた。

「もちろんだよ。君のためなら、それくらい守るに決まってる」

そして彼は、低く笑って続けた。

「だって、ご褒美は君の初めてなんだろ。それを思えば、我慢くらいどうってことない。念のため、面倒が起きないように睡眠薬も少し使ったけどな」

その言葉に、私は一瞬で血の気が引いた。

目の前の男が、十年間私を愛してくれたあの辰也と、どうしても重ならない。

けれど、思い返せば細部のひとつひとつが、この残酷な真実をまっすぐ指し示していた。

ちょうど一週間前。彼は私のお腹にそっと手を当てて、やさしく言ったのだ。

「詩音、そろそろ子どもが欲しいな。今週から少し体を整えて、しばらくは無理しないようにしよう」

その日から毎晩、彼は自分の手で栄養のあるスープを作り、ひとさじずつ、私に飲ませてくれていたが、全部、外で囲っているこの女のためだったのだ。

そこまでできるなんて。

私はぎゅっと拳を握りしめた。目の奥が焼けるように痛い。

車の中では、美海がすっかり上機嫌になっていた。男に甘やかされ、満たされきった顔で笑っている。

「辰也、あなたは本当に私の王子さまね。私、あなたのこと、大好き……本当に、大好き」

すると辰也は、ためらいもなく答えた。

「俺も愛してる。君だけをな」

――じゃあ、私は何だったの?

たった数メートル先の車内で交わされるその言葉を、私は別の車の中から聞いていた。

サングラスの下で、こらえていた涙がついに頬を伝う。ぽたり、と落ちて止まらない。

胸の奥を、刃物で深く刺されて、何度も抉られているようだった。
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